第7話 翻弄と焦燥
「あなたはなぜここにいるんですか?」
クリアに危機が迫っているかもしれないことも忘れて、呆然とカレンは問うた。
サイボーグとなったカレンに、依頼としてこのホテルへの潜入を命じたはずのクークス・ヨデートという男がなぜ自分自身でこのホテルへとやってきているのか。
自分でできるのなら、わざわざ人へ命じる必要もない。
「僕がなぜここにいるのか。割といろんな理由があるんだけど、もっとも大きな理由はテストだね」
クークスはベッドに浅く腰かけ、底知れぬ微笑みをたたえて、カレンを試すように見つめていた。
「テスト? わたしがここまでやってこれるのかというテストがしたかったということですか?」
「いいや、そうじゃない。君の性能なんてたかが知れているだろう。どこにでもいる普通のサイボーグだ。それとも、君には余人にはない特別な力があるとでも言うのかな? カレン・リスリルさん?」
「……なぜ」
思いがけず耳にした名前に、カレンはかすれた声でつぶやくのがやっとだった。
知っているはずがない。
ただの桐華レンにしか過ぎない彼女を見て、名前をもじってカレンと呼ぶだけならまだしも、もはや失われたリスリルの家名を知っている人間などいるはずがないのだ。
「なぜと聞くのは自由だけれど、僕が正直に答えるとは限らない。たとえ正直に語ったとして、それが真実だと君が信じられるとは限らない。時として、ありふれた嘘こそが荒唐無稽な真実に取って代わられることもある。僕が何かを言ったとして、君は何を根拠に僕の言葉を信じるのかな?」
「……あなたは誰ですか。一体どこの誰で、何の目的があって、ここに……」
「目的は言った。テストだと。そして、僕が誰かだって? そんなことも気付かずにここまでのこのことやってきたわけか。存外頭が固いものだね、カレン・リスリルさん。盲目的に主人に従うあまり、自分で考えることをやめたのかな? 自分で考えることをやめた人間なんて無人機械よりも劣っているというのに」
「さっきから何の話を……」
「クークス・ヨデート。並べ替えてみて」
「……並べ替え?」
言われて、カレンの頭に疑問符が浮かぶ。
クークス・ヨデート。
スークヨ・クデート。
ヨークト・クデース。
ヨークトークデス。
いくつか候補を考えてみて、愕然とした。
遊び心はないのかとクリアに言われた意味がようやく理解できた。
「そうです。ヨークトークです」
「……こんな単純なことに」
「気付かない自分が馬鹿だと思った?」
「いえ、あなたの意地が悪いと思いました」
「あらら」
ヨークはさしてどうでもよさそうに口だけで笑った。
「姫様が自分宛ての依頼だと言ったのはそういうことだったんですね」
「なんだ、君の姫様はちゃんと気付いてるんじゃないか。察しの悪いのは君だけだ」
「そもそも名前がアナグラムだなんて誰もいちいち気にしませんよ」
「確かにその通り。だから、きっと気付いた君の姫様を褒めるべきなんだろう」
そこで初めて、カレンは頭が回った。
テストとヨークは口にした。
そして、その相手はカレンではないとも言った。
その意味するところは。
「――っ!」
踵を返して走り出そうとしたカレンの機先を制するように、四〇九号室の扉が閉まった。
「じゃあ、もう一つ質問を。四〇九号室を指定したのはなーぜだ?」
「……四〇九号室だからでしょう。寒いんですよ、いちいち」
「おやおや口が悪い」
大げさな身振りで首を振るヨークにカレンは鋭い眼光を向ける。
「姫様に何をしたんですか」
「僕は何も。適切な相手をあてがっただけだよ。あの子がどこまで戦えるのかなってテストしたくてさ」
「扉を開けてください」
「まだ駄目だね」
返事を聞くか聞かないかのところで、カレンは思いっきり拳を扉にたたきつけた。
轟音が室内に鳴り響くも、しかし、扉はびくともしなかった。
「どうしてっ?」
「察しが悪い奴に意地悪く説明するのが僕の趣味というわけではないんだけどさ、普段は冷静ぶってるくせに、いざ大事が来ると、そうやって焦りまくってうろたえてるやつ見ると、腹の底からざまあみろって思う気持ちがむくむくと湧いてくるんだよね。こういう感情、何て言うんだろうね」
「知りませんよ! 扉に何をしたんですか!」
「聞くばかりで、自分で考えたらどうだい? 君の脳みそは何のために付属しているのかな? 疑問を紡ぐだけならAIにだってできるよ。何なら君の質問にもAIは答えてくれるさ。実に優秀だね、AIというやつは。なぜ扉が開かないのか、AIに聞いてみたらどうだい?」
「……っ!」
もはや問答は無駄と判断して、カレンはヨークに聞くのをやめた。
扉の破壊に注視することを決める。
けれど、何度扉をたたいても、返ってくるのはまるで空気でもたたいているような反応のなさだけ。
視覚的には間違いなく拳は扉に当たっているはずなのに、聴覚的にも轟音が鳴っているのに、開くどころか、かすり傷一つ扉には付かない。
「僕思うんだけどさ、脳の処理能力なら手が六本ぐらいあっても人間は自由自在に扱えると思うんだよね。目が二つ以上あるとさすがに無理かなって感じするけど、手足はいけるでしょ。でも、結局、それが美しいからなのか、最適解だからなのか、手は二本で足は二本って割と古来から決まってるんだよね。動物も四本だし。昆虫の足は多いけど、きもいし。結局、美しさってのが生物の基本設計図に組み込まれてるっぽい感じしない?」
「そのどうでもいい話に頷けば、ここを開けてくれるんですか!」
「え、なんで? 開けないけど。開けるって言った? 誰が? 僕が? 言ってないことまるで言ったみたいに捏造するのやめてくれるかな。普通に腹立つから」
