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第10話 怒り

 手を握ったマミとメリアに魔力を流す。

 マミの方は無反応だったが、メリアが驚いたように手を引っ込めた。


「い、今のって……」

「魔力だよ。感覚鋭いねー、メリアは」

「これが魔力……」


 メリアがぱちぱちと瞬きを繰り返して、自分の手のひらを見つめている。

 試しに何の加工もしてない魔力をメリアの顔に向けて飛ばしてみると、反射的に彼女は目をつぶった。


「あ、やっぱ感じるんだ。メリアの魔力探知力は訓練いらないレベルだね。才能豊かでボクはうれしいよ」

「えっと……どういうことでしょうか?」


 分かってない様子のメリアにクリアは少しだけ考えて答えた。


「魔法ってさ、自分の中にある魔力を使うんだよ。だから、自分の体内にある魔力を感知できないと、それを練り上げて変換するっていう工程もうまくいかないの。魔法っていうのは、感知し、練り上げ、変換するっていう主に三段階に分かれるわけ。で、何も教えられずにそれができちゃってるメリアは既に第一段階クリアってこと」

「なんか実感は湧かないですけど、うれしいです」

「すごいわね、メリアさん」


 素直に賞賛したマミに今度は向き直る。

 その手を両手で包み込んだ。


「メリアはできるっぽいから、ちょっと待っててね。先にマミさんの方から」

「はい。大丈夫です」

「じゃあ、マミさん、今度はさっきよりいっぱい流すから、感じたら教えて」


 黙って頷いたマミに少しずつ量を増やしながら魔力を流す。

 目を閉じて集中した様子だったマミがやがて「あ」と声を漏らした。


「感じた?」

「……何となくは。だけど、なんかちょっとくすぐったいかなって程度よ」

「最初はそんなもんだよ。反復練習で感覚は鋭くなるはずだから」

「なら、もう一回流してくれるかしら」

「おっけー」


 再び握った手に魔力を流す。

 今度は先ほどよりも早い段階でマミは反応する。


「来たわ。さっきよりもはっきり感じられる気がする……かも」

「いいね。マミさんも覚え早そう」


 少なくともアイアンガーデンの元囚人たちよりは大分覚えが早い。

 彼らは魔力を感じ取れるようになるだけのことでも数日を費やした。

 それに比べればメリアは言うに及ばず、マミも規格外に早い。

 その後、何回かマミに反復練習したところで、徐々に感覚も研がれてきたので、一人寂しく歌っていたトメイトを呼びつけた。


「やっと俺の番すか」

「うん。手出して」

「……ど、どうぞ」


 なぜかおっかなびっくり差し出してきた手を両手で握る。


「何か流れてきたなって感じしたら教えてね」

「了解っす」


 トメイトの手に魔力を流し続ける。

 三十秒が経過し、一分が経過し、二分が経ったところでクリアは聞いた。


「何も感じないの?」

「……すいません、分かんないっす」

「まあ、普通はそうだよね」

「も、もうちょっとだけやってみてもらっていいっすか」

「おっけー」


 かなり多めに魔力を流してみるが、やはりトメイトの反応はない。

 心なしかその頬は赤いが、魔力を過度に流した影響だとすると、そこまでやって何も分からないのはかなり鈍い方なのかもしれない。


「トマト君は結構鈍い方なのかな」

「申し訳ないです……」

「まあ、そういうこともあるよ」


 クリアが納得しかけたところで、マミが差し込むように言った。


「私には女の子の手を握って心ここにあらずっていうふうに見えるけど」

「ちょ!? 浅野さん、何言ってんすか!」

「……」


 反射的にクリアは手を離す。

 ジトッとした目をクリアは彼に向けた。


「……トマト君」

「……はい」

「ボクは真面目に教えようとしてるんだよ。それを何? 君は色気づいてまともに取り組もうともしてなかったってわけ?」

「す、すみませんでした」

「はあ……」


 クリアがため息を吐くと、マミが軽くフォローを入れるように言った。


「どっちかというと、高校生男子に女の子の手を握ったまま別のことに集中しろって言う方が酷なんじゃないかしら」

「そういうもんなの? トマト君」

「……たぶん、そういうもんです」

「そうなんだ。見識を得たね」


 元囚人たちは比較的年齢の高い男性ばかりだったので、そういうところには思い至らなかったが、若いとそういうこともあるんだなとクリアは他人事のように思った。

 クリア自身は今のところ色恋に興味はない。

 いろいろな意味で、そうしたことにとらわれる余裕がないのだ。


「でも、手つなぎが無理っていうならどうしようかなー」

「それって触れていれば何でもいいのかしら」

「んー、まあ、魔力を流して感じ取ってもらうのが大事だから、基本的にはそうだよ」

「じゃあ、上から踏みつければいいんじゃないかしら」

「あー、その手があったか!」

「……え、何言ってんすか、二人とも」


 困惑するトメイトをよそにクリアはおもむろに席を立つ。

