第4話 偶然と邂逅
人助けから家に帰ってくると、カレンのマンションのちょうど真上の中空にヨークが立っていた。
「何やってるの?」
「やあ、久しぶりだね」
「ていうか、どうやって空中に立ってるの?」
「別に空中に立っているわけじゃないよ。ただ僕の肉体の視覚情報を空中に固定しているだけさ」
「ふーん、そうなんだ」
何を言っているのかはいまいち分からないが、別に理解させようと思って話しているわけではないのは分かったから、クリアも理解する気はなく、ただどうでもよさそうな相槌だけを返した。
中空のヨークがぱちんと指を鳴らすと、その視覚情報とやらは消え、代わりに屋上のベンチに座るヨークの姿が現れた。
クリアはそばに降り立ち、彼に呆れた目を向ける。
「そこにいるのなら、わざわざ空中に姿を見せた理由はなに?」
「その方が目立つだろうと思って。君にスルーされたまま部屋に戻られても悲しいからさ」
「へー、そうなんだ」
たぶん適当な理屈を並べ立てているだけだろうと思ったので、クリアも適当な相槌を返した。
「で、何か用?」
「うん。実はね、ちょっと七大企業の拠点を襲うのを手伝ってほしいんだ」
「え、やだ」
「……僕に協力してくれるんじゃなかったっけ?」
「協力するとは言ったけど、全部言うこと聞くとは言ってない」
「そうかい。それは残念だ」
「ちなみにその拠点っていうのは何があるの? ヨークさんが言ってた探し物?」
「いいや、そうじゃない。けれど、彼らにとってはそれなりに重要な拠点のはずだよ」
「ふーん。つぶしたらいいことあるの?」
「まあ、いいことと言っていいかどうかは分からないけど、彼らの力をある程度削ぐことはできるはずだよ」
「それはどうして?」
「そこがブラックボックスの保管庫だからだよ」
「へー、そうなんだ」
どうでもよさそうに相槌を打って、結構、重要そうなことを言ったなと思いながらも、クリアは表情を変えなかった。
「そこを襲ってどうするつもりなの?」
「あわよくばブラックボックスをいただきたいね。外部電池はいくらあってもいいから」
「ヨークさんならいきなり手元に引き寄せたりできないの?」
「さすがに正確な場所が分からないとそんなことはできないさ。第一引き寄せるのにもそれなりの準備やコストがかかる。普通に手にできるのならその方がいいのは確かだ」
「でも、そんな場所ってそれこそ箱持ちがたくさんいるんじゃないの? 簡単に入り込めるとは思えないけど」
「それがそうでもないんだよね、不思議なことに。今いるのは三等級サイボーグ一体に通常のサイボーグが十数体といったところさ。何でもない小さな研究施設の一つに偽装されているみたいだね」
「物々しい警備がいれば、大事なものがしまってあることが分かるから、あえて何でもないふうを装ってるってこと?」
「かもしれない。何か理由はあるんだろうけど、彼ら側の深い事情まで僕は知らないから、今言えることはそこが狙い目だということさ」
得意げに語るヨークの言うこともよく分かるが、クリアとしては、今はまだ積極的に動こうという気はあまりない。
「今じゃないとだめなの? ボクはいろいろ準備をしているところなんだけど」
「だめとは言わないけど、時間経過で警備が厚くなることは十分考えられるだろう?」
「それはそうだけど……。ヨークさん一人でやる気はないわけ?」
「はっきり言って、僕単体にはそれほどの戦闘力はないからね。いろいろと小細工は使うけど」
「因果をいじれるのに?」
「因果をいじれるからといって、敵を倒すのに向いているかといえば、そうじゃない。僕の場合、いじくれるのは見かけ上の結果だけさ。それに、使ったエネルギーが回復する君と違って、僕それ自体のエネルギーはごみみたいなものだよ。外部電池を使ったところで、そのエネルギーは返ってこないんだ。そう簡単に使おうとは思わないさ」
「ふーん。そう」
要するに、なんだかんだと理屈をこねてクリアに危ない所はやらせようというつもりなのだろう。
こんないたいけな少女の陰に隠れて恥ずかしくないのかと言いたくなる。
「こんないたいけな少女の陰に隠れて恥ずかしくないの?」
そして、実際に口にした。
「魔法少女に言われたくはないね。それで、結局断るってことでいいのかな、君の命の恩人たる僕の頼みを」
「……うわー、絶対それ今後も脅し文句にする気満々じゃん」
「満々だよ。そのために助けたんだからね」
「ちっ、分かったよ。やればいいんでしょ」
「物分かりがよくて助かるよ」
ということで、クリアは七大企業の施設襲撃という物騒な仕事をやらされることになった。
※
そして、その当日。
深夜三時に、集合場所の雑居ビルの屋上でクリアはヨークと合流した。
「どう? 様子は」
「うん。見れば分かると思うけど、既に襲撃されてるね」
目的の研究所があるのは都市の中心部から離れた山間部に近い場所。
今いるビルもほとんど廃墟同然の代物で、周辺を見渡せるのはここと他には電波塔ぐらいのものだ。
その高さから研究所を眺めれば、確かにそこかしこで土煙が上がっていたり、警報が鳴り響いていたりして、何者かの襲撃を受けているのは明らかだ。
「誰が襲撃してるの?」
「さあね。遠目からだと判別は付かない」
「目的は同じ?」
