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第14話 巨人と奮闘

 ウォードの顔面に全力で激突したが、幸い障壁は割れなかった。

 巨大化した彼の体の硬さは本体である彼自身の体と同等になるというようなことをトーマスが言っていたが、それにしたって硬さ自体は普通のサイボーグと変わらないはずだ。

 結果として、真正面からの突撃は一定の効果を発揮し、彼の顔面は大きくへしゃげることになった。

 隕石でもぶつかったように、放射状のひびが入ってへこみ、まともな顔面には見えない。


「ぐっ……妙な動きをしおって」


 痛みをこらえるようにウォードが呻き、顔に付いた蚊を叩くように右手を頬にやる。

 クリアは彼の顔を蹴って反転し、距離を取る。

 やや上空からウォードを見下ろす形となった。


「さすがに一筋縄ではいかんか……。あの性悪がやられたわけじゃ」


 頬にやった右手の一部がどろどろに崩れたかと思うと、顔のへこみ部分に流れ込む。

 一瞬後には元通りのウォードの顔が出来上がっていた。

 肉の減った右手は再び廃材に手を伸ばすことで補給が完了する。


「この程度じゃダメージにならないか。分かってたことだけど」


 たとえそれが顔面でも、いくらダメージを受けたところでこうやって回復するのなら攻撃する意味は薄い。

 蓄積した魔力が続く限りという限界はあるものの、クリアの魔力量とウォードのブラックボックスの魔力量とでは文字通り桁が違う。

 こちらは数万、あちらは百万。

 魔力の消費効率としてはクリアの方が圧倒的に高いだろうが、それにしたって数十倍という差を覆せるかは分からない。

 持久戦にはしたくないというのがクリアの正直な気持ちだ。

 あれだけの巨体の攻撃を避け続けるのも困難だし、たとえかすり傷でもあれだけの質量の塊の攻撃をまとも受けたらどうなるか分からない。

 全身の骨が砕けて痛みで気絶するかもしれない。

 意識があればカルマ・ディバイドでどうにでもなるが、気絶したらそうもいかない。

 腕が砕けようが、内臓が弾けようが構わないが、クリアは意識だけは失ってはいけないのだ。


「トーマスがお主に味方したようじゃな」

「……」

「はなからお主の味方じゃったのか、それとも、この土壇場でわしを裏切る決断をしたのか、それはどっちでもよいが、イエローコートを裏切った奴も生かしてはおかん。必ず息の根は止める」


 少しでもトーマスの生存確率を上げるという意味では知らない振りをした方がよかったのかもしれないが、独白じみたウォードの言葉にクリアは反応せざるを得なかった。


「トーマスさんがイエローコートを裏切ったんじゃないよ。イエローコートがあの人を裏切ったんだよ、何年も前に」

「なんじゃ、やはり既に取り込まれておったか。顔を奪われた憎しみは消えんというわけか」

「消えるわけないでしょ、普通」


 半ばにらみつけるように言うと、ウォードは意外そうに首を傾げた。


「お主もあやつに肩入れしておるのか。物好きじゃのう。あんな気難しい鉄仮面に肩入れしたところで得るものもなかろうに」

「悪いけど、もう鉄仮面じゃないから。あの人の顔はボクが直した」


 クリアが突き放すようにそう言うと、ウォードはわずかに目を見開いた。

 少しだけ雰囲気が変わって、半ば諭すように言う。


「……ふむ。そこまでの力を持っておるのか。甚だ厄介じゃのう。どうじゃ、ここまでやっておいてなんじゃが、ここは一つ矛を収める気はないか?」

「何を言ってるの?」

「なに、簡単なことじゃよ。お主がわしらの傘下に入るというのならこれ以上争う必要もないという話じゃ。お主がこれまで始末してきたサイボーグの数はそれなりにはなるが、わしらとしても致命的な打撃は受けておらん。まだどうとでも始末の付く段階じゃからな。それらを不問にする代わりに、お主が七大企業の下に付く。悪い話ではないじゃろう」

