第9話 黒と黒
跳躍するミミに運ばれて、クリアは夜のウィンクイールの空を駆ける。
「これからボクはどうなるの?」
「んー? 分かんないけどぉ、情報聞き出されて処分されるんじゃない?」
「そっかー、処分されちゃうんだー」
突然現れたミミの存在と魔力の歪さに冷静さを失っていたクリアだったが、夜風に頭を冷やされて、不思議と気分が落ち着いてきたのを感じた。
追い詰められれば追い詰められるほど、頭は冷え、心はどう猛さをむき出しにする。特に敗北を経験したときは。
それがクリアという人間だった。
一瞬のうちに捕らえられたことを敗北とカウントするのは微妙なところだったが、少なくともこのまま黙って死にたくはないというのが正直なところだ。
黒い何かに包まれてぴくりとも動けない現状、動かせるのは首から上だけ。
それだけでも魔法は放てるが、放ったところでミミにどこまで通用するか。
放った瞬間に首をはねられる可能性もある。
何をするにしても重要なのはタイミングだ。
タイミングさえ掴めれば、そして、身体の拘束さえ解かれれば、クリアはカルマ・スライドで一瞬にして逃げ去ることができる。
尋問されるにしてもそうした隙さえ作れれば、まだ何も終わりではない。
「ねえ、見逃してくれない?」
「えー、なにそれぇ? 侵入してきたからにはそれなりの覚悟があったんでしょぉ。捕まったから見逃してくれってさぁ」
「お願い! ボクにできることは何でもする!」
「んー、どうしよっかなぁ~」
ミミは試すようにいまだマスクを付けて素顔を隠したままのクリアを見た。
「じゃあ、そのマスク取っていい? 素顔見せてくれたら逃がしてあげるよぉ」
「顔ばれたら逃げても意味なくない?」
「そんなことないよぉ。ミミは誰にも言わないしぃ。もちろん写真とかも撮ったりしないよぉ」
にこりと笑ってクリアを見るミミ。
その笑顔に不気味なものを感じるクリア。
「やっぱいいや」
「あれぇ? やめちゃうのぉ? いいの、逃げなくてぇ」
「どうせ逃がす気ないんでしょ」
「あ、ばれたぁ?」
イヒヒと意地悪く声を上げてミミは笑った。
そんな簡単なことで逃がしてもらえるとはクリアも思わない。
いくらいい加減に見えても、サイボーグなら企業内の立場もあるだろう。
どこまで勝手が許されているのかなど、クリアには分からない。
ただ言ってみただけだ。
それで隙が生まれるなら儲けものぐらいの気持ちでしかない。
そうこうしているうちに、封鎖され、人気の全くない街中を過ぎ去り、山間部に差し掛かる。
「あー、残念。着いちゃったねえ」
「着く? どこに?」
ミミが足を止めたのは深い森の中。
少なくとも周囲には、先ほど言っていた基地の類いは存在しない。
「ランラン、開けてぇー」
ミミが森の中に向かって言うと、ただの森にしか見えなかった空間が開き、そこには明らかな軍事基地が広がっていた。
「……透明の上書き」
先ほどの透明のサイボーグの力によって隠蔽された基地ということらしかった。
基地の視覚情報が透明化され、完全にただの森にしか見えなくなっていた。
深夜だからなのか、あるいは、この基地の特性なのか、最低限の人員しか残されていない基地の中をミミに運ばれて進んでいく。
居並ぶ建物のうちの一棟に連れられると、廊下を進んで、階段を地下に下りる。
それから、尋問室と書かれた部屋に入り、冷たい椅子に座らせられる。
黒いうねうねからは解放されるかと思ったが、ミミの体から分離したそれは、今度は椅子にクリアの体を固定するようにして定着する。また、体の自由が利かなくなった。
分離したミミの体は元の普通の少女の体型に戻る。
「ランランすぐ来るから待っててねぇ~」
「待ちたくないなー。逃げたーい」
「だめだよぉー、ちゃんと座ってないと、ぎゅって握り締めちゃうよぉ?」
ミミが手のひらを握り締めるジェスチャーをすると、心なしかクリアの拘束も狭まった気がする。
「ニゲマセン、ゴメンナサイ」
「だよねぇ」
しばらくして、男が一人、部屋の中に入ってくる。
鋭い眼光に彫りの深い顔立ち。
刻まれた眉間のしわが顔の怖さを助長している。
