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第3話 恩と情報

 トーマスが戻ってくるのを待つ間、一旦クリアはその場を離れ、カイモスを含む元アイアンガーデンの囚人たちが住んでいるエリアへと飛び立った。

 百人を超える人間が住んでいるのでもはや村と言える。

 あまり人数が増えすぎると、それはそれで七大企業に発見される可能性が高くなるだろうが、今のところはトーマスの協力もあって発見されてはいない。

 協力といっても、自動機械の巡回ルートからそのエリア周辺を外してくれるように頼んでいるだけだが、そもそも人間自体がほとんど近寄らない流刑地であるので、それだけで事足りている。

 森の中の広場となっている場所にいつものようにクリアが降り立つと、それだけで周辺にいた元囚人たちが走り寄ってくる。

 全員がクリアよりも遥か年上で、全員が男性だ。

 アイアンガーデンに女子供は送られないからそれは至って当然だが、自分の親のような年齢の人間に魔法のアドバイスを求められると、クリアとしても時々、何をしているんだろうと疑問に駆られることがある。

 そんな弟子たちとの交流を軽く受け流し、トーマスの居場所を聞くと、海辺で魚を獲っているという返答が返ってきた。

 すぐさま飛び立ち、空から目標の魔力を見つけると、すぐそばに降り立った。


「やあ、どうも、カイモスさん」


 瞬間的に身構えかけたカイモスがクリアの姿を見て、警戒を緩める。


「……君か。一瞬、敵の自動機械でも降ってきたかと警戒した」

「ごめんごめん。人を驚かせるのが趣味なもんで」

「……あまり褒められた趣味ではないな」


 嘆息する彼の手に握られた小石にクリアは目を向けた。

 小銭か何かのようにじゃらじゃらと十数個ほどの小石が彼の手の中にある。


「ああ、これか? これはこうやって投げると――」


 カイモスが腕を振って、海に向かってその小石を投げる。

 サイボーグの腕力によって投げられた小石はまるで散弾銃のように海の中に吸い込まれていき、数匹の魚の死体を海面に浮かび上がらせた。


「さすがサイボーグだねー。でも、それ、もしかして障壁も張ってる?」

「ああ、極めて小さなものだがな。そのおかげで水中でもそれほど速度が落ちなくなるんだ」

「訓練にもなるし、一石二鳥ってとこ?」

「まあ、そんなところだ」


 カイモスが海面の魚に魔力を向けると、漂うようにゆっくりと魚がこちらに近づいてくる。

 魔力で引っ張っているようだが、クリアが物体を宙に浮かせたりするのに比べて、その魚は遅々として進まない。

 ユリアでも最近はそれくらいできるようになっているので、カイモスの魔力操作の拙さが出ていると言える。

 彼はサイボーグであるがゆえに自分の魔力が使えず、クリアボックスから引き出すことでしか魔力を使えないので、成長の遅さ自体は仕方ないと言えば仕方ない。

 代わりにやってあげようかと一瞬クリアは魚に魔力を飛ばそうとしたが、すぐに思いとどまった。

 彼の鍛錬の邪魔をしないほうがいいだろう。


「あのさ、ヨークさんからの報告なんだけど……」


 その代わりに先日聞いた話と先ほど盗み聞いた話をカイモスにかいつまんで伝えた。


「……あれほど明確な反逆行為であれば当然だろうが、しかし、イエローコートが相手とはな……」


 古巣が相手になるということだけにカイモスも何か思うところがあるらしい。


「それでなんだけど、アイアンガーデンを戦場にするっていうなら、もしかしたらここも危険になるかもしれないから、注意だけはしておいてほしいんだよね。戦いに巻き込まれるってだけじゃなく、事前準備で兵士が乗り込んでくることもあり得るからさ」

