第8話 透明とうねうね
カレンが階下に消えたのを見送ると、クリアは屋上出口近くの壁に寄りかかり、正面に障壁を張った。
舌の根も乾かぬうちに、カレンから無線が入る。
『姫様、聞こえますか』
「聞こえるよ」
『一番近い兵士はどこにいるか分かりますか』
「上の階にはいないっぽいかな。このホテル何階建てだっけ?」
『二十階建てですね。高さは六十メートルぐらいのはずです』
「じゃあ、五階ぐらいまで誰もいないよ」
『了解です』
カレンの声が途絶えると、深夜の屋上は静寂に包まれた。
クリアに発見できない伏兵を警戒して障壁は張っているが、今のところ動きはない。
だからといって、カレンが出発前に見せてくれたクモ型の機械のような小型の機械も存在しているのだから、不意を突かれるということも十分にありえる。
警戒を怠ることはできない。
「やっぱ気になるのはあれかなー」
上空で感じた屋上の魔力の違和感。
洞窟にいるようだとカレンには言ったが、今もその感覚は変わっていない。
確かに生物はいないはずなのに、何かの感覚だけが妙に引っかかっている。
奥歯に何かが挟まったような気持ちの悪いその感覚だけはどうにも消えていかない。
「ふむ……」
本能に従って、クリアは絨毯爆撃を行うことにした。
「凍華氷球」
空中に生じた十の氷の塊が一斉に屋上に降り注いでいく。
上から下へ、右から左への絨毯爆撃。
何度も何度もそれを繰り返す。
避ける隙間はあっても、絶え間なく降り注ぐ氷の塊に、もし隠れ潜んでいる者がいるならば、しっぽを出さずにはいられないように念入りに。
氷球を選んだのは、屋上への被害がもっとも少なく、かつ分かりやすく落下地点が凍るので、敵の有無も判別しやすいから。
本当に誰もいなければ徒労に過ぎない行為にクリアは没頭し、球の落下が四度目を数えたところで、動きはあった。
「うわっと!」
物陰から発射された無形の何かがクリアの障壁に激突した。
周囲の氷が一斉に散り、氷の花が咲く。
「隙を見せれば楽に死ねたものを」
物陰から男の声が聞こえる。
しかし、そこに姿はない。
「だれ?」
「……」
返答はなく、返ってきたのは無形の何か。
障壁を破るには至らないが、射線上の氷は砕けて散る。
反撃とばかりに発射地点に氷球を飛ばした。
着弾点に特大の氷の花が咲くが、今度は全く別方向から攻撃が飛んできた。
「めんどくさいなあもう」
一人なら逃げる選択肢も考えたが、カレンに退路の確保を求められた以上、そうもいかない。
「カレン聞こえる?」
無線で連絡を試みるが、返事は返ってこない。
「もしもーし!」
何度やっても返答はなかった。
「機械も万能じゃないんだね」
いつでもどこでもどんな状況でも連絡できる万能ツールというわけではないらしい。
この見えない相手に妨害されているのか、それとも、単なる機器の不良か。
どちらにしろ、カレンに連絡ができないとなれば、今のクリアにできるのは、この見えない敵の排除のみ。
断続的に攻撃は飛んできているが、障壁で全て防げている。
今のところ防御は問題ない。
問題は攻撃だ。
相手の居場所が分からない上に、分かっても見えなければすぐに移動されるだけ。
魔力で探知してみても、少なくとも生物の反応は探知できない。
先日燃やした相手同様、遠隔操作の機体ということだろう。
「いつまで隠れてるつもりなの? そんなにボクが怖い?」
「――黙れ」
半ば無駄な行為と思って煽ってみると、意外にも返答が返ってきた。
意外と煽られ弱い性質の相手かと判断して、さらに言葉を続ける。
「こんないたいけな少女相手にびくびく隠れて縮こまってさ、恥ずかしいと思わないの?」
「――黙れッ!」
今度の攻撃は何かを飛ばしたのではなかった。
明らかにサイボーグの体でクリアに殴打を仕掛けてきたものだ。
足元の氷が砕けている様から、目には見えないながらも、障壁を何度も殴り続ける様が想像できる。
「透明になれるサイボーグ? うわー、えっちだー! 普段どこの女湯覗いてるんですか?」
「ガキが! その口を閉じろ!」
相手が振りかぶるタイミングを見計らい、両側から挟むように氷球をぶつける。
しかし、手応えはない。
標的を失った二つの氷球がぶつかり合い、クリアの前に一メートルほどの氷塊が出来上がる。
どうやらまだ周囲を警戒するだけの冷静さは持ち合わせているようだった。
