第7話 カイモスと模擬戦
カイモスとの出会いから数日経ち、その日クリアはアイアンガーデンを訪れた。
いつものようにユリアとの魔法訓練を行うためだ。
ただし傍らにはユリアだけではなく、カレンの姿もある。
「全く姫様の負けず嫌いにも困ったものですね……」
「よく言うよ。自分だっていろいろ試したくてうずうずしてるくせに」
「二人とも仲良しだね!」
カレンを連れてきたのには理由がある。
クリアがリベンジを行うためだ。
アイアンガーデンでカレンと戦ったとき、クリアもカレンもお互いが主従だとは認識していなかったし、クリアに関しては魔法に関する認識もまだまだ甘かった。
とはいえ、クリアはカレンに敗北した。
これは厳然たる結果だ。
たとえカルマ・ディバイドを用いたとしても、敗北の結果は消えない。
よしんば消えたとしてクリアの心の中に残り続けるのなら同じことだ。
負けを負けのままにしておきたくないと考えるクリアにとっては、こうして自由に暴れられる場を得たのならば、リベンジを考えるのは自然なことだ。
そして、カレンにもまたクリアとの模擬戦を行う理由がある。
「おはよう、カイモスさん、元気?」
「君か。元気か元気でないかと言えば、元気だな。こうして腕も直ったことでもある」
囚人たちが暮らしている地域の近くまでやってくると、カイモスは切り倒した木材を運んでいるところだった。
その左腕は既に修繕が完了している。
切られた腕はクリアが意識を失った彼と一緒に持ってきていたので、サイボーグゆえに修理が可能だったのだ。
そのための材料もクリアが買ってきた。
もともとイエローコートを脱走してからは、カイモスは自分の体のメンテナンスは自分で行っていたらしいので、修理も何とかこなしたらしい。
その際、囚人たちの手も借りたりして、カイモスは彼らと共同生活を行うようになった。
今は森の木材で家を建てているところだ。
「そうだ。体が直ったのならカイモスさんも誘おうかな」
「ん? 何の話だ?」
「今からちょっとこっちのお姉さんと模擬戦みたいなのをしようと思ってるんだけど、カイモスさんもやらない?」
「……模擬戦とは、具体的にどんなことをする予定なんだ?」
「ええっとね、これ」
クリアは背負っていたリュックを下ろして、中から風船を取り出す。
「水風船、頭の上に括り付けてさ、それを割られたほうの負けみたいな感じで」
「それを君の頭の上にくくりつけると?」
「うん。そう」
「……」
カイモスは無言でカレンのほうを見つめた。
それから、眉根を寄せて、軽く非難するような目で彼女を見る。
「見たところ中小企業のサイボーグのようだが、はっきり言って君には分別がないのか?」
「……分別がないとはどういう意味でしょうか?」
「仮にもこの子はまだ子どもだぞ。そんな子の頭を攻撃するというのか? 君のようなサイボーグが?」
カイモスの言にカレンは目を見開いた。
「そうした視点を持ち合わせたことはありませんが……、確かに言われてみると、客観的にはそのように見えるわけですか……」
「あのさあカイモスさん、ボクは魔法少女なんだよ? 普通の子どもを攻撃するのとは全然違うの」
「いいや、何も違わないさ。俺にとっては君は子どもだ。どれだけ特別な力を持ち合わせていようと、どれだけ君が強かろうと、君が子どもである事実には変わりない」
「……」
その考えは立派かもしれないが、融通の利かなさには少しだけクリアも苛立ちを覚えた。
「協力し合おうってこの前言ったばかりじゃん。なのに子ども扱いするの? それは対等な関係とは言えなくない?」
「対等だとは思っている。だが、たとえ訓練でも君のような子どもを攻撃するのは俺の信念にそぐわないんだ」
「あー……、じゃあ、ええっと、とにかく、その主張をどうこうしようとは思わないから、ボクとカレンも好きに訓練したっていいよね?」
「悪いが、俺の前でそうした行為は見逃せないな。仮に訓練でもやはり君がまともにサイボーグと戦うというのはやめてもらいたい」
「……めんどくさいよー、カイモスさん」
思わずクリアの口から本音がまろび出た。
見かねたカレンが少し呆れたような表情で提案した。
