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第8話 カレンと模擬戦

 クリアとカレンが同時に放った水球はちょうど二人の中間地点でぶつかり、周囲に水しぶきが飛び散る。

 わずかにカレン側に飛び散った水が多いのは込めた魔力の量がクリアの方が多かったからだろう。

 続いてクリアは二発の水球を生成する。

 それを見てカレンもまた二発の水球を作り出す。

 放たれた四つの水球はまたしても中間地点でぶつかり、先ほどよりも派手な水しぶきが上がる。

 間髪入れずに次は三つの水球がぶつかる。

 さらに四つ、五つと数を増やして水球の衝突は続き、六つに至ったところでカレンの手が足りなくなった。

 クリアの頭上に浮かぶのは六つの水球なのに対して、カレンの水球は五つだけ。

 放たれた水球の五つは空中で衝突したが、残りの一つはカレンに向かい、彼女は軽くステップを踏んでその水球を最小限の動きでかわす。

 彼女の後ろの茂みで水球は弾けた。


「どう? 『クリアボックス』の調子は」

「まあまあですね。自分の魔力ではないからか、いまいち操作に違和感がありますが、時間と共に慣れる程度のものでしょう」


 『クリアボックス』とは、ブラックボックスを参考にクリアが生み出した魔力を溜めるための箱だ。

 アランドランやミミとの戦闘を機に、クリアが自分なりの長所を生かすべく考えた結果、それがもっとも必要だと判断した。

 クリアの魔力量は常人の五百倍とヨークは言った。

 三等級のブラックボックスが千倍ということだから、魔力量だけで言えば、クリアは三・五等級のブラックボックスを持っているに等しいということになる。

 ただし、ブラックボックスとクリアには決定的な違いがある。

 それは使っても魔力が回復するという点だ。

 ブラックボックスの魔力は使えば使っただけ減り、クリアのように自然回復することはない。

 全ての魔力を使い果たせば、黒腐を生み出して魔力を回収しようとするのだろうが、それにしたって、ほいほいと使える代物ではない。

 逆にクリアの魔力はいくら空っぽになるまで使い尽くしたところで、一日寝れば大体元に戻る。

 この長所を生かさない手はない。

 ゆえに、クリアはカルマ・グラントによって魔力を溜めうる透明な箱を作り出して、毎日それに魔力を込めて溜めこむことにしたのだ。

 カレンに渡したのはそのうちの一つ。

 およそ百人分の魔力量がこもっている。

 カレンはサイボーグとなったことで魔力の流れが阻害され、自身の魔力が使えなくなっていたが、『クリアボックス』を使えばその点を解消できるのではないかと考えたためだ。

 そして、その仮説は今、実際に証明された。


「どうする? もう少し調整に付き合ってあげなくもないよ」

「問題ありません。多少不慣れな魔力でも、姫様をのすにはお釣りが来るくらいでしょうから」

「言うね。負けて吠え面かかせてあげるから」


 クリアは同時に二十の氷球を生成し、カレンに向かって全力で投射する。

 手加減は一切するつもりはないので、まともに当たればカレンを全身氷漬けにした上に特大の氷の華が咲くだろう。

