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第16話 白と白

 空中に無数に存在していたクリアの姿が一斉に消える。

 もはや手当たり次第に黒い棘を伸ばしていたミミが一瞬、動きを止め、それから、地上にただ一つ残ったクリアの姿にその触手を伸ばした。

 頭の先からつま先に至るまであらゆるところを突き刺されるクリアだったが、当然それもまた視覚情報の上書き――幻影にすぎない。

 数を一つに絞ったのは余計な力をそぎ落とすため。

 今から行う攻防に全精力を注ぎこむため。


「疾檄雷()


 クリアがつぶやくと、施設上空に次々と雷球が生じていく。

 一つ一つの大きさは直径十センチ程度と小さいが、その数は一瞬にして百を超え、そこからさらに増殖していく。

 星でも降ってきたかと錯覚するほどの雷球のきらめきにミミが目を細め、クリアの居場所を探るべく繰り出していた攻撃の手を止めた。

 クリアが何をしようとしているのかと警戒しているのか、あるいは、これだけの数の雷球をどうさばくかと思案しているのか。

 彼女が何を考えているのかは分からないが、彼女は気付いているだろうか。

 雷球は既に放たれていることに。


「水平方向に射出するにはそれなりの労力と集中力がいるけどね、垂直方向にはその限りじゃないんだよね」


 クリアは本来これだけの雷球を同時に放つことはできない。

 魔力をたくさん溜めることができても、人間の集中力では一度に放つことのできる魔法には限りがあるからだ。

 それでも、射出するという手間を省けば、その限りではない。

 普通、魔法を放つときには、手に持ったボールを投げるようなひと手間が必要だが、今回はそれを完全に省いた。

 雷球を運ぶのは重力に任せる。

 その代わりクリアはただ数を生成することに没頭する。

 それによって、雷球は生み出される端から自由落下を始め、大地へ降り注ぐ雷の雨となる。

 地球との共同作業だ。

 生成される雷球には威力はなく、速度もない。

 しかし、それでも、数だけはある。

 一つ一つは当たっても軽く痺れるだけだとしても、十当たればどうだろう。百当たればどうだろう。千当たればどうだろう。

 自分でも数えるのがばかばかしいほどに雷の雨は降り注ぎ、次々とミミの立つ地面へと向かう。


「……っ!」


 ことここに至ってようやくミミは何が起こっているかを理解したらしい。

 黒い触手は全て空に向かい始めた。

 クリアの生み出す数多の雷雨を薙ぎ払い、一粒一粒が小さなそれは容易に削り取られ、散り散りになる。

 だが、何にしろ数が多い。

 その黒い触手で蜘蛛の子を散らすように雷球を薙ぎ払えるとしても、この数を一度に片づけることは、ましてや増え続けているものを処理し切ることはできるはずがない。

 クリアが多すぎる魔力を一度には発散できないように、ミミもまた同時に操れる触手にも、その形状にも限界がある。

 どれだけ非現実的な力を有していようと、どれだけ外見が化け物じみていようと、それを操るのが一人の人間の頭である以上、やれることには限界がある。

 操れる数には限界があるだろうし、操れる形状にも限界があるだろう。

 ブラックボックスの使い方などクリアには想像もつかないが、軽く思い描いただけで箱側が全てをくみ取って勝手にやってくれるほど簡単なものでもないだろう。

 あらゆる攻撃に対して最適な『形状』を展開して防御するなどということも当然ながら難しい。

 人間一人の頭では、その対応力では、機転では、状況が差し迫れば迫るほど、その対応は単純なものへと、使い慣れたものへと、使いやすいものへと収束していく。

 『見た目』を操れるのなら面で攻撃した方が有効だとクリアは考えるところだが、棘のような形状で点や線で攻撃しているミミを見ても、それがよく分かる。


「だけど、そろそろ頭も回るんじゃないかな」


 そうクリアが考えたとき、全身の肌が粟立つ感触にその予想が的中したことを知った。

 あれが来る。


「『体積爆弾』」


 ミミの体から射出された黒い塊はクリアが生成する雷雨の中心に到達したかと思うと、その体積を一気に膨張させる。

 まるで空間そのものが黒く塗りつぶされたように見える様子に、クリアは冷や汗をかいた。

 今までミミがこれを使わなかったのは曲がりなりにもここがブラックボックス保管庫で、恐らく地下にはブラックボックスがまだ保管されているからだろう。

