第6話 見学と邂逅
この世界にもクリアがいる。
この事実を考えたとき、以前出会ったあの白白という女がクリアには異様に怪しく見えてくる。
彼女は突然目の前に現れた。
魔力も気配も感じられず、声をかけられたのと同時に存在を感じ取った。
あれはクリアの認識で言うと、位置の上書きに他ならない。
クリアと同じ白髪にカルマ・クラフト、あれがこの世界の『クリア』だと言われても、クリアとしても不思議はない。
それと同時になぜ世界の内側にいるはずの存在がカルマ・クラフトを使うのだろうかという疑問は浮かんでくるが、それでも、あの白白が怪しいという結論には変わりがない。
たとえ白白が『クリア』でなかったとしても、『クリア』がいるとしたらホワイトクロスの中というのは間違いないだろう。
ということで、クリアはホワイトクロスを調べてみようと思った。
「珍しいね! クリアちゃんの方から誘ってくれるなんて!」
「ちょっとホワイトクロスに興味が湧いててさ」
その調査の一環として、ユリアの休日に合わせ、クリアはホワイトクロスの見学ツアーに彼女を誘うことにした。
七大企業の中には、自らの力を誇示するためか、単なる宣伝目的か、研究所のいくつかを公開している企業があって、ホワイトクロスもその一つ。
数カ所あるうちの白衣の町と呼ばれているエリアの見学ツアーにクリアは申し込んだ。
エリア全域にかけて医療関係のさまざまな研究所が存在し、白衣の科学者がひしめいていることからその名で呼ばれるようになった場所だ。
「結構人集まってるね!」
休日ということもあって、駅前の集合場所には、親子連れなども含め、三十人ほどの見学客がいる。
「ユリアはこういうツアー参加したことある?」
「ううん、初めて! 貧乏家庭じゃちょっとね! だから、ちょっとわくわくする! ありがとね! クリアちゃん! 見学代金出してもらっちゃって!」
「気にしないでいいよ、ユリアにはお世話になってるし」
有り余るカレンからのお小遣いの使いどころとしてはちょうどいい。
カレン自身はそこまでお金に興味がなく、その上で社長秘書などという役職についているものだから、本当に過剰なまでにクリアにお金を与えてくれるのだった。
「本日は白衣の町見学ツアーにご参加いただき、ありがとうございます。本日の案内人を努めますトートラ・トリモルディアと申します。どうぞよろしくお願いします」
しばらくして、集合場所に旗を持って立っていた女サイボーグが周囲の参加者に声を掛け、丁寧に頭を下げた。
「皆様、こちらのバスにお乗りください。まずは外周をぐるりと回りましてそれぞれの施設の概略をご紹介いたします。その後、代表的な研究所を実際に見て回ります」
トートラはそばに停められていた一台の白いバスを指し示す。
続々と乗り込む見学客たちの流れに沿って、クリアとユリアもバスに向かった。
「……何かありましたか?」
すれ違いざまに彼女の顔をじっと見つめると、居心地悪そうにトートラがクリアを見下ろす。
背が高い。百七十センチはあるだろうか。
「いえ、おきれいな人だなと思っただけです」
「ありがとうございます」
別によく観察しなくともわかったのだが、彼女は箱持ちのサイボーグだった。
なぜ観光客のガイド役などやっているのだろう。
趣味か、もしくは別の目的があるか。
「左側に見えますのは、第一生体工学研究所です。イーリス歴三年、我が国最初の先端研究所として設立されました。歴史上初めてのサイボーグが生まれたのもこの研究所においてです。続きまして……」
トートラの淡々とした紹介を聞きながらバスでぐるりと敷地内を回り、まず最初に足を踏み入れたのは、最先端ウイルス研究所と名付けられた施設だった。
「この施設では、主に細菌についての研究が行われております。研究が活発なのは、近年イーリスで大流行している三種のウイルス、フレイト風邪、クイス病、包帯発疹になります。毎年冬になると、これらのウイルスのいずれかが流行しますが、この最先端ウイルス研究所の研究によって被害は最小限に留められております」
先頭を歩くトートラから遠く離れた後方、見学客の列の一番後ろでクリアはユリアに尋ねる。
「そんなウイルスとかあるんだね。ユリアはかかったことある?」
「ないよ! 元気だけが取り柄だからね!」
「そうだね。でも、今は見学中だから、もう少し声を抑えてくれるとうれしいかな」
「あ! でも! 五年くらい前にお兄ちゃんがかかってたのは見たかも!」
「うん、聞いちゃいないね」
それから、クリア達はいくつもの研究所を見て回った。
圧倒的に多いのはサイボーグ関連の研究所だったが、当然のように中まで入ることはできなかった。
その次に多いのはウイルス関連の研究所。
やはり病が流行しているというのが大きいのかもしれない。
最後の見学として入ったのが、イーリス合同研究所という、何をやっているのか名前だけではいまいち判断の付かない場所。
「この研究所では、七大企業合同によるさまざまな研究が行われております。正直に申しますと、企業同士の交流というのはそれほど盛んではないのですが、その垣根を超えて、イーリス全体のために役立てる研究を行おうというのがこの研究所の設立理念になります」
トートラはそう説明していたが、その理念ほどにはうまくいっていないのは一目見たクリアにもよく分かった。
