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第2話 箱持ちとセーフティ

 クリアがユリアに魔法を教え始める数日前。


「やあやあ、トーマスさん! 見えてる? 聞こえてる? 認識してる?」


 空から降り立つなり無数の手と自動機械に囲まれたクリアは、障壁を張って自分自身の安全を確保しながら監視カメラに向かって手を振った。

 やにわ銃撃されるかと身構えた数十秒が経過した後、重そうな鉄扉が音を立てて開いた。

 そして、その奥で、数多くの手がこちらへどうぞとでも言わんばかりに手のひらを開いて、建物の方を指し示している。

 以前来たときと同様のルートを辿って、彼女はトーマスの執務室へと足を踏み入れた。


「やれやれ。心臓に悪いよ。自動機械たちが一斉に何者かの侵入を警告してきたときには何事かと思ったよ。思わず一斉攻撃を開始してしまうところだった」

「それは間一髪だね」


 トーマス・グリアスは三カ月ほど前に会ったそのままの姿でそこにいた。口元には微笑みが浮かび、どこか嬉しそうにクリアを見つめている。


「元気だった?」

「それはもう。君に救ってもらった我が人生を十二分に謳歌しているところだよ。もっとも、こうして部屋に詰めて事務作業を処理するぐらいしかやることのない人生ではあるがね。それでも、顔のあるなしでは大きく違う。君の方は?」

「元気、ではあるんだけどね。いろいろあって、考えることも多い感じだね」

「ふむ。まあ、長い人生、そういうこともあるだろうな。何か私が力になれることは?」

「うん。実はね……」


 クリアはウィンクイールに潜入し、紆余曲折あってアランドランとミミというサイボーグと出会い、結果、黒腐が出現し、さらにはそのミミというサイボーグにぼっこぼっこにされたことを話した。


「まさかこの短い期間の間に、君がここまでイーリスの闇の側面に触れていることに驚きを隠せないよ。黒腐にブラックボックス。そこまでたどり着くのは並大抵のことではない」

「うん、正直、自分でもびっくりだね。で、そのブラックボックスについてなんだけど、トーマスさんからも話が聞きたくて。教えてくれる?」

「……私としてもあまりべらべらと七大企業の秘密を話したいわけではないが、他ならぬ君がそこまで知ってしまった以上、話さざるを得ないだろう」

「わーい」


 それから、トーマスはブラックボックスと黒腐の関係について語った。

 その内容はクリアがヨークから聞いた話とそう変わらない。国民をエネルギーとする黒腐と、そのための装置であるブラックボックス。そして、ブラックボックスを持ったサイボーグの特殊な能力。


「トーマスさんも箱持ちなの?」

「箱持ち……? ああ、ブラックボックス持ちということか。……まさか。僻地に飛ばされる私にそんな貴重なものは与えられないよ。私の『手』はあくまで既存技術の組み合わせに過ぎない。再現不可能な特殊技術など使ってはいないさ」

「ふぅん」

「しかし、そのヨークというのは何者なのかね。聞いたことのない名前だが、そこまでイーリスの事情に精通しているとは……」

「さあね。ボクもよく分かんない」


 並行世界云々の話はトーマスに話しても仕方がないので省いている。

 あまり吹聴するような話でもないとクリアは判断した。

 そして、もう一人、彼女についても話を聞いておかなければいけない。


「あと、ミミって名前のサイボーグについてなんだけど……」


 トーマスがサイボーグ技術者だったのならば、彼女のことも知っているはずだろう。そう考えての問だったが、トーマスは残念そうに首を振った。


「悪いが、彼女については私もほとんど知らない。パープルマスクの宣伝塔たるアイドルであるということ以外はほとんど何もね。七大企業は決して一枚岩というわけではないんだ。自分の所属する企業のことは分かっても、それ以外の内部のことは知るすべがない。基本的には蹴落とし合っている間柄だからね」

「殺伐としてるんだねえ」

「恐ろしいほどにね。末端の兵士同士の刃傷沙汰など数えきれないほどに起きているはずさ」

「一等級サイボーグだっけ? それって何人ぐらいいるの?」

「私もあまり詳しいことは知らされていないが、聞いている限りでは、各企業に一人のはずだね」

「少なくとも七人かぁ……大変だ」


 イーリスという国の体制を壊したいと望むのならば、ミミと同じようなサイボーグをそれだけの数どうにかしなくてはいけない。

 必ずしも戦わなくてもいいかもしれないが、対処が面倒なのは間違いない。


「しかし、やはり君は相当な苦難の降りかかる道を歩む運命にあるようだね」

「……運命、ね」

「記憶喪失にしてアイアンガーデンに迷い込んだことしかり、イーリスに行って半年もたたないうちに黒腐にブラックボックス、一等級サイボーグと出会ったことしかり。この先、私の鉄仮面などとは比べ物にならないほどの困難が君の前に現れるかもしれない」

