第11話 取引と無人機
「やあ、大変そうだね」
クリアがその場から飛び立とうとしたタイミングで、聞きなれた声が投げかけられる。
振り返ると、小憎らしい表情をしたヨークの姿がそこにあった。
「何しに来たの、ヨークさん」
「ご挨拶だね。何だか大変な状況みたいじゃないか。君が求めるのなら、僕も多少の手助けはしてあげないこともないよ」
「消えてくれる? 悪いけど、今ボク怒ってるからさ、ヨークさんの話に付き合ってあげるだけの心の余裕がないんだよね」
「魔法塾だっけ? 珍妙な集まりを始めたそうじゃないか。かわいい弟子たちが攫われたんだろう? 助けるためには情報が必要じゃないかな。いくら君でも無策で正面から突っ込むのは避けたいはずだ」
「……」
正直なところ、別にそうしたってかまわないぐらいの衝動は心の中にあるが、だからといって、そのヨークの言葉に合理性を見出せないほど、まだクリアも理性を失ってはいない。
「……何が望み? ただで助けるってわけじゃないんでしょ」
「話が早くて助かるよ。条件は至ってシンプルだ。今後一切ユリアに魔法を教えるのはやめろ」
「ユリアに? なんで?」
「理由を聞く権利は君にはない。やめるかやめないか、答えはそれだけだ。やめると答えれば、君が君の弟子を助けるのを手伝おう。やめないと答えれば、これ以降、僕は君に手を貸すことはない。簡単な話だろう? 別に縁を切ろと言ってるわけじゃない。ただ魔法を教えるのをやめるだけ。それだけで僕の協力が得られる。悪くない取引だと思うけどね」
ヨークの思惑は分からない。
一体それで彼にどんな利益があるのか疑問は尽きないが、確かにそのくらいのことで彼の協力を得られるのなら、悪くない取引とは言えるのだろう。
「でも断るよ」
「……なぜ?」
「一度教えると言った以上、最後まで責任もって続けるのが師匠の務めだと思うんだよね」
「たかだかそのくらいの気位で、僕の協力が得られなくてもいいと?」
「何か勘違いしてない? ヨークさん」
「勘違い? 何を?」
「――初めからお前なんかいらない」
辛辣にそう告げると、さしものヨークも顔色を変えた。
にらみつけるような目でクリアを射抜く。
「……いい度胸だ。なら、僕は精々君がぼろぼろになって奮闘するのを見物させてもらうことにするよ」
「負け犬の捨て台詞だね」
「……」
クリアの煽りにどんな反応も返すことなく、ヨークは煙のように消えた。
残されたクリアは軽くため息を吐いた。
「ごちゃごちゃとうるさいんだよ。条件とか手助けとか。黙って手助けするならまだしも、やめるやめないだの、面倒この上ない」
今のクリアにとって重要なのはむかつく相手を叩き伏せることだけだ。
取引などハナからするつもりがない。
大体、人の弱みに付け込むような取引なんて、たとえ内容に利があるものに思えたとしても、まともなもののはずがない。
大抵、後で泣きを見るのは自分なのだ。
「あー、時間無駄にした」
今度こそクリアは飛び立ち、アイアンガーデンに向かった。
※
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本土とアイアンガーデンを結ぶ地下道は使わない。
そのルートをこちらが知っていると認識されて、後で塞がれたりしても困るし、それ以前に待ち伏せされている可能性もある。
狭い場所で箱持ちを相手にするのもクリアとしてはやりたくない。
となれば、魔力消費を度外視してでもポイント・リライトで移動するか、空から行くかの二択になる。
クリアは空から行くことを選んだ。
「やばくなったらポイント・リライト使えばいいし」
空を飛ぶという目立つやり方で接近する以上、迎撃されるのは必至。
それでも、ポイント・リライト自体はいつでも使えるのだから、そちらに注目を集めておいて、いきなり接近することもできる。
一人で囮と本命の役割をこなせるのがポイント・リライトの強みだ。
魔力消費だけは重いが、溜めたクリアボックスがその弱点を帳消しにしてくれる。
ということで、まずは様子見の空中からの接近。
カレンには連絡したが、まだ仕事が長引いているのか返事はない。
最悪、間に合わないだろう。
三時間という時間制限がある以上、クリアも悠長にしているわけにはいかない。
「来たね」
アイアンガーデンと本土とのちょうど中間辺り、海上でクリアは前方から大量のドローンが飛んでくるのを目視した。
振り返ると、本土側からもドローンは飛んでくる。
どうやら挟み込むつもりのようだ。
「相手もこれで仕留められるとは思っていないだろうけど」
目的はこちらの消耗を狙うものだろう。
ブラックボックスにしたってエネルギーは有限だ。
向こうもこちらが無限に魔法を放てるとは考えていないはず。
