第1話 訓練とユリア
空を見上げる。
夕暮れの後にやってきた漆黒にきらめく無数の星々。
ただここにいる自分がちっぽけに思え、無数に存在する世界のうちの一つにいる一存在に過ぎない自分はどうしたって無力に感じる。
それでも、夜空を照らす星々のような輝きを放つことはできなくとも、手元を照らすロウソク程度になら誰だってなれるはずだ。
たとえ最初は小さな火種でも、燃え上がり、燃え広がり、燃え続ければ、いつか大きな火となって世界を照らすことができるだろう。
それが希望というものだ。
クリアは空を見て、そんなことを考えながら、手元に大きな火球を発生させた。
相手取るのは、クリアが弟子に取った小さな一人間たち。
だけれども、この三カ月で彼らは少しずつだが、成長した。
クリアほど威力はないけれど、クリアほどバリエーションに富んではいないけれど、それぞれが自分の得意な部類の魔法を鍛え、確実に自分のものとしていった。
火球が得意なものがいれば、水球が得意なものがいれば、雷球が得意なものがいる。
得手不得手は必定で、だからこそ、得意分野は他に勝る武器となる。
アイアンガーデンに囚われていたそのほかの囚人たちも、七大企業にばれない程度に少しずつ助けてきては、またクリアの弟子にしていった。
そうして、その弟子の数は優に百人を超えた。
その弟子たちに向かって、クリアが火球を放つ。
「がんばって防いでみてー」
弟子たちが居並ぶ前で数メートルを超える大きさの火球は分裂し、一斉に周囲を襲う。
各々、障壁で防いだり、それぞれの得意な武器で相殺したりして、何とかその攻撃をいなした。
それを見て、さらにクリアは追撃を放つ。
水球を速度マシマシで地面に撃ち放ち、大地を水浸しにすると、ミミに対して使った雷の雨を次々と降らせる。
弟子たちはそれを各々防ごうとするが、防いでも防いでも雷の雨は降り続け、やがて撃ち漏らした雷が地面に到達すると、浸透した水を伝って、雷が伝播する。
着弾点の近くでは悶絶するように倒れるものが現れ、何人かは空中に描いた障壁を足場とし、地面を離れた。
クリアは氷球を生成すると、水の張った地面に放ち、凍らせる。
足を取られた幾人かは動きを封じられた。
追撃として、一面氷の大地となった地面に風球をまき散らすと、地面が弾け、砕けた氷の欠片が飛び散り、周囲を攻撃した。
空中に逃れたものは足場としている障壁の方に意識を取られ、氷の欠片を防ぐまではいかないものがほとんどだ。
次々と撃墜され、地面に倒れる。
それでも残るのはやはりクリアが最初に助けた十数人の元囚人たち、そして、ユリア。
訓練時間が長ければ、それだけ習熟度も高くなる。
ある意味、当然の結果だ。
「じゃあ、今度はこれはどうかな」
クリアは袖口から二本のワイヤーを取り出す。
それはまるでそれ自体が生き物のように動き回り、対峙する弟子たちを襲う。
ある者は障壁で、ある者は火球でそれに対処しようとするが、クリアの魔力が込められ、自由自在に動くそれを容易には捉えられない。
障壁は回り込まれ、火球は簡単に空を切る。
そして、まず二人がワイヤーに絡めとられ、動きを封じられた。
それから、さらにクリアの袖口から四本のワイヤーが飛び出し、弟子たちを襲う。
彼らはそれぞれの手段でそれを防ごうとするが、動き回る上に細長いワイヤーをなかなかに捉えることはできない。
そうして気付けば、残ったのはユリアだけとなった。
「やっぱユリアが残ったかー」
一番才能があると思っていた相手が残って、自分の洞察が正しかったとひそかにクリアは自信を持った。
これはクリアの攻撃をできる限り防いでみろという訓練だったが、どちらかというと、体力や身体能力に優位のある元囚人たちよりもただ一人の少女であるユリアの方が残った。
それはそれだけ魔法的な才能がユリアにはあったということだ。
空中に障壁の階段を描き、ユリアが空中に浮かぶクリアに近づいてくる。
クリアが因果付与で作り出した靴などは与えていないから、これはユリア自身によって構築された障壁だ。
構築速度もその位置も的確で、この数カ月でユリアも相当魔法に習熟したのだと分かる。
「まあ、それでも、ボクには遠く及ばないけどね」
既にユリアに迫っていた四本のワイヤーに、さらに二本を追加し、彼女の動きを拘束しようと試みる。
それを見て、ユリアは火球を自身の体を包む薄い膜のように形成した。
一瞬、炎の壁を貫通して彼女を拘束することを考えたクリアだったが、すんでのところでその動きを止める。
炎でワイヤーが加熱された状態で彼女を拘束すれば、彼女の体に傷を残すことになるだろう。
訓練でそこまでする必要はない。
空の階段を上って近づいてくるユリアに、クリアは水球を構築する。
「どっぱーん!」
そして、水球を水流のように放出し、ユリアを滝から落とすように押し流す。
彼女の障壁の構築速度はそれなりに速いが、それでも、空中に突如出現した水流を避けるには足りない。
「うわわわわ!」
なすすべなく流されたユリアが地面に激突しないように、クッションとなる水を彼女の背後に回り込ませた。
そして、彼女が地面に流れ着いたところで、ワイヤーで動きを止めれば、もう他に動けるものはいない。
訓練終了。