 いくら彼女でもその地下を巻き添えに攻撃することはできない。

 ただし、今のように空を使えば話は別になる。

 『体積』を上書きする範囲を空に絞ることになれば、施設部分に損傷はない。当然保管されているブラックボックスにも傷一つつかない。

 一瞬で雷雨が食い尽くされたことに対してクリアに戦慄はあれど、驚きはない。

 あれは一度見て知っているのだから、馬鹿みたいに空に雷球を並べれば、こうなることは簡単に予想がつく。

 黒い張りぼてに空は覆われ、そして、すぐにその体積は収縮する。


「次弾装填ってね」


 幾千ものきらめきが黒に塗りつぶされ、見せかけだけの黒がすぐに空を明け渡した後、透き通るような透明が空に浮かんでいる。

 優に二十メートルは超える大きさの氷の塊が空に浮かんでいる。


「数の次は質量だよん!」


 クリアが魔力のコントロールを離すと、その氷の塊は先ほどの雷球と同じように自由落下を始める。

 それだけでも普通なら脅威だが、今まさに二発目の『体積爆弾』のための魔力を練り始めたミミにとってはそうではない。

 小さなもので空間を埋めようと、大きなもので空間を埋めようと、どちらにしろその空間の『体積』を上書きすればいいだけなら話は同じだ。

 ただし、それはここからクリアがひと手間加えなければの話。


「出番だ、ステッキ!」


 特大の氷球の制御は既に手放した。

 ゆえに自由落下を始める氷の塊に対して、さらにクリアは追撃を行うことができる。

 ステッキにありったけの魔力を込めて凝集させた風球を、ミミが二発目の『爆弾』を放とうというまさにその瞬間、一気に解放させる。

 風を切る高い音が聞こえ、ステッキから放たれた超高圧の空気の塊は氷の塊の背中を押した。

 その上にいたクリアも反動でさらに上空へと吹き飛ばされるが、その甲斐はあった。

 自由落下に加速の付いた氷塊が凄まじいスピードで地面に迫る。

 ミミの中にあった歪んだ魔力の構築が霧散したのをクリアは感じ取った。

 施設に近すぎる位置では『爆弾』は使えない。

 爆発範囲を精密に制御できるなら話は別だろうが、この速度で動く物体に対してそれをやるのは、弾丸に弾丸を当てて防ぐくらい無茶な芸当だ。

 結果として、ミミの取れる選択肢は黒い触手を変形させて氷塊を砕く、これ以外にない。

 幾本もの太い棘に貫かれ、氷塊はあっけなく砕け散る。

 それでも、あれだけ大きな塊だ。

 触手にえぐられてもなお破片は数多く残り、砕けた氷の破片が瓦礫のように地面に降り注ぐこととなる。


因果滑落(カルマ・スライド)


 自身の肉体が落下するという過程を滑落したクリアは数十メートル上空から一気に地面に着地する。

 落下の衝撃は障壁で吸収した。

 ミミとの距離は十メートルといったところ。

 氷塊が降り注ぐ中、クリアの落下音はそれらに紛れる。

 さらに氷球と水球の組み合わせによって霧を発生させ、辺り一帯に展開する。

 氷塊の落下による聴覚の妨害。霧による視覚の妨害。

 ミミに万が一にもこちらの位置を悟らせないように。

 それから、雷球を五つ生成、あえて空から回り込むようにミミへ急襲。

 霧や氷塊で視界を遮られた中、空からの雷球をミミは追撃の一手と取るだろう。

 だが、実際は囮。

 クリアがなおも上空にいるように見せ、周囲への警戒を薄めるための撒き餌。

 実際のクリアは地上に、それもミミの至近にいる。

 迫りくる雷球にミミが触手を伸ばしたところで、クリアは最後の一手を発動させた。


「カルマ・スライド」


 ミミの背後に現れたクリアは空の雷球に注意が向いた彼女の背に至近距離から雷球をたたき込む。

 ――はずだったが、その前にミミの背中から黒い棘が突如として生えてきて、クリアの胸を貫いた。


「……っ!」


 胸の中心に横たわる異物感。

 間違えようもない致命傷。


「……やっとかよ……」


 肩越しに顔だけで振り向いたミミはむしろ安堵したようにそうこぼした。

 驚愕に目を見開くクリアに、誇るでもなく淡々と言った。


「氷、踏んだでしょ。甲高い音が聞こえて、まさかと思って背中にも攻撃したんだけど……。本当にいるなんてね……。正直ここまで追いつめられるなんて思わなかった。お前すごいよ」

「……へへへ」


 血まみれの口でクリアは笑った。

 その賞賛は素直に受けよう。

 それから、消えかける意識をただ気力だけでつなぎ止め、小さくつぶやく。


因果断絶(カルマ・ディバイド)

