第4話 準備と整理
「空飛びたいなあ」
テレビ画面で流れるパープルマスクの子会社が作った魔法少女もののアニメを眺めながら、クリアはつぶやいた。
画面上ではフリルの付いたかわいげな衣装を着た少女が空を飛びながら異形の怪物と戦っている。
「……」
テーブルの向かい側に座るカレンは、クリアのそのつぶやきをまるで聞かなかったかのように、昼食のチャーハンを食べる手を一切止めない。
「空飛びたいなあ」
二度目のつぶやきを耳にすると、ちらっとだけ視線をクリアの方に向けたが、やはり手は止めずに黙々と炒めた飯を咀嚼し続ける。
「空……、飛びたいなあ……」
三度目になると、さすがにカレンも煩わしそうに手を止めて、胡乱な目を向けた。
「姫様、物思いにふけるのも結構ですが、まずは昼食を済ませてからにしてはどうですか」
「いやー、でもさー、空ー、飛びたいんだよねー」
「……どうやってですか」
そう聞いてほしそうにしていたので、カレンがそう口にすると、待ってましたとばかりにクリアが笑みを浮かべる。
「そう! そこなんだよ! いくら因果をこねこねしたって、人の身一つで空を飛ぶのは無理があるわけ! だから、そっちは魔法をこねこねして空を飛ぶ方法を見つけないといけないの!」
「そもそもなぜ姫様は空を飛びたいんですか」
一度、口を挟んでしまったからには、皿まで食らえとばかりに、カレンはクリアとのおしゃべりに付き合うことにした。
クリアはカレンが食いついたことに喜びを示すように、身振り大げさにチャーハンをすくうためのレンゲをカレンに向ける。
「よくぞ聞いてくれたよ、カレン君!」
「はあ、なんですか、その呼び方」
「一週間前、ボクはユリアと一緒にウィンクイールの封鎖区域に潜入しました!」
「それは知っていますよ。聞いたときには卒倒しそうになりましたけどね。イーリス初日で姫様はどこまでめちゃくちゃなことをするんだと」
「そこで改めて痛感したわけです! 魔法を使えるといっても、因果をいじくれるといっても、人ひとりの身の上には限界があると」
「まあ、当たり前のことですね。姫様ひとりではこのチャーハンすらまともにつくれませんもんね」
「……」
カレンがそう言うと、クリアは急に居住まいを正して、チャーハンをレンゲに差し入れた。
ひとすくいして、口に入れる。
「おいしいです! ありがとうございます!」
「いえいえ、どういたしまして」
素直にお礼を言うクリアにカレンも微笑む。
こういうところは本当に人たらしだなとカレンはひそかに思う。
「つまりです! 空を飛びたいんですよ!」
「ああ、そこに帰結するんですね」
「帰結します」
「でも、具体的にどうやって飛ぶんですか」
「あれ」
すると、クリアは急に元のローテンションに戻ったかのように淡々とした声音でテレビ画面を指差した。
画面上では、魔法のステッキにまたがった少女が空を飛んでいる。
「魔法のステッキが欲しいと、そうおっしゃりたいんですか」
「おっしゃりたいです」
「おもちゃをねだっているわけではありませんよね?」
「本物でいいです」
「すみませんが、本物は売っていません。何か音が出るだけの偽物ならあるでしょうが」
「えー」
どこか棒読みで言って、それから、クリアはこの妙な小芝居に満足したようだった。
いつもの口調に戻って普通に言う。
「まじめな話、あんな感じのステッキの中をくりぬいて、その中に風球圧縮して、放出すれば空飛べるんじゃねって思ったんだけど、どう思う?」
「ああ、そういう考えですか」
クリアの言った考えを頭の中でシミュレーションしてみるカレン。
要はペットボトルロケットみたいなものだ。
筒に圧縮空気を詰め込んで、その反作用で飛ぶ。
「可能か不可能で言えば、可能だとは思います」
「やった! だよね」
「ですが、途中でずり落ちたり、振り落とされたりする危険性は大きいですし、思い通りにコントロールできるかという点で疑問は残りますが」
「そこはそれ、なんやんかんやするから」
「……なんやかんやってなんですか」
「なんやかんやはなんやかんやだよ」
適当にはぐらかすあたりにカレンは不安を覚える。
こういうとき大抵クリアは何も考えていないか、めちゃくちゃなことを考えているかのどちらかだ。
そして、そのどちらであったとしても、その尻拭いをするのはカレンになる。
まあ、それが楽しくて従者をやっているところもあるんですが、とカレンは心の中で独り言を言った。
「まあ、そんなわけだから、カレンはいい感じのステッキを調達してきて」
「それが本題だったわけですか。分かりました。伝手をたどりましょう」
幸い、零細企業たるグレーラビットテクノロジーでも、それくらいの加工品を用意する伝手くらいはある。
※
それから数日後、今度は仕事から帰ってきたカレンと一緒に夕食を食べているとき、クリアは唐突に言い出した。
「魔法少女には衣装がいると思うんだよね」
「……」
また始まったかとカレンは思った。
ステッキの次は衣装ときた。
「魔法少女の衣装ならオンライン通販でいくらでも注文できますよ」
「そういうのじゃなくてさ、ボクオリジナルのオーダーメイドなやつ」
「そんなものを作って、一体、何に使うんですか」
「言ったじゃん。この国をぶっ壊したいって。魔法少女一匹でも難しいのに、まともな装備のないって枕詞が付いたら、余計難しくなるじゃん」
「すみません。魔法少女の数え方は一匹なんですか?」
「ボクもちょっとは調べたよ。防弾繊維とかそんなやつ。それで織られた魔法少女っぽいかわいい衣装を所望するよ」
「所望されますか……」
カレンとしては、自分の仕事の伝手を伝って、そうした物品を制作するのはやぶさかではなかったが、最初はステッキ、そして、今度は衣装と、この二回だけでは済まなさそうなのが少し面倒くささを感じる部分だった。