 対してカレンはあえて小型の火球一つだけを生成して、それに対抗する。

 カレンの火球とクリアの氷球が激突し、一瞬だけ水蒸気が発生したかと思うと、すぐに冷気に打ち消される。

 一面が氷漬けになった。

 ただしカレンの周囲だけは別で、彼女の周囲直径一メートルほどの範囲は凍っていない。


「数で押せばいいというものでもありませんよ。火球一発に魔力を集中すれば、こういう避け方も可能なんですから」

「……よく水風船が割れなかったね」

「そこだけを障壁で覆ってそちらにも魔力を集中しましたから」

「器用な真似をするよね」

「あなたが大雑把なだけですよ」


 その一言が頭にきたクリアは、カレンのように一発の氷球に魔力を集中して彼女に放つ。

 まとめて放つよりも幾分か速度の増したその氷球をカレンは軽々とかわす。

 標的を見失った氷球はそのまま十メートルほど直進し、直撃した樹木を何本か貫通した後にその先に大きな氷塊を生み出した。


「だからと言って何も考えずわたしの真似をしたところで効果的とは言えませんよ」

「……いちいちむかつくなあ、もう」

「模擬戦とはいえ戦闘ですから。相手の冷静さを奪うために言葉を用いるのは当然です。そして、あなたが無表情に見えて、内心感情がすごく揺れ動く人間だということをわたしは知っている。だから、こうしてあなたの感情を逆なでしているんです」

因果滑落(カルマ・スライド)


 言葉はもう不要とばかりに因果の滑落を発動させ、カレンの背後に回り込む。

 しかし、回り込んだ先で、カレンが振り返る間もなく、瞬時に水球が飛んできて、慌てて障壁でガードした。


「なんで……っ」

「移動する先が分かったか、ですか?」


 ゆっくりと振り返り、クリアを怜悧な目で見つめたカレンが静かに説明する。


「わたしは死角からの攻撃に備えて既に薄い魔力の膜を周囲に展開していました。あなたがどんな奇天烈な移動の仕方をしようと、移動した先ではその魔力に必ず反応がある。ただその地点に水球を飛ばしただけのことですよ。魔力探知が甘いですね、姫様」

「……ぐぬぬ」

「因果をいじくるだの何だのと調子に乗っているんじゃないですか。あなたはただの小娘です。魔法少女だなんだともてはやされても、こうした基礎を疎かにしていては本末転倒ですよ」

「うるさいなあ、もう」


 やけくそ気味に袖を振って、BB弾の壁弾を乱射する。

 当たればサイボーグだろうとなんだろうと穴だらけになるはずだが、どうせこれも効かないんだろうとクリアは投げやり気味だった。

 実際その予想はその通りで、軽くカレンが腕を振ると、放たれた魔力がBB弾にまとわせた障壁を全て無効化し、ただのプラスチックの球となったBB弾はカレンに何の痛手も与えることができずに彼女の体に当たり、それから、ぽとぽとと地面に落ちる。


「あなたの周囲で展開した障壁ならまだしも、その手を離れてBB弾に固定されただけの魔力構造なんていくらでも阻害することが可能です。そして、編まれた魔力の構造を崩してしまえば障壁はドミノ倒しのように崩壊する。わたしに”それ”は効きません」

