第7話 クリアと魔法塾
狙われている身の上で、インターネット上で塾の告知なんてものをしてしまえば、結果がどうなるかはクリアにも分かっている。
クリアも馬鹿ではないので、当日会場がどうなるかぐらいのことは想像が付いていた。
よくて工作員がうじゃうじゃいるか、もしくは適当な理由を付けてイベント中止の勧告を受けるか、もっと悪ければ、問答無用で参加者が捕らえられるような場合もあるかもしれない。
企業側がどういった手段で妨害または襲撃を行ってくるかというのは判断がつかないところがあり、当日になってみなければ分からない部分だった。
そして、最終的に彼らが選択したのは比較的穏便な方法。
参加者の中に箱持ち含むサイボーグを紛れ込ませるという一手だった。
当日魔法塾の会場となった小さな体育館を訪れてみれば、百人近くいる参加希望者の中に箱持ちの反応がいくつもある。
「しかもなぜかあいつまでいるし……」
先日クリアに声を掛けてきた大学生の一等級サイボーグもまたその中にいた。
イエローコートの一等級はクリアもこの目で見たウォードという大男のはずなので、あれは少なくともそれ以外の企業のサイボーグだろう。
なぜ担当外のクリアの件にまで出張ってきているのかは分からないが、この場で戦う意思はクリアにはないので、問題はない。
現在クリアは変装し、参加希望者に紛れている。
目立つ白髪を黒に染め、カラーコンタクトで瞳の色をごまかし、マスクで口元を隠している。
白髪や体格以外の情報を相手側は持っていないはずなので、これくらいの変装でも正体がばれることはない。
クリアのような体格の少女はほかにも何人も見受けられるため、体格だけで発見されることもないだろう。
「皆さま、本日はお集まりいただきありがとうございます!」
予定の開始時間になると、体育館の奥側に立っているカレンが拡声器を持って声を張り上げた。
人の声で騒々しかった体育館の中が静かになる。
多くの視線がカレンに集まった。
「わたしはグレーラビットテクノロジー所属のサイボーグ、桐華です。匿名の依頼によりこの魔法塾の進行を取り仕切らせていただきます」
その視線の中には殺気立ったものも含まれていたかもしれないが、カレンが自己紹介をしたことで、それも徐々に和らいでいく。
中小企業のサイボーグがそういった雑多な依頼を受けるのは広く知られた事実だ。
身元まで明確にした以上、魔法少女カレンとは無関係だと普通は考える。
多少危険な役回りではあるが、カレンが自ら矢面に立つと主張したので、クリアは渋々その提案を呑んだ形だった。
「本日の参加希望者は百余名ほど。当初の予定より大変多くの方にご来場いただきました。ですが、今回の魔法塾の定員は三十名となっています、こちらとしても大変心苦しいのですが、適性検査を行いまして、参加者を絞らせていただきたいと思います」
カレンがそう言うと、台車に乗せられた機械が彼女のそばに運ばれてくる。
電極パッドの付いた簡素な機械で、ぱっと見はうそ発見器か何かのように見える代物だ。
もちろんそんな機械で魔法適正など測れはしないので、ただ単にそれっぽく見せるためだけの舞台装置に過ぎない。
実態はカレンが魔力の大小だったり、その質だったりを見極めて、合格不合格を判定する。
彼女の操作によって分かりやすくその機械から効果音が鳴る仕組みだ。
カレンは淡々と進行を行っているが、ひそひそとその機械の効果を疑う声だったり、魔法の実在を疑う声が会場のあちこちから聞こえてくる。
興味本位の者が多いことはある程度クリアも察していたので、それ自体に疑問はない。
適性のある者には後でクリアが直接魔法を見せてやればそれで済む話だ。
「それでは、お時間もありますので、係の者の指示に従って一列にお並びください。もし合格者が三十名を超えるようでしたら、改めて抽選を行います」
