第5話 依頼と飛来
「ウィンクイール封鎖区域での遺留品の回収……ですか」
「そうだ。わが社初のサイボーグとなった君への最初の依頼となる」
「……」
ついに来たかとカレンは思った。
サイボーグになっておよそ一カ月、元の社長秘書としての仕事をこなす以上に、カレンは特別な仕事は何もしていなかった。
サイボーグといっても、戦場がなければ取り立ててやることはない。
現在イーリスは他国との交戦状態になく、また、戦争準備もしていないので、サイボーグとしてはやや手持ぶさたな状態にある。
他国への傭兵派遣やスパイのような仕事ならあるだろうが、元は素人のカレンがいきなり請け負う仕事としては少々リスクが高い。
今回のように、直接の戦闘が目的ではない仕事は、サイボーグになりたてのカレンにはちょうどいい仕事と言える。
問題は、内容よりもむしろ場所の方だ。
「ウィンクイールで間違いないんですね?」
念を押して聞いたカレンに、グレーラビットテクノロジー社長、クステル・ステルクスは泰然と首を縦に振った。
「そうだ」
「パープルマスクが封鎖している区域に潜入し、遺留品を回収しろと」
「その通りだ」
「ちなみに詳しい場所をお聞きしても?」
「ノーブルヴァイオレットホテル周辺だそうだ」
「――」
これは一体、何の因果だろうかとカレンは頭を抱えそうになった。
「黒腐に襲われて亡くなった市民の遺留品を回収してほしいという依頼なわけですね」
「よく分かっているじゃないか。全くその通りだ」
「依頼主の名前をお聞きしてもよろしいでしょうか」
「クークス・ヨデートという実業家だな。最近、自宅警備用にうちの無人機を何台か購入してくれたんだ。その際に君の話を持ち出すと、ぜひ依頼したいということだった。何でも、黒腐に襲われて亡くなった母親の遺留品を探してほしいらしい」
「サイボーグになりたてのわたしにですか?」
「むしろ内容が内容なだけに、サイボーグ初心者とも言える君のような人間にしか頼めないということだろう」
「……」
クステルの口にした言葉は事実かもしれないが、少なくとも当のカレンを前にして言うべき言葉ではないと感じた。
こういう中途半端に無神経なところがカレンの気に入らないところだ。
もしこれがクリアなら、分かっていて、もっと無神経にこちらの心配をかき乱してくるはずだ。
表面を取り繕おうという浅ましさが目に見えるだけに、社長の方が何倍も腹が立つとカレンは思った。
「見つかれば、七大企業の不興を買うどころでは済まないのはお分かりですか」
「当然だろう。そのくらいは私も考える。だが、この際、仕事を選んではいられないのだよ。われわれのような零細企業が仕事を選んでいては、その他の実績のある中小企業の築いた市場に食い込んでいくことなどできない。人のやろうとしないことを率先してやってこそ門戸が広がるのだよ」
「……そういうお考えですか」
理解できなくもない考えだが、実際に体を張るのはカレンであり、頭ごなしに命令された上で、そうした理屈を展開されると、なぜか反発したくなる心がむくむくと湧き上がってくる。
ならお前がやれとでも言いたくなってくる。
もちろん口には出さないし、表情にも出さない。
だが、こうしたとき、いつも頭に浮かぶのはクリアのことで、クリアなら、間違いなく自らを危険に晒してでも自分自身で動くはずだ。
いつまでも彼女の手助けだけをしていたいカレンだが、現実はそうもいかない。
こうして気に入らない上司に従って稼ぐお金で、クリアがやりたいことをできる支えとなるのなら、カレンはそれに納得できる。
「それに、直接七大企業のサイボーグと戦えというのではない。こっそり潜入して、遺留品を持ち帰るだけだ。不可能ではないだろう」
「……」
一カ月前のクリアの侵入を知らないクステルにしてみればそうだろう。
しかし、一カ月経ったとはいえ、一度潜入した者がいるという事実が現在の警備状況にどう影響を及ぼしているかは未知数だ。
カレンとしては、二度目の侵入などという不用意な行動を取りたくはないが、それを正直に話すのはためらわれる。
正直に話せば、クステルはクリアを己が会社の拡大に利用しようとするかもしれない。
万が一にも、そうした事態は避けたかった。
「引き受けてくれるね、レン君」
「……分かりました」
有無を言わせない表情のクステルの言葉に、結局はカレンは頷くことしかできなかった。
クリアに面倒を背負わせるぐらいなら、カレンは自分自身が危地に飛び込むことを選ぶ。
もともとそうしたことを覚悟のうえでサイボーグになったのだ。
たとえ仕えるべき主を得たとしてても、その覚悟に変わりはない。
※
※
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魔法少女の衣装に袖を通すと、クリアは満足げに笑みを浮かべた。
「やっぱり戦いにもかわいさがいるよね! 戦場に咲く一輪の花って感じで」
カレンに頼んで作ってもらった衣装は、防弾繊維なのはもちろんだが、因果付与によって、魔力を流すことで、服の表面に障壁を張れるようになった。
防弾繊維との合わせ技で、強度は相当高いはずだ。
今ならカレンの突撃にも耐えられるかもしれない。
こうした魔道具は、魔力を流すだけで起動するよう設定しているため、普通に魔法を使うより頭を空っぽにして使えるというのも大きい。
衣装は気分に合わせて着れるように、複数着用意してもらった。
