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第14話 視覚と膠着

 その姿を見たとき、記憶の中の少女と面影が一致した。

 ヘリから飛び降り、空中ですれ違い、仮面を挟んでいても不思議と目が合ったと認識する。

 ミミを追うようにふわりと地上に降り立った、魔法少女のような衣装を身にまとった少女を見て、やはり間違いないとミミは確信する。

 この少女は数カ月前に出会ったクレアと名乗った少女であると。

 以前ミミの『体積爆弾』によって死んだはずの相手であると。


「クレアちゃん、だよねぇ? どうしてこんなところにいるの?」

「リベンジマッチのためだよ」

「りべんじまっちぃ? だれにぃ?」

「……」


 クレアは黙ってミミを指差した。

 一瞬何が言いたいのか分からなかったが、ゆっくりとその意味を理解して、ミミは薄ら笑いを浮かべる。


「あー、そっかぁ~。あのときぼろぼろに負けたのがくやしくてってことぉ? もしかしてそのためにここを襲ったとか?」

「そうだよ」

「……即答するんだぁ。でも、せっかく生きてたのにもったいないことするんだねぇ。どうやって生きてたのか知らないけど、生きてたならおとなしくしてればいいのにさ」

「逆じゃない? 生きてたからこそやりたいように使うんだよ」

「……はあ?」


 クレアの言いたいことはミミにはよく分からない。

 生きてこその命だとミミは思うが、そんなことは今はどうでもいい。


「ミミもすぐここに応援に向かえるようにって行動制限されててイライラしてたんだよねぇ。それからやっと解放されると思うと、早めに襲ってきてくれてありがとうって感じだよぉ」

「それはどういたしまして」

「それじゃあさ、すぐ終わっちゃうかもしんないけどぉ、リベンジマッチに付き合ってあげよっか」

「どうぞ」


 クレアが答えるか答えないかのうちに、ミミは両手を槍のように変化させてクレアの頭を貫いた。

 『見た目』の上書き。

 ミミの体はどんな形状にも変化させることができる。

 姿形、形状、体積、あらゆる『見た目』を上書きし、あらゆる形に変化する。

 その変化はほぼ一瞬で完了し、人間の反応速度ではこれに対抗することは不可能だ。


「リベンジマッチは失敗だったねぇ、クレアちゃん」


 次の瞬間にはクレアの体が倒れ伏すことを確信し、もはや意識はないであろう相手にそう告げたミミだったが、


「そうでもないよ」


 そんなつぶやきとともに背後から炎の球が迫ってきて、思わずその場を飛びのいた。

 地面が焼け焦げて、黒炭に変わる。

 慌てて周囲を窺うと、平然とした様子でたたずむクレアの姿がある。

 頭に穴は開いていない。

 それに加えて、さっき立っていた位置からは数メートルも離れている。


「どういうこと……」


 疑問を抱いたミミは再度手を変形させてクレアを襲う。

 一瞬にしてその黒い仮想細胞はクレアの胸を貫いた。

 しかし、


「胸に穴が開いちゃったー、いたいよー、しくしく」


 クレアはまるで効いてない様子でふざけた態度で泣きまねをする。

 その胸を確かに仮想細胞は貫いているが、血は出ていないし、感触もない。


「幻覚? ていうより立体映像の類い……?」

「うーん。ちょっと違うけどねー」


 言葉と共に飛んできた氷の塊をミミは腕を変形させて薙ぎ払う。


「正解は視覚情報の上書き。ヨークさんがやってたのを見て、これは使えるって思ったんだよね。君たち魔力を湯水のように使うくせに魔力探知はできないみたいだからさ。ボクがどこにいるか分かんないでしょー」