少しでもその力をそごうと考えるのは自然な発想だ。
「大した削りにはならないけどね!」
クリアは自身の周囲に雷の網を張り巡らせると、その範囲を徐々に広げていく。
接近するドローンが網に掛かればすぐに撃墜できるように。
けれど、ドローンとの距離が数百メートルまで近づいたところで、視界に靄が掛かり始めた。
「霧……?」
クリアの周囲に急速に深い霧が漂っていく。
明らかに人工的な現象だ。
クリアの視界を遮るために霧を発生させている。
ブラックボックスの類いではなく、純粋な科学技術だろう。
海上だからこそ、霧を作るための材料は豊富にある。
「ちっ……」
見えない霧の中、無数のドローンの駆動音が不気味に響き渡る。
周囲に張り巡らせた雷網にかかり、次々と撃墜されていっているはずだが、それでも、その網を抜け、こちらに近づいてくる。
魔力を持たない以上、ドローンの位置は魔力感知では把握できない。
目視で探る必要があるわけだが、この視界ではそれも難しい。
結果、網を抜けてきたドローンが次々とクリアに攻撃を仕掛けてくる。
「っ……雷球」
接近し、銃撃してきたドローンを雷球で撃ち落とす。
障壁で攻撃自体は防げるが、それも万能ではない。
三百六十度全てを障壁で覆うのは不可能で、どうしても死角は生まれる。
ドローンは後ろからも迫ってきているために前方にも後方にも気を抜けない。
またドローンの総数も分からない以上、ぐずぐずしていてはこちらが不利になるだけだ。
「さすがにこのまま正面突破は難しいかな」
アイアンガーデン側から飛んできているドローンの数が多い上に、現状クリアはそちらに向かって飛んでいるのだから、進めば進むほどその数は増えていく。
真っすぐ突き進むのは難しい。
進行方向を右に傾ける。
アイアンガーデンを左に置き、斜めに少しずつ近づいていくような形で飛行する。
それでもまだ霧の範囲からは逃れられないが、接近してくるドローンの数自体は減っていく。
それらを撃墜しながら、何とかアイアンガーデンへの接近を試みる。
銃撃をいなし、火炎放射をいなし、電撃をいなし、接近してくるドローンを次々に撃墜しながら、アイアンガーデンへと近づいていく。
「……先回りされたか」
そうしてアイアンガーデンの岸が大分近づいてきたところで、一気にドローンの数が増えた。
恐らく進行方向から先読みしてクリアの向かうであろう地点にドローンを集結させたのだ。
霧のせいで先の見えないクリアはその中に飛び込む形となった。
そこら中からドローンの駆動音が聞こえる。
「くっ……」
雷網をかいくぐって数十機単位のドローンがクリアの至近距離まで到達する。
それらが一斉に爆発した。
「っ……因果滑落!」
火花が見えるか見えないかといった段階で、クリアは因果の滑落を発動させる。
落下するという因果を滑落し、クリアの体は瞬時に海中へと投げ込まれる。
辛くも直撃は避けられた。
それでも、飛び散った破片がクリアの腕や脚に擦り傷を作っていた。
びしょぬれになりながら、クリアは海上に作った障壁の上に這い上がる。
「最悪っ……!」
塩水に浸って、服が肌に張り付いて、不快感が押し寄せる。
けれど、今はそんなことにこだわっている場合ではないと思いなおして、即座にステッキに跨ってアイアンガーデンの岸へと直行する。
幸い、一時的に標的を見失ったドローンの隙を付いて、上陸することに成功した。
そのまま草木生い茂る森の中へと身を隠す。
動植物が生い茂る森の中なら、温度探知で探し出すのも容易ではないはずだが、それでも、警戒は怠らない。
「まずは人質の位置を見つけないと」
ウォードがいるのは多分トーマスが常駐している本部棟の近くだろうから、人質もそこにいるはず。
飛行ルートが逸れたせいで、そこまではそれなりに距離がある。
あのドローンの爆発で死んだと誤認させられていれば重畳だが、さすがに相手もそこまで馬鹿ではないはず。
必ず捜索部隊は送られてくるだろうし、爆発地点から近いこの岸にもやってくるのは間違いないだろう。
「十中八九箱持ちだろうなぁ……」
面倒くささを声に滲ませながらクリアは一人つぶやく。
声音と言葉の割には、クリアの顔がどこか楽しそうに笑っているのは、追い詰められれば追い詰められるほど負けん気が顔を出すクリアの性格によるところ。
クリアは負けず嫌いだ。
逃亡は敗北と同じ。
ゆえに決して逃げることもしない。おもねることもしない。屈することもしない。
これは明らかにクリアへの挑戦なのだ。
挑戦は全て叩き潰してこそ甘美な勝利を得られる。
負けるのはもうたくさんだ。
避けられない戦いならば楽しんで勝つだけ。
「へへへへ……」
森の中で一人、不気味に彼女は笑った。