七大企業の兵士は企業ごとにそれぞれのモチーフが描かれた腕章を付けているのだが、研究所を警備している兵士は全て白い十字架の描かれた腕章を付けていた。
要するに、合同研究所と銘打ってはいるものの、警備を担当するのは全てホワイトクロスの兵士だ。
指揮系統からいってもそうなるのは必然なのかもしれないが、他企業の研究者は落ち着かない気分なのではないかとクリアは思う。
建前は七大企業合同だが、実態はただホワイトクロスが無理やり音頭を取っているだけ。そんなふうにクリアには見受けられる。
こうして見学客を受け入れているのも、七大企業体制は盤石ですよとアピールするためのもの。
そんなクリアの予想を裏付けるように、廊下で大学生の集団らしい列とすれ違った。
恐らく学生にもアピールしておきたいということだろう。
すれ違いざま、そのうちの一人の少年と目が合った。
生意気そうな顔をした青髪の少年。
「うわ……」
彼はサイボーグだった。
それもクリアが思わず吐きそうになるほどの魔力の歪さ。
まず間違いなく一等級サイボーグ。
すぐに目を逸らしたが、すれ違った後もなぜか背中に視線を感じた気がした。
見学ツアーが終わると、出発点の駅で解散となる。
特に収穫らしい収穫はなかったが、一般公開されているツアーなので、それも当然だろう。
半ば息抜き目的でもあったので、クリアとしては別に構わない。
もう既に時刻は夕方だったので、このまま夕食も一緒に食べようかとユリアと相談しながら駅中へと向かっていると、背後から声をかけられた。
「ちょっとそこの白い髪の君!」
クリアは振り返る。
白い髪なんてイーリスでは全く見ないし、周囲にもそれらしい人はいない。自分以外に該当者はいないだろうと判断して。
そこにはいたのは先ほどすれ違った一等級サイボーグの少年。
人を常に見下したような視線がクリアを見据えている。
「何か用?」
「この後、暇? よかったら一緒にご飯でもどう?」
「……は?」
言っていることがクリアには理解できなかった。
一瞬クリアが魔法少女カレンと看破して声をかけてきたのかと警戒したが、そんな雰囲気でもない。
であるならば、なぜ今さっきすれ違ったばかりの少年とそんなことをしなければならないのか。
フリーズするクリアの手をユリアが強引に引っ張って、冷たく告げる。
「結構です! 行こ、クリアちゃん」
引っ張られて歩き出すうち、ようやくクリアにも状況が飲み込めてきた。要はナンパというやつかと。
早足で遠ざかるクリアとユリアに少年はなおも追いすがってきた。
「待ってよ。悪いようにはしないからさ」
「しつこいです! この子はまだ十五歳なの!」
「えー、まじか! あ、でも、大丈夫。僕も十八歳だから」
「関係ありません! 駄目なものは駄目です!」
「あのさあ、本人が嫌がっているならともかく、あんたに聞いてないんだけど」
さっと回り込むように少年はユリアの前に立つ。
サイボーグらしい素早い動きだった。
言われて、一応は少年の理屈に合理性を認めたのか、ユリアが問うてくる。
「……クリアちゃん、この人に付いていくつもりないよね?」
「ないね」
「だって!」
「あっそ。引き留めて悪かったねー。ごめんごめん」
ひらひらと手を振りながら少年は去っていく。
「なんなのあれ」
「さあね」
学生の中に一等級サイボーグがいたのもよく分からなければ、そのサイボーグがクリアに関心を寄せてくるのもよく分からない。考えるだけ無駄だろうと感じた。
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ボース・パーティミアンは白髪の少女から離れると、不愉快そうに鼻を鳴らした。
声をかけた女に袖にされるのは慣れている。
その程度で彼は気分を害したりしない。
ただ、いつもならばそこから逆転する一手も持ち合わせていた。
何のことはない。ブルーポータル社長の息子であることを明かせばいい。それだけで大抵の女はなびくか、そうでなくても、多少なりとも態度を改めたりする。
だが、今日に限ってその手は使えなかった。これ以上みだりに自分の身分を明かすことを先日父に禁じられたばかりだからだ。
本来ならば拭えたはずのあの女二人の奇人でも見るかのような視線。
それが頭にこびりついて離れない。
どうにかして憂さ晴らしをしてやりたい気持ちだった。
「そうだ。ちょうどいい相手がいるじゃないか」
イエローコートが担当することに決まった件の魔法少女、クレアだか、カレンだかというその少女を叩きのめしてやればいいのだ。
イエローコートが処理することに決まったとはいえ、所詮は反逆者。
誰が始末しようとさしたる違いはない。
何よりイエローコートの手柄をボースがかすめ取ることができれば、きっと父もボースを見直すだろう。
多少、女と遊びほうけるぐらいのことは見逃してもらえるはずだ。
まさに一石二鳥のアイデアだとボースは考えた。
「幸い居場所は分かってるしね」
魔法少女が生配信で魔法塾の募集を行ったという話はボースの耳にも入ってきている。
追われる反逆者の身でなぜそんな愚かな行為を行ったのかはボースには分からないが、こうなればそれも好都合でしかない。
日時は三日後、小さな体育館を借りて行うということになっている。
姿を現した魔法少女を観衆の前で殺す。
それで最高の憂さ晴らしは完了だ。
訪れるはずの凄惨な光景を想像して、ボースは舌なめずりした。




