第5話 魔法とサイボーグ
「名付けて、『焼夷火球』!」
クリアがかざした手のひらから、高温の炎の塊が放出される。
それは直径一メートルほどの大きさの炎の球となって、岩石に激突した。表面を少しだけ焦げさせる。焼け焦げた匂いが鼻をついた。
「ふーん。どうやらやっぱり、あの焼死体を作り出したのはボクらしいね」
ヨークと少し話をした後、早朝に起こされた彼は二度寝をしたいと所望した。
その間にクリアはあの焼死体が自分の力によるものかどうか試したいと考え、洞窟の外に出て、近くの岩石に向けて試し撃ちを始めた。
結果すぐにその推測は事実によって裏打ちされた。
「……知らないうちに人殺してるなんて恐ろしい力だなー」
寝ている間の出来事に対してクリアの罪悪感はあまりない。
なぜなら寝ていたから。
意識のないときの自分の行動にまで責任を感じるほど、クリアは暇ではない。
「たぶんだけど、この力、ボクの中にある何らかのエネルギーを別のものに変換して、周囲に展開することができるみたい」
その結果があの障壁であり、この火球だ。
半ば手癖が覚えているように、少し意識しただけでそのエネルギーを炎に変換することはできた。
そして、炎になるなら、当然、別のものも考えられる。
「『流霞水球』!」
今度は水の塊を想像してみた。
思い描いた通りに水の球が出来上がる。焼け焦げた岩石に水がぶっかけられた。
「あとはそうだなぁ……、『疾檄雷球』!」
小さな雷の塊が岩石にぶつかり、そのまま拡散する。
岩石に雷は効果がない。
「ほかにも思い描けなくはないんだけど……、どっちにしろ『壁弾』一発の方が強いんだよねー」
『壁弾』というのは銃の弾丸に障壁を張ったあれのことだ。
障壁弾、縮めて、壁弾。
「銃の残弾は残り十四。次アイアンドールみたいなのと出会っても逃げを優先した方がいいかもなぁ」
拾った銃は残り二丁で、残弾数はそれぞれ七発ずつで合計十四だった。
ヨークも銃を持っているかもしれないが、さすがにその弾を強奪しようとはクリアも思わなかった。
「あの人が言うには、機械は日ごとに基地に帰って補給を済ませた後、日の出後しばらくして各地に展開するっていう話だったけど……」
空はわずかに白み始めていたが、太陽を拝むにはまだ間がある。
他にも試せることがあるのなら、今のうちに試しておくべきだと考えた。
「わう!」
吠え声とともに、先ほどからずっとクリアの横で実験を眺めていたカレンがクリアの顔を見上げてくる。
「カレン、どうかした? 何か言いたげな感じだけど、もしかしてまた何か見せてくれるの?」
「わうっ!」
元気のいい鳴き声で返事をしたかと思うと、先ほどからクリアが的にしている岩石にカレンは顔を向ける。
そして、その口元に炎の塊が生成されるのを見るに、クリアは目を見開いた。
「ぅわうッ」
威勢のいい鳴き声とともに、火球は射出された。クリアがさっき実験に使った岩石に寸分違わず命中し、その岩石を赤熱させる。その一部は溶けてしまってさえいた。
「えー」
あまりの威力の違いにクリアは驚くよりもむしろ不満げな声を上げた。
カレンはまるで自分の能力を誇るようにクリアを見て、わうっと力強く吠えた。
「最初に障壁を張ったのはカレンだし、火球も出せるのは何となく想像付くけど、威力違い過ぎない? あれどうやるの?」
「わう」
語ることのできないカレンは行動で示すと言わんばかりに、今度はさっきとは別の岩石に向かって火球を打ち込む。
今度の火球もまた岩石を溶かした。
続けて、水球。
水球では岩石をどうこうするのは難しいと思ったのだが、それは当たらずとも遠からず。
水球は岩石に衝突すると同時にその内部に浸透し、岩石そのものの形がわずかに歪む。
雷球はさすがに意味がないのか、カレンはやらなかった。
「……」
その結果を見て、クリアは考える。
クリアが火球を飛ばしたとき、岩石は表面が焦げただけだった。水球は水をかけただけ。雷球は効果なし。
それは物理的に同じことをやったときと同じ結果であると言える。岩石に炎を近づければ表面だけが焦げるだろうし、水の塊をかければただ表面が濡れるだけ。
確かに何もないところから火や水を生み出せるのはすごいことだろう。でも、時間さえかければ、それらを用意すること自体は他の誰にだってできる。
けれど、カレンが生み出した火球や水球の効果は違った。
表面だけではなく、内部にまで影響を及ぼしたように見えた。
「内部にまで、か……」
考えれば、あの炎はクリアの中の何らかのエネルギーを変換したものだ。
着弾後もある程度、クリアの自由に動かせたとしても不思議はない。
「……『焼夷火球』」
クリアの放った炎の球は、岩石に命中すると同時にその全体を包むように覆う。
そして、次の瞬間には炎は内部へと浸透し、岩石を内側から溶かした。それはカレンのときよりも激しい現象で、岩石全体がどろどろに溶けた。
「わぅーん……」
自分が起こした結果の数段上をいかれたからか、カレンが無念そうな鳴き声を上げる。
「要は、放った炎を放ちっぱなしにするんじゃなくて、放った後の動きをある程度制御することでより効果的な結果が得られるってことか」