「このっ……!」
扉を殴るよりもヨークを殴った方が話が早いと判断したカレンは振り向きざまに彼に拳をたたきつける。
しかし、彼の顔数センチ手前でカレンの拳は不自然に停止した。
「人間の拳ってさ、人を殴るようにはできていないと思うんだよね。だってさ、握るとめちゃくちゃ違和感ない? 親指を内側に巻き込んでも、外側に出してもさ、これってこういう目的のために作られてないなって感じすごくするんだよね。てか、親指内側に巻き込んで殴ったら普通に痛くない、あれ」
カレンの体は動かない。
不自然な動きで停止している。
まるでカレンの周りの空気がすべてコンクリートに変化したかのような不自然な体勢を強いられている。
「あなたは姫様の命を一度救ってくれたんじゃないんですか! どうしてその命を再び危険に晒すようなことをするんです!」
「え、なにそれ。逆じゃないかな。僕が救ったんだから、僕のものだよね。あとはどう使おうが、僕の自由じゃん」
「……外道が」
ヨークに感謝する気持ちもあった少し前までの自分を殴り飛ばしてやりたいとカレンは思った。
ことここに至り、カレンは少し諦めた。
このままこれ以上抵抗してみたところで、どうせこの男はカレンをクリアの元へ行かせる気はないのだろうと。
それならば、まだこうして顔を突き合わせて話す機会を得た以上、ヨークという男の情報を少しでも多く聞き出しておいた方がクリアのためになると判断した。
クリアならば、たとえ一人でも、どんな危険にだって対処できるだろう。
「クリアの力をテストして、あなたは何をしたいんですか?」
「あー、何だ。冷静になったんだ。取り乱して無駄な努力を繰り返してるのが面白かったんだけど」
「あなたの時間つぶしに素直に従ってあげようというんです。おしゃべりに付き合うような度量もないんですか」
「まあ、いいよ。何がしたいかって言うとだね、探し物をしてるんだよ。七大企業が持ってるものでね。自分一人で見つけ出すのも奪いに行くのもちょっと荷が重い。だから、君の姫様に手伝ってもらおうと思ってさ」
「探し物とはなんですか」
「言って君らに欲しがられても迷惑だから言わない」
「……刺客までぶつけておいて、姫様が協力してくれると思っているんですか」
「まあ、それは交渉次第だろう? 感情で反発するなら別だけど、お互いに利があれば協力し合えるはずだ」
「どうですかね」
割合、感情的に反発しそうだと思うが、実際のところは分からない。
クリアなら、意外と何でもなくスルーできてしまうかもしれない。
「あなたはどこでカレン・リスリルという名を知ったんですか」
「どこだと思う?」
「……聞いているのはわたしです」
「あ、そう。君の記憶を読んだとでも思っておいて」
真面目に答える気がないのは態度からも明らかだった。
「あなたは因果に干渉できる。そうですね?」
「因果に干渉? そんなことできるわけないだろう。僕はただの人間なんだから」
はぐらかすだろうと思って聞いたら、その通りに白々しい言葉が返ってきて、カレンはうんざりした気持ちになった。
追及しても仕方がないので、角度を変える。
「あなたは本物のヨークトークさんですか。それとも、彼の名を騙る偽物ですか」
「僕は最初からヨークトークだよ。本物も偽物もない」
「半年前ちょうどこの付近で亡くなったはずのユリアさんの兄ではないと?」
「違うね」
「では、同姓同名の別人であるということですか」
「うーん、まあ、その認識でいいんじゃないの」
投げやりな口調は、本音を言っているのか違うのか、いまいち判断が付かない。
「あなたはこのウィンクイールが封鎖された本当の理由を知っていますか」
「お、いいとこ突くね。核心を突くんじゃなく、周りから攻めるのは、まあ、回りくどいけど、時に真実はそうして掴み取るものだからね」
「どうなんですか」
「封鎖された理由は、奴らが大事なものをなくしたからだよ。なくすはずのないもので、そのための準備まで周到にやっていたのになぜかなくしてしまった。だから、半年封鎖して、原因と結果を探っているのさ。そして、万が一にもそれが一般の市民の手に渡らないよう注意している」
自分以外のこととなると、ヨークは饒舌にしゃべった。
七大企業の内情をなぜ彼が知っているのかは謎だが、カレンにとっては知っていて悪いものでもない。情報の真偽は調べる必要があるだろうが。
「彼らが探しているものとはなんですか」
「箱」
「箱?」
「黒い箱」
「その箱は何に――」
「――あ、戦闘は終わったらしいね」
「え!?」
唐突なヨークの言葉に驚くと同時、カレンの体を縛り付けていた何かの拘束も解ける。
支えを失って倒れそうになり、慌ててベッドに両手を突くと、直前まで目の前にいたはずのヨークの姿が消えていることに気付いた。
「残念だけど、君の姫様は連れていかれたみたいだ。だけど、これはさすがに相手が悪いかー。まあ、及第点くらいはあげておくことにするよ」
「どういうことですか!」
ヨークの声だけがカレンしかいない室内に響き、カレンは一人取り残される。
周囲を見回しても、ヨークがいた痕跡すら何もない。
呆然自失の中、すぐにカレンは我に返った。
「姫様っ!」
ヨークのことは気になるが、今はそれどころではない。
クリアが捕まったというのなら、助けに行く以外にカレンに選択肢などない。
踵を返して、ドアノブをひねると、先ほどはびくともしなかった扉は簡単に開いた。
もはやそんなことなどどうでもいいとばかりにカレンは走り出し、小細工をかなぐり捨てて一直線に屋上へと向かった。