「では、こういうのはどうでしょう。どうもそちらのカイモスさんは姫様の実力というものをあまり理解されていないようですので、まずそれを理解してもらうために、姫様とカイモスさんで一方的な模擬戦を行ってはどうでしょうか?」
「一方的な模擬戦とはどういう意味だ?」
「完全に姫様に危険のない形ならあなたも文句はないのでしょう? 具体的には、あなたの方にだけ先ほどの水風船を付けてもらい、それを姫様が割ったら姫様の勝ちという形です。逆に時間内避け切ることができたのならばあなたの勝ちで。この形ならどうですか?」
「確かに俺もその形なら文句はない」
カレンの提案にようやくカイモスさんも納得する姿勢を見せた。
クリアとしても、正直形はどうでもいいので、魔法運用の実践的な練習になればそれでいいし、意固地なカイモスを一方的にぼこせるというのも気持ち的には悪くない。
話がまとまると、森の中を移動し、少し開けた場所に出る。
最近ユリアや囚人たちに魔法を教えるために使っている広場で、クリアの魔法で木を切り倒したり、雑草を排除したりして整地を行った。
その時に切り倒した木は囚人たちの家を建てるために用いられている。
今日も魔法を教える予定ではあったので、囚人たちの多くはその広場に集まっていた。
「来たか嬢ちゃん、今日も頼むぜ!」
手元に小さな火球を作り出して、自主練を行っていたらしいバルクセスは、クリアたちの足音に顔を上げ、はつらつとした声を上げた。
「元気だね、バルクセスさん」
「おうよ。嬢ちゃんのおかげで魔法覚えるのが楽しくてな、年甲斐もなくはしゃいでんのよ。……おっ、今日はあのときの姉ちゃんも一緒か!」
「お久しぶりです、バルクセスさん。お元気そうで何よりです」
「おかげさんでな」
「こんにちは! バルクセスさん!」
そして、そんな元気なバルクセスにも負けない音量でユリアが声を上げる。
「こないだ教えてもらったコツのおかげでおいしいパイが焼けました! ありがとうございます!」
「おう! 役に立ったのなら何よりだ」
「溺死寸前の浮き輪ぐらい役に立ちました!」
共に魔法を学ぶ仲になったためかユリアとバルクセスの仲もいい。
元パン屋のバルクセスからお菓子作りのコツを教わったりしているらしい。
そんなこんなで囚人たちには広場のスペースを開けてもらい、ユリアとカイモスはその中心に立つ。
彼我の距離は五メートル程度。
ガチでやり合うのならクリアにとっては不利な距離だが、今回は相手の反撃を気にする必要がないルール設定なので、問題はない。
「二人とも準備はよろしいですか」
遠巻きにしている囚人たちの中からカレンが声を上げる。
クリアは軽く頷き、カイモスは水風船を頭にくくりつけてから「大丈夫だ」と答えた。
大の大人が頭に水風船を付けているというシュールな光景に若干笑いそうになりながらクリアは魔力を練る。
「では、始め!」
カレンの鋭い声とともにクリアは無数の氷の刃を空中に展開する。
氷の刃と言っても数センチ程度の大きさなので、殺傷力は皆無。
ただし、水風船を割るだけならば針で刺す程度の刺激で十分なので、それ以上の大きさはむしろ不要。
展開した数は自分でも数えきれないくらいの数。数百は優に超える。
軽く身構えてこちらの動きを伺っていたカイモスは、その数えきれないほどの小さな氷の刃に目を細めた。
「すごいな。正直言って勝てる気がしない」
「えっと……、もう降参?」
「もちろん違うとも。やれるだけのことはさせてもらうつもりだ」
「りょーかい。じゃあ、がんばって避けてねー」
言葉と共に数百の氷の小刃を射出する。
そこからのカイモスの動きは素早かった。
振りかぶった拳を地面に突き立て、手早くちょっとした穴を掘ると、その穴に頭ごと水風船を潜り込ませた。
さらに両手で抱え込むようにして頭を隠す。
そこに氷の小刃が殺到した。
殺傷力のない刃であるからして、サイボーグであるカイモスの体には傷一つ付けることができず、また地面に潜り込んだ水風船にも届かなかった。
しばらくしてカイモスが顔を上げると、クリアは何と言っていいか分からない顔で彼を見た。
「……随分泥臭い避け方だね」
「駄目だっただろうか」
「いや、いいんだけどさ、ただそんな避け方されるとはさすがにちょっとびっくりというか……、ブラックボックスとか使ったりするのかなって思ってたし」
