第4話 実態と実情
「え……、ここって処刑場だったの?」
「そう。死に値すると判断された犯罪者たちが、人の尊厳を奪われて惨たらしく殺されるためだけに存在する地獄のような場所さ」
「へー、かわいそうだねー」
他人事のような感想を漏らすクリアに、ヨークが苦笑を浮かべた。
「かわいそうって……、君もその処刑場の中にいるんだけど」
「まー、そうなんだけどねー。ボクはこんなところで死んでやる気なんて毛頭ないんでー」
「……ははは。素晴らしいね、その気概。普通の人はアイアンドール一体にも怯えるぐらいなものなのに」
「アイアンドールってあの鉄の怪物のこと?」
「鉄の怪物? 随分、古風な言い方をするもんだね。だけど、まあ、恐らく君の言っているのがまさしくアイアンドールだと思うよ。僕も遠目で見ただけだから詳しくは知らないんだけど、どこかの弱小企業の作った自動機械だろうね。耐久テストか実戦テストか、そんなような目的のためにこの処刑場に配備されているはずだよ」
「アイアンドール……、自動機械……」
正直ヨークの言っている内容の三割くらいがクリアには理解できなかったが、ともかくここ――アイアンガーデンがひどい場所だということだけはよく分かった。
「その言い方だと、もしかしてあんなのが他にもいるの?」
「そうだね。いるよ。君が出会ったっていうアイアンドールは、よく森の中をうろついてる機種で、僕ら囚人を見つけ次第殺すようにプログラムされている。でも、アイアンドール自体の動きは鈍重で、遠目からでも発見しやすいから、近づきさえしなければそれほど危険ではないんだ。だから、言うなればあいつは囮だね」
「あれが囮なの!? じゃあ、本命は?」
「本命っていうか、いろんな企業が実験的に殺戮機械を送り込んでるだけなんだけど……。そうだね……、特に危険なので言えば、地中を這いまわって突然地上に出て来たかと思うと足首をかみちぎって逃げるやつとか、虫に擬態して耳に侵入し、脳内で爆発を起こすやつなんかもいるね」
「こわっ!」
想像するだに恐ろしく、クリアは出会ったのがアイアンドールでむしろ幸せだったのだと驚愕することになった。
「そんな危ない機械の中をよくヨークさんは生きていられるね」
「まあ、運がよかったんだよ。森で遠目に見たアイアンドールにびびって山岳地帯まで逃げ出して、そこで囚人の先輩方に助けてもらったから」
「やっぱり他にも人がいるんだね。どこにいるの?」
「山岳地帯にぱらぱらと。ここでは数は力にならないからね。分散してできるだけ誰かは生き残れるように工夫しているのさ。それでも、山岳地帯は比較的安全な方だから、多分、二十人くらいは比較的近くにいるかな」
「そんなにいるんだ……。その人たちみんな囚人ってこと?」
「そうだね。みんな死刑を宣告されたものたちだよ」
「どんな罪を犯したら、こんな場所に送られるの?」
クリアがそう問うと、ヨークは意味深げな笑みを浮かべた。
「みんな、明確にこれっていう罪はないよ。強いて言えば、政府に逆らったから、かな」
「……そんなことで死刑が宣告されるの?」
「そんなことで死刑が宣告されるのさ」
なぜかは分からないが、ヨークはまたにやりと笑った。
「イーリスっていうのはそういう国なのさ。逆らう者には容赦しない。代わりに恭順する者にはさまざまな蜜を与える。企業連合に逆らいさえしなければ平和でいい暮らしを送れるけど、逆らえば最悪ここみたいな地獄に送られる。そういう独裁的な国なんだ」
「企業連合……。さっきもそんなこと言ってたよね」
「ああ、そっか。記憶喪失ってことはそういうこの国の基本的なことも覚えていないんだね」
「覚えてないよ」
自分の人生すら記憶していないのに、国のことなんて記憶に存在しているわけがない。
「アルコ・イーリス企業連合。それがこの国を支配する大きな七つの企業の連合体さ。この国のすべての意思決定は彼らが担っている。アイアンガーデンも彼らが実行した施策のうちの一つさ」
