第4話 襲撃と湧出
「はーい、皆さん、こんにちはー! 魔法少女カレンちゃんだよー!」
その日、深夜に空を飛ぶクリアはネット上で生配信をしていた。
彼女を撮影するのは自動追従型のドローン。
顔認証で登録した人間に焦点を合わせ、その人間を撮り続けてくれるという便利な代物だ。今はクリアの顔を覆う仮面を登録している。
カレンにその手のツールの入手を頼んだところ、数日後にこれを渡された。
ボタン一つで配信が開始できるもので、付属する画面にはこの配信を見ている人間のコメントが表示されている。
視聴者数は数百人。
魔法少女カレンの噂は首都コーラスクレイス中に広がっているが、クリアは昨日生配信というものを始めたばかりなので、これでも多いくらいだろう。
それでも、噂が噂を呼び、徐々にその数は増えていっている。そして、「本当に本物?」「魔法使って見せて」「顔見せて」などのクリアが本当に魔法少女なのかを疑うコメントが多数、寄せられていた。
「魔法? はい、これ」
クリアが小さな火球と水球を顔の近くに浮かべて見せると、「すげえ」「まじじゃん」「どうせAI加工だろ」といった感じにコメント欄が沸き立つ。
「って、そんなことはどうでもいいんだよ。ボクが配信を始めたのは宣伝がしたかったからなんだから」
ちらりとクリアがコメント欄を見ると、だんだんと人も増えてきて、本当に本物の魔法少女かをまた確かめようする人間やさっきやっただろとその相手を攻撃する人間など、収拾がつかなくなってきていた。
「みんな、『宣伝って何?』って言って」
クリアがそう求めると、言い争いはそのままに何人かの素直な人間からその通りのコメントが寄せられる。
「よくぞ聞いてくれました!」
クリアはがそごそとリュックからチラシを取り出すと、顔の横に持ってくる。
「魔法少女カレンによる魔法塾、開校しま~す!」
チラシには魔法少女を描いたポップなイラストと子どもたち、それから、日時と場所、問い合わせ窓口などが書かれている。
「年齢性別人種は問わないよ。誰でも教えてほしい人に魔法を教えます! ただし、ボクの体は一つしかないので、先着三十人くらいに限られるけどね~」
コメント欄の反応は様々で、未だに言い争っている人もいれば、魔法塾に興味を抱いている人、そんなもんかぐらいに思っている人。
大半はへーぐらいの反応の人が多いだろう。
クリアも三十人分の枠が全員埋まるとも考えていない。
ただとりあえず人目に付きそうなところで宣伝しておきたかっただけだ。
「それじゃあとは雑談タイム……って、うわ!」
その瞬間、クリアを撮影していたドローンが目の前で砕け散った。
破片が飛び散り、向かってきたそれらを障壁で防ぐ。
「あー、台無しだよ、もう」
魔力を感知すると、周囲の地上に一般サイボーグの群れの反応。
その中にちらほらと箱持ちが混じっている気配もする。
恐らく五人、全員三等級。
「空飛んでたのによく居場所分かったなー」
開かれた媒体に曲がりなりにも身体を晒すのだから、居場所を特定されて襲撃されるリスクは当然考慮していたが、ほとんど空しか映っていない画面でよくも特定できたものだと思う。
それに深夜とはいえ、周囲はビル街。そこまで人通りが多いわけでもないが、街中で襲撃に踏み切るのはかなりのリスクだ。
向こうもかなり本気なのだということは分かる。
「でも、たぶんこれは小手調べだと思うんだよなー」
クリアが一等級を相手にしたという情報は相手も持っているはずだから、箱持ちと言えど、三等級五人というのはやや戦力としては少ないように思える。
一般サイボーグの数もそれなりにいるが、それでも、彼らはものの数には入らないだろう。
「おっと」
サイボーグたちが地上から空中にいるクリアに向けて一斉に発砲した。