「……は?」


 ことここにおいてそんな話を始めたウォードにクリアとしては返す言葉がない。

 そんなクリアの様子にこだわるでもなく、ウォードは淡々と話し続ける。


「わしらは面子が保てればそれでよいのじゃよ。お主を始末するのも従えるのも、面子を保つという意味では大きな違いがない。お主が軍門に下るというのなら、いくらでもその用意はある。さらった人質も無事に家に帰そう。トーマスの奴も助けてやってもよい。そして、お主には何不自由のない贅沢な生活を提供しよう。どうじゃ、この提案を受け入れる気はあるかのう?」

「――ねえよ」


 クリアは特大の火球を生成すると、ウォードの顔面に向けて放った。


「……物分かりの悪い奴じゃ」


 ウォードは近くの山に腕を突っ込むと、それらを強引に地面からひっぺがして投げつけ、火球を迎撃した。

 そして、火球を質量で打ち消してなおその勢いは止まらず、一瞬前には山だったものは炎上しながらクリアに向かってきた。

 それをカルマ・スライドで落下することで回避する。

 上空で停止することなく、森の中に着地し、一旦、姿を隠す。

 身を潜めたクリアは『火球人形』をばらまき、それらを別々の方向へと移動させ、温度感知に対する囮とした。

 そして、クリア自身は再びカルマ・スライドを発動させ、ウォードの足元にまで迫った。

 本部棟の周りは開けているが、その近くにはまだ森がある。

 その森に姿をひそめながら、まるで一棟のビルのような太さになっているウォードの足を観察する。

 彼の全身を魔法で攻撃することはでかすぎて不可能だが、足だけを狙うことは十分可能だ。

 片足首、欲を言えば両足首を火球で焼き切ることができれば、あの巨体はなすすべなく倒れ伏す。

 そうなっても再生自体は可能だろうが、足首を直し、再び立ち上がるまでに大きな隙が生まれる。

 そこに魔力をつぎ込んで全力攻撃を加えれば彼の『肉体』を少しは削げるかもしれない。

 ウォード本来の肉体があの巨体のどの位置にあるかは、黒い魔力が巡っているせいでいまいち分からないが、あるいは、それで本体を叩くことも可能かもしれない。

 ひとまず彼の足を狙うことを主眼に置く。


「よし、行こう」


 計画が定まり、クリアは火球を生成し始めるが、それよりも早く彼女の足元を黒い魔力が走っていった。

 軽い悪寒がはしり、ためらわずポイント・リライトを発動させる。

 クリア自身の位置を百メートル上空へ。

 百ほどの魔力を一時的に消費したが、それが正解だったとすぐに分かった。

 先ほどクリアがいた位置を含めた周囲百メートルほどの範囲が瞬時に『肉体』の上書きに染められている。

 その上にいた生物・無生物問わずだ。

 彼の配下であるはずの一般サイボーグも巻き込まれ、彼の『肉体』の上書きによって、黒い液体のようなものへと強制的に変質させられていた。

 黒い渦がウォードの足元に集まり、それらがウォードの体にまとわりつき、さらに彼を巨大化させる。

 身を潜めたクリアへの攻撃とけん制、さらには自身の巨大化という一石三鳥となる一手だ。