「なんか聞き覚えあるなあと思ったら、もしかしてこの前、無様に燃えカスになった人?」
「……っ!」
返答は目の前の氷塊が粉々に砕かれる音だった。
「ガキがガキがガキが! クソガキがッ! クソ生意気なその口に熱した鉄球を放り込んで溶接してやる!」
「わー、こわーい!」
相手がしゃべる分だけ、どこにいるかは分かりやすくなる。
声がするほうに向けて氷球を投げ込んでみるが、さすがに透明で移動する相手に当たりはしない。
だが、クリアが氷球を投げれば投げるほど、屋上の地面には氷が広がり、その上を動く相手の位置も捉えやすくなる。
相手の攻撃はこちらに通じず、クリアもまだ標的を捉えられていないが、時間をかければかけるほど有利になるのはクリアの方だ。
あくまで一対一ならの話だが。
今のところ、ホテル内の兵士に目立った動きが見られないのが不思議と言えば不思議な話だ。
「ねえ、応援呼んだ方がいいんじゃないの? 一人じゃ無理だよ?」
「黙れ。貴様に言われる筋合いなどない」
単に一人でやることに固執しているだけなのか、あるいは。
その疑問が頭の片隅に引っかかりながらも、クリアは焦れるような戦闘を続ける。
見えない敵に音を頼りに氷を投げつけ、凍結面積を増やしていく。
屋上の地面のおよそ七割ほどが凍り付いたところで、ついに相手の位置を読むことに成功したクリアの氷球が敵サイボーグにクリーンヒットした。
軋むような音ともにごろごろと見えない何かが地面を転がっていく。
「……やっと当たった」
魔力的には残り八十パーセントといったところだが、遅々として前に進まない戦闘は精神的に消耗するところが大きかった。
「くそっ……」
地面の氷と癒着して動けなくなっているらしい相手の元へクリアは慎重に歩み寄っていく。
氷の中に人型の空洞ができているところから見て、捕まえたのは間違いがないようだ。
「何かのトリックとかじゃなくて、本当に透明なんだね。どうやってるの、それ」
「貴様に教える義理などない」
「ああ、やっぱり遠隔操作してるから、本体は痛くもかゆくもないってこと?」
「……お前どこの企業のサイボーグだ。ブルーポータルにもお前のような舐めたガキがいるが、あいつの連れか?」
「はあ、どうだろね」
相手の常識的には、クリアがサイボーグだと考えるのは至極当然だが、現実はそう単純ではないし、それを素直に教えるほどクリアも迂闊ではない。
そして、背後から聞こえる足音にクリアは戦闘服の袖口を向けた。引き金を引く。
「――何!?」
呆然とした叫びは氷の中から聞こえた。
クリアがゆっくりと振り返ると、全身を穴だらけにされたサイボーグが地面に転がっていた。
想像通りの光景にクリアは内心ほくそ笑む。
「何をした!」
「別に何も」
クリアの戦闘服の袖口にはBB弾の発射機構が備わっている。
魔力を込めると、プラスチックの弾丸が十連発ほど発射される仕組みのものだ。
普通の銃には及ばないまでも、それなりの速度で飛ぶようにカスタマイズしてあるとカレンは言っていた。
たとえそれ自体を食らったところで、サイボーグはおろか普通の人間でも軽傷を負うぐらいで済むだろうが、その弾丸に障壁をまとわせれば別だ。
壁弾となれば、弾の材質は関係ない。
速度さえ出ていれば、弾の材質に関係なく、壁弾はサイボーグの体であろうと砕く威力を持つ。
「捕まえたとこっちが油断した隙に後ろから撃つつもりだったんだよね」
「お見通しというわけか」
「だって、自分一人で攻めあぐねてるのに応援を呼ばないのはすごく不自然だもん。なら、きっと自分だけでどうにかする手段を他に持ってるってことでしょ」
透明なサイボーグが一体いることが分かったのなら、他にもいることを警戒するのは当然の流れだ。
たとえ他に魔力の反応を探知できないとしても、二体目の遠隔操作の機体を疑うのはクリアにとっては自然なことだった。
クリアが氷の中の一体と話している最中、後ろから攻撃してくることも何となく予想していた。
「にしてもそれどうやって透明になってるの。今までそこまで逸脱した科学技術を見たことがない気がするんだけど。立ち止まってるならまだしも、あれだけ走り回ってたのに影も形も見えなかったし」
「聞いたところで俺が答えるとでも思っているのか?」
「ううん。言ってみただけ」
特にクリアが気になるのは魔力を探知したときの感触だ。