「あれは何の罪もない市民の命で作られたものだからな。そこには俺の両親も含まれているかもしれない。君は物足りないかもしれないが、訓練や模擬戦でそうした力を使うことは俺にはできないんだ」
「……ごめん。確かにその通りかも」
クリアは素直に頭を下げた。
ブラックボックスを完全にたちの悪い道具としか見ていなかったクリアにはその視点はなかった。
確かにカイモスの言う通りで、簡単に使っていい代物ではないだろう。
また倫理的な面を無視しても、有限なエネルギーをそうほいほいと使うことはできないのも確かだ。
「じゃあ、今度はもっと分かりやすくいくからさ、カイモスさんも正面から避けてみて」
「了解した」
クリアの頭上に氷球が十個同時に生成される。
氷を用いるのは、一番危険が少ないからだ。万が一にもカイモスに直撃したとして、凍っただけならすぐに溶かせる。
クリアの頭上を見上げて身構えたカイモスに一斉に投射する。
「意外と速度が出るものだな」
サイボーグであるカイモスにはやはり正面から投射しただけでは簡単に避けられてしまう。
しかし、構わずクリアは一つの氷球が着弾すると同時に別の氷球を生成し、断続的に氷の球を投射し続ける。
悠々と回避を行っていたカイモスも、着弾した氷球が地面に氷の花を咲かせ、障害物が増えるうちに徐々に逃げ場を失っていく。
やがてじり貧だと悟ったカイモスは行く手に立ちはだかる氷をサイボーグの腕力で砕こうと試みるが、運悪くそれによって飛び散った氷の破片が水風船に当たり、風船は割れてしまった。
「……降参だ」
いさぎよく両手を上げたカイモスにクリアも氷球の投射を止める。
「手も足も出ない。俺では到底君に敵わないな」
苦笑しながら歩み寄ってくるカイモスにクリアは疑わし気な視線を向けた。
「その割には余裕そうだけどね。どうせ子どもと遊んでやった程度に思ってるんじゃない?」
「そんなことはないさ」
「じゃあ、ボクも風船付けてやったらどうなると思う?」
「それはやってみなければ分からないとも」
「それなら、ブラックボックスを使ったら?」
「……同じだ。結果はどうなるか分からない。君だってすべての手札を出し尽くしたわけじゃないだろう」
「そうだね。ごめん。これ以上こだわっても無意味か」
クリアのような子どもというのは、どうあってもカイモスにとって本気で戦う相手ではないというのは何となく分かった。
いくら負けず嫌いと言っても、戦う意思のない相手に勝った負けたをこだわっても意味がない。
「それで、まだカレンとの模擬戦は認められないの?」
「俺が認める必要はないだろう? どうせ君は誰に何を言われてもやるんじゃないか?」
「それはそうだけど、一応聞くだけ聞いておく」
「危険そうだと思ったら割って入っても構わないだろうか」
「別にいいけど、そんな隙間はないかもよ」
「それだけ聞ければ十分だ。俺のことは気にせず好きにやってくれていい」
「ありがとう」
お礼を言う義理はなかったが、それでも一応そう言ったクリアにカイモスは一つ頷き、囚人たちの輪の中に入っていく。
代わりにカレンが歩み出てきた。
途端、珍しくクリアは心からの笑みを浮かべる。
「……随分と嬉しそうですが、そんなに悔しかったんですか?」
「悔しかったよ。深夜に闇討ちしてカレンの髪全部燃やしてやろうかと考えた夜もあった」
「分かりました。今度からは寝室に警報機をセッティングしてから床につくことにします」
「でも、そんなんじゃ勝ったことにならないからさ、こうやって正面からぶちのめしてやりたいんだよね」
「返り討ちにあったとしても、へそ曲げないでくださいね。あなたの機嫌を取るのはとても面倒なので」
「言ったね。そっちこそ、たとえ負けても腹いせにご飯抜きとかはやめてね」
「やりませんよ。姫様みたく子どもじゃないんですから」
どこか挑戦的な笑みを浮かべるカレンに、不敵な笑みを浮かべるクリア。
「準備はいいか?」
先ほどのカレン同様始めの号令を務めてくれるらしいカイモスが聞いた。
カレンとクリアは頭に水風船を括り付ける。
傍から見ればシュールな絵面だが、双方ともまるで気にしていない。
「では、始め!」
号令とともにカレンとクリアは同時に動いた。