「だー!」


 フラストレーションが溜まりに溜まったクリアはもはや思考をやめ、手袋の風球の力で加速し、カレンへ突撃を敢行する。


「……戦いのさなかに思考をやめた者は死んでいるのと同じことです」


 正面に障壁を張って突っ込んだクリアの頭上を、大きく跳躍することで華麗にかわしたカレンは持っていた小石を弾き、クリアの頭上の水風船に向かって放った。

 魔法もサイボーグとしての力も何も使わずに放たれたその小石は、悠々と水風船に直撃し、割られた水を頭から被ったクリアは全身ずぶぬれになった。

 うらめしそうにゆっくりと振り返るクリアをカレンは怜悧な視線で見つめていた。


 ※


 ※


 ※


「負けた。負けた! 負ーけたっ!!」


 広場からだいぶ離れたクリアは、手近にあった岩山に向けて、憂さ晴らしの火球をぶちまける。

 何度も何度も何度も。

 岩が焼け焦げる匂いが辺りに満ち、岩山は着々と溶岩に変わっていく。

 周囲の樹木は軽くならしておいたので、山火事が発生することはない。

 ただ魔力を熱量に変換し、岩を溶かし続ける。

 それでも、クリアの気分は収まらない。

 一度ならず二度までもカレンに敗北した。

 その事実はなかなかに飲み込めない。

 おかげでこの後にするはずだった魔法指導を全てカレンに丸投げすることになった。

 『クリアボックス』をカレンに与えたのはクリアだが、それがこういう結果をもたらすとは考えていなかった。

 それでも、その事実自体を後悔するつもりはないが。


「悔しいものは悔しいんだよッ!!!」


 放った一発の壁弾は軽く岩山を貫通し、一瞬だけ小さなトンネルが出来上がったが、すぐに溶けた岩石によって塞がれて見えなくなる。

 渾身の魔力を込めた一発に少しだけ疲労感を覚え、肩を落としたクリアの瞳には涙が浮かんでいた。


「……すまない。少しだけいいだろうか」


 そんな彼女に声をかけたのは、いつの間にか近くに来ていたカイモスだった。

 目元を軽くぬぐい、クリアは顔を上げる。


「何?」

「先ほどのことを謝っておこうと思ったんだ」

「謝る? どうして?」

「彼女に負けて君がそこまで本気で悔しがるとは俺は思っていなかった。そこまでたった一つの勝利が君にとって重要なものだとも。だから、その勝利を軽んじた先ほどの俺の態度は失礼なものだったと思う」

「……」


 クリアは無言で氷球を生成し、溶けた岩山を冷やし始める。

 八つ当たりで攻撃し、放置した溶岩が周囲に被害を及ぼせば、あまり寝覚めがよくない。


「でも、それはカイモスさんの主義主張によるものでしょ。そこは譲れないと思ったから、あそこまで強情だったんじゃないの?」

「確かにそれはそうだ。だが、それでも、今の君の様子を見ていると、謝らずにはいられないんだ。本当にすまなかった」


 真摯に頭を下げるカイモスにクリアも調子が狂う。

 ただでさえ勝負に負けて傷心中だというのに、余計に心が揺り動いて、あまり愉快な気分でもない。


「分かったから頭を上げて。もういいから」

「……すまない」

「やっぱりあれなの? 人の命を背負ってると、考えも自虐的になる?」

「どうかな……。俺もよくは分からないな」

「ふーん、そう」


 無意識なのか意識的なのか、胸に手を当てているのはそこにブラックボックスが埋まっているからだろうか。


「ねえ、それ壊してあげようか?」

「……え?」

「ブラックボックス。壊せると思うんだよね、ボクなら」


 クリアの言葉にカイモスは呆然としている。

 ややあってようやく口を開いた。


「いや、しかし、そんなことをすれば黒腐が……」

「出ないよ、多分。確信を持って言えるけど」


 黒腐が人の魔力を吸収し、一定量を満たせば黒い箱になり、その魔力を使い果たせばその箱から黒腐が生まれる。

 黒腐→ブラックボックス→黒腐……のように、因果は永遠に同じ所を回っているが、カルマ・ディバイドによって原因と結果を分離すれば、その円環を断ち切れるはずだ。

 断言するクリアに面食らったように押し黙るカイモス。

 カレンに敗北したことで気が立っているクリアは、カイモスの自罰的な姿勢に腹が立っていたこともあって、彼に時間を与えることなく、さらに詰め寄る。


「どうする? 壊す? 今すぐだってボクは可能だよ」

「……少しだけ考えさせてもらってもいいだろうか」

「いいよ、もちろん」


 それでも、了承を得ずに勝手に実行しようとするほどクリアも強引ではない。

 大きなショックを受けたような面持ちで広場の方へ戻っていくカイモスの後ろ姿をクリアはしばらく見つめていた。


「……あー、最悪な気分」


 まるで敗北の八つ当たりをカイモスにしてしまったような嫌な気分だった。


「ばかくりあ」


 冷えて再び固まっていた岩山に壁弾を放つと、氷の破片が飛んできて、頬を浅く裂いた。

 頬を刺す鋭い痛みが少しだけ気持ちを楽にしてくれた。

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