純粋な科学技術で透明化しているのだとしたら、あんなよく分からない感触にはならない気がする。
クリアは氷の中にいる透明な機体を見つめ、もう一度魔力を探知してみる。
入念に、精微に、見落としがないよう慎重に。
確かにその機体にはほとんど魔力は感じられないが、だからといって、普通の機械の反応とも違う。
何かいびつな歪みを感じる。
そう。たとえるなら因果が捻じ曲げられでもしているかのような。
「――カルマ・リライト?」
そうと認識した瞬間、まるで霧が晴れるように、クリアの感覚にははっきりとそれが感じ取れた。
目には少しも映らないその機体に黒い魔力がこびりついているのを。
それは、あのアイアンガーデンで感じ取ったトーマスの顔にこびりついていた黒い魔力と同質のものだ。
トーマスの顔を変質させたのと同様の力がこのサイボーグを透明たらしめている。
そこまで考え至ったとき、つい思考に没頭し、クリアは周囲への警戒を緩めてしまっていた。
「……えっ!?」
気付いたときにはクリアの体には何か見えない糸のようなものがまとわりついていた。
慌ててその場を離れようとするが、逆に両腕が背中側に引っ張られ、後ろ手に縛られるような形になる。
バランスを崩してクリアは地面に倒れた。
「見通していたのがお前だけだとでも思ったか?」
氷の中の声が勝ち誇るように語る。
「お前がどうやってこちらの攻撃を防いでいるのかは分からなかったが、ずっと壁を背にしていたところから見て、全方向をカバーできるような代物ではないのは見て取れた。なら、誘い出して後ろを突くのみだ。確かに遠隔操作の機体は警戒していたようだが、透明な無人機は想定外のようだな」
「あれだけ氷球落としたのにまだ残ってたの」
「俺の手近にあった機体を戦闘開始とほぼ同時に送り出したのが今その場に着いただけだが、その分意表も突けたらしいな」
「……なんてこったい」
ワイヤーか何かで縛られたクリアは動けない。
両手は後ろに回され、立ち上がることもままならない。
となると、まず無人機を破壊するしかないが、もちろん無人機も透明化されているようで目には見えない。
クリアの仮説が正しければ、その無人機にも黒い魔力が付与されているはずだが、それも感じ取れない。
氷の中に閉じ込めた機体のように、そこにいると分かっているなら探知もできたが、どこにいるかが不透明な現状、発見が困難だ。
ワイヤーを伝って雷球を流す手もあるが、間違いなくクリア自身も痺れるので、あまりやりたくはない。やったところで、クリアだけが意識を失えば、笑い話にもならない。
「うわっ……!」
そうこうしているうちに無人機はクリアを吊り上げて上昇を始め、完全に体が浮く。
かくなる上はカルマ・スライドを使うしかないと思ったところで、はたと気付いた。
「あれ……?」
屋上に移動しようとしても、因果の滑落は発動しない。
目に見える視界内くらいなら何の苦労もなく移動できるのが常だったが、こうして体を拘束された今となってはそれもうまくいかない。
何度試しても効果は現れない。
「もしかして、縛られてるから?」
因果滑落は始点から終点に一気に滑り落ちる因果干渉だが、そもそも始点にさえ至れないというのでは、実行すらできないということなのかもしれない。
物理的な要因で身体が拘束され、自力で動けなくなったクリアにはそもそも滑落させる因果が存在しないのだ。
「何て不便な……!」
融通の利かないカルマ・クラフトに文句をつぶやいたクリアは、腹いせとばかりに氷の中の機体に一斉に火球をぶつける。
「お前……ッ!」
燃えていく機体の中から怨嗟の声が聞こえたが、機体の燃焼に伴ってすぐにかき消される。
屋上は静かになったが、宙に浮かされ、どこかへと連れ去られる現状は変わらない。
だが、サイボーグならともかく、無人機ごときが相手なら、カルマ・スライドが使えなくとも、手段はまだいくらでもある。
「さあ、ステッキ君、君の出番だ」
氷球ばかりに仕事を取られ、存在感を失っていたステッキがついに日の目を見るときが来た。
クリアが手を縛られると同時に屋上の地面に取り落としていたステッキだが、風球を使えば、中空に浮かぶクリアの元まで引っ張り上げることは容易。
くるくると回転して空に飛んできたステッキを両足で挟んでキャッチ。
