第3話 人助けとステッキ
ステッキに乗って、クリアは空を飛ぶ。
ここ二カ月間、改良に改良を重ねたステッキだ。
まずステッキに乗るときは体をベルトで固定する。この際ベルトに魔力を流して強度を上げているので、ちぎれることはまずない。
この方法でステッキと体が分離するのを防ぐ。
次に動力の生み出し方を工夫した。
水球と風球を同時に用いることで推進力を得ていたが、ようは空気で反作用を得るためにたたく物体が必要なのであって、その部分は障壁をたたけば問題ないと気付いたため、風球のみで飛ぶようになった。
さらには、スピードに乗るとステッキを軸に体が回転し始めたので、回転を防ぐために自分の体の周りに風球をまとわりつかせながら飛ぶことにし、その風球をバーストさせたり、大きさを変えたりすることで姿勢を制御し、正常な飛行を行うことを目指した。
以上の努力により、見事ステッキは武器部門から飛行部門に帰還を果たすことができ、クリアは魔法少女らしい飛行方法を手にすることになった。
そんな努力の結晶とも言えるステッキに跨り、クリアはイーリスの空を飛ぶ。
今日も今日とて人助け。
利己的な目的のための人助けである。
「やあ、元気?」
空からとあるマンションの屋上に降り立ったクリアは、まさにそこから飛び降りんとしていた少女に軽い口調で話しかけた。
「だ、だれっ……!?」
「だれってひどいなあ……、呼んだの君でしょ、魔法少女カレンだよ」
「うそ……、ほんとうに来るなんて……っ!」
少女の年齢は中学生くらいに見える。
齢十五のクリアの一つか二つは下のはずだ。
「メッセージの文面はこうだったね。『助けてください。死んでしまいそうなほどにつらいです。今すぐ来てくれないと屋上から飛び降ります』……ご丁寧に住所まで書いてさ。いけないんだよ、よく知らないネットの向こうの相手に住所教えるとか」
「ど、どうして来たんですか……!」
「呼ばれたからだよ。ひどい言い草だなあ。君、名前は?」
「メリアルリドです」
「……うわ、出た。リア族だ……、クリア、ユリア、メリア、どんな奇遇だよ……」
「……え?」
「ああ、ごめん。こっちの話。ボクは魔法少女カレンだよ。決して本名クリアクレイドが偽名使ってるわけじゃないから」
「は、はあ……」
困惑した様子のメリア。
『すぐに飛び降りる』などと送ってきた割には、そこまで切羽詰まっているようには見えない。
「メリアはどうしてあんなメッセージ送ってきたの?」
「……この先生きてても仕方ないなって思って、どうせなら噂になってるカレンに一度会ってから死にたいって思って……」
「あ、そう。それで会ってどう? まだ死にたい?」
「し、死にたいです!」
「その割には元気有り余ってるみたいだけど?」
「違います! わたしは死にたいんです!」
「まあ、別にそれはいいけどさ。なんで生きてて仕方ないって思ったの」
クリアの問いにメリアは表情を暗くして、この世の終わりかのように言った。
「……塾の模試でE判定が出たんです」
「あー、塾ね、塾、あー、はいはい、知ってる、あの小さな魚を干して木くずみたいにして食べるやつね」
「それはじゃこです」
「あー、じゃあ、あの、翼を広げたら万華鏡みたいに見える鳥か」
「それはくじゃくです」
「十分に熟れた果実は?」
「それは完熟! じゃなくて、なんなんですか!」
「突っ込む元気はあるんだよねぇ」
憤慨するメリアに苦笑を浮かべるクリア。
どう見ても死にたい人間の態度ではない。
「本当に死にたい人はもうちょっとしおれてると思うんだよね」
「……わたしは……」
「ジュクのイーハンテイが何かボクはよく知らないんだけどさ、それって死ぬほどのことなの?」
「し、死ぬほどのことです!」
「あ、そう。なら、いいけどさ、それが出たらどうなるの?」
「どうなるって……」
「サイボーグに心臓貫かれたり、サイボーグに両足貫かれたり、サイボーグに爆弾で塵にされそうになったりする?」
クリアが淡々と聞き返すと、むっとしたメリアが声を荒げた。
「ふざけてるんですか! わたしは勉強の話をしてるんです! 成績が悪かったらいい学校に入れません」
それに動じず、やはりクリアは淡々と返す。
「いい学校に入れなかったらどうなるの?」
「……いい大学に行けません」
「いい大学に行けなかったら?」
「七大企業に入れなくなります」
「あー、そういう感じなんだ」
「それに……」
「それに?」
「――お母さんに怒られます」
「……あー、そう」
明らかに声のトーンが一段落ちていた。
それが彼女の中で一番引っかかっていることなのは明白だ。
「お母さんに怒られたくないから死にたいと、そういうこと?」