「……え?」


 瞬間、ミミの体から突き出る全ての触手は突如として消え失せた。

 まるで時間が巻き戻されたみたいに、まるで因果が断たれたみたいに、原因と結果は切り離され、本来あるべき姿に戻る。

 ミミがブラックボックスを用いて自身の仮想細胞の『形状』を変化させた事実そのものが消え、そうならなかった現実へと回帰する。

 すると、どうなるか。

 貫かれるべきだったものは貫かれず、散り散りになるべきだったものは散ることがない。

 今まさに触手がクリアの体を貫いたというその結果が瞬時に消え失せ、困惑したミミの後ろから、散り散りになったはずの五つの雷球が元通りに再生して、同時に襲い掛かった。


「……なっ!?」


 現状を正しく把握することができなかったミミにはそれに反応するだけの余力はない。

 自身が散らしたはずの雷球がなぜか元に戻って向かってきたことにも理解が及ばず、彼女はただ驚愕に目を見開いて、ゆっくりと崩れ落ちる。

 クリアは満面の笑みでその光景を眺めていた。


「ボクの勝ち」


 勝ち誇ったその声をミミが聞いたかは定かではないが、間違いなく誰の目から見ても、結果は明らかだった。


「姫様の勝ちですね」


 怜悧な表情の中に一抹の心配を覗かせて、カレンが歩み寄ってきた。

 クリアはそんな彼女に軽く微笑みかける。


「ありがとう、手を出さないでくれて」

「出しませんよ。後で怒りをぶつけられるのは目に見えていますからね」


 そんな憎まれ口をたたきながらも、カレンはクリアの胸に手を当ててその感触を探った。


「どこ触ってるの、えっち」

「……誰が姫様の胸なんて喜んで触りますか。傷は完全に消えたと思っていいんですよね。つまりは、命に別状はなく、処置の必要もないと」

「ないよ。原因と結果のつながりは断たれたからね」


 戦闘中に探っていたところによれば、ミミがあの触手の因果干渉に用いていたのは大体一本当たり百人分の魔力といったところだった。

 クリア単独の魔力だけではその因果干渉を断つことは難しいが、クリアボックスに溜め込んだ今となっては容易に実行できる。

 だとしても、ここぞという場面で用いなければ相手の意表を突くことはできない。

 だからこそ、最後の最後で決定打に用いることにした。

 ミミに接近するということは、自ずとあの触手に貫かれるリスクを取るということだ。

 即死でさえなければ、カルマ・ディバイトが使えるが、頭を貫かれていれば、その時間さえもない。

 もしくは、クリアボックスに溜め込んだ魔力でさえ打ち消せないほど大量の魔力を用いられていても、それで終わりだ。

 因果を断ち切ることもできず、クリアは死ぬことになっていただろう。

 ある種危険な賭けだったことは間違いない。

 それでも、何とか勝利を呼び込めたことはクリアとしても素直にうれしい。

 カレンに果たせなかったリベンジもミミには果たすことができた。

 ここ数カ月の間わだかまっていた気持ちにようやく一区切りをつけることができたと言えるだろう。


「それでどうしますか。彼女」

「うーん、どうしようね」


 あと考えるべきは意識を失ったミミをどうするかというところ。

 この国の体制を破壊したいというクリアの目的にとってみれば、端的に言って、やっちゃった方が手っ取り早い。

 が、見た目が高校生の少女に見えるせいか、あまり積極的にやりたい気がしない。

 ブラックボックス自体を破壊しようにも、中の魔力が多すぎてとてもではないが、クリアの貯蔵魔力ではどうしようもない。

 大体、百万人分はあるだろうか。

 とてもではないが、処理し切れるものではない。

 それに加えて懸念事項が一つ。

 彼女の体自体がブラックボックスと融合した謎の細胞になっているせいか、このまま彼女の命を奪ってしまった場合、何が起こるか分からない。

 最悪、その瞬間に黒腐が噴き出すかもしれない。

 そうなれば本当の本当に最悪だ。

 百万人の人間の命を奪うまで止まらない大災害が街に流れ込むことになる。


「お困りのようでしたら、私のほうで預かってもよろしいでしょうか」


 白い声がして、とっさにクリアは振り向く。

 白いフードに白い仮面、白いスカートに白い肌。

 フードの隙間から垂れる髪も白い女がそこに立っていた。

 全く不気味なのは魔力を探知していたはずのクリアがその接近に気付かなかったこと。

 ミミに匹敵するほどのこの歪んだ魔力を今の今まで感じ取ることができなかったこと。