 少なくとも、これでクリアは安易に森に潜伏するという手段を取れなくなった。


「地面も森も人もあいつにとっては全部血肉なんだ」


 魔力を流すことのできるあらゆる物質がウォードにとっての血肉、己の肉体の元となるものだ。

 取り込めば取り込むほど彼は巨大に、強靭になっていく。


「どうしたもんかねぇ、これ」


 単純な力比べでは勝てる気がしないので、からめ手で攻めるしかないが、ああも強引に範囲攻撃されるのなら、そのからめ手を仕掛けることも難しい。

 既にウォードの肉体は百メートルに届こうという大きさにある。

 百メートル上空に移動したはずのクリアから彼の頭頂部が結構近くに見えているのがその証拠だ。

 クリアの姿かあるいは温度を探すかのように、悠然と周囲を見渡していたウォードが上を見上げ、クリアをそこに発見する。


「見たところ、避けることに関してはお主が先を行っておると言えるじゃろう。じゃが、わしの巨体に対して有効な攻撃手段を計りかねている。違うか?」

「さあね。慎重に機を窺っているだけかもしれないよ」

「減らず口じゃな。今にしても、わしが貴様を発見する前に攻撃の一つも加えられたじゃろう。じゃが、貴様は様子を窺うのみじゃった。それだけでも十分察せられるわ」

「……」


 クリアはカルマ・スライドで落下すると、ウォードの額の上に着地する。


「『疾檄雷球』」


 ゼロ距離で雷球を発動させ、彼の頭にぶち込んだ。


「……っ!」


 だが、ほとんど効果はなく、代わりに鋭い拳が飛んでくる。

 それを額から飛び降りることで避け、落下中にウォードの胸に向かって魔法を発動。


「『焼夷火球』」


 落下しながら連続的に火球を射出し続け、胸から腹にかけて火球が命中する。

 体の表面がどろどろに溶けるが、それでも、彼の体の大きさからすれば大したダメージには見えない。


「『凍華氷球』」


 今度は足元へ氷球を放つ。

 太ももから足先まで入念に凍り付かせ、動きを封じるために。


「おっと!」


 だが、それは完全に凍り付く前に蹴り上げてきた脚によって妨害される。

 風球を弾けさせた勢いで逃れ、軽く距離を取ってウォードを見上げる。

 腹のダメージは既に完治している。

 足先の氷は軽く足を動かすだけでもろくも砕け散った。

 雷球に関しては内部まで浸透していかないらしく、ほとんど効果がない。

 やはり正面から魔法をぶつけていったところで、打倒できるイメージが湧かない。

 どう考えても、先にエネルギーが尽きるのはこちらだ。


「やはり決定打に欠けるようじゃな。しかし、こちらもお主の奇天烈な動きには少々難儀する。お互いに決定打を欠いている状況。千日手じゃな。じゃが、考えてもみよ。わしはこのまま何日でも戦い続けられるが、お主はどうじゃろうな」

「……ちっ」

「避け続けなければいけないお主と攻撃を受けたところで問題のないわし。どちらが有利不利かも分からぬほど蒙昧ではあるまいて。早めに軍門に下っておくことをおすすめするぞ」

