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第1話 魔法少女と弟子

「知ってる? 魔法少女カレンの噂」

「なにそれ、アニメの話?」

「違うって。現実の話。困ったときにメッセージ送ったら、飛んで駆けつけてきてくれるって話」

「なんかの都市伝説? よくある噂じゃん」

「じゃなくて、B組のユキが野良サイボーグに襲われそうになったところを助けてもらったんだって!」

「うそに決まってるじゃん。高校生にもなって魔法少女って……」


 などという会話を電車内でしている高校生がいて、カレンはどことなく居心地の悪さを感じた。

 もちろん、カレン本人が魔法少女の格好をして人助けをして回っているなんていうことはない。

 二十を過ぎて魔法少女の格好をする面の皮の厚さはカレンにはないのだ。

 では、誰がやっているかと言えば、当然クリア。

 何を思ったのか知らないが、唐突に人助けを始めたのだ。

 最初は家の近くを飛び回って、困った人を助けるだけだったのが、今ではイーリス中を飛び回って、何のかんのと活動している。

 それだけならまだ、突然、主が慈善活動に目覚めたぐらいの認識でよかったのだが、どうやらクリアは助けた先で魔法少女カレンと名乗っているらしいのだ。

 そのせいで、所々でその名前を聞くようになってきて、カレンとしては忸怩たる思いをしている。

 本名は桐華レンなので、確かに問題はないと言えばないのだが、全てを聞き流すことはとても難しく、聞くたびに胸をざわつかせている。

 最初に聞いたときは、次からは違う名前にしてくださいと言ったのだが、


「カレンの名前を名乗ってる間は何だか落ち着いてさ、カレンの名前をよりよいものにして広めてあげようっていう気にもなって、人助けにも精が出るの。だから、おねがい! 名前借りさせて!」


 などと言われてしまえば、カレンとしてもむげにはできない。

 心から愛する主に、名乗ってる間は落ち着くなどと殺し文句のようなことを、混じりけのない素直さで言われたら、従者としては従うほかないのだ。

 だからこそ、名前を聞くたびに妙な気持ちになって仕方がないのだが。


「まあ、仕えた主が悪かったと諦めるしかないんでしょうね」


 嘆息しながらも頬が緩んでしまうのは、カレンという名が広まったからでは断じてなく、たとえ偽名であっても、仕えるべき主がみんなから噂されているという状況がそんなに悪くないと思ってしまっているからだった。