障壁で難なく防ぐ。
先にドローンを破壊したのは、襲撃の映像が外部に流れることを防ぐためだろうか。
それなりに民衆の支持を得ている魔法少女を襲撃すれば、七大企業に対する反感を増すことになるかもしれない。
あるいは、単にサイボーグの情報を一般に漏らしたくないだけか。
箱持ちが五人もいることを考えると、恐らく後者。
「クリア・リライト」
クリアの姿は彼らの視界から消え、完全に空中に溶け込む。
銃撃がやんだ。
クリアは透明なまま急降下して、近場のサイボーグの群れに突っ込む。
しかし、一般サイボーグたちはまるでクリアの姿が見えているかのように一斉に距離を取った。
「そりゃ対策はしてくるか」
彼らはゴーグルのようなものを付けていたので、恐らくクリアの体温を感知して、接近に気付いたのだろう。サーマルゴーグル的なやつだ。
そして、視覚情報はごまかせても、温度までは難しい。
見え方を偽装するのはクリア自身に何の影響もないが、温度そのものをいじくると恐らく生命維持に関わってくる。易々とは行えない。
降下したクリアは弧を描いて再び上空に戻る。
すると、明らかなカルマ・リライトの反応。
「いろいろ準備してくるなー」
周囲のサイボーグたちがクリアに向けて一斉に空中を駆け上がってきた。
まるで何もない中空に見えない階段でも生成されたかのように淀みのない動きだ。
これは明らかに常識を逸脱した現象。
ブラックボックスの力の行使によるもので間違いないだろう。
「『道』の上書きってところかな」
空中にいくらも黒い魔力が絡みついているのを見れば、自ずと推測は成り立つ。
空気を上書きして、『道』に変えたといったところだろう。
ある意味ではクリアの使っている障壁に近いが、相違点もある。
障壁は防御にも使えるが、単なる『道』だけでは別に攻撃を防いでくれたりはしない。
「『絡獲雷網』」
クリアは雷球を網の形に変化させると、自分の周囲三百六十度に放った。
迫りくるサイボーグは避けるそぶりを見せるものの、空中では動きに制限もある。
避けようとして仲間とぶつかって結果的に雷の網に捕まったり、あるいは、大きく避けようとして『道』の範囲から逸脱して落下したり、とにかくほとんどのサイボーグの動きは止まった。
「続いて『火球人形』」
温度を探知しているというのなら、熱源を増やしてやればいい。
クリアはその辺りを飛び回りながら、自らの体の形に成形した火球をばらまいてやった。
二十も三十もばらまけば、どれがクリアの本体であるかを見分けるのは難しい。
自らもその炎の人形の陰に隠れてしまえば、さらに発見は困難となる。
あとは箱持ちを攻め立てようかとクリアが魔力を練ったところで、先に向こうが動いた。
空中に設置した火球人形数体に地上から攻撃が襲い掛かる。
全て『道』を伝った攻撃のようで、一つは目には見えない何か細長いものが人形に飛び掛かり、一つはガラスでできた獣のようなものが人形を切り裂き、一つは濁った煙のようなものが人形を挟み込むように押しつぶした。
「『蛇』の上書き、狼か何かの『獣』の上書き……最後のは何だろ……」
魔力を探知してみて、その正体を理解した。
「ああ、『腕』か、これ」
黒い魔力はまるで人間の腕の形をなぞるように煙にまとわりついている。
煙を『腕』で上書きして、そのまま火球を握りつぶしたといったところだろう。
最後の一人はまだ息をひそめているようだが、四人の正体は分かった。
とりあえず処理するべく動く。
「『疾檄雷球』」
クリアが生成した十の雷球は二つずつに分かれて、五つの標的を狙った。
しかし、まるで見えない壁にぶつかったかのように五人すべての手前で雷球は霧散した。
「なるほど。一人は防御担当ってわけかー」
そして、今のでその力も類推できたが、『壁』の上書きだ。