「初めまして。白白と申します。ご存じかは分かりませんが、ホワイトクロスという小さな企業で一等級サイボーグなどを務めさせていただいております」

「あ、そうなんだ。白白さん。ボクは通りすがりの魔法少女Aだよ。よろしくね」

「はい、よろしくお願いいたします」


 優雅に一礼した彼女は黙ったまま臨戦態勢を取るカレンの方に目を向ける。


「あなたは何さんですか?」

「……従者Aです」

「なるほど。魔法少女Aさんと従者Aさんですね。以後お見知りおきを。付きましては、そちらのミミさんをわたしの方で預からせていただくことは可能でしょうか」


 妙にへりくだった態度を取る白白にカレンは訝し気な目を向けている。

 クリアはそんな白白に何となく違和感を覚えて、無意識にじりじりと後退しつつあった。


「ご返答はいただけないのでしょうか」

「渡さないって言ったら納得して帰ってくれるの?」

「いえ、それは困ります。ですが、あなた方お二人も彼女の扱いには困っておられたのでは? でなければ、わたしが口を挟む隙もなく、彼女はお亡くなりになっていたでしょうし」

「……」


 黙り込んだクリアとカレンを急かすでもなく、白白はじっとこちらを見つめている。

 そして、唐突に「残念ですが、お時間です」と二人に告げた。


「時間? 何のことですか?」

「こういうことです。『白痴(はくち)』」


 白白がその言葉を告げた瞬間、クリアの頭の中は真っ白になった。

 その直前まで考えていた、彼女は一体何なのだろうといった疑問やこれからどうすべき等の考えは全て消え失せ、それどころか、それ以外のどんな考えも頭の中に浮かばない。

 何かがおかしいという疑問も目前の事態に対する恐怖も何も心に去来せず、ただただ真っ白。

 まるで思考領域を全て白く塗りつぶされたかのような有様で、それは隣にいるカレンも同様の様子。

 そんな二人をじっと見つめ、一つ頷いた白白はゆっくりと歩み寄ってくる。


「ブラックエネルギーというものはなかなかどうして伝達の問題というものがあります。どんな強力な力でも影響を及ぼすために時間が必要で、ブラックエネルギーが届かなければまず話が始まらない。『破裂』のティアラさんのように、力そのものが拡散性を持つならば話は簡単で、力をまき散らすだけで済みますが、わたしの場合はそうもいかない。逆にミミさんの場合は自身の体そのものを変化させるので、力が及ぶのにほとんどタイムラグがいりません」


 完全に思考が染め上げられ、動けない二人の間をするりと抜け、意識を失ったミミに触れる白白。

 すると、まるで虚空に消えるかのようにミミの体はどこかに消え去った。


「ですから、わたしは光に乗せることにいたしました。光というのはどこにでもあり、どこにでもいきわたっている。わたしのこの真っ白な姿に光が反射して、あなたの体へと吸い込まれるその経路を利用すれば、ブラックエネルギーは簡単に伝達することができます。もっとも、乗せられる量自体が微弱なために結局、時間自体はかかってしまうんですけれどね」


 皮肉気に言った白白は緩慢な動作でクリアとカレンの肩に手を乗せる。


「『白』の上書き。それがわたしの持つブラックボックスの力です。何でもかんでもわたしは白くすることができるんです。白って美しいですよね。きれいですよね。世界の全てが白く染まってしまえばどんなにか幸せでしょうか。あなた方も一緒に白くなりませんか。……あら?」


 白白が二人の体に魔力を流し込もうとしたその瞬間、二人の体がいずこかへと消え失せる。

 きょろきょろと辺りを見回し、白白はどこにも二人の姿がないことを見てとると、小さくため息を吐く。


「消えてしまいましたか。残念です。魔法少女Aさんの方は、なかなかどうして美しい白髪をされていらしたのですが」


 誰も動く者のいなくなったその場で、白白はカイモス・アイマユスがいたはずの場所へと目を向ける。

 そこら一帯の瓦礫が一息に白く染まり、それから砂のように崩れ落ちる。

 カイモスの姿はどこにも見つけられなかった。


「何か条件を付けておいて、『位置』の上書きを実行したというところでしょうか。予め設定しておいたメンバーがその条件をきっかけとして、特定の場所に移動する。見事な保険です」


 感心したように白白は言い、それから、ブラックボックスが保管されている地下室の方へ向かった。


「それにしても、あの衣装かわいかったなー。ボクも着たい」


 それから、まるで誰かのように独り言を言った。

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