そのまま射出口を上に向けて、中の空洞に風球と水球を込め、そして、一気にバーストさせる。
「げきとーつ!」
恐ろしい勢いで射出されたクリアの体は屋上の地面にたたきつけられるが、衝撃は障壁でカバー。
一方で、クリアを吊るしていた無人機はその勢いに引っ張られて一緒に屋上にたたきつけられる。
機械が爆ぜる音がして、ワイヤーの拘束が明確に緩む。
袖口のBB弾を使ってワイヤーを断ち切ると、ようやくクリアは自由になった。
「はー、あぶなかったー! ステッキ君、よくやった!」
ようやく使いどころを見つけ出したステッキもどこか誇らしげにしているようにクリアには見えた。
「にしても、あれ完全にカルマ・リライトだったと思うんだよねー」
炎上した遠隔操作の機体からは既に黒い魔力が失われ、透明化の力は失われている。無人機も同様だ。
あのサイボーグが使っていた力は、ヨークがやったものほど大規模ではなく、過去を変えるような代物でもないが、現在の因果への干渉という意味では、カルマ・リライトと言える。
恐らくは、あの黒い魔力が付着した対象の視覚情報を透明という結果で上書きしているのだ。
なぜそんなことができるのかは皆目見当もつかないが。
「さて、カレンのほうはどうなってるかな」
意識を魔力探知に向けたところで、クリアは瞬間的に凍り付いた。
ホテル内のカレンに異変があったからではない。
そちらの方に注意を向ける余裕すらなく、クリアはとてつもない異常を探知した。
ホテルの中ではなく外に。
感じたのは、吐き気がするほどいびつな魔力の反応。
その反応が、まるで遠くから跳躍したかのように、放物線を描いてこちらに向かってくるのを感じる。
それに身構える時間の猶予もなく、空から小さな人影が屋上に降り立った。
数百メートルの距離を跳んできたのにも関わらず、ほとんど音もなく、衝撃もなく、優雅に降り立つ。
ただ、着地の瞬間、その足元だけが不定形のスライムのようにぐにゃりと歪んだのをクリアは見逃さなかった。
「こんばんはぁ」
それは黒髪の美しい少女だった。
黒いセーラ服に身を包んでいる。
見た目だけで判断するならば、どこにでもいる女子高生。
けれど、その少女が外見通りの美しい少女ではないことをクリアは明確に感じ取っていた。
その魔力はあからさまにいびつだ。
感じ取るだけで吐き気がするほどに。
たとえるならそれは、人間の体の中の内臓をすべて取り去って、代わりに生ごみと糞尿とあらゆる毒物、あらゆる薬をないまぜにしてごちゃごちゃにしたような感触だ。
有体に言って、気持ち悪い。
胃液が喉元をせり上がってくるのを感じて、クリアは耐え切れずにその中身を吐き出した。
「あれぇー? 人の顔見るなり吐くなんて失礼だなぁー。どうしたのぉ? 病気?」
少女は嘲るようにそう言い、ゆっくりと首を傾げた。
「君はだれなの」
口元を抑えて、クリアがそう問うと、彼女はぴくりと眉を動かした。
「あー、ミミのこと知らないんだぁー。そっかそっかー。あー、むかつくなぁ。ころそうかなぁ」
「……えーっと、有名人なの? ボクは記憶喪失で、そういうのちょっと分からなくて」
「あ、そうなんだぁ。なら、まあ、許容範囲かなぁ。ミミはねぇ、サイボーグアイドルだよ。ミミ・ストミミスって名前で活動してるのぉ」
「……サイボーグアイドル?」
「そうだよぉ。パープルマスクが誇る、歌って踊れて戦えるアイドル。二つの意味で最強だよぉ。戦場から生配信したこともあるしぃ」
「……そうなんだ」
まずもってアイドルというものがよく分からないクリアに、さらにサイボーグアイドルなどと言われても理解は及ばない。
ただ、パープルマスクのサイボーグだというのなら、侵入者であるクリアを始末するためにここに来たと考えて間違いないのかもしれない。
その割には、あまり真剣味を感じられないが。
「そのサイボーグアイドルが何をしにここへ?」
聞かなくとも答えは分かっているが、もし違ったらめんどくさいので、一応聞くクリア。
「えー、それがさぁ、聞いてよぉ、えーっと、何ちゃん?」
「……ん、あー、クレアだよ」
「聞いてよぉ、クレアちゃん」
本名はまずいかと思い、一応、偽名を名乗っておく。
「いきなりミミの個人用アカウントにメッセージ飛んできてさぁ、今すぐノーブルヴァイオレットホテルに来い。さもなくば、お前の秘密をネットにばらまくぞってぇ」
「えーっと、そんなことでここに?」