空気を壁に変え、雷球はその見えない壁に衝突したことで効力を失った。
三等級だからなのか、五つの能力はどれもシンプルな力だが、シンプルゆえに『壁』や『道』などは使い方によっては厄介かもしれない。
それでも、クリアの相手になる気はまるでしないけれど。
「相手が壁を使うならこっちも壁で対抗するしかないよね」
クリアは空中に待機させていた火球人形をそれぞれ別々の方向に動かし、相手の的を散らせた。
その中に紛れ、自身も移動し、もっとも近くの箱持ちの方へと迫った。
当然その前には『壁』が設置されている。
しかし、その『壁』はミミの『見た目』などと違って、込められている魔力量はたかが知れたものだ。
『壁弾』の集中砲火に耐えうるだけのエネルギーは込められていない。
クリアは袖口を箱持ちへと向け、トリガーを引いた。
「ばーん!」
火球人形の熱源に気を取られていたサイボーグは遅れてクリアの反応に目がいったようだったが、時すでに遅し。
あっけなく『壁』を貫通した『壁弾』が相手の体をぼこぼこに穿った。
『壁』の破壊に魔力を使ったからか、貫通するまでには至らなかったが、サイボーグの体はどこもかしもへこんでいて、まともに動けるようには見えない。
追撃の雷球を食らわせればそれで対処は完了だ。
相手は箱持ちなのだから、こうして接近した以上、カルマ・ディバイドでブラックボックスを消滅させるのがもっとも手っ取り早いが、大きな戦いを間近に控えているかもしれない現状、無駄な魔力は使いたくない。
それにこの襲撃が小手調べだとすれば、無人機なりでどこかからこちらを観察しているかもしれない。
余計な情報を相手に与えたくはなかった。
「次!」
雷球で意識を失ったサイボーグを尻目に飛び去り、さらなる火球人形を追加して、場のかく乱を図る。
相手が温度を頼りにしている以上、クリアが囮を繰り出すだけ向こうはこちらを見つけるのが困難になる。
あとは一人一人忍び寄っては『壁』を破壊して意識を刈り取るだけ。
数分後には、その場に意識のあるサイボーグはいなくなっていた。
「ふー、何とかなった」
不意の襲撃に驚きはしたが、この程度の戦力で助かった。
二等級が複数いたりすれば、また話は違っていたかもしれない。
さて、帰るかとクリアが再び飛び立とうとしたところで、ふと、最初に気絶させたサイボーグの辺りに妙な魔力を感知した。
それは普通の魔力の反応ではありえない不思議な感覚。
普通の人間の魔力を温かい血の通った血液だとすれば、それは凍り付いた人工血液のよう。
プラスに対してのマイナス。
火に対しての氷。
言うなればそれはマイナスの魔力とでも言うべきもので、感じるだけでとても冷たい血の凍るような感覚にさせられるそんなもの。
そうした魔力の感触をクリアは以前どこかで味わった気がした。
すぐさま上空へと高度を上げたクリアはその発生源に近寄る必要すらなく、上空からそれを目視した。
「黒腐……?」
答えはすぐに口をついて出た。
最初に倒したサイボーグの体が黒い煤で覆われ、その黒い煤から次々と黒腐が湧き出てきている。
しかも、それは一体だけではない。
クリアが改めて感じ取ってみれば、五人のサイボーグ全てから同じような反応を感じる。
魔力を吸い取るマイナスの魔力の反応を。
「……あの時と同じ……?」
最初にブラックボックスの存在を知ったあの時――ウィンクイールのノーブルバイオレットホテルを襲撃し、ミミに捕らえられ、アランドランの元に連れていかれたあの時、クリアの氷球によって凍らされたアランドランもまた同じように黒腐を吐き出す黒い煤と化していた。
「偶然なわけないよね……?」
クリアは眼下で次々と増殖する黒い影を見つめながら、生じた不可解な思いにとらわれていた。