「確かにそれはあり得る話だな。他の者にも周知しておく」

「カイモスさんの方でウォードって人について知ってることある?」

「……悪いが、俺は三等級となってすぐ脱走した身の上だ。そうした内部情報を知らされる前にイエローコートからは逃げている。その点で力になれることは少ないだろう」

「そっか。そうだよね」

「だが、もしここが戦場になるというのなら俺も君に協力する。相手が一等級サイボーグなら味方は大いに越したことはないだろう」

「そうだね。その時は頼むよ。漁の邪魔してごめんね」

「構わないとも」


 カイモスに別れを告げて再度飛び立ち、本棟の方へ戻る。

 幸いトーマスの魔力は執務室の位置に感じられた。


「……やあ、どうも、クリア君。歓迎するよ」


 クリアが普通に窓から執務室に侵入すると、トーマスはその音に振り返り、疲れた顔でそう言った。

 歓迎するとは口で言いつつも、とてもそんなふうな態度には見えない。


「あの一等級サイボーグ帰った?」

「……見ていたのかね」

「図らずともだよ。ボクに関係あることかと思って。駄目だった?」

「駄目ではないさ。ただ、そうだね……それを聞いて私は少し落胆したかな。つまり、あの男の言う反逆者というのは」

「ボクのことだよ」


 平然と肯定するクリアに、トーマスはこらえ切れないというように苦笑を浮かべた。


「半ば予想はしていたが、そうも簡単に頷かれると、私の心配が杞憂なのかと思えてくるよ」

「まあ、実際、杞憂だとは思うけど」

「杞憂なものかね。相手はあの一等級サイボーグ、ウォード・リンページなのだよ」

「あのって言われても、ボクはあの人のこと知らないし」


 サイボーグ開発をしていたというトーマスはよく知っているのかもしれないが、情報公開もされていない一等級サイボーグの情報なんてクリアが知るわけがない。


「あの男の力、正確に言えば、あの男のブラックボックスの力は恐るべきものなのだよ。周囲の全てを取り込み、自らの血肉とする、昔気質の力技。あの男にふさわしい力さ」

「そういうの言ってもいいの? さすがにボクも聞いていいのか迷ってたんだけど」

「言う以外ないだろう。君は私の恩人だ。その恩人の命をあの男が狙っているというのなら、私はできる限り君の助けになるつもりだ。たとえそれが組織を裏切ることになろうともね」

「ありがたいけど、でも、真っ向から盾突くようなことはしなくていいからね」

「君がやられるのを黙って見ていろと?」

「やられないから。少なくとも逃げるくらいはいつでもできるよ。だから、トーマスさんが命を懸けるだけの価値はない。いい? 絶対、目立ったことはしないでね」

「……君がそこまで言うなら、従うとも」


 渋々といった感じでトーマスは頷いた。

 それを見て少し安心したクリアは改めて尋ねる。


「それで、あの人の力は具体的にはどういうものなの?」

「『肉体』の上書きとそう呼ぶべきなのだろうね。彼のブラックボックスから流れ出したブラックエネルギーが周囲に浸透すると、土も水も建物も人も等しく全て彼の『肉体』となる。あらゆるものが溶けたように流体化し、最終的には彼の血肉となって、彼自身の肉体を肥大化させる。そうした力だ」

「……えーっと、つまり?」

「周囲のものを取り込めば取り込むほど、彼は巨人になるということだよ。行きつくところまで行きつけば、超巨大な山のようなサイボーグが出来上がる。そして、体長何百メートルにも巨大化した彼を倒すことは通常の兵器ではほぼ不可能だ。何せミサイルを撃ち込もうが、銃弾を撃ち込もうが、それら全てが彼の体の一部となって取り込まれるのだからね」

「あー、そういう感じね。うんうん」


 簡単そうに相槌を打ってみたが、聞くだに面倒そうな力だと思った。

 そこまででかくなってしまえば、通常の魔法なんて意味をなさないだろう。

 魔法そのものが取り込まれることはないだろうが、山の表面をいくらぺちぺち魔法で削っても大したダメージにならないのは想像に難くない。


「ちなみにその状態って普通に動けるの?」

「自重を考えればまず不可能なはずだが、さすがはブラックボックスというべきか、『肉体』となった以上は彼自身の肉体同様に動かすことができるはずだ。そして、その体の硬度も同様に」

「要するに、本当にサイズだけが巨大化したサイボーグになるってことね。動きも硬さも人型と変わらない」

「ああ、そういうことになるね」

「……なんか戦うのが無謀に思えてきたかも」

「だろう? 少なくとも杞憂ではないというのも分かってもらえたと思うが」


 何より極限まで巨大化させてしまえば、アイアンガーデンにいるクリアの弟子たちも否が応でも巻き込まれてしまいそうなのが非常に嫌だ。

 それだけでかければ、戦いの余波でどんな被害が出るか想像も付かない。


「先ほどの話を聞いていたのなら分かるだろうが、彼が求めてきた準備というのは、まさにその『肉体』の素材となる材料を集めろということなのだよ。土地そのものを使うという手もあるが、その場合、アイアンガーデンの地形が変わって、流刑地としての機能を果たせなくなる。彼もそこまでする気はないということのようだね」

「……なるほどー」


 話は大体分かったが、今のところ対処法は見えない。

 そこまで大規模な力を使ってくるというのなら、ブラックエネルギー――魔力の浪費も相当なものになるだろうから、勝ち目が見えなければ戦いを避けるというのも一つの手かもしれない。

 クリアは負けず嫌いだが、別に死にたがりではない。

 勝ち目がなければ戦いを避けるのも一つの選択。

 手段が見つかれば反撃に転じればいい。それだけの話だ。


「とにかくありがとね。貴重な話を聞かせてくれて」

「他に私にできることがあれば何でも言ってくれていい。君のためなら、どんな難事でも請け負おう」

「何かあればね」


 それから、クリアはトーマスにお菓子とお茶をせびった後、満足げに空に飛び立っていった。

 その後ろ姿をトーマスは眩しそうに見つめていた。

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