三十代後半ぐらいの見た目だが、明らかにサイボーグなので、見た目の印象は当てにならない。
それよりもクリアが気になったのは、そのサイボーグの魔力の反応もまたミミのように歪だったことだ。
ミミほどではないが、おかしな感触だ。
さらに言えば、その感触の異常はミミよりも分かりやすく、胸の中央辺りの反応が明らかにおかしい。
まるでそこに何か尋常ならざるものが埋まっているかのように。
「特別顧問」
「なにぃ?」
「捕虜を連れてきてくれたのはありがたいですが、マスクを付けっぱなしにしておくのはいかがなものかと」
「いちいちうるさいなぁ。自分でやれよ、そんくらい」
「……」
無言で近づいてきたランラン(仮称)がクリアのマスクに手を伸ばしてくる。
当然クリアは障壁でその手を弾いた。
「……手足を縛られてもその防御技術は変わらないというわけか」
「女の子の衣類を無理やり脱がそうだなんて、恥ずかしいと思わないの、ランラン!」
「黙れ。お前がその呼び方をするな」
「じゃあ、何て呼べばいいの、ランラン!」
「この……!」
振り上げた拳は障壁に阻まれてクリアには当たらない。
「……アランドランだ。二度とふざけた呼び方をするな!」
釘を刺したアランドランがクリアの向かいの椅子に座る。
クリアが逃げ出すのを防ぐように、出入り口のドアの近くにミミが立った。
「聞かれたことに正直に答えろ。でないと」
「手足が一本ずつなくなっちゃうよぉ!」
クリアの体にからみつく黒い何かが変形して、左足の太ももにナイフのような形状を突きつけた。
「まず最初に聞かせろ。お前はどこの企業のサイボーグだ?」
「どこの企業でもないよ」
クリアが答えると、太ももに鋭い痛みがはしった。
視線を落とすと、肌に赤い線が一筋はしっている。
薄皮一枚切られたらしい。
傷跡からあふれた血が一滴、肌を伝って地面に落ちた。
「うそは言ってないけど」
「サイボーグでないというなら、その力は何だ」
「魔法」
太ももに二本目の赤い線が刻まれた。
「いったいよ。ていうか、手足を落とすんじゃなかったっけ」
「そうしたいのはやまやまだけどぉ、それですぐに失血死されても困るだろうしぃ。まぁ、ミミはどうでもいいんだけどぉ」
「本当にやらないでくださいよ、特別顧問。どこの企業が相手かによっては、こいつは手札になりえるんですから」
「はぁーい」
どうやらクリアが本当のことを話したところで、向こうには信じる余地がないらしい。
サイボーグが当たり前になっている世界では当然なのかもしれないが、このままでは、クリアの太ももが赤い線のシマウマみたいになってしまうだろう。それは嫌だった。
「お前がただのサイボーグではないことぐらい分かっている。炎と氷、そして、理屈の分からない防御技術。どこまでが既存技術の応用かは知らんが、BBを使っているのは明白だ。お前が七大企業の者でない、ましてやサイボーグでないなどと、そんな型通りのごまかしが通用すると思うな」
「……」
BBという単語が出てきた。
クリアは聞いたこともない単語だが、向こうはクリアがそれを使っていると思っているらしい。
ということは当然、このアランドランも、そして、ミミも、そのBBを使っているということになるのだろう。
この二人の気持ちの悪い魔力反応はもしかしたらそのBBに起因するものなのかもしれない。
「BBって何?」
「……とぼけても無駄だ。お前の力はブラックボックス以外にありえない。魔法などと荒唐無稽な話を信じると思ったか」
こいつは馬鹿なんじゃないかとクリアは思ったが、顔には出さない。
何も知らないクリアのために、尋問のふりをして丁寧に説明してくれているのではないかと思えてくるほどだ。
「やはりブルーポータルか? それとも、金に目がくらんで、グリーンクロックにでも捨て駒にされたか」
話を聞く限り、七大企業も一枚岩ではないのだろうなとクリアは思った。
この国を統治するという点では協力するべき間柄だろうに、その同胞ともいうべき相手からスパイが送られてくるのが当然だと考えている辺り、恐らく日常的に蹴落とし合っている仲なのだろう。
だからこそ、クリアがどこの企業から送られてきたかということにこうも固執するのだ。