「なっ……!?」


 クレアが言った瞬間、彼女の姿が分裂した。

 四方八方、三百六十度、空中に至るまで、至る所にクレアの姿がある。

 どれも同じように微笑み、どれも同じように息づく。

 ぱっと見では、どれが本体で、どれがその『視覚情報の上書き』なのか全く分からない。

 もしくは、そのどれもが本体ではないのか。


「……それがお前のブラックボックスの力ってわけ?」


 心の中では違和感を感じつつも、それ以外に可能性が思い当たらずミミはそう口にした。

 七大企業側の人間がこんな愚かな襲撃を行うとは考えづらいが、そうでもなければこの力に説明が付かない。


「違うんだなー、これが。でも、そう思ってもいいよ。ボクの正体なんて別にどうだっていいことだし」

「……ちっ」


 状況の面倒くささにミミは思わず舌打ちを漏らす。

 ミミの体のほとんどの部位はブラックボックス由来の仮想細胞によって形作られている。

 視覚も聴覚も当然その細胞に頼ったものとなる。

 普通の人間の感覚と比べて劣るものではないが、改造されているサイボーグと比べれば、如実に差が出る。

 特に今のような場合、視覚に頼って相手の位置を見つけることが難しい現状、それ以外の感覚に頼らざるを得ないわけだが、聴覚も人並みでしかないミミにとってみれば、得意げにしゃべっているクレアの位置でさえ、まともに掴みかねる。

 前なのか後ろなのかぐらいは分かるが、それ以上に正確な位置は分からない。

 こうなると、『体積爆弾』でこの辺り一帯を吹き飛ばすのがもっとも手っ取り早い解決策となるが、地下にブラックボックスが貯蔵されている以上、それも難しい。

 また仮にそれが可能だったとして、以前『体積爆弾』ですら仕留めそこなっていることを考えると、安易にその選択肢を取るのもためらわれる。

 本当に面倒としか表現できない状況だ。


「……あっちも頼りにはならなさそうだし」


 ティアラという名の二等級サイボーグの方にちらっと目を向けるが、あちらもあちらで手こずっているらしく、ミミの代わりにクレアの位置を特定するなどという余裕があるようには見えない。

 そして、ティアラが戦っている相手をミミが代わりに片づけられるかというと、


「ちっ……!」


 あらゆる場所から飛んでくる炎の球やら雷の球やら氷の球やらに対処するので手一杯で、ミミにもそれほどの余裕はない。

 なぜか定期的に飛んでくるBB弾はミミの体に何の痛痒ももたらさないから問題はないが、炎や雷などはまずい。

 もともとミミの体を構成している仮想細胞は実体が希薄で、見た目以外の情報が薄い。

 体積や見た目を外的要因によって揺さぶられることは絶対にないが、それ以外は容易に変動するのだ。

 体重計に乗れば、乗った時々の湿度や気圧の関係で十キロ単位で数値が変動するし、極低温では手足の動きが鈍くなることもある。

 それは体積や形状以外の情報が仮想細胞には希薄であるがゆえの現象で、それゆえにこの炎や雷を受けるのは危険だ。

 体積は変化しないとしても、それらは簡単にミミの体内に侵入し、唯一の生体部分である脳にダメージを与えるかもしれない。

 そうなればただただ見た目が美しいだけの植物人間が出来上がる。

 そんなことになるのは何が何でもごめんだった。


「さっさと倒れろよ、クソガキがっ!」


 もはや外聞もなく吐き捨てると、手当たり次第に腕や足の細胞を上書きし、周囲を攻撃し始める。

 中身のない黒い槍と化した細胞が地面に亀裂を与え、瓦礫を切り裂き、大気を穿つ。

 しかし、地上だけならまだしも、空中すら動き回っているらしいクレアには当たらず、ミミに襲い掛かる炎や雷の攻撃の手も休まることはない。

 完全に膠着状態と化していた。

 勝負を決められることはないが、こちらも決定打を持たない状態。

 こうなれば、ミミ以外の増援に期待したいところだが、それもすぐには難しい。

 もともとの襲撃者はカイモス・アイマユスだと想定されていた。

 よしんばそれに何人かの脱走者が加わることがあったとしても、それも三等級サイボーグまで。

 ミミが手こずる相手ではないと考えられていた。

 それゆえにそれ以降の増援は完全に想定外であり、ブラックボックス保管庫という情報の機密性から考えても、一般兵を大量に投入することもためらわれる。

 ゆえに、ここはミミがどうにかする以外にないのだ。


「どうしてミミがこんな目にぃ!」


 どれほどの殺傷力に長けた力を持っていても、相手の位置が分からなければ宝の持ち腐れ。

 どれだけ鋭いナイフも当たらなければ意味をなさない。

 身に迫る炎を切り裂き、雷を弾き、氷を砕きながら、ミミは初めて自分のブラックボックスの力不足に歯噛みした。

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