「そうだよぉ。もちろん、ミミにばらされて困る秘密なんてないんだけどぉ、分を弁えないばかってむかつくからさぁ。もし犯人いたらころそうと思ってたんだけどぉ」
そう言って、ミミは不気味な笑みを浮かべてクリアを見た。
「もしかして送り主はクレアちゃん?」
「違う。もしそうだったら、堂々とこんなところに突っ立ってないよ」
「そうだよねぇ。ミミも薄々そう思ってたんだけどぉ、でも、確認って大事だからさぁ」
そう返しつつも、ミミの目はあまり笑っていない。
獲物を見つめる蛇のように鋭い。
「ところで、クレアちゃんはこんなところで何してたのぉ?」
「……散歩」
「そっかぁ、散歩かぁ。ものすごい散歩ルートだねぇ、こんなホテルの屋上まで」
「……そうなんだよね」
クリアはどう動くべきかと身構えるが、ミミのほうに緊張した様子は一切ない。
いつでもどんな状況でもどうにかできるという余裕がにじみ出ていた。
そんな中、場を切り裂くように軽快な音楽が屋上に響く。
「あ、ごめん。電話だ。もしもしミミだよぉ?」
「……」
電話に出たミミから離れるようにじりじりと距離を取る。
こうなった以上、ミミをどうにかすることを考えるべきなのかもしれなかったが、あのいびつな魔力反応から考えても、彼女は明らかに普通のサイボーグではない。
うかつに攻撃する気にクリアはなれなかった。
どうにかカレンと連絡を取りたいところだったが、そこで、ミミがシャープフォンに向かって何事か相槌を打ちながら、ちらっとこちらを見た。
「……え?」
そして、次の瞬間には、クリアは自分の体が拘束されていることに気付いた。
黒いうねうねとした不定形の何かに体全体が包み込まれている。
その黒い何かの先はミミの左腕につながっており、彼女の肩から先がいつの間にか、普通の腕からその黒いうねうねに変化していた。
「これもカルマ・リライト……なの?」
あまり探知したくないところではあったが、吐き気をこらえて魔力を探知してみると、その黒いうねうねにも黒い魔力は感じ取れた。
しかし、トーマスの顔や透明なサイボーグとはその質が比較にならない。
その二つが泥水だとすれば、ミミのそれはヘドロの類いだ。
感じ取れば感じ取るほど、おぞましさしか浮かんでこない。
それから、ミミは電話を切ると、変わりのない笑顔でクリアに笑いかけた。
「ごめんねぇ。クレアちゃん。ミミは侵入者とかどうでもいいんだけどさぁ、ランランが捕らえろってうるさくて。ミミの位置情報で、ここにいるって分かって電話かけてきてるんだよぉ。きもいと思わない?」
クリアを拘束しながら、日常会話の延長のように平然と聞いてくるミミに、クリアはうすら寒いものを感じながらも、恐る恐る聞いた。
「これ、なんなの?」
「んー? あー、この黒いの? ミミは最強のサイボーグだからぁ、この体にはパープルマスクの最新技術がいっぱい詰まってるんだぁ。これもその一つ」
「そうなんだ」
それが本当かどうかはだいぶ怪しいとクリアは思ったが、あえて突っ込んで聞くことはしなかった。
それよりもどうやってこの拘束を抜け出すかだが。
クリアが体をねじろうとしても、まるで空間に縫い付けられたように身じろぎ一つできない。
「あ、そうだ」
そして、クリアを拘束したまま平然と歩き出したミミは、足を止めて、クリアに微笑みを向ける。
「これから近くの基地まで連れていくんだけどさぁ、余計なことしないでね」
「……余計なこと?」
「氷飛ばすんだよねぇ。ってランランは言ってたけど。ミミ、ただでさえ、こんな夜中に呼び出されて気が立ってるからさぁ。この後、犯人探しもしなきゃいけないしぃ?」
クリアの首元の黒いうねうねが微妙に形を変形させ、ナイフのようになったそれが首筋に突き付けられる。
「めんどくなったらぁ、首落としちゃうからぁ。分かったぁ?」
「う、うん。分かった」
そう答える以外にクリアに選択肢はなかった。
障壁があるとはいえ、カレンにも破られたものがこの少女にどこまで通用するかは分かったものではない。
「うん。よろしい」
満足げに頷いたミミは、さらに両足を黒いうねうねに変形させ、その弾力で跳躍した。
風を切る音が耳元で聞こえ、急速にホテルから遠ざかっていく。
「カレン、たすけてー」
小さくつぶやいたクリアの声は風切り音にかき消されて誰の耳にも届かなかった。