カレンがてきぱきと進行する上に、魔法少女本人が現れないものだから、会場内に紛れ込むサイボーグも困惑したように動けずにいる。
標的がいないのだからある意味当然だが、肩透かしを食らったようなその様子にクリアもマスクの下でほくそ笑んだ。
普通の参加者もサイボーグも皆仕方なく列に並ぶ。
クリアもその中に並んだ。
結構な数のサイボーグがこの会場内にいるが、それでも、彼らが参加者に選ばれることはない。
クリアにとっても、カレンにとっても、魔力を感知するだけで、その体の魔力の歪みは感知できる。彼らをはじき出すのは簡単なことだ。
ましてや箱持ちであれば、なおさら分かりやすい。
半ば機械作業のように次々と判定をこなしていくと、やがてクリアの番が来る。
「お願いします」
「では、こちらに」
あくまで参加希望者を装い、丁寧な態度を心がける。
カレンとはほとんど目も合わせなかった。
合格の効果音が鳴ると、これもまた雇われの係の人間に案内され、合格者が待機しているスペースへと案内される。
十数人が立っている中に、以前クリアが魔法少女活動の中で助けた中学生のメリアルリドの姿を見つけ、彼女としっかりと目が合った。
「あ……」
メリアは何かを察したようなつぶやきを漏らしたが、それ以上何も言わなかった。
クリアもそれに対して特に反応を示すことなく、集団に交じり、今どきの少女を装ってシャープフォンをいじり始める。
メリアがちらちらとこちらを窺っているのが分かった。
以前彼女と出会ったときのクリアは仮面を付けていて、素顔は見られていない。
それなのにクリアの正体を察したらしい様子なのは、雰囲気や面影から感じ取ったのか、あるいは、彼女の魔法適正の高さゆえか。
カレンが選び出すだけの人材であるというのなら、無意識にクリアの魔力を読み取って同一人物だと認識したのかもしれない。
だとすれば、魔法少女的に言って将来有望だが、さすがにここで声を掛けるわけにもいかない。
やがて適性検査が列の最後まで完了すると、合格した人数は二十四人となった。クリアを除けば二十三人。
クリアはカレンに合格ラインについて指示していないが、三十人を大きく下回ったということは、有望な人間はそれほど多くなかったということだろう。
クリア自身が感知してみても、一般人を一とすると、合格者の魔力は五~十程度が多い。
一番多いのがメリアルリドで三十。
彼女はクリアよりも若いので、鍛えればもっと伸びるのは間違いない。
「適性検査が終了いたしました。合格者は二十四人。定員を下回る結果となりましたが、今回はこの方々を対象といたしまして魔法塾を開講いたします。これ以上の補充はいたしません。残念ながら不合格となった方に付きましては速やかにお帰りいただきますようお願いいたします」
カレンの冷たいとも取れる宣言に会場のざわめきが増す。
特に全員が締め出されることになったサイボーグたちには、どこかに指示を仰いでいるような様子が見受けられた。
それでも、一般人が外へ出て行く流れに逆らえず、ほとんどの者はすごすごと会場の外へと向かい始めた。
そんな中、あの大学生の一等級サイボーグは呆然としたように立ち尽くしていた。
やがて我に返ったように首を振り、怒りの滲んだ表情でカレンに歩み寄ってくる。
「待てよ! まだ六人も席が余ってんなら僕も入れろよ!」
「……申し訳ありませんが、その権限はわたしにはありません。あくまでわたしは匿名の依頼通りに仕事を遂行しているだけです。席が余ったからといって、不合格者で埋めろという指示は受けてはおりませんので」
「いいよ。なら、魔法少女の居場所を教えろ」
「申し訳ありません。先ほど申した通り匿名の依頼ですから、わたしにも依頼主の居場所は知らされておりません」
カレンは顔色一つ変えずに少年の暴言を受け流す。
カレンにも彼が箱持ちであることは分かっているだろうに、毅然とした態度なのはさすがカレンだった。