「上から目線がうるさいんだよ……」


 有利不利など最初から考慮していない。

 もともと一個人対組織で戦っている以上、多少の有利不利など気にしていられるものでもないのだ。

 やるかやらないか、クリアにあるのはその選択だけだ。

 合理性だけで生きていられるのなら人間に感情などいらない。


「わしとしてはどちらでもよいがの。お主がここで無残に死のうと軍門に下って生き延びようと、反逆者が消えればそれでよい」


 ウォードが軽く足を上げ、地面を踏みつける。

 たったそれだけの動きで、地面がめくれ上がり、岩や木の破片が周囲に飛び散った。

 それらを障壁でいなし、地面を利用した攻撃を避けるように高度を上げる。

 すると、待ってましたとばかりに上から振り下ろされる右腕。

 ステッキと風球の加速で避ける。

 避けたところに左腕が伸びてきて、カルマ・スライドで落下することで瞬間移動し、回避。

 しかし、落下したことによって、地面が近づき、今度は足元からの攻撃が来る。

 高度を上げれば巨大な腕が、高度を下げれば足を使った地面からの攻撃が。

 気付けば、そんなふうな攻撃の繰り返しにクリアは囚われていた。

 逐次、反撃は行っているが、一撃をもらうと危ない現状、どうしても回避に専念せざるを得ない。

 ウォードの言う通り、確かに不利なのはクリアだと認めざるを得ない。

 それでも、クリアに負ける気は微塵もないけれど。


「トーマスさんやみんなは平気かな……?」


 上下からの波状攻撃をさばきながらも、クリアは軽く周囲に注意を向ける。

 相変わらずドローンと『腕』の空中戦は続いている。

 やや『腕』が優勢。

 もともとアイアンガーデンに大量に保管されていたのが『腕』で、それ以外のドローンは持ち込まれたものだから、数的には多分『腕』の方が多いのだろう。

 トーマスもトーマスで、上手くサイボーグから逃げおおせているらしい。

 クリアの弟子たちは魔力を感知できる範囲にはいないが、遠くで魔法が炸裂しているのが見えるので、恐らくサイボーグ相手に戦っているのだろう。

 どの程度戦えるかはクリアにも分からないが、カイモスもいるだろうし、一方的にやられるということはないはずだ。


「あ、そうだ。あれ見てたらちょっと思いついたや」


 空中を飛び回る『腕』を見て、一つのひらめきをクリアは得た。


「『腕』の上書きってね」


 少し前にクリアを襲撃してきた三等級サイボーグの群れの中にも『腕』の上書きらしきものを用いる者はいたが、クリアのそれは規模が違う。

 空気を『腕』で上書きし、ウォードの巨腕に匹敵する大きさの腕を一対上空に作り出す。

 おおよそ二千ほどの魔力を消費した。

 見た目は空気なので、目には見えないが、しかし、『腕』としての機能は有している。

 上から振りかかるウォードの右腕をその『腕』でブロックしにかかる。


「受け止めれ――ない!?」


 そのまま『腕』のブロックを振り払われ、クリアにウォードの右腕が迫る。

 『腕』の操作に注力したせいで反応が遅れ、ステッキの端に右腕がかすった。


「……っうわ!」


 かすった反動で吹き飛ばされそうになったところを慌てて風球で勢いを殺し、何とか空中の障壁に着地。

 ステッキを見ると、先の方が完全にへし折れていた。


「……これにカルマ・ディバイドを使うのはもったいないなー」


 などとぼやきつつも、機動力を削ぐわけにはいかないので、ステッキの損傷をカルマ・ディバイドで修理。

 魔力消費、五百。

 空中に静止したクリアを見て好機と捉えたか、ウォードが廃材の山を散弾のように投射してきたのをポイント・リライトで上空に逃れる。

 魔力消費、五十。


「はあ、失敗ばっかりだよ、ほんとに」


 『腕』でウォードの腕を止められなかったのはそれがクリアの腕が元になっているからだろうか。

 同じ腕でも、サイボーグの腕と小娘に過ぎないクリアの腕では腕力が違って当然だ。

 たとえどれだけでかくなったとしても、根本的なところでその差は出る。

 そして、自分以外の腕を再現した『腕』の上書きなんて器用な真似はクリアにはできない。


「初めからぶっつけ本番で何でもできるなんてうぬぼれてはないんだけどね」


 初めてのことに失敗するのは誰だってそうだ。

 天才だろうが、秀才だろうが、平社員だろうが、社長だろうが、ビギナーズラックで上手くいくことはあっても、基本的に慣れないことには失敗するもの。

 失敗を繰り返して、人は成長するのだ。

 クリアもその例に漏れず失敗ばかり。

 それでも、失敗するからこそ成功したときの感慨もまたひとしおになる。

 失敗をセンスや努力でカバーすることに面白みを感じるものだ。


「ということで、めげずにもういっかい!」


 『腕』を操作すると、今度は力比べをしようなんて考えず、ウォードの顔面に一発くれてやる。


「……なんじゃ!?」


 見えない『腕』の一発にさしものウォードも混乱しているようだ。

 見えない攻撃に目を白黒させている。

 その混乱に付け込むようにもう一発。


「……ぐっ!」


 さらにもう一発。

 さらにさらにもう一発。

 百メートル近い巨人をタコ殴り。


「きもちいい!」


 先ほどから攻め立てられ続けた鬱憤を晴らさんばかりにクリアは見えない『腕』の殴打を繰り返す。

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