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第2話 計略と盗み聞き

 イエローコートがクリアを狙ってくるというのなら、少なくとも話を聞いておかなければならない人間が二人いる。

 現イエローコートで、アイアンガーデンの管理をしているトーマス・グリアスと、元イエローコートで、元箱持ちで、現クリアの弟子であるところのカイモス・アイマユス。

 そして、奇遇なことに、二人ともアイアンガーデンに行けば簡単に会うことができる。

 ヨークの報告を聞いた次の日には、起きてすぐにクリアはアイアンガーデンへと向かった。

 学校にも通っていないクリアは基本的に毎日が自由時間で、大抵は魔法少女活動をするか、アイアンガーデンで弟子に指導するかの二択を選んでいる。

 二日に一回はアイアンガーデンを訪れていて、もはやあそこがホームタウンと言ってもいい。

 さらに言えば、そろそろその二択を三択にするべく動こうかと思っている。

 もはや魔法少女カレンの名は首都コーラスクレイス中に知れ渡っただろう。

 下準備は済んだ。


「トーマスさん! おっひさ~!」


 アイアンガーデン本部棟、トーマスの執務室に外から近づいたクリアは窓の鍵を魔力で開けて、勝手に中に侵入する。

 人との会話に飢えているトーマスのことだから、またぞろオーバーリアクションに喜んでくれるかと思ったのだが、残念ながら執務室は無人だった。


「ありゃ、珍しい」


 アイアンガーデンの管理が彼の役割とはいえ、彼自身が動かなければならない仕事は少ないらしく、ほとんどはこの執務室に詰めていることが多かったのだが、今日に限ってはその例外らしい。

 先にカイモスに話を聞くかとクリアが再び窓から外に出ようとしたところで、彼女の魔力の探知範囲に歪んだ魔力の波長が侵入してきた。


「うわお」


 しかも、その波長というのが完全に一等級サイボーグ並みの歪み方をしていて、思わずクリアは変な声を漏らしてしまった。

 その一等級サイボーグのすぐそばにトーマスの魔力もあり、その二つが高速でこちらに向かっている。

 恐らくは自動車か何かに二人で乗って、この本部棟に向かっているのだろう。


「ふむ……」


 このタイミングで一等級サイボーグがアイアンガーデン、もしくはトーマスの元を訪れる。

 それなりに高い確率でクリアにも関係のある話なのは間違いない。

 そして、話をするならこの執務室を使うというのも至極もっともな話だろう。


透明なボクの上書き(クリア・リライト)


 クリアの姿が執務室の中から消え、誰の目にも映らなくなった。

 ヨークから学び取った視覚情報の上書きをクリアはそう名付けた。

 別に透明だけに限った因果の上書きではないし、分類的にはカルマ・リライトなのだから、わざわざ区別する必要もないかもしれないが、あえてそう名付けた。

 なぜか。

 かっこいいからだ。


「一応、匂いも上書きしておこう」


 ミミには大した五感の鋭さはなかったが、全身が変な細胞でできているらしい彼女とは違い、他の一等級サイボーグなら、もしかしたら透明なクリアの匂いにすら気付くかもしれない。

 なので、念には念を入れ、匂いすらも上書きして消しておく。嗅覚情報の上書き。

 それから、トーマスたちがやってくるのを執務室の片隅で待った。


「どうぞ、お入りください」


 ドアを開けたトーマスの後に続いて現れたのは二メートルに届こうかという長身の大男だ。

 深いしわが数多く刻まれた顔は老年一歩手前に見えるが、サイボーグである以上どこまでが本当の見た目かも分からない。

 大きな歩幅でどしどしと執務室に足を踏み入れた男はどっかりと応接用のソファに腰を下ろした。


「お主も座れ」

「失礼いたします」


 どこか緊張した様子で立ち尽くしていたトーマスはそれを聞いて、男の正面に腰を下ろす。

 トーマスの顔は最初にクリアに会ったときのように、顔全体を覆うガスマスクに覆われていた。

 恐らく元通りの顔に戻ったことを悟られないためにだろう。

 声も合成音声になっているので、その辺りの準備は抜かりないようだ。


「最近どうじゃ? 元気にやっとるか」

「……常と変わりません。ウォード様こそ今回はどのような要件でこちらにいらしたのですか?」


 トーマスの返事はやや遅れた。

 クリアが彼の顔を直していなければ、元気にやっているかという質問は一種の皮肉とも取られかねない。

 ウォードと呼ばれた男がどの程度悪意を込めて言ったのかは分からないが、トーマスがそれに憤りを覚えたのであろうことはクリアにはよく分かった。


「なんじゃ、世間話をする気にもなれんか。それも当然じゃがのう。まあ、わしとてこんな僻地に喜んで来たわけでもない。早う本題に入れというのならそうさせてもらおう」

「……そうしていただけると助かります」

「実はな、最近わしらイエローコートはとある反逆者の始末という任務を投げられた。まこと厄介な問題でな、本来はホワイトクロスの不始末のはずが、最初にカイモスを逃がしたのはわしらじゃと責任を押し付けられ、なんだかんだと理屈をこねくり回されておるうちに、最終的にはわしらに丸投げするという形になってしもうた」