「……ち、違います! わたしは人生に絶望したんです! この先生きていたって何もいいことがありません!」
「だから?」
「だからって……、人生に希望がないから死にたいんです!」
「そう……。でも、ボクは死んでほしくない」
「っ……!」
クリアが素直な気持ちを吐露すると、虚を突かれたように彼女は押し黙った。
「希望がなくても、苦難困難に負けずに立ち向かって、全部を乗り越えて生きてほしい」
「勝手なことを言わないでください!」
「勝手だよ。君が死にたいと言うのも勝手、ボクが生きてほしいと言うのも勝手。何か問題ある?」
「……もう放っておいてください」
「呼んだのは君なんだけどね」
メリアは頑なに意思を曲げない様子だが、クリアだって呼ばれた以上はしつこく付きまとってやる気持ちでいる。
「まあ、勉強頑張るのも結構なことだけどさ、死ぬまで根詰めるのもどうかと思うよ。それじゃあ、まるで優先順位が逆だ。生きるために勉強するんじゃなくて、勉強するために生きてるようなもんだし」
「……そんなことを言われたってどうしろっていうんですか。黙ってお母さんに怒られろっていうんですか」
「黙ってる必要はないんじゃない? けんかすれば?」
「……できるならしたいです」
「したいならすればいいのに」
「簡単に言わないでください! そんな簡単なことじゃないんです……。そんな簡単なことじゃ……」
何度も繰り返して言うのはまるで自分に言い聞かせているようだ。
けれど、それよりもずっとずっと難しいことを彼女は今まさに実行しようとしていたはずなのに。
クリアはそう思った。
「でも、死ぬよりは簡単じゃない?」
自殺する勇気があるなら何でもできそうなものなのに、とクリアは思ってしまう。
そんなクリアに半ば呆れるようにメリアが問いかけた。
「……あなたはどうしてそんなふうに言えるんですか……」
「え、だって、一回死んだし」
そして、さらにもう一度死にかけている。
平然と言うクリアに疲れたようにメリアが顔を伏せる。その肩が震えていた。
「……わたしには分かりません。どうすればいいのか……、何をしたらいいのか……」
「何もしなくていいんじゃない? 死にたいくらい疲れてるんなら」
「……そう、なんでしょうか」
黙って肩を震わせるメリアをクリアは眺める。
特に同情はしていないし、かわいそうだとも思っていない。
強いて言うなら、泣くときぐらいは大声上げて泣いた方がすっきりするのにとか思っている。
しばらくしてメリアは顔を上げた。
「……そうだ。カレンに会えたらお願いしたいことがあったんです」
話の切り替わりにクリアは何も言葉を差し挟まない。
自死を考えるよりよっぽど建設的だからだ。
「お願いしたいことって?」
「わたしを乗せて空を飛んでくれませんか」
「いいよ」
「いいんですか! そんなにあっさり!」
「死にたい奴の願いくらい聞くって」
改良を重ねたステッキもこれでいくらか報われるというものだ。
泣いて若干すっきりした様子のメリアをステッキに跨らせ、彼女を後ろから抱きしめるような形でクリアも跨る。
ベルトでしっかりと彼女とクリアの体を固定した。
「行くよ!」
「はい! お願いします!」
フルスピードで射出される衝撃にメリアの本気の悲鳴が空に響き渡った。
二十分後、再びマンションの屋上に戻ってきたメリアは息も絶え絶えになって、地面に転がっていた。
「は……速すぎます……! 景色を眺める余裕もないなんて……」
「想像と違った?」
「と、とても。もっと優雅で快適なものかと思ってました……」
「遊覧船じゃないんだからさ、棒に跨って飛ぶのがそんなに優雅になるわけないよね」
「盲点でした……!」
だいぶくだびれた様子ではあるが、今のメリアの顔に憂いはない。
随分と晴れやかな表情をしていた。
「どう? まだ死にたい?」
「あ……」
「忘れてたって感じだね」
「……はい」
「ま、そんなもんじゃない? 大抵のことは思いっきり叫んだら割とすっきりするし。溜め込むからだめなんだよ」
「……そう、なのかもしれませんね」
「じゃあ、ボクと約束してくれる?」
「死なないことをですか?」
「ううん。死にたくなったらまたボクを呼ぶことを」
「……いいんですか?」
「いいよ。めんどかったら無視するし」
「……呼ばないように努力します」
こんなもので今回の人助けはいいかとクリアはその場を立ち去ろうとしたが、ふと思い立って言った。
「ああ、そうそう。七大企業に入るって話だけどさ、君がどれだけ勉強頑張ったって、将来、君が七大企業に入ることはできないよ」
「え……、ど、どうしてですか」
「――その前にボクが壊すから」
決まったと確信し、捨て台詞を残してクリアは飛びすさった。
人助けは完了した。