今クリアが着ているものは、魔法少女というよりは、どちらかというと、学校の制服に近いイメージとなっている。
上半身は厚めのブレザー、下半身はキュロットスカート。
どちらも白を基調とした色で、所々に黒のラインが入っている。
どちらかといえば落ち着いたデザインで、クリアとしてはそれが気に入っていた。
「衣装もできたし、ステッキもあるし、いろいろ道具も作ったし、あとは試運転かな」
ステッキの実践的な運用を確かめたい。
いきなりまたがって空を自由自在に飛べるほど、クリアは天才ではないのだから。
そうと決まれば話は早いと、クリアは部屋を出て、マンションの屋上に向かった。
このマンションは割合こじんまりとしたものなので、屋上鉄道はつながっていないが、屋上ではドローンの配達などを受け取ることができるため解放されている。
エレベーターに乗って屋上に出ると、平日の午前中ということもあって、周りには誰もいなかった。
そして、天気は快晴。
「まさに絶好の試運転日和だね」
気持ちのいい天気に気分を明るくしながら、クリアは空中を階段を上るようにして上がっていく。
カルマ・グラントによる付与を受けた靴の効果で、足を上げるたびに、靴裏に小さな障壁を発生させているのだ。
それによって空中に足場ができ、まるで見えない階段を上るように、空に上がっていくことができる。
十メートルほども上昇すると、今度はステッキにまたがった。
「ぶっつけ本番だけど、まあ、死にはしない死にはしない」
中が空洞となっているステッキに風球を込め、さらに水球を込める。
圧縮空気で水をたたいて飛ぶ。
作用反作用の法則というらしい。
この一カ月で多少の物理ぐらいはクリアも勉強した。
「さあさあレッツフライ!」
身体の周りに風球を展開し、微調整のための準備を整えると、ステッキの中で圧縮した風球を一気に解放する。
「うわーお!」
ものすごいスピードでクリアは射出された。
しがみつこうとしたステッキは、するりと股の間からすっぽ抜けていき、ステッキに放り投げられるような形になったクリアは、その衝撃で回転しながらくるくると空を舞う。
ステッキ自体はあらぬ方向に飛んでいった。
「めーがーまーわーるー」
ぐるぐる回りながら、何とか前方に両手を突き出し、手袋の魔道具を起動。クッションのように風球を展開し、その風球をバーストさせることで、回転する体の勢いを殺し、急制動。
空中に自分で張った障壁の上にべちゃりとクリアは落ちた。
「いったーい! 膝打った~」
最初のテスト飛行はものの見事に失敗だった。
空中で悶絶しているクリアの目線の下を幾体ものドローンが飛び去っていく。
それを横目にしながら、しばらくクリアは膝を抱えるのに必死だった。
「ふぃ~、失敗した失敗した」
しばらくして空中に座り込むと、クリアは落ち込むでもなくやれやれと首を振った。
もとから一度でうまくいくとは考えていない。
魔法でさえ体の感覚だけでやっているところがあって、頭では理解できていないところもあるのに、その応用をいきなりやろうとしたところでうまくいくはずがない。
新しいことに失敗はつきもの、生傷を刻んで人は成長していくのだ。
「でも、ステッキどっかいっちゃったー、うえーん……なんてね」
こんなこともあろうかと、ステッキには追跡用のタグが埋め込まれているのだ。
シャープフォン端末で位置情報を知れるので、何度なくしても平気。
カレンが絶対に付けたほうがいいと主張していたので付けたが、しょっぱなからいきなり言う通りになっていた。
端末の画面を見ながら空中を歩いてステッキの場所まで向かう。
さすがに空中を闊歩していたら目立つことこの上ないので、水球と、それから、新たに思いついた氷球を組み合わせて、自身の周囲に霧を発生させながら歩く。
ほどなくして、ステッキは民家の屋根に引っかかっているのを見つけた。
「まったく勝手に飛んでいっちゃって! どれだけ心配したことか!」
ステッキをしかりつけると、また空中に戻って、テスト飛行を続ける。
何度も失敗を繰り返しながら、クリアは効率的な飛行の方法を模索し続けた。
そして、辺りが暗くなってきた頃になって、とある事実に気付いた。
「あれ? もしかしてステッキいらないんじゃね?」
ステッキにまたがって飛ぶよりも、手袋から射出する風球で速度を増しながら、空中を走っているほうがはるかにコントロールがしやすく、利便性が高かった。
ステッキは速度だけは出るが、それ以外はお話にならない。
「はあ……。なんてことだ。君はどうやらいらない子だったようだよ、ステッキ君」
そもそも頼りない棒状のものに乗って飛ぶということ自体が愚かな発想だったかもしれない。
またがっているだけで、どことは言わないが、いろいろ痛む上に、すっぽ抜けていくたびにこすれて痛い。
人は棒に乗って飛ぶようには出来ていないのだ。
「まあ、とはいえ、武器にはなるかな、多分」
あからさまに魔法少女っぽい雰囲気をまとわせた女が持つステッキが、いきなりロケットのように飛んできたら、どんな人間でも不意を突かれるはずだ。
そこに障壁をまとわせれば、それなりの威力になる。
もしくは圧縮空気を放つとか。
「ふむ。君には部署異動をしてもらおう。飛行部門から、武器部門へだ。これだけ迷惑をかけたんだ。今更いやとは言うまいね」
ステッキに向けて独り言を言ったクリアは、それから空中を勢いよく、たったかたと駆けて、家に帰った。