 反逆者の始末。

 タイミング的にも、ホワイトクロスの不始末という点においてもクリアのことで間違いないだろう。

 確かにあの件については、カイモスがいなければクリアがあの保管庫を襲うこともなかっただろうから、原因が彼だと言えばそれはそうなのかもしれない。


「相手は一等級サイボーグを相手に逃げ切った相手じゃ。ブラックボックスを気にして全力を出せる状況ではなかったなどと言い訳しておったが、パープルマスクの一等級も遅れを取ったということじゃし、必然的にわしが相手をすることになるじゃろう。もしくは、数で攻めるかというところじゃが」

「お話は大体分かりましたが、それがアイアンガーデンとどう関係してくるのですか?」

「お主も知っての通り、わしの力は街中で戦うのに向いておらん。十全に力を発揮すれば、周囲への被害がでか過ぎるからのう。かといって、その反逆者を相手に力を出し渋れば、パープルマスクの二の舞を踏むことになるかもしれん。であるならば、十全に力を発揮できる戦場を用意するのがもっとも手っ取り早い解決策じゃろう」

「……アイアンガーデンを戦場にすると?」

「その通りじゃ。ここでは周囲への被害なんぞ気にする必要がないからのう。おるのは死んでも誰も気に留めぬ囚人どもと、いくらでも替えの利くはぐれ者ばかり。うってつけの戦場と言えるじゃろう」

「……」


 そういう言い方をすればトーマスに対してもはぐれ者と言っているのと同じことだ。

 それをウォードは分かっているのかいないのか、気にした素振りもなく、尊大な態度でトーマスをねめつける。


「元はと言えば、カイモスを逃がしたお主自身の失策が原因じゃ。断る権利などないことは理解しておろう」

「……あなたが戦いやすいようこの場で準備を整えればいいということですか」


 返ってくるのは合成音声なので、トーマスの感情は声からは窺えないが、隠し切れない憎しみが彼の雰囲気からにじみ出ている。

 確認するようにそう聞いたトーマスに対して、呆れたような顔でウォードがゆっくりと首を振った。


「それだけで済むはずがないじゃろう。もちろんお主にも戦いに参加してもらうつもりじゃ。大した力にもならんじゃろうが、禊は果たしてもらう。何のためにお主を生かしておいたと思うておる。こうした場面でイエローコートのために使うためじゃろうが」

「――承知いたしました。誠心誠意努めさせていただきます」

「精々励めよ。何にせよまずはその反逆者の正体を掴むところからじゃがな。詳細は追って伝える。お主はいつここが戦場になってもいいように準備を整えておけ」

「お任せください」


 それからいくつかの確認事項を共有したのちに、ウォードはのそのそと執務室を出て行った。

 トーマスも見送りのために付いていく。

 彼らの魔力の反応がクリアの探知範囲から出て行ったところで、クリアは透明化を解除した。


「や~な感じ!」


 人を顎で使って、過去のミスを盾に脅して、当然のように命令を強制する。

 見ていて気持ちのいいものでもない。

 クリアのぶっ飛ばしたいリストに新たにウォードの名が刻まれた。


「それにしても、街中じゃ使えない力かぁ……」


 ミミや白白の例を考えても、一等級ブラックボックスによる因果干渉はその強度が凄まじい。

 魔力量という物量差があるので、クリアでは対処できる限界があるのだ。

 それを制限のないアイアンガーデンでやられたら、確かに脅威は脅威かもしれない。


「まあ、まともに戦えばだけど」


 向こうが平気で人を脅すような相手だというのなら、クリアも手段を選ぶような義理はない。

 そして、相手がアイアンガーデンを自由に戦える戦場だと思っているのなら、クリアにとっても同じことだ。

 準備をするための地の利も時間もこちらにはある。


「トーマスさんの恨みはボクが晴らしてあげるから」


 クリアの中でイエローコートへの敵意がどんどん膨れ上がっていった。

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