「……自分たちに歯向かう人間を自動機械で虐殺する施策?」
「事実を包み隠さず言えばその通りだね」
思えば、最初に見た三人もヨークと同じく囚人だったのだろう。言動から考えると、恐らくはアイアンガーデンに入れられたばかりの。
そして、運悪くアイアンドールに出会ってしまい、すぐに命を落とした。
「じゃあ、なんで囚人にわざわざ武器まで与えるの。これ、死んでた囚人の人からもらったんだけどさ」
クリアが袋の中から銃を見せると、ヨークは「ああ」と頷いて、
「その理由はアイアンガーデンには実験的な側面もあるからさ。武器を持った相手に対して、自動機械がどんな風に戦うか、どんなイレギュラーが考えられるか、そのデータを取るためのね」
「ひっどーい!」
人間をまるで家畜か何かのように捉えるその考え方に、さしものクリアも少しだけむかついた。
「ここからは逃げられないの?」
「無理だね。ここの周囲は高い壁に囲まれているし、近づく者は自動銃座に射殺される」
「うぇーん」
「記憶喪失で巻き込まれただけの君には悪いんだけどね」
ヨークはさして悪いとも思っていないような顔をして、そう言い、それからわずかに首を傾げる。
「そもそも、君はどうやってアイアンガーデンの中に入ってきたのかな。出るのも困難だけど、入るのだって同じくらい難しいはずなのに……」
「さあね。それはボクにも分からない」
ただ、何となくだけれども、普通の理由でここにいるわけではないような気がしていた。
「もしかしたら、看守に事情を話すことができれば、君だけなら助けてもらえる可能性もあるかもしれないね。いくらイーリスでも、未成年がそうそう罪に問われることはないから、奴らだって君が無関係ってことは分かるはずだし。問題は、どうやって看守と連絡を取るかだけど」
「何か方法はないの?」
「自動機械の一つでも破壊すれば、彼らも回収に来るだろうけど、それも難しいしね」
「……」
そう聞いて、クリアには思い当たる節があった。
さっき目が覚めたときにあった焼死体。どうにも、他の囚人たちと比べて身なりに違いがあると思っていたのだ。
便利なライトをもっていたし、服装もどこかごつごつしかった。焦げてしまったからまるで使えなかったが、持っていた銃もやたら性能がよさそうだった。
あれが看守であるのなら、まさか勝手に焼身自殺などしないだろう。するにしても、わざわざクリアの前にやってきて行う必要などない。なら、どうしてあの男は死んだのか。
「……なんかやばそうな気がしてきたぞぉ」
クリアにはクリア自身にも理解できていない超常の力がある。
障壁を張ることができたのがその証左であるし、その他に何ができるのか、自分自身では分かっていない。
であるならば、無意識のうちに、たとえば寝ている間などにも、何かやらかしてしまっている可能性はある。
だらだらと冷や汗が首筋を流れていくのを感じていた。
もし仮に、あの男を殺してしまったのがクリアの意図せぬ無意識の力の暴走によるものなら。
「いくら子供でも、見逃してくれないよねー……」
平気で囚人を実験台にする国が、そこまでお人好しであるとは考えにくかった。
「ボクの仕業だってバレてないならまだいけるんだけど」
もしあれが看守だというのなら、問題なのはあの男が一人で来たのかどうかだ。よく観察してはいなかったが、あの場に他に死体はなかったような気がする。
一人で来たのなら、あれをクリアがやったという証拠はない。囚人の一人がやったと勘違いしてくれるかもしれないし、何かの兵器の誤作動を疑ってくれるかもしれない。
だが、もし二人以上で様子を見に来たのだとしたら、残りには逃げられてしまっている可能性は高い。
どちらにしろ、希望的観測はしない方がいいだろう。
「ちっ……。目が覚めてたら何人だろうが残りもヤってたのに……」
「何か言ったかい?」
「ううん。なんでもない」
今日一番いい笑顔をして、クリアは微笑んだ。