「さっきから人の話も聞かずに嘘だと断定するけどさ、例えば、ボクがここで特定の企業名を挙げたとして信じる気なんてあるの?」
「もちろん信じるに足る根拠があればな。お前が知っているその企業の秘密を話してもらう。こちらの認知している情報と符合すれば、お前が真実を言っているとすぐに分かるだろう」
「でも、真実を話したところで、死ぬのには代わりないんでしょ」
「それは交渉次第だろうな。お前が俺たちの企業利益に利する情報を提供できるのなら、話は変わってくるかもしれんぞ」
希望を煽るようなことを言っても、おおよそのところの結果は分かっている。
どうせ最終的に殺されるのだろうと。
そして、どこの企業所属であるわけでもなく、その証明もできないクリアには、いたずらに体を傷つけられる結果しか残されていないというわけだ。
拷問のような尋問が続き、正体不明な力を持つサイボーグ二人に逃げ道は塞がれている。
「あー、やる気がむくむく湧いてきたなー」
クリアは負けず嫌いだ。
追い詰められれば追い詰められるほどやる気は湧いてくる。闘志が湧いてくる。
高い壁があればあるほど、それを乗り越えたときの感動も大きなものになるのだから。
「ボクってさ、本当に魔法使いなんだよね」
「何を言ってる。そんな戯言に――」
「――凍華氷球」
空中に生じた氷の塊は狭い部屋の四方八方に着弾し、部屋全体を凍り付かせる。
「なっ……!」
クリアの近くにいたアランドランはその凍結に成すすべもなく飲み込まれ、出入り口の側にいたミミはすぐに廊下に逃れた。
クリア自身は障壁で凍結を逃れていたが、身動きが取れないのは変わらない。
しかし、クリアが行動を起こしたことに反応して、クリアの体を拘束する黒い何かは万力のようにクリアを締め付け始めた。
死なない程度の力でだが、普通ならあばら骨ぐらいは折れているかもしれない。
クリアの場合は戦闘衣装に魔力を流し、障壁として機能させているので、まだ問題はない。
だが、このまま締め付ける強度が強くなれば、そうも言っていられないだろう。
早急に拘束を逃れなければならない。
「やれるかどうか、ちょっと未知数なんだけど」
クリアの所感が正しければ、アランドランもミミもやっていることは変わらない、カルマ・リライトだ。
黒い魔力がまとわりつき、そのまとわりついた物体の因果を捻じ曲げている。
であるなら、同じようにクリアも因果に干渉することでしかそれを打破することはできない。
この黒い何かに因果を上書きすることで、拘束から逃れるしかない。
因果の上書きによって固定されているからこそ、この黒い何かはぴくりとも動かないのだろうから。それ以外の物理的手段では、黒い魔力を取り除くくらいしか思いつかないが、何せこの魔力は減衰しないもので、単純に散らすというのも難しい。
カルマ・ディバイドなら可能だろうが、使えば間違いなくアイアンガーデンのときのように意識を失うだろう。
さらに言えば、この黒い魔力はあのときとは比べ物にならないくらい多いので、断ち切ることすら不可能かもしれない。
「クレアちゃ~ん。おいたしちゃったのはまあ、許すからぁ、ていうか、ランラン凍ったの笑えるから別にそれはいいんだけどぉ。いつまで引きこもってるつもりぃ? 自分でこの氷どうにかして出てきてくれないかなぁ。でないと、そのまま死ぬまで、ぎりぎり締め付けちゃうよぉ~」
「……」
氷の外から声が聞こえ、クリアの体の締め付けが強まる。
それを感じながらも黒い何かに魔力を流し込み、上書きを試みる。
これまでの経験から、カルマ・クラフトは干渉する因果の規模が大きいほど魔力の消費が大きい。
カルマ・スライドは、誰でもできることをその実行時間をゼロにしただけのことだから消費が少なく、逆に、カルマ・ディバイドは、無理やり原因と結果を引きはがし、通常あり得ない結果を引き起こすから消費が大きい。
ならば、できるだけ干渉する規模を小さくすることで、魔力の消費は抑えられる。
「――カルマ・リライトッ!」
この黒い何かは、クリアの体に巻き付いてから、ミミが行動を起こすまで、その形状を変えていない。