 ※


「はい、だめ! 魔力操作がなってない! 生成速度も遅すぎ! 次!」

「えーっ!? 今のはいけたと思ったのにー!?」


 クリアはユリアを魔法少女としての弟子にした。

 それはいいのだが、さあ、魔法を教えようという段階になって、一つ問題にぶち当たった。

 魔法を教える場所がない。

 実際に魔法を教えるとなれば、当然クリアは実演するし、ユリアにも未熟な技術で何回も火球などを放ってもらうことにもなる。

 そうすると、下手すれば、放った火球で火事が起こったり、施設を破損させたりすることになる。

 公園などでやると間違いなく目立つし、当局に通報される。

 サイボーグ用の演習場はあるらしいが、所属企業などを明確にする必要があるらしく、本人確認も厳重らしいので、カレンに身分証を借りてなどということはできない。

 行き詰った結果、クリアが導き出した答えは一つ。

 アイアンガーデンを使う、だった。


「はい、それもだめ~! 魔力量少なすぎ。空中で消えてるし」

「ええーっっ!? クリアちゃん、厳しいよ~! もっと褒めて~!」

「うん。まあ、たぶん、一週間で火球を出すところまでいってるのはすごいんじゃないかな」

「えへへ!」


 現在地はアイアンガーデンの森の中、バルクセスたち囚人が隠れ住んでいる地域にほど近い場所。

 ほとんど人気のないアイアンガーデンでなら、いくらでも魔法をぶちまけて問題ない。

 何か問題が起きそうになったら、所長のトーマスに甘えて何とかしてもらえばいいだけなのだ。


「えい! 『焼夷火球』!」

「だめでーす! それは焼夷火球でもなんでもありませーん。小火球がせいぜいでーす」

「うー! むかつくー!」


 今はイーリスの暦でいうところの八ツ月(やつつき)十日。

 ウィンクイールでの一件から二カ月が経過している。

 ユリアへの指導を本格的に始めたのは彼女が夏休みに入ってからなので、まだせいぜい一週間程度が経過したところ。先は長い。

 その間、クリアがやっていたのは、ひたすら己の名声を高めるための魔法少女活動。

 人助けに慈善活動、災害救助等々。

 おかげでネットを検索すれば、あちこちで魔法少女カレンの話題を見つけるぐらいには噂は広まっている。


「ねえ! クリアちゃん!」

「言っとくけど、あと五十発は火球生成しないと休ませないよ」

「スパルタ!? じゃなくて! なんで最近いろんなところで人助けしてるのって聞きたくて!」

「なんでって、ユリアが言ったんじゃん。人助けが魔法少女の本懐だって」

「それはそうだけど……。でも、クリアちゃんって人助けとか好きな性格じゃないよね!」

「失礼だと言いたいところだけど、その通りだね」

「じゃあ、なんで?」

「数は力だからだよ」

「……どういうこと?」

「そのうち分かる」

「えー! 教えてよー!」

「まともに火球が放てるようになったら考える」

「クリアちゃんの意地悪!」


 吐き捨てると、ユリアは黙々と火球を生成し始めた。

 そんな彼女を尻目に、「ちょっと散歩してくる」とだけ告げて、クリアは囚人たちが暮らしているはずの方角へ向かっていく。

 彼らがどこに住んでいるか正確には知らないが、人気のいないこの辺りで魔力を感じ取れば、それは逃げた囚人たちであると考えて間違いない。

 十分ほどうろうろしていると、クリアの感知範囲の端先に一人の人間の魔力が引っかかった。

 空を飛んで、一直線にそこまで向かうと、相手は心底驚いた顔でこちらを見た。


「うお! 誰かと思ったら、嬢ちゃんじゃねえか! 久しぶりだな。一瞬、追手のサイボーグかと思ってひやひやしたぜ」


 元パン屋で七大企業に店を奪われたというバルクセスだった。

 彼は木工の途中か何かだったようで、切株に座って木を削っているところだった。


「久しぶり。元気だった?」

「おうよ。と言いたいところだが、結構、神経すり減らしてるところだな。ただでさえ見つからねえよう気使ってる上に、食えるもんも限られてるからな」

「だと思ってさ、いろいろ持ってきたんだよね」


 クリアは担いでいた大きめのリュックを地面に下ろす。

 中から取り出したのは、まず野菜や果物の種に、栄養不足を補うための保存の利く栄養食品に、その他サバイバルに使えそうな道具や本などだ。


「おお! 助かる! 正直、俺たちの力だけじゃ限界があったんだ。種も食料も本も手に入れる手段がねえ。まじで助かったよ。ありがとな、嬢ちゃん」

「どういたしまして」


 ユリアとの指導を始めたのは一週間前だが、ここに来るのは今日が初めてだ。

 それは何を持っていくのが適切かを考えていたからでもある。


「他にも必要なものがあったら言って。ボクが持ってこれるものがあったら、また持ってくるから」

「あんまり嬢ちゃんに頼り切っちまうのも気が咎めるが……」

「遠慮しないでいいよ。ここで魔法を教えてるついでだから。ここ一週間、毎日来てるし」

「そうか。だったらいいんだが。というか、どうやってここまで来てるんだ? 一般人がそうほいほいと 来れる場所じゃないはずなんだが」

「それはあれだよ。コネだよ、コネ」

「コネか。じゃあ、そんなコネを築き上げた嬢ちゃんの懐の深さに感謝だな」


 最初は飛んでやってくるつもりだったのだが、ふと思い立ってアイアンガーデン所長のトーマスの元を訪ねてみたら、海底に緊急避難用のトンネルがあるらしく、そこを通れば本土からすぐやって来れるということを教えてもらった。

 普段ほとんど使われていないものらしく、入口はほとんど人の寄り付かない寂れた港町にあり、トーマスの方で鍵の開閉なども可能らしい。

 ということで、大体1時間もあればアイアンガーデンには来られるようになっている。


「そうだ。バルクセスさんというか、収容区を逃げ出したみんなへの提案って感じのがあるんだけど」

「お、なんだ。嬢ちゃんの言うことなら、俺らは大抵何でも頷くぜ」

「今、ボクはイーリスで出会った友達に魔法を教えてるんだけどさ、バルクセスさんたちも覚えてみない? 魔法」

「おっと、こいつは予想外だな。魔法を覚えてみろって、そいつはそんな簡単に覚えられるもんなのか?」

「んー、そこら辺はたぶん個人差あると思うけど、スポーツとかと一緒だよ。得手不得手はあるけど、がんばればだれでもそれなりの実力にはなるみたいな」

「なるほどな」


 バルクセスは少しだけ思案する様子を見せたが、すぐに顔を上げた。


「いいぜ。他ならぬ嬢ちゃんからの提案だ。喜んで受け入れさせてもらうさ」

「うん。ありがとう。バルクセスさんたちがここで生きていくのにも必ず役に立つよ」

「そうか……確かにそうだな。分かった。他の奴らにも俺から伝えとく」

「おねがい。明日もここに来るつもりだから、明日からすぐ始めてもいい?」

「もちろんだ。全員引きずってでも連れてくるぜ」

「じゃあ、そろそろボクは友達のとこ戻るから」

「ああ、いろいろとありがとな、嬢ちゃん」


 バルクセスにリュックの中身を渡し、空を飛んで、またユリアのいた場所へ戻る。

 空から降り立つと、ユリアは木に寄りかかって休んでいるところだった。


「あれ? 五十発放つまで休ませないって言わなかったっけ?」

「ぎく! ええと……。あ! そうそう! 上達めっちゃ早くなってさ、クリアちゃんが散歩してる間にもう全部終わっちゃったんだよね!」

「二十三から二十五発ってところかな」

「え……?」

「減少した魔力量から類推した、ボクが離れてる間にユリアが生成した火球の数」


 クリアが冷たい顔で言うと、ユリアはみるみる冷や汗を流し始めた。


「そういうの分かるの!? 反則だよ!」

「ずるをしたのはどっち?」

「……わたしです! ごめんなさい!」

「うん。じゃあ、あと百発生成するまで今日は帰さないから」

「そんな!? クリア先生、どうかご慈悲を!!」


 それから、ユリアが魔力不足でふらふらになるまでクリアは指導を続けた。

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