第12話 接近と不動
現状、森の中、空を飛んで本部棟に接近することは容易いが、空を飛べばドローンなりセンサーなりに感知されるかもしれない。
感知されれば、海上でやっていた戦いを今度は島の上空で行うことになり、さらには地上からの箱持ちの援護が加わることになる。
さすがに数の差がえげつないことになるだろう。
魔力の総量という数値面で比較したとしても、もともとこちらが負けているのだ。
そこに数的不利まで加えて、正面衝突するわけにはいかない。
一旦姿をくらますことに成功したのだから、できれば潜伏しつつの各個撃破を狙いたいところ。
「カルマ・スライドは……やめとこっか」
森の中は見通しが悪い上にカルマ・スライドで移動すると、近くに敵がいても気付かない可能性がある。
サイボーグは魔力探知できるが、無人機にはそれができない。
最悪、敵のすぐ目の前に移動するかもしれない以上、カルマ・スライドは使えない。
一応、クリアが死んだかもしれないという疑念を向こうに植え付けているのだから、クリア・リライトで姿を隠し、隠密に接近するのが最善の選択肢のはず。
ということで、サイボーグというよりはどちらかというと、不意の無人機との遭遇に警戒しながら森の中を進む。
やがて明らかに箱持ちと思しき魔力反応がクリアの感知範囲に引っかかった。
「二等級が五人……」
戦力的には過剰も過剰。
二等級は五万人分の魔力ということなので、既に二十五万人分の魔力がそこに集約されていることになる。
クリアの溜めたクリアボックスの魔力と比べても、既に総量で負けている。
とはいえ、見かけ上の数字にそこまでの意味はない。
魔力量を天秤にかけて勝負しているわけではない以上、画一的なブラックボックスの力に対して、魔法も含めた多様なカルマ・クラフトを用いるクリアでは、単純な比較にならない。
正面からかち合ったとして、勝敗がどうなるかは読めないところはある。
「まあ、だとしても、今はまともな勝敗にこだわる気はないんだけど」
クリアはカルマ・スライドを発動させた。
五人の二等級サイボーグの前に突然出現する。
「……!?」
息も付かせぬままに、ただ単純な無形の魔力のみを彼らに向かって放出した。
全員のブラックボックスにそれが到達したのを見届けると、再びカルマ・スライドを発動。
反撃を受ける前に即座に十数メートルの距離を取る。
ちらりと後ろを窺えば、既に彼らの体からは黒い煤が噴き出していた。
クリアは懐から取り出したシャープフォンを構えると、その様子をつぶさに撮影し始める。
「セーフティが起動しちゃったねえ」
裏切り者を始末するために二等級以下のブラックボックスに仕掛けられているというセーフティ、それを起動した。
結果、黒腐が噴出する。
この世界の『クリア』が仕掛けたというセーフティを起動するための鍵はクリア自身の魔力。
世界が変わっても同質らしいその魔力をブラックボックスに触れさせることさえできれば、究極的には二等級以下のサイボーグなど相手にならない。
その代わり、黒腐という災害が噴き出すことになるわけだが。
こうして呑気に撮影などができるのも、ここがアイアンガーデンで、一般人がほとんどいないからだ。
巻き込まれるのはわずかにいる七大企業の関係者や収容区にいる囚人など。
囚人に関しては壁に囲まれた収容区にいるはずなので、ほとんど被害は受けないだろう。
クリアが助け出し、弟子とした者たちに関しては例外だが、彼らは彼らで魔法を教えてある。
簡単に餌にされることは多分ないだろう。
本当はそこも配慮するべきかもしれないが、今の状況ではそんな甘いことは言っていられない。
消耗を避けて二等級を片付ける以外に優先すべき事情など今は存在しない。
「さすがに二等級五人といきなり連絡が取れなくなったら、ボクが生きてるってばれちゃうよね?」
それでも、ここでこれだけ一気に片付けられたのは大きなアドバンテージになったはず。
向こうにどれだけの駒がいるのかは知らないが、さすがに五万人規模のブラックボックスをそう多くは所有していないだろう。
戦力の逐次投入は愚策とはいえ、一気に五人も送ってきたのが逆に仇となったと言える。
「いてもあと一人、二人じゃないかな」
三等級はそれなりの数がいるかもしれないが、それもセーフティを起動させてしまえばどうとでもなる。
人質さえどうにかすれば、あとはウォード一人に集中するだけでいい。