特にこの椅子に固定されてからは、ぴくりとも動いていない。
クリアの体にぴったりと密着してわずかに揺らぐこともない。
ならば、これは『形状』の上書きと言えるもの。
ミミの意図した『形状』にこの黒い何かの因果を上書きし、その『形状』は揺らぐことがない。
付与された黒い魔力を上回る魔力で上書きすれば、形状を変化させることも可能かもしれないが、少なくともそれだけの魔力はクリアにはない。それだけこの黒い魔力の込められた量は凄まじい。
なら、目指すべきは『形状』そのものではなく、それ以外の上書きだ。
「『位置』の上書き!」
それなりの魔力を込めてカルマ・リライトを実行したつもりだったが、拍子抜けするほど簡単に、それは実行された。
クリアの体に巻き付いていた黒い何かは、右方一メートルの地点に座標をずらされ、氷の中に埋まった。
「中身がない……?」
まるで『形状』以外のパラメータが最初から設定されていないかのごとく、すんなりと上書きが完了した。
他の何かならこうはいかないはずだ。
例えば、カルマ・リライトでクリアの体を一メートル移動させるだけでも、クリアの全魔力の三分の一ぐらいは必要だろう。
あの黒い何かは物質的な何かというよりも、黒い魔力によって『形状』を定義されただけの実態のない存在なのかもしれない。
『形状』しか存在しないがゆえに、それ以外をいじることは容易だったという。
なんにせよ、拘束を逃れること自体はできた。
あとはここからどう動くか。
「……ん?」
そして、氷に囲まれた狭い空間の中、クリアの目前で凍り付いているアランドランの様子を伺って、違和感に気付いた。
「黒い煤……?」
驚愕の表情を浮かべた状態で凍っているアランドランは動かないし、意識があるようにも見えない。
それなのに、彼の体を覆うように、黒い煤のようなものがいずこかから湧き出ていた。
「なにこれ……」
その黒い煤は、クリアが呆然としている間にあっという間に増殖し、彼の体全てを覆いつくす。
どころか、それは周囲の氷を食らうように、網目状に広がり始めた。
「分かんないけど、まずい!」
袖口を廊下の方向に向けたクリアは壁弾の引き金を引く。
仕込んだBB弾が発射され、その射線上の氷が一気に砕かれる。
逃げ道が確保された。
「ちょっとぉ~! 危ないなぁ、クレアちゃん。もういい加減に……え?」
「言ってる場合じゃない!」
手袋に魔力を込めたクリアは生じた風球の力で加速し、廊下に出る。
アランドランのいた方を見つめて目を見開くミミの横をすり抜け、出口へと走った。
ちらっと振り返ったところで、クリアの生み出した氷が一斉に砕け、中から人型の黒い煤が大量に出てくるのが見えた。
「……あれってもしかして……?」
一カ月ほど前、ユリアに見せてもらった画像が頭に浮かんだ。
その後、自分でもいろいろ調べて、何度となく目にし、そのたびに不気味さを感じずにはいられなかった異形の化け物。
このイーリスという国にずっと付きまとっていた災害。
「――黒腐だよ」
いつの間にかクリアに追い付いてきたミミが横に並び、淡白にそう言った。
「あーあー、ランランのことはそれなりに気に入ってたのになあ。からかえば怒って、ミミが怖いからって必死に表情変えないように頑張って、出来損ないのAIみたいに気に入ってたのになあ……」
「……っ!」
ミミの肩先から生えてきた鋭い棘がクリアの頬を裂き、その先の廊下の壁を貫いた。
それを避けてバランスを崩したクリアは壁に激突する。
障壁でダメージはないが、足は止まった。
後ろからは黒腐が迫っている。
立ち上がろうとしたクリアの両足をミミの腕が変形した黒い突起が突き刺した。
「いっ――!」
声にならない絶叫をクリアは上げる。
障壁は容易く貫通されていた。
ミミはそんなクリアを冷たく見下ろして、温度のない声で聞いた。
「ランランに何をしたの?」
「……知、らない」
「ふーん。まあ、別にいいけどね。もうどうでもいいや。お前がどこの誰でも」
ミミは迫る黒腐を一瞥すると、クリアの体を黒腐のいる方へ蹴り上げた。
「せめて餌になって死んでね。ばいばい」
無感動に言い捨てて、ミミは去っていく。