 それから、ソファの空いているスペースを指差して言った。


「トマト君、寝て」

「……あのー、本気で言ってます?」

「仕方ないじゃん。手をつないだ程度で動揺するトマト君が悪いんだから。それとも、他に方法あるなら聞くよ」

「ちょっと待ってください。今、代替案を考えるんで!」

「制限時間五秒ね。はい、五、四、三、二、一」

「え、ちょ、ま……!」

「ゼロ! はいだめー。トマト君は大人しく寝てください」

「いや、待ってくださいって」


 未だぶつぶつと反抗しようとするトメイトを魔力で引っ張って強引にソファに寝かせる。


「うわ!」

「はい、動かないでね。背中に感覚集中してー」


 ソファの上にうつぶせに寝っ転がったトメイトの背中に靴を脱いで片足を乗せる。


「いや、てか、よく考えたら別に肩とかを手でつかめばいいだけだと思うんすけど!」

「あ、そういえばそうだね。でも、もういいじゃんこれで。もう踏んじゃってるんだし。はい。流すよー」

「……俺は一体、何をさせられてるんだ……」


 諦めたように独り言をつぶやくトメイトの背中に魔力を流す。


「どう? 感じた?」

「あー、なんか背中に違和感があるような気がしないでもないです」

「いいじゃん。このまま続けるね」

「いいなー、わたしも踏まれたい……」


 何か恐ろしい独り言が主にメリアの座っている方向から聞こえてきていた気がするが、魔力操作に集中しているクリアの意識には残らなかった。

 そのままトメイトの背中に魔力を流し続けると、やがて彼が「ん?」と声を漏らす。


「なんかすっげえ背中が熱い気がします!」

「あ、分かった? この方が分かりやすいかなと思って、魔力を熱に加工してるんだけど」

「背中から全身に熱が広がる感覚! これが魔力なんすね!」

「そうそう。そのまま普通の魔力に徐々に変えてくから、そっちも感じ取ってみてね」


 熱に変換していた魔力をまた無加工の魔力に変えて流していく。


「あー、なんか血の流れに乗って何かが流れてる感じします!」

「うん。トマト君もいけるじゃん。三人とも優秀だ」


 さすがカレンの審査に通っただけのことはある。


「じゃあ、この感じで、今度は三人で魔力を練り上げる練習もしてみよっか」

「了解っす」

「分かったわ」

「分かりました」


 その後も二時間ほどクリアの指導は続き、驚くほどの速度で三人は魔力の操り方をマスターしていった。


 ※


「今日はありがとねー」

「あざした!」

「とても有意義な時間だったわ」

「ありがとうございました!」


 集合場所の駅前で三人と別れ、クリアは帰宅の途に着いた。

 変装しているので、空を飛行するわけにもいかず、帰りは徒歩。

 魔法塾の充実ぶりに若干上機嫌になって、クリアは軽い足取りで自宅までの道のりを歩む。

 人の多い大通りを何度か曲がって住宅街に近づいていったとき、ふと違和感に気付いた。

 魔力探知で感じる範囲にやけにサイボーグが多い気がする。

 基本イーリスにはサイボーグだらけなので、人の多い所に行けば、一々サイボーグかどうかを気にしてはいられない。

 けれど、今の場合、大通りから外れて、人気のない道にクリアが進めば進むほど、周囲にサイボーグが増えている感じだった。

 クリアと一定の距離を保って歩いている感じで、軽く十人はいる。


「でも、箱持ちはいないんだよね」


 少なくともクリアの感じ取れる範囲にブラックボックスの反応はない。

 全て通常のサイボーグ兵士だ。

 クリアを魔法少女カレンだと推定して襲撃をかけようとしているのならば、そんな編成にするわけがない。

 現にこの前の襲撃にも箱持ちは複数いた。

 なら、明らかにこれは目的が別になる。


「とりあえず様子見」


 自宅に戻るのは避け、別の方向に歩き出す。

 今までの進行方向とは明らかに別の方へ向かっているのだが、周囲のサイボーグたちも同じように付いてくる。

 たまたま通りかかっただけという感じではなかった。


「……面倒だね」


 クリアは変装しているので、この変装姿が魔法少女カレンであると認識されてしまうのは避けたい。

 この姿が魔法少女の変装だとばれれば、街路カメラの映像などから今日クリアがメリアたちと一緒にいたことはすぐに分かるだろう。

 それで彼女らに余計な迷惑を掛けてしまうのは本意ではない。


「これはあれだね。助けてカレン!」


 そろそろカレンの仕事も終わる時間帯だ。

 彼女が帰ってくるのを待ち、彼女に始末してもらおう。

 それまで時間を稼がないといけないが、人通りの多い道を選べば、サイボーグ兵士が何をするにしてもある程度の時間は稼げるだろう。


「と思ってたらこれだよ」


 周囲に人気がなくなったわずかなタイミングを見計らって、サイボーグ兵士たちは一斉に距離を詰めてきた。


「うざいんだよ、君ら!」


 らしくない叫び声を上げると、クリアは自身の周囲に雷を放射状に放った。


 ※


 数分もしないうちに戦闘は終わる。

 クリアの周囲には意識を失ったサイボーグ兵士が何人も倒れている。