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※
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「もう~! クリアちゃん強すぎ!」
訓練を終え、ちょっとした反省会をする段になって、ユリアがクリアに言い募る。
「そりゃそうだよ。記憶を失う前もずっと魔法の訓練自体はやってたはずなんだから」
「にしてもさ! あのワイヤーはなに! あんなの教えてもらってないんだけど!」
「ちょっとした魔力の応用だよ」
魔力を込めた物体は自分の意のままに動かせる。
空中に浮かせて物を運ぶこともできる。
それを応用して、質量の軽いワイヤーのような物体なら、それなりの速度で空中を動かすことができるのだ。
サイボーグ相手にはそれほど有効な手段にはならないかもしれないが、それでも、手数が多いに越したことはない。
「ユリアもちょっと練習すればすぐにできるようになるよ」
「ほんと! じゃあ、またいっぱい自主練しなきゃ!」
大学の夏休みとやらが終わった後もユリアは結構な頻度でアイアンガーデンに来て、クリアの指導を受けていた。
それ以外の時間に毎日のように自主練もしていたようなので、一番上達が早いのも必然だ。
「そういえば! クリアちゃんは今も魔法少女活動続けてるの?」
「やってるよ。相も変わらず」
ブラックボックス保管庫襲撃の件で指名手配されるなり、暗殺者が送り込まれるなりして、魔法少女活動も不可能になるかと思っていたが、今は不気味なほど静寂を保っている。
一応、あの日使った衣装は二度と使用しないようにしているので、巷で話題の魔法少女とあの日のクリアが同一人物だと示す根拠はない。
顔も割れていないから、クリアの身元を割り出すのは難しいはずだが、それでも、相手が一国を牛耳る巨大組織だというのなら、できてもおかしくはない。
そうなったときはアイアンガーデンに逃げようかと思っているが、今のところその機会は訪れていない。
向こうが本当にクリアの正体を掴み切れていないのか、あるいは、噂の魔法少女との関連性ぐらいは把握しているのか、実は全部見透かされた上で泳がされているのか、そのどれが真実なのかをクリアには知るすべがない。
知るすべがない以上、考えても無駄で、考えても無駄ならば、いつも通りに過ごすしかない。
それで何か問題が起きれば、その時に考えればいいだけなのだ。
そうしてまたいつも通りの一日を過ごし、アイアンガーデンから本土に帰還し、ユリアと別れたところで、再びヨークがクリアの前に現れた。
「やあ、久しぶり」
「……何か用?」
場所はクリアの住むマンションの屋上。
視覚情報をいじり、姿を隠してそこに降り立ったクリアに当然のように彼が声を掛けた。
「カイモスさんの一件からずっと何の音沙汰もなかったから、てっきりボクのことは忘れたんじゃないかと思ってたんだけど」
「いや、別にそんなことはないさ。ただ君の行動というのがあまりにも僕の手に余るような気がしたからさ、どう対応するべきか分からなくなっていただけなんだよ」
「あっそ。それで、もう一度言うけど、何の用?」
ヨークに対するクリアの態度は冷たい。
命を救われたという恩も記憶の中で薄れつつあり、代わりに自分を脅して言うことを聞かせる悪い奴だという印象の方がクリアの中では強くなっているからだ。
「一応、協力関係にある身の上だからさ、重要事項は報告しておこうと思ってね。どうやら君を始末するという任務はイエローコートの管轄になったようだよ」
「イエローコート? ホワイトクロスとか、パープルマスクじゃなくて?」
「そう。ついでに言うと、君の身元までは向こうも把握し切れていない。もともと情報が少ないというのもあるけど、僕が痕跡を消しまくってるからね」
「なにそれ。ボクに恩を着せたいがためのフェイク?」
「違うね。もう十分、恩は着せてるはずだよ。重ね着しすぎて窒息死するぐらいには。そうじゃなくて、単に君が捕まったら僕も困るというだけの話さ。制御できない鉄砲玉でも、なくしていい駒じゃないからね」
「……面と向かって相手を駒扱いとか、性格終わってるね、ヨークさん。ちょっといい人かもなんて思ったボクがばかだった」
「それじゃあ、伝えたからね。君は好きにドンパチやってくれればいいよ。それを囮に僕も好きに動かせてもらう」
言うだけ言ってしまうと、いつもの通り煙のごとくヨークは消える。
今回に限って言えば、ヨークは有益な情報をもたらしてくれたと言えるだろう。
向こうがクリアの身元を掴めていないこととイエローコートがそれを追っているということ。
知ると知らないとでは大違いだ。
「それにしても、なんでイエローコートなんだろ」
アイアンガーデンの管理はイエローコートが行っているという話だったが、それ以外にクリアと接点はないはずだ。
単純にミミや白白というあの女では能力が割れているから、それ以外をという話なのかもしれないが、本当のところは分からない。
「まあ、何にせよ向かってくるなら返り討ちにしてやるぜ」
トーマスさんの件もあることだし、とクリアは独り言を言って楽しそうに笑った。
その顔には曲がりなりにもミミに勝ったという自負があった。