あの炎はある意味クリアの手足の延長のようなものだ。
手元を離れても、コントロールすることはできる。
「なるほどね。教えてくれて助かったよ、カレン。これならいろいろ応用が利きそうだよ」
「わう」
試してみないと分からないが、アイアンドール相手なら火球でも何とかなりそうな気配はある。
「うへへへへ」
己の力がぐんぐんと伸びていく喜びにクリアは奇妙な笑い声を上げた。
※
※
※
太陽が地平線に覗いた頃になって、クリアはヨークの洞窟へと引き返した。
彼はすでに目を覚ましていて、朝食を取っているところだった。
干した鹿肉をかじっている。先ほどクリアとカレンもいただいたものだ。
「これ、あげる」
そう言ってクリアが放り投げたのは鹿の死体。
いろいろと試し撃ちしているうちにちょうどいい動く標的がいたので、ヨークがくれた保存食へのお返しにしようと考えたのだ。
ヨークは口の中の干し肉を咀嚼すると、まじまじと鹿の死体を見つめた。
「これを君はどうやって捕まえたんだい?」
「ん。これ」
説明するのが面倒だったクリアは洞窟の壁に向かって火球を放つ。
着弾した地点が赤熱したのを確認すると、水球で冷却する。
形は変化したが、また元通りの壁になった。
「記憶喪失だから理由は分かんないんだけどさ、こういう何だか分かんない特殊技術があるらしいんだよね、ボク」
「……君ってもしかしてサイボーグだったのかい?」
「サイボーグ? なにそれ」
「簡単に言えば、自分の体を改造して、アイアンドールみたいにした人のことかな」
「いやいや、そんなわけないじゃん。ボクがあんなごつい化け物に見えると?」
「大きさの話じゃなくて、機能の話さ。大抵のサイボーグは普通の人型をしているよ。でも、その中身はいろんな機械でごてごてと取り繕って、いろんな機能を追加しているんだよ」
「んー、多分違うかな」
少なくともクリアの体は機械でも何でもない。
ごつくもなければ、硬くもない。
どこもかしこもぷにぷにだ。
「不思議だね。まるで魔法みたいだ」
「魔法……?」
その単語にはクリアも引っかかるものがあった。
魔法という概念は何となく頭の中にはある。
だが、そのどれもが他の何か具体的な記憶と結び付きそうになると、瞬時に霧がかかったようになって何も分からなくなる。
「どうかした?」
「ううん、別に。魔法っていうなら確かに魔法かも。ていうか、多分これ魔法に間違いないと思う」
「えらく確信的だね。記憶はないんじゃなかったのかい?」
「記憶はなくても直感はあるから。魔法って言われたときぴんときた」
「君がそう言うんなら、じゃあ、便宜上魔法としておこうか。記憶がないから理由が分からないけど、君はその魔法が使えると」
「そう! そして多分さっき言ってた看守も既にやっちゃってるっぽい!」
「え?」
クリアは今度は何も包み隠すことなく、目覚めてからの詳細を話した。
「はあ、なるほど。起きてそばに看守の死体があって、その死体は焼け焦げていた。そして、君の魔法は炎を出せるし、無意識的にも発動しかねないと。それはもう君がやった確率は高そうだね」
「でしょ!」
テンション高く肯定し、クリアはさらに主張する。
「これはもう正面からぶち破るしかここを脱出する手段はないよね!」
「……なんでうれしそうなのかは置いておくとして、そこまでやってしまったのなら、確かに力づくで出るしかないだろうね。アイアンドールを片付けられるなら可能性はあるんだろうし」
ヨークは少し思案げに俯くと、しばらくして顔を上げた。
「分かった。それなら僕も協力するよ。前々から考えていたこともあるしね」
「えっと、別にボクは独りでも平気だけど……」
「君のためじゃないよ。誰が好き好んでこんな地獄に居続けたいと思うのかって話さ。魔法使いの君がいるなら、少なくとも囚人だけでやるよりは脱出の可能性も高まる。ていうことで、ちょっと行ってくるよ」
ヨークは大儀そうに立ち上がり、ぱんぱんと囚人服の汚れを払った。
「どこへ行くの?」
「他の囚人と話を付けてくる。ここを出たいとは誰しも思っているはずだから、二つ返事で協力してもらえるはずさ。今の時間ならぎりぎり自動機械に見つからずに移動できるかもしれないしね」
おもむろに出口の方へ歩き出したヨークは思い出したように足を止める。
「ああ、そうそう。君が手札を一つ明かしてくれたように、僕も一つ手の内を見せておこう」
「……何のこと?」
瞬間、振り返ったヨークの左手人差し指から発射された光が、クリアの顔の真横を通って洞窟の壁にぶつかった。
じゅっという小気味のいい音がして、壁に黒い跡が残る。
「実は僕もサイボーグなんだ。左手首だけだけどね。仕込んだレーザーでこれくらいのことはできる」
「……それはいいけど、なんでわざわざボクの顔の横を狙ったの?」
「え、なんでって、その方が雰囲気出るだろう?」
「……」
ひらひらと手を振って、ヨークが外に出て行く。
いまいち信用できそうにない人間だとクリアは思った。
「それにしても、サイボーグね……」
ヨークの口にしたその言葉が頭の片隅に引っかかった。