 クリア自身はクリア・リライトで姿を消していた。


「なんでこいつらは襲ってきたの」


 疑問の答えを確かめるために彼らの体を検めたい。

 しかし、人気の少ない住宅街といえど、町中で兵士の体を漁っていては怪しまれる。

 場所を移す必要がある。

 クリアはアイアンガーデンに保管してあるワイヤーをポイント・リライトで引き寄せると、手早くサイボーグ兵士の体を縛り上げた。

 彼らの姿もまたクリア・リライトで透明にすると、魔力でその体を運んでいく。

 サイボーグの体は重いので、十人全員を運ぶのは手間がかかる。

 なので、三人ほどに絞り、残りの七人は記憶の上書きで記憶をいじって放置しておく。

 三十分ほどかけて、人気のないビルの屋上までやってくると、クリア・リライトを解いた。


「何か見つかるといいんだけど……」


 何から探そうかと身構えたところで、兵士たちの付けている無線に目が行く。

 試しにイヤホンを外して自分の耳に付け替えてみると、タイミングよく無線コール音が鳴った。

 どうにかコールボタンを探し当てて無線に出ると、返事を聞くこともなく相手はしゃべり始めた。


「こちら、アルファチーム、トメイト・クタビレア、浅野マミ、メリアルリド・クルスタイン三名の確保は完了した。ブラボーチーム、そちらの首尾はどうだ?」

「……」

「どうした? 何か不測の事態でも――」


 相手の言葉を最後まで聞くことはなかった。

 クリアが無意識に込めた魔力で、無線をぐしゃぐしゃに潰していたからだ。

 手のひらの上のがらくたを放り投げると、シャープフォンを取り出して三人に電話を掛ける。

 トメイトに掛けても、マミに掛けても、メリアに掛けても、誰も応答を返さない。


「はあ……」


 クリアが力なく垂らした腕からシャープファンが滑り落ちた。

 あまり信じたくはないことだったが、とうやら無線の通り彼らは捕まってしまったらしい、

 だが、何のために?


「……?」


 そして、その時、クリアの魔法少女用に設定しているメールアドレスに一通のメールが送られてきた。

 件名は『人質は預かった』

 動画が一件、添付されていた。

 衝動的にそれを開く。


『魔法少女カレンじゃったか……ふざけた反逆者の娘に告げる』


 動画に移っていたのはアイアンガーデンで見たウォード・リンページという一等級サイボーグ。

 その後ろにはトーマスやイエローコートのサイボーグと思われる兵士たちも映っていた。


『貴様が魔法塾などと題して集めた人員は全てこちらが攫わせてもらったぞ。小賢しくも誰が本命かをこちらに悟らせぬよう隠蔽しておったようじゃが、テスト合格者とやらを全員捕まえてしまえば、何の意味もない。見よ』


 カメラの画角が移り変わると、その先には確かに見覚えのある人たちが映っている。

 あの日クリアがポイント・リライトで体育館から隣のビルに移動させた人たちだ。

 クリアに真っ先に文句を言ってきた男性の姿もその中にある。

 皆一様に意識を失って、地面に転がされている。

 メリアたちの姿がないのは、まだ運んでいる最中だからだろうか。

 全員の到着を待たずにメッセージを送ってきたのは随分と勇み足と言える。


『こやつらの命が惜しくば、三時間以内にアイアンガーデンに来い』


 サイボーグ兵士たちの構えた銃口が人質たちの頭に突き付けられる。

 再び画角がウォードに戻った。


『わしは貴様のふざけた魔法少女活動などには興味がないが、七大企業に逆らった以上、ただ始末するのみじゃ。命惜しさにこやつらを見捨てるのも勝手じゃが、その場合は正義の魔法少女などと嘯いておる貴様の偽善をイーリス中にばらまいてやろう。そうなれば、無辜の民を犠牲にされたイーリス国民の憎悪が貴様を焼き尽くすことになるであろう。魔法少女カレンよ、迅速な到着を待っておるぞ』


 一方的にそう告げられると、動画は終了した。


「人質……ね」


 イエローコートがこうもなりふり構わない手段に出るとはクリアも予想できなかった。

 彼らが自分たちの国の民を何とも思っていないのは知っていたが、それでも、このくらいのことで人質として使うなんてことをするとは思いもよらなかった。

 これはクリアの甘さが招いたことだろう。


「ごめんね、三人とも」


 実のところ、あの三人以外の人間については、クリアもそこまでこだわりがないが、まだちょっとした関わりを築いたに過ぎなくとも、あの三人に対しては巻き込んで申し訳ないという気持ちを覚える。

 助けたいとそう思う。


「イーリス国民の憎悪がボクを焼き尽くす……か」


 七大企業の大言壮語は今に始まったことではないが、それでも、腹に据えかねるものは感じる。

 言うに事欠いて憎悪とは。


「なら、その前にボクの憎悪で君を焼き尽くしてあげるよ、ウォード・リンページ」


 クリアは情け容赦なく彼を滅ぼすことを心に決めた。

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