「だろうね。そうでなければ、こんな辺鄙な場所をわざわざ襲撃するわけがない」
「で、どうするの? 先走った人がいるんなら、こっちの目的を果たすのは無理?」
「少なくともブラックボックスを回収するのは無理だろうね」
「あ、そうなんだ。じゃあ、帰るね~」
踵を返したクリアの肩をがっちりとヨークが掴む。
「待ちなよ。確かに当初の目的は果たせなくなったかもしれないが、代わりに別の目的が生まれたよ」
「別の目的? なにそれ」
「襲撃者の正体が分かれば、使える味方になってくれるかもしれない」
「”味方”って言う割には”使える”って頭に付いてるあたりヨークさんの性根が知れるよね」
「ということで、近づいて様子を見てきてくれるかな」
「なんでボクが」
「君の命を助けたのは……」
「ああ、はい! 分かったよ! 行ってきます!」
投げやりに言ったクリアはステッキに跨って空を飛ぶ。
数百メートル向こう側の研究所に向けて、十分な高度を保って近づく。周囲には霧をまとわりつかせているので、クリアの姿は見つかりにくいはずだ。
上空から見下ろすと、襲撃者らしき男と施設の防衛側の兵士らしき男が戦っているのが見えた。
周囲には倒れている兵士が何人もいて、立っているのはその二人の男だけだった。
「うわ、両方箱持ちじゃん」
魔力を感知してみれば、歪んだ魔力の感触はまさしくブラックボックスを有したサイボーグのもので間違いない。
アランドランと似たような反応なので、恐らく両方とも三等級サイボーグ。
片方がヨークが言っていた防衛側の戦力とすれば、もう一方は裏切り者だろうか。
でなければ、箱持ちと箱持ちが戦っている理由は思い当たらない。
「どっちも満身創痍って感じだ」
増援等の様子はないので、戦闘が始まってからそれほどの時間は経過していないようだが、両者ともに消耗した様子だった。
一人は白い十字架の腕章を付けたホワイトクロスのサイボーグらしき男。長い金髪を後ろに流し、繁華街で女性に声でもかけていそうな軟派な顔つきをしている。
もう一人は対照的に、着古した軍服を着た生真面目そうな印象の男だ。刈り上げた短い黒髪に朴訥そうな目鼻立ちをしている。
両者ともにずたぼろだが、あえて言うなら金髪の方が優勢に見える。
金髪のほうは腕を振るだけで見えない刃のようなものを放ち、その先の地面や壁に裂け目が生じていて、攻撃動作に無駄がない。
対して、黒髪のほうは足元のがれきを掴んで放り投げることで攻撃を行っている。そのがれき自体は同じく地面や壁にめり込むほどの威力を誇っているようだが、掴んで狙いを済まして投げるという動作を挟んでいる分、彼のほうが攻撃に時間がかかり、やや不利なように思えた。
「どうしたもんかなぁ」
味方にするとは言っても、あまりこの戦いに介入したくない。
今のところ上空で観察するクリアの存在はばれていないようだが、雷球の一つでも投げ込めば位置は割れるだろう。
その一発で仕留められればいいが、眼下の二人は結構なスピードで移動しながら戦っているので、雷球の速度で当てるのは難しい。
袖に仕込んだ壁弾をばらまくと、最悪、黒髪のほうにも当たる可能性がある。
とりあえず決着が付くまで様子見することをクリアは決めた。
黒髪が負けそうになれば障壁で守るくらいのことはすぐできるので、それでも大きな問題はないと結論付けた。
クリアがそんなことを考えているうちにも、二人の戦いは続いている。
中距離からの撃ち合いに業を煮やした黒髪が、金髪が足元のがれきに気を取られた一瞬の隙をついて、一気にその距離を詰める。
慌てた金髪は腕を振り回して見えない刃を放つが、黒髪のほうは慌てずに背中に背負うようにしていたがれきの石板を放り投げ、簡易の盾とする。
見えない刃はその盾に全て防がれ、その先の黒髪にダメージを与えることはなかった。
どうやら一度何かに当たると、見えない刃としての能力を失うらしい。
間近に迫った黒髪に、最後の悪あがきのように金髪が足を蹴り上げて、さらに見えない刃を放つ。
運悪くその刃は黒髪の左腕を切り落としたが、それに一切怯むことなく黒髪は距離を詰め、足を振り上げて体勢を崩した金髪を上から押さえ込み、その胸を残った右腕で思いっ切り貫いた。
金髪は一瞬だけ全身を跳ねさせたが、それっきり動かなくなる。
黒髪がほっと一息をついた。
「疾檄雷球!」
「がっ……!」
緩んだその頭上に容赦なく雷球をぶち込むクリア。
同時に目に見える範囲の監視カメラにも雷球を放り込む。
クリアは仮面で顔を隠しているが、それでも、そうしたカメラには映らないに越したことはない。
「よいしょっと」
倒れ込む黒髪をステッキに縛り付け、その場を去る準備を手早く済ませる。
いつ七大企業の軍隊が大量に押し寄せてきても不思議ではない状況なのだから。
さっさと飛び立とうとしたところで、ステッキにくくりつけた黒髪の首元に目がいく。
正確には、その首元にかかったドッグタグに。
そこにはこう書かれていた。
『カイモス・アイマユス』
その名前はつい先日、トーマスから聞いた名前だ。
「艱難辛苦に付け狙われている、ね」
同じくトーマスの口にした言葉を思い出し、クリアは苦笑を浮かべる。
「まあ、こういうこともあるか」
淡白にそれだけ呟いて、クリアはその場を飛び去った。




