第13話 巨人と羽虫
空を飛び、巨人に向かう。
接近し、ウォードが魔力の探知範囲に入った瞬間、歪んだ魔力の波長に吐き気を催す。
彼の巨大な全身を覆うように黒い魔力が張り巡らされている。
ちょっとしたカルマ・クラフトでは、その鎧のような魔力を押しのけることは敵わないだろう。
仮に力業でそれを試みたとしても、現状でも十メートルに及ぶ全身全てに作用させるのは難しいはずだ。
その巨体の一部を剝がすことに成功したとしても、『肉体』の上書きが彼のブラックボックスの力である以上、新たな血肉を補給されるだけであまり意味はない。
「……!」
彼我の距離が数十メートルにまで接近したとき、ウォードはようやく戦う素振りを見せた。
周囲の廃材から手を離し、体の調子を確かめるように何度も拳を握る。
それから、ゆっくりと首を回し、クリアに視線を向けた。
「……透明の上書き」
試しに視覚情報を消し、距離を保ったまま並行に五メートルほど移動してみる。
ウォードの視線は消えているはずのクリアの姿を目で追った。
明らかに単なる自然光感知以上の感知手段を持っている動きだ。
恐らく温度感知だろう。
手下の二等級以下でさえそうした手段を用意していたのだ。
トップが持っているのは当たり前ではある。
それでも、確認しておくのは悪いことではない。
「自分からは動かないつもりかな」
こちらを警戒する素振りこそ見せているものの、今のところウォードに自分から距離を詰める様子はない。
ミミが既に負けているということで慎重になっているのか、もしくは元からそうした性格か。
何となくだが、クリアは後者のような気がしている。
『肉体』の上書きを使う前においても、既にウォードは巨体を有していたが、それでも、力任せに物事を進めようとするようなタイプには見えなかった。
トーマスへの対応は威圧的だったが、それは彼が断われないことを見越したうえでの態度。
むしろ強気に出れる相手にはとことん攻め、底の知れない相手には守りに入る。
そうしたしたたかさをクリアは感じていた。
「……」
空中でホバリングしながらじりじりとクリアはウォードに近づいていく。
眼下の森の中には三等級が数人、二等級も一人は確認できる。
今のところ彼らにも動きがない。
二等級以下の動きにも警戒しなければならないのが、クリアとしては面倒なところだ。
彼我の距離二十メートル。
「でかいなぁ」
ここまでくればほとんど目と鼻の先。
ビルのような大きさの人間が目の前に立っていて、見るだけで威圧される。
こんな相手を倒せるのかと自分でも疑問に思うほどだ。
それでも、戦う前から諦めているわけにもいかない。
どんな難事でもできると自分を励まして挑めば意外と何とかなるものだ。
「まずは小手調べから。焼夷火球」
空中に直径一メートルほどの大きさの火球が二十個ほど生成される。
直撃すれば、一つ一つがサイボーグに重傷を負わせるだけの威力はある。
ただし、ボールを投げる程度の速度しか出ないので、普通のサイボーグからすれば避けるのは容易い。
「行け」
ニ十個の火球を一斉に投射。
ウォードはわずかに目を細めると、廃材の中から鉄骨を何本か抜き出し、それを棍棒のように振るう。
空中で火球と衝突。
火球の直撃を受けた鉄骨はドロドロに溶けているが、ウォードへ当たった火球は一つもない。
お返しとばかりに、今度はウォードが溶けた鉄骨をクリアに投げ込んできた。
「障壁」
あえて避けることはせず、障壁で受ける。
それなりの威力はあったが、障壁を破るには至らない。
クリアの眼前で見えない壁に阻まれた鉄骨は森の中へと落下していった。
そのタイミングで地上からの銃撃を受ける。
「ちっ」
上空にいるクリアに当たる確率はそう高くないはずだが、動きを止めていて狙い撃ちされても面白くない。
ウォードとの距離を保ったまま左に並行移動し続ける。
さらにここでドローンもクリアの周囲に集まってきた。
そちらからの攻撃も無視できない。
「雷網!」
雷の網を展開し、近づいてくるドローンを撃墜しに掛かる。
クリアの注意が一瞬ドローンに向いた瞬間を見逃さず、ウォードは瞬間的にその距離を詰めてきた。
「っ!」
放たれた右拳はさながら隕石のような威圧感で、自らの会社の所有物であるはずのドローンを巻き込むのもお構いなしにクリアに迫りくる。
風球で加速度を得たクリアは紙一重のタイミングでその攻撃を避けた。
パンチの風圧だけでクリアの体が若干押し流され、体勢を崩したところにドローンが接近する。
「うざったい!」
ありったけの風球を弾けさせ、半ば吹き飛ぶような勢いでクリアはさらに上空へと距離を取った。
