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第15話 分析と隙

 飛んできた破片を腕にまとった障壁で弾き、カレンは疾駆する。

 目前の二等級サイボーグはカレンのよどみのない突進に一瞬遅れて、手近の瓦礫に手を触れた。

 またしても飛んできた破片をもはや流れ作業のように受け流す。

 ミミ・ストミミスが上空からやってきたことで苛烈さを増したティアラの攻勢は徐々に勢いを失いつつあった。

 それも当然だろう。

 彼女の到着に期待をかけて、あからさまな持久戦を仕掛けてきた相手だ。

 希望をかけた援軍さえも膠着状態に入ったと知れば、戦う意欲も削がれるというもの。

 対してカレンの心に一切の澱みはない。

 どれだけ状況が停滞しようと、虎視眈々と打開の一手を模索している。

 幸い相手が長々と時間稼ぎに走ってくれたおかげで、そのブラックボックスの力というものも大体知れた。

 魔力を流した物体が爆発するというシンプルな力だが、破裂した破片さえもその力を有するというのが厄介なところ。

 ただし、無限に連鎖するわけではなく、始めに触れた物体を「親」とすれば、その力を有するのは「子」まで、「孫」以降の破片に触れたところで何の痛痒もない。

 そこまで分かってしまえば避けること自体は容易い。

 分かりやすく距離を取るだけで、「孫」を食らうことはあっても、「子」に当たることはほとんどないのだから。

 だが、逆に言えば、接近すればするだけ「子」に当たる危険性も高まる。

 小指の先ほどの破片にかすっただけでも四肢を持っていかれるだろう。

 それだけの威力を有しているのはこれまで嫌というほど目にしてきた。

 ゆえに回避に一切気を抜けないのが状況の膠着をさらに助長している。

 うかつに近づけないというのはそれだけで大きく不利になる。


「まあ、それ以上に相手が動揺してくださっているおかげで、ほぼイーブンに持ち込めているんですが」


 恐らく相手はブラックボックスの力が通じないということに不可解さを覚えているはず。

 障壁に「子」の破片がぶつかっても何の変化も起こらないのだから。

 それほど表情には出ていないが、要所要所で何かを考えるような素振りは目に付いている。

 それでも、カレンが何をしているのかまでは分からないだろう。

 ブラックボックスという非科学を用いていても、魔法という可能性に思い当たるわけがない。

 情報的なアドバンテージはカレンにあると言っていい。

 相手はこちらの力の仕組みを全く理解できず、対してこちらは時間をかければかけるほど相手の力を理解していく。

 そして、魔力を感知すれば、相手の攻撃の予兆も感じ取れる。

 容易に近づくことができないという不利を背負っていても、情報面の優位は常にカレンにある。

 相手は五里霧中に手当たり次第に破壊をまき散らすことしかできない。

 だから、カレンが先に打開策を見つけるのは半ば必然。


「だいぶ減ってきましたね、瓦礫も」

「……っ!」


 別に聞かせるつもりのないつぶやきではあったが、耳ざとくサイボーグの聴覚はそのつぶやきを聞きとったようだ。

 動揺を態度に表したティアラは慌てたように周囲を見渡す。

 その隙を見逃すカレンではない。

 瞬時にその距離を詰めた。


「あれだけ砕き続ければそれはね」


 最初に施設を損壊させたことで周囲に散った瓦礫も、時間を稼ぐために何度も何度も『破裂』させていった結果、目ぼしい大きさのものはほとんど消費し尽くしている。

 少なくともカレンとティアラの周囲にはほとんど残っていない。

 数十メートルも移動すれば話は別だが、それだけの距離を無防備に走り続けるのを許すほど、カレンも相手を侮っていない。


「くそ……っ!」


 それでも、悪態を吐いたティアラに取れる手段がないわけではない。

 手近に手の届く瓦礫がなくとも、地面を『破裂』させれば武器にはなりうる。

 現にここまでの戦いでも何度か彼女がそうしたのをカレンは目撃している。

 下方向からの攻撃はともすると正面から来るよりも厄介で、だからこそ、その対応策をカレンは模索していたのだ。


「障壁」


 だが、完全に相手の力を理解した今となってはその対策も容易い。

 障壁にぶつかった「子」の破片はその時点で『破裂』の力を失う。

 障壁にぶつかった破片が地面に落ちても爆発が起きなかったのを見てとって、カレンはそれを理解した。