「お前……僕が誰か分かってるのか!」
「存じ上げませんが。どなたでしょうか」
「ボース・パーティミアン! ブルーポータル社長の息子だ!」
「何度も申し上げますが、わたしは雇われの身です。どんなやんごとなき立場の者であろうと、特別扱いしろという指示は受けておりませんので、わたしにはそうするだけの権限がありません」
「そこを何とかしろって言ってんだよ!」
「お引き取り願います」
ボースの傲慢な態度にカレンの冷静な対応も変わらない。
自らぺらぺらと素性を話し出したのはクリアも驚いたが、社長の息子ということなら、相当甘やかされて生きてきたのだろうとクリアも理解した。
こうした場面で我を通そうとする愚かさにはクリアも言葉がない。
しかし、彼が箱持ちである以上、もし強引な手段を取るようならカレンに危険が及ぶかもしれない。
いっそ不意打ちでやってしまおうかとクリアもだんだん強硬策が頭によぎり始めた。
「何ならブルーポータルに直接連絡いたしましょうか。そちらのトップのご子息様が権威をかさに着て駄々をこねていらっしゃると」
「っ……お前!」
「どうぞお引き取りください」
「……覚えてろよ!」
父親に情報が伝わるのが怖いのか知らないが、カレンがブルーポータルへの連絡をちらつらかせた途端、ボースの雰囲気が変わった。
下っ端のような捨て台詞を残し、そそくさとその場を去っていく。
そのあからさまな変わり身にクリアも思わず失笑した。
一等級サイボーグとは思えない小物っぷりだ。
「変な横やりがこれ以上入らないうちにさっさと片づけよっと」
ボースがいなくなっても、イエローコートの工作員はまだいる。
というか、クリアにとってはむしろそちらの方を事前に想定していたので、取るべき対処は変わらない。
たとえ会場の外に追い出したとしても、体育館の中を監視する手段や攻撃手段などいくらでもあるだろうから、うかつにクリアが正体を現すわけにはいかない。
「だからこそ――位置の上書き」
クリアは合格者二十四人全員にポイント・リライトを発動する。
彼ら全員の位置を上書きし、その因果を捻じ曲げる。
体育館の中からその姿が一瞬でかき消えた。
本来ならば人間への位置の上書きには多量の魔力を用いるため、そう易々と使えるものではない。
ましてやこの大人数の移動を行うためには、クリアも結構な量のクリアボックスを消費しなければならないが、今回に関しては、その消費魔力はそこそこで済んだ。
消費したのはせいぜい一般人五十人分といったところ。
「い、いきなり移動した!?」
「え、ここって隣のビルの中……?」
合格者たちが辺りを見回し、窓の外を眺めて驚きの声を上げる。
移動先が会場のすぐ隣にある雑居ビルの中ならば、ポイント・リライトで移動させたとしても、大した魔力はいらない。
直線距離で百メートルも離れていない、歩いて一分もかからない距離。
捻じ曲げる因果はほとんど存在しないに等しく、消費魔力はわずかで済む。
そして、あからさまに目立つ消え方をしてみせることによって、まさか隣のビルに移動するわけがないという意識の盲点を突いた。
それでも、長くここにいれば見つかるかもしれないが、少なくとも今日はそこまで長く時間をかけるつもりはない。
「はーい! 皆さん、こんにちは、魔法少女カレンでーす!」
クリアは因果滑落で一瞬で着替えを完了すると、いつもの魔法少女姿に戻って合格者たちに声をかける。
「魔法を学びたい人には教えてあげます。遊び半分の人には帰ってもらいます。あともし七大企業に雇われて潜り込んだだけの人がいれば、つるし上げてぼろぼろになってもらいます。以上のことを了承した上で、もしボクの弟子になりたい人がいれば名乗り出てください」
あっけにとられて困惑する合格者を尻目にいつもの仮面の下でクリアは笑った。
「あとこの国をぶっ壊す手伝いをしてくれる人がいれば嬉しいです」