クリアが離れたことでウォードは一旦、攻撃をやめ、手近な廃材へと手を伸ばす。肉体の肥大化を行う方向へとシフトしたようだ。
既にその体は二十メートルほどの全長にまで巨大化していた。
その動きもクリアとしては見逃せないところだが、追撃してくるドローンをまずどうにかしないといけない。
「そうだ。いいこと思いついた」
追ってくる羽虫のようなドローンを見ていて、ピンと閃く。
クリアの脳裏に浮かんだのは先日のブラックボックス保管庫での戦闘。
『破裂』の上書きを用いた二等級サイボーグの戦い方だ。
『破裂』させた破片に触れたものさえもさらに『破裂』するねずみ算のような攻撃は無数のドローン相手にはぴったりと言える。
問題はクリアがそれを再現できるかというところだが。
ブラックボックスが魔力の塊である以上、同じく魔力を操るクリアにそれを真似できない道理はない。
ただ、プロの画家が描いた絵画を素人が完全に真似できないのと同じように、完璧に再現できるかどうかというのは難しいところがある。
「案ずるより産むが易しってことで……破裂火球」
試しに火球に『破裂』を付与できないかと近くのドローンに向かって放ってみる。
「あれ……?」
結果は普通にドローンが焼かれただけ。
その破片どころか、ドローン自体も『破裂』することはなかった。
「何が駄目なんだろう」
考えられるとすれば、火球は魔力を使って生み出しているものであるからして、そこにさらに魔力で因果を上書きしようとするのは原理的に不可能だという説。
障壁に『破裂』が効かなかったように、火球に『破裂』が乗らないのはある意味道理。
「まあ、試してみるのは悪いことじゃない。この土壇場でやるのは大分とち狂ってるかもしれないけど!」
無数のドローンを雷網で薙ぎ払い、地上からの銃撃にも意識を割き、ウォードの動きにも気を配る。
さらに新しい戦術を試みようとするのは控えめに言っても正気の沙汰ではない。
とはいえ、元からクリアもあまり正気ではないので、この状況で試行錯誤することをむしろ楽しんでさえいる。
それは一種の油断と言えるかもしれなかったが、肝が据わっているという意味ではクリアの長所であり、そして、短所でもある。
「魔法で駄目なら直接魔力をぶち込む!」
ステッキで加速し、近場のドローンに取り付いたクリアはそれに魔力を流し込み、『破裂』の上書きを試みる。
――が。
「あれ、なんかやばっ――」
魔力を流し込んだドローンを『破裂』させる。
そのことばかりに気を取られたクリアはかなり早すぎる段階で魔力に『破裂』を付与してしまう。
具体的に言えば、クリアの右腕からドローンに魔力を流し込むまさにその段階で。
そうすると、何が起こるか。
ドローンを『破裂』させる前にまずクリアの右腕で効力を発揮した『破裂』は、クリアの右腕を内部から容赦なく『破裂』させた。
「いっ……!」
骨が砕け、肉が割け、血が飛び散る。
目障りなドローンを一掃するはずの『破裂』は逆にクリアの右腕を奪っていった。
完全な自爆。
一瞬、目の前の凄惨な光景に頭がフリーズし、遅れてやってきた純然たる痛みにクリアの意識が悶絶する。
早すぎるカルマ・リライトで『二次破裂』までは起こらなかったものの、クリアのダメージは甚大。
痛みで意識が飛びかけ、上空からあえなく落下する。
そこにドローンが一斉に殺到していった。
「ばかすぎじゃん……」
勝手に自爆して勝手に追い詰められている自分に笑いそうになり、クリアはからくも意識をつなぎとめた。
迫ってくるドローンに残る左腕を向ける。
「全部、君らのせいだ」
意思なきドローンに責任転嫁し、痛みに耐え、まずは降りかかる火の粉を払うべく、魔力を練る。
正直、致命的な隙を晒し過ぎたので、運が悪ければ頭を撃ち抜かれて死ぬかもしれない。
死因が自爆は嫌だなとクリアが現実逃避し始めたところで、殺到した無数の『腕』がクリアの周囲のドローンを全て薙ぎ払っていった。
「……え?」
攻撃に向けるはずだった魔力を瞬時に切り替え、空中に障壁を張ることで着地。
軽く周囲を見渡せば、付近のドローンは全て空中に浮かぶ『腕』によってその数を減らしている。
「……因果断絶」
自身の腕を『破裂』させたカルマ・リライトをカルマ・ディバイドによって打ち消し、クリアの右腕は復活した。
脳を焼き切るかと思われた痛みからも解放され、現状理解に努める。
何が起きたかを推測するまでもなく、クリアの側に人間の腕を模したドローンが一機近づいてきた。
そのドローンの内蔵したスピーカーから聞き慣れた声が耳に入る。
「クリア君、無事か!?」
「……トーマスさん?」
「そうだ、私だ! 追手を撒くのに時間が掛かってしまったが、遅ればせながら私も参戦する!」
「……変なことは何もしなくていいって言ったのに」