その背中を見送る暇すらなく、腹を蹴られた痛みと両足を貫かれた激痛で、クリアは意識を失いそうになりながら、氷球を空中に生み出し、氷の壁を作って迫る黒腐へのバリケードとした。
ミミに蹴られた勢いのまま氷壁にぶつかり、地面に転がる。
「……いたいいたいいたいいたい」
足が取れそうに痛い。
腹がえぐれるように痛い。
血の匂いがうっとうしい。
脂汗が煩わしい。
黒腐は先ほど氷を砕いたように、今作った氷壁すらもすぐに侵食して、まるで吸収するように砕こうとしている。
クリアは体を引きずるようにしてそこから遠ざかった。
足が使えなくなった以上、カルマ・スライドも使えない。
縛られているのも、まともに歩けないのも、実行できないという点では変わりがない。
クリアに残された移動手段は、手袋の風球を使ってその勢いで移動することだけ。
「……いっせーのーで!」
歯を食いしばったクリアは風球の反動で床をこするように移動する。
その衝撃が貫かれた両足に思いっきり響いた。
「ぃいいいったあああい!」
ほとんど言葉にならない叫びが廊下に響く。
それに呼応するように氷壁は砕け、黒腐が殺到するのをさらにもう一枚氷壁を築いて防ぐ。
「これ、むり……。もう一回やるのも痛すぎて無理」
ただしやらないと黒腐に追い付かれる。
ちょっとした絶望を感じているクリアに、さらに追い打ちをかけるように、尋常ならざる魔力反応が彼女の感覚を打った。
※
※
※
ミミ・ストミミスは山間部に隠されていたウィンクイールの基地を山頂から見下ろし、ため息を吐いた。
アランドランから発生した黒腐はじきに基地全てを覆いつくし、やがては市街地へと向かうだろう。
ウィンクイールは封鎖されているとはいえ、封鎖区域に溢れる黒腐の姿をドローンにでも撮影されてしまえば、パープルマスクの不手際は他の企業の知るところとなる。
引いてはミミにも面倒が降ってくることにもなりかねず、こうしてこの場に居合わせてしまった以上、訳の分からない少女もろともすべてを隠蔽してしまうのがミミにとってもっとも単純かつ分かりやすい解決方法だった。
アランドランが死んで、既に彼の施した『透明』の力も解除されており、基地は衆目に晒されている。
いずれにしろ、何らかの処置は必要なのだ。
「さようなら、ランラン」
巻き込まれる基地にいる一般兵士のことなどは、ミミの頭にない。
秘匿された基地だけあって、その数は多くなく、希少価値の高い兵士もいない。
だから、気にする必要はない。
ミミが手のひらを眼下の基地に向けると、その手のひらの中に生じた黒い球体が凄まじい速度で射出された。
ほぼ基地の中央に着弾したその黒い球体は、ミミの中に埋め込まれたブラックボックスの力によって瞬間的に膨張する。
「『体積爆弾』」
ミミの有するブラックボックスのあらゆる『見た目』を上書きする力によって、一瞬にしてその『体積』を上書きされた黒い球体は、半径数百メートルを一気に吹き飛ばす。
その中に存在する人、物、機械、何もかもを区別なく上書きし、すべてを消し飛ばす。
その膨張に、始点から終点までのタイムラグはなく、言葉通り一瞬で、ミミの意図した体積まで膨張する。
それは膨張であって膨張でなく、実際に物体が膨らんでいるわけではないから、衝撃波なども発生しない。
言ってしまえば、空間そのものを黒塗りしてしまうような所業。
その圧倒的な魔力量によって上書きされる体積の暴力に抗える者は誰もいない。
後に残るのはクレーターのような大穴だけ。
それもすぐにパープルマスクの後処理によって隠蔽されるだろう。
「そういえば、ミミをここに呼び出した馬鹿の始末がまだだっけ」
クレアという少女とそれにまつわる雑務のせいで頭の片隅に追いやっていたが、深夜にわざわざウィンクイールまでやってきたのはそれが理由だった。
あのホテルに行かなければ、ミミの秘密をばらすぞという。
ただそれも、アランドランがいなくなった今となってはどうでもよくなっていた。
「眠いし」
一つ小さなあくびをすると、ミミは自分のもたらした破壊の跡には一切目もくれず、山頂から飛び降り、跳ねるようにして自宅へと帰っていった。