そのウォード一人が大変だろうが、やれることをやるしかない。
一等級にはセーフティも利かない以上、直接対決は避けられないのだから。
「ばれる前にできるだけ距離稼がないと」
もはや無人機に発見されるリスクも顧みず、クリアはカルマ・スライドでの移動を開始する。
森の中を瞬間移動のように移動し続け、本部棟への距離を詰める。
感知範囲に一般サイボーグの反応を捉えたところで一旦、移動をやめた。
どうやら本部棟を囲うような形でサイボーグを展開しているらしい。
ちらほらと三等級の反応も感じられるが、どれも密集せず、散らばっている。
二等級の件は既にばれたと見ていいだろう。
恐らく一カ所に集めたせいでまとめてやられたと判断したのかもしれない。
だからこそ、三等級はばらして配置している。
まとめようが、散らそうが、セーフティを起動すればいいだけなのだから問題はないが、散らばると一気に片付けるのが難しいという意味では、確かに面倒ではある。
「ウォードの反応は……まだないか」
この場で一番注意すべき対象は一等級ブラックボックスを持つウォード・リンページ。
彼のブラックボックスの魔力は今のところ感知範囲にない。
人質の反応も感じられないので、本部棟まではまだ少し距離があるのだろうが、これ以上近づくと、周囲を警戒しているサイボーグのサーマルゴーグルなり、無人機のセンサーなりに引っかかってしまうだろう。
クリアが姿を消していることは向こうも織り込み済みだろうから、クリア・リライトには気休め程度の効果しかない。
こうなると、これ以上潜伏にこだわるのは無意味と言える。
「ま、頃合いかな」
クリアはクリア・リライトを解除すると、ステッキに跨る。
即座に上空に飛びあがると、一番近い三等級に一直線に向かっていった。
「――敵襲!」
その周囲のサイボーグが銃口を向けてくるのには目もくれず、三等級に無形の魔力を放出した。
魔力が当たったかどうかも確認せず、そのまま彼らの頭をかすめる形で通り過ぎる。
黒腐の波長であるマイナスの魔力が次々と湧き出してくるのを感じ取り、一般サイボーグの悲鳴も聞こえてきたところで、クリアは次の三等級へ向かう。
だが、さすがに敵の反応も早かった。
近くにいた部隊から上空にいるクリアに一斉に銃撃が放たれる。
遠目からはドローンの大群もこちらに近づいてきていた。
地上からの攻撃を避けるように高度を上げると、クリアは上空から目的地である本部棟を視認した。
まだ感知範囲の外ではあるが、見通しのよい上空からなら位置自体は確認できる。
そして、正確に言えば、そこにあったのは本部棟ではなかった。
本部棟と同じ大きさをした巨大なサイボーグの姿。
イエローコート国土建設、一等級サイボーグ、ウォード・リンページ。
『肉体』の上書きを有するという彼は既にブラックボックスの力を使って、本部棟そのものを自身の肉体として取り込んでいたのだろう。
「もう戦う準備は万全ってわけね」
腕を組み、胡坐をかいて瞑目していた彼がゆっくりと目を開く。
遮るもののない空中で彼の視線がクリアの姿を一直線に射抜いた。
表情一つ変えずに泰然自若とした様子でウォードが立ち上がる。
全長で言えば、既に十メートルはあるだろう。
遠目で見ていてもその巨大さが分かるほどに異常な光景だ。
人間の形をしたものが森の木々よりも大きく、それらを見下ろすほどのサイズ感で立っているというのはついつい目の錯覚か何かを疑ってしまう。
「あれで最大サイズならまだいいんだけどね」
明らかに彼の周囲には、その『肉体』の材料とするために集めたのだろう廃材や廃棄車両などの山が並んでいる。
彼がそれに手を伸ばせば、廃材の山は瞬時に溶けた黒い流体となり、彼の体にまとわりついていった。
そして、その体をさらに肥大化させていく。
ウォードはただそうやって自分の体を巨大化させながら、クリアの方を見つめている。
攻撃する気配も見せず、ただ悠然と。
まるでこちらから来るのを待っているかのようだ。
「……実際、放置すればするだけでかくなるっていうのなら、時間はあいつの味方をする」
周囲にいる二等級や三等級の処理もまだ終わっていないが、それでも、真っ先に狙うべきは奴。
もともとクリアに挑戦状を叩きつけてきたのも彼なのだから、ある意味、あいつ以外はどうでもいいとも言える。
「叩き潰すっ!」
クリアは猛然とウォードに向かって飛んでいった。