「……ぞっとしない話だね」

「私に力を貸せることがあれば、どんなことでも言ってくれ。君のためならば、喜んで死地にでも赴こう」

「そんなことは頼まないよ。助けた意味がないからね」


 クリアは博愛主義でもないが、冷血でもない。

 知り合ってこうも腹を割って話すようになった相手を切り捨てる真似など、必要に迫られてもやる気はない。


「ああ、そうだ。まだもういっこ、聞きたいことあったんだった」

「ほう。私の知っていることで君の役に立てるのなら大歓迎だよ。何でも聞いてくれ」

「最近、七大企業の中できなくさい噂とか聞いたりしない?」

「きなくさい噂か……。正直、そういった噂は僻地にいる私の耳にも嫌というほど入ってくるのだが……、むしろそういった噂がないほうが珍しいというかだね」

「あー、ごめん。聞き方間違えたかも……。えっと……、反逆者! 七大企業に楯突く反逆者だとか、あるいは、なんか、テロリストみたいなのとか! そういう話、聞かない?」

「……テロリストか……」

「なんか、さっきも言ったヨークって奴が引き込める人間がいるなら少しでも多く引き込んでおきたいみたいなこと言っててさ」

「なるほど。確かにそういったはぐれ者を拾っていくというのは理にかなってはいるのだろうが……」


 つぶやいたトーマスは、ここに来て初めて少しだけ浮かない顔をしていた。


「あるといえばある」

「……詳しい話を聞いてもいい?」

「……これは私自身の失態にもつながる話なのだが、以前、サイボーグの調整に失敗したという話はしたね」

「うん。ちょーばつじんじの件でしょ?」


 その結果として、トーマスは人間らしい顔というものを失った。


「ああ。実は最近、そのサイボーグが各所で要人を暗殺しているという情報が入ってきている」

「……こわ」

「ああ、怖いだろう? よほどの恨みがあるのだろうね。なりふり構わず、狙えそうな要人を手当たり次第に殺害している。先週もイエローコートの要人が一人やられたようでね。法華院の議員だそうだが、自宅で冷たくなって発見されたそうだ」

「法華院ってなに?」

「この国の立法機関だね。ちなみに司法機関は政義院という名前だ」

「なるほろ」


 クリアもこの国についての勉強はしているが、どちらかというと科学技術の方に傾倒していて、政治方面はさっぱりだ。


「でも、そのサイボーグは調整に失敗したんだよね? なのに、今も生きてて、元気に活動してるの?」

「ああ。調整失敗といっても、生命活動や運動性能には何の問題もない。そうだな……、失敗というよりは、調整する前に逃げられたというのが正しい」

「逃げられた……って、どういうこと? 望まない人間に無理やり手術を受けさせたとか、そういうこと?」

「いや、そういうことではないね。彼はきちんと志願して手術に臨んでいたはずだ。兵士としての実績も十年積んでいて、裏切るとは私も考えていなかった。しかし、術後、セーフティをかける段になって、彼は逃亡した」

「セーフティ?」

「彼は箱持ちだったんだよ、君の言うところのね」


 トーマスは少し前までそこにあった硬い鉄板を押さえるように額に手を置いた。


「企業内では、BIBだったり、BBだったり、そうした呼び方をすることが多かったがね。箱持ちとなったサイボーグにはセーフティがかけられる。まかり間違っても、その大きな力が企業に刃を向くことがないように」

「……そういう意味のセーフティね」

「箱持ちのサイボーグがもし反旗を翻せば、即座にブラックボックスを自壊させ、黒腐を吐き出させるように、セーフティはかけられる。恐らく彼は施術前にどこからかその話を聞きつけたのだろう。厳重な情報統制が敷かれていたはずだったが、それでも、完璧ではなかった」

「……」


 黒腐を吐き出させるという言葉を聞いて、ふとクリアの頭には疑問が浮かんだ。

 そういえば、アランドランは暴走したようにいきなり黒腐を生み出し始めたわけだが、あれの原因は何だったのだろうかと。

 きっかけなく黒腐が噴き出す代物では危なくて使えない。

 ああも誤作動のように黒腐が発生するのはおかしくはないだろうか。


「ねえ、聞いてもいい? そのセーフティってさ、誤作動を起こすこともあるの?」

「誤作動? そんな話は聞いたことはないが。第一、そんな簡単に黒腐が発生しては危険すぎてとても使えないよ」

「だよね」


 だとすれば、アランドランのあれは何が原因で起きたことなのだろうか。


「ごめん。話を遮っちゃって……。そのサイボーグはその後どうなったの?」

「ああ、結果的に、その彼は施術を担当するはずだった技術者を三名殺害し、逃亡した」

「ヤっちゃったんだ……」

「そして、BBを盗まれ、部下を三名も死なせた責任者の私は、顔を奪われ、僻地に飛ばされたというわけさ」

「そういう成り行きだったんだね」


 顔は戻ったのだからいいとは思うが、それでも、思い出すだけで苦痛になるのか、トーマスの表情は冴えない。


「君が出会うことは……、まあ、ないとは思うが、それでも、艱難辛苦に付け狙われているようなここ数カ月のようだ。少しは気に留めておいてくれ」

「うん。ありがとー。あ、その人の名前は?」

「ああ、そういえば言っていなかったな。名前はカイモス・アイマユスという」

「カイモスさんね。おっけー、わかった」


 どこで何があるか人生分からない。名前や略歴を知っているだけでも、もしかしたら事情が変わってくることもあるかもしれない。

 その後、一人で本部棟に詰めて人との交流に飢えているらしいトーマスと三十分ほどの談笑に励み、その流れでイーリス本土とアイアンガーデンをつなぐ海底トンネルなどの話を聞き、自由に使ってもいいという許可を得た上で、クリアはその場を後にした。

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