「悪いが、もう手遅れだ。既に隙を突いて三等級を一人片付けている。私も君と同じお尋ね者さ!」
どこか嬉しそうに言うトーマスにクリアは苦笑を浮かべた。
「実はずっと反逆したかったんでしょ?」
「当たり前だろう! 己をとことん冷遇する組織に誰が従っていたいものかね!」
半ばやけになっているようにも感じるが、そこまで言うのならクリアも止める気はないし、彼の言う通りもう手遅れだ。
「君の弟子たちも既にこちらに向かっている様子だ。島の北東で、企業側のドローンが多数撃墜されているらしい」
「あー、もう、みんな来ちゃうんだ。せっかく必死こいてかくまってたっていうのにさ」
「島全体がこうも騒がしくてはどの道仕方がないだろうね。それに皆、君に助けられた者たちだ。恩人を前線に立たせて、自分だけ安穏としていることはできないさ。私も含めてね」
「……じゃあ、もういいよ。みんなで戦おう」
「ああ、ドローンは私に任せたまえ!」
トーマスは力強く宣言する。
そのまま『腕』は離れていこうとしたが、すぐに戻ってきた。
「言い忘れていたが、人質のことだ」
「あ、そうだ。どこに捕まってるかとかって分かる? 無事?」
「無事ではあるだろうね。ある意味、一番安全な場所だよ」
「どこ?」
「ウォードの体内だよ」
「……え?」
思わず耳を疑った。
「奴は人質の集まった本部棟をそのまま『肉体』として取り込んだのだよ。だから、人質たちは奴の体内で意識を失った状態で置かれているはずだ」
「それって大丈夫なの?」
「死ぬことはないだろうね。そもそも君をここにおびき寄せることが人質をさらった主目的だった。目的は達せられたのだから、彼らにそこまでの興味もないだろう。ただ、あえて『肉体』に取り込んだのは」
「いざという時の保険?」
「というところだろう」
自分が危なくなれば、人質を盾にする。
どこまでも卑劣なことだと思う。
クリアの魔力探知に人質が引っかからなかったのは、彼の『肉体』を覆う黒い魔力が邪魔をしたからか。
濁流のような黒い魔力の中にあって、人質の魔力だけを感知するのはいくらクリアでも不可能だったということだ。
「人質を助けたければ大人しく殺されろとか、そういうべタなこと言ってくるかと思っていたけど」
「それは七大企業としてのプライドが許さないだろう。それに人質が君にとってどこまでの価値を持つかは彼らにとっても未知数なのだよ。命まで投げ出すほど大事だとは彼らも信じていないのだろう」
「ま、そうか」
クリアも自分の命を捨ててまで人質を助けるかというと、ノーと首を振る。
そこまで大事に思っているわけではない。
たとえそれがカレンであっても、かなり悩むところだ。
「ちなみに、後から連れてこられた人質とかいる? 直前までボクと一緒にいた学生三人がさらわれたんだけど」
「人質は連れ去りやすい者から順次さらっているはずだ。私は見ていないが、恐らく既に全員ウォードの体内だろう」
「じゃあ、やっぱりあいつをどうにかしないとか」
何だかんだと時間を与えてしまい、気付けばウォードは五十メートルほどの大きさに膨れ上がっている。
正直こうなると、どうやって倒せばいいのかクリアもよく分からない。
「……済まないが、私の方に追手が来たようだ。これ以上のことは教えてあげられそうにない」
「ううん。助かるよ。トーマスさんのおかげで助かった」
実際、結構、命の恩人ではある。
クリアの自爆で危なかっただけとはいえ。
「じゃあ、命大事にね、トーマスさん!」
「君も絶対に死なないでくれ!」
彼の『腕』と別れを告げ、クリアはステッキに跨って飛び立つ。
露払いはトーマスがしてくれた。
周りのサイボーグもクリアの弟子たちが何とかしてくれることを祈ろう。
ウォードへの障害は取り払われた。
今度こそ本当に直接ぶちのめせる。
「もう余計なことは考えず真正面から!」
クリアは自身の正面にありったけの魔力を込めて障壁を張り、上空からウォードへ突貫する。
巨大化に励んでいた彼も目ざとくクリアの動きに気付いた。
迎撃の廃材を放り投げてくる。
「っ……!」
それらをかわしながら超速で飛び続けた。
今度は迎撃に右拳が飛んでくる。
「気合で避ける!」
などと言いつつ、カルマ・スライドで前方にスライド移動。
右拳をすり抜けて回避。
目を見開いたウォードが今度は左拳をアッパーカットで放ってくる。
下から迫る巨大な拳とクリアの体との間に障壁を展開。
障壁は一瞬、拳を受け止めたが、次の瞬間にはあえなく破壊される。
それでも、クリアが通り抜けるだけの時間は稼げた。
「吹き飛べデカブツ!」
遮るもののなくなった空中でクリアは全力の障壁をまとった体当たりをウォードの顔面に敢行した。