 障壁に衝突した時点で「子」は障壁を『破裂』させるはずだが、障壁は魔力そのものであるがゆえに『破裂』させることができない。

 ゆえにその時点で因果干渉は空振りに終わり、空振りに終わったとしても、発動した結果として、『破裂』の力は失われるということ。

 つまり、相手が地面に魔力を流した時点でその地点を覆うように障壁を展開すれば、それ以上の『破裂』は起こらない。


「……そんなっ!?」


 起こるはずの攻撃が起こらなければ、相手に一瞬の思考の空白が生まれる。

 度重なる予定不調和で焦りを隠せなくなっていた彼女は、押し迫るカレンへの対処が遅れた。

 その上で足に仕込んだロケットエンジンで加速を加えれば、わずかな悪あがきさえも考え着く前に砕いてしまえる。

 次の『破裂』を起こすためにブラックボックスから魔力を取り出すよりも速く、カレンは障壁をまとった腕でティアラの胸を貫いた。

 同時にその首をへし折る。

 指令を出すのが脳ならば、物理的な接触を断ってしまえば、虫の息で何かをすることもできない。

 驚愕に目を見開いたティアラの首が地面に落ちると同時、その体を横たえる。


「充実した戦いでしたね」


 ほどよい脳の疲労感とまだまだ動けると主張する改造された体。

 二等級サイボーグ相手でもそれなりにやれたことの達成感、高揚。

 主君の役に立てたことへの満足感。

 動けるサイボーグが周囲にいないことを念のため確認し、カレンはそっと息をついた。


「何とか露払いはできたでしょうか」


 その事実に安堵し、それから、カレンは未だ決着のつかないクリアの戦いへと目を向けた。


 ※


 ※


 ※


 ミミとの戦いにおいて、『視覚情報』の上書きという回避手段は思いのほか上手くいった。

 音や熱など、魔力探知によらずともクリアの位置を確かめる手段はいくらでもあるかと思っていたが、ミミはどうやらブラックボックスの力を過信していたようで、自身の五感以外にそうした探知手段を持っていないらしい。

 こうしてクリアに位置を欺瞞されたことで、次からは備え始めるかもしれないが、少なくとも今はそれを考える必要はない。

 ミミに対する防御はそれでいいとして、問題は攻撃だ。

 当たりさえすれば『壁弾』でどうにかできるとクリアは思っていたが、どうやらそれもまた過信だったらしい。

 障壁をまとったBB弾が彼女の体にかすり傷すら与えられないのを見て、クリアはびっくり仰天した。

 考えてみれば『見た目』の上書きとは、外的要因ではどうやってもその姿形を変えることができないということを意味している。

 たとえどれだけ硬い物質であろうと、その因果干渉自体をどうにかしない限り、彼女に傷一つ付けられないのは自明の理だ。

 そうなると、クリアの取るべき攻撃というのは、彼女の外側をどうにかすることではなく、内側にダメージを与えることになる。

 魔力を探知すれば分かる通り、彼女の体は明らかに普通の人間のそれとも、サイボーグのそれとも違う。

 恐らく見た目と形状だけを無理やり上書きされた魔力とも肉ともつかない代物なのだろう。

 それでも、いくらなんでも体の全てをその正体不明の物質で構築しているわけはない。

 必ず人間としての部位は残っているはずで、内臓のいくつかや、少なくとも脳は残っていなければおかしい。

 だから、攻撃するべきはミミの中身、ミミの臓器ということになる。

 そのための攻撃手段としては、障壁は使いどころがないから、純粋な魔法を頼りとするしかない。


「狙いが定まったのは喜ばしいことだけど……」


 現状、火球や雷球の速度では、正面から撃ち続けるだけでは当たらない。

 ミミの得意とするあの黒いうねうねが形状変化し、クリアの魔法を着弾前に薙ぎ払ってしまっている。

 隙を作るなり、ばれないように上手く放つなりして、何とか彼女の体に当てなければ話は始まらない。


「ここは一つ危険を冒すしかないね……」


 リスクを取らなければリターンは得られない。

 ましてや相手が何十万単位の人間の魔力を束ねた化け物だというのならば、それぐらいのリスクを覚悟しなければ勝利を得られるわけがない。


「ミスったらね、ごめんね、カレン」


 一抹の不安を滲ませて、こちらを窺うカレンに向けてクリアは小さく謝った。

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