「姫様」
「なに」
「ステッキに衣装ときましたが、他にも作ってほしいものがあるのなら、一気に言ってくださると、こちらとしては助かりますが」
「あー、今はない……かも」
「なんで自信なさげなんですか。明確な形になってなくても、草案があるなら言ってみてください」
「……えー、やだよ」
「なぜ?」
「恥ずかしいもん」
「ちょっとおっしゃってる意味が分かりかねますが」
「形になってないものをべらべらとしゃべるのが恥ずかしいの」
「……姫様のその感性は全くもって理解できませんが、おっしゃってる意味は理解しました。まあ、とにかく衣装ですね」
感性そのものに文句をつけてもどうしようもないので、従者としてはまずは注文に答えるところから始めたい。
その日の夕食を済ませると、カレンはクリアをクローゼットまで連れていった。
「魔法少女といいましても、デザインはいくらでも考えられると思いますので、大まかなイメージを教えていただけると助かります」
「それはいいけど、カレンの持ってる服の中にはそんなイメージのものはなかったよね」
「確かにわたしの持っているものの中にはありませんね。なので、これを」
カレンは白色無地のワンピースをクリアに手渡す。
「これをどうしろって?」
「着てください」
頭に疑問符が浮かんでいるが、クリアは黙ってそれに着替える。
カレンはシャープフォンを開くと、試着用の衣装データをダウンロードした。
ワンピースと端末をリンクさせ、『試着を適用』ボタンを選択すると、クリアの着ている無地のワンピースが即座に形を変え、フリルの付いた魔法少女っぽい服へと変わる。
「うわお」
「ARアプリでもよかったのですが、戦闘用の衣装ということでしたら、装飾が邪魔になることも考えて、実際に着てみたほうが話が早いと思いまして」
「便利なもんだねー。これってどんな服にでも変化するの?」
「布地面積が足りない場合なんかもありますので、どんな服でもというわけにはいきませんが、ある程度の複雑さまでは対応していますよ」
「ほえー」
口を開けて呆けたように言うクリアを見て、カレンは少し噴き出してしまいそうになったが、すぐに笑みを押し隠した。
それから、いろんなパターンの衣装を試してみて、クリアの望む魔法少女衣装のイメージを掴むと、後日、仕事の片手間に発注にかかった。
※
※
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カレンに衣装やステッキなどを注文したクリアは、日々をイーリスで暮らす中で、この国のことを知り、また、現代的な学問についても少しずつ学習していった。
そうした中で、自身の持つ因果に干渉する力について、分かりやすく名付けをし、整理していくことを考えた。
「まずこの力の総称。これを『因果工作』と命名する」
カルマ・ディバイドやカルマ・スライドを含めて、全体として、因果をいじくる力のことをカルマ・クラフトと呼称することに決めた。
「ヨークさんがやったような類いの行為は、名づけるなら『因果書換』だね」
決定づけられた因果に介入し、それを自身の都合のいいように改変する。
それによって命を救われたらしいクリアだったが、彼女自身には同じような真似はできそうにない。
やろうにも魔力は圧倒的に足りないだろうし、何より筋道の通った時間軸を構築できる気がしない。頭の中がしっちゃかめっちゃかになってしまいそうだ。
二重の意味でも真似できそうにない。
それでも、一応はカルマ・クラフトの一つとして分類しておく。
「カルマ・ディバイドもカルマ・リライトもまともに使えないから、実質的に使えるのはカルマ・スライドだけっていうのはちょっと味気ないよね」
ということで、さらにもう一つ、クリアはカルマ・クラフトに分類する力を加えることにした。
「名付けて、『因果付与』」
クリアの前には、日を置いて何度もカレンに注文した道具がいくつも並んでいる。
そのうちの一つ、魔法少女っぽいヒールの付いた白い靴を手に取る。
「因果をいじくるのなら、人よりむしろこういう事物の方がいじくりやすいっていうのはあるよね」
カルマ・グラントは、言うなれば、道具への効果付与。
あるトリガーを設定し、そのトリガーを満たしたときに所定の効果を発揮する因果を道具に付与する。
例えば、トリガー:『魔力を込める』→効果:『火球を出す』といったように、主に魔法を使うためのツールとして使う。
道具を使わずとも魔法は使えるが、そうした道具を使った場合の利点は、速度にある。
己の身一つで火球を放つと、大きさやどこに投射するかなどを考えて決めるために、火球一つ放つだけでも、速度に大分むらができる。
カルマ・グラントで因果を付与した道具なら、威力や方向を自由に選択できない代わりに、毎回、決まった威力の火球を、決まった方向に、決まった速度で放つことができる。
というより、決まったパラメータでしか放つことができないというのが正しい。
因果をいじくる以上、結果がどうなるかを定義しない限り、効果を付与するのは難しいからだ。
トリガーとして込める魔力は、その魔法を放つのに必要な魔力分と設定する。
火球一発なら火球一発分の魔力を込めなければならない。
「この靴の因果をちょいちょいといじくって……、はい、完成!」
これまでの経験から、捻じ曲げる因果が簡単なほど、魔力の消費も少なくなるということをクリアは理解していた。
なので、今回、その白い靴に付与した因果も至って単純なもの。
トリガー:『魔力を込める』→効果:『靴裏一センチ下に障壁を張る』というものだ。
つまりは、靴の下に足場を作る道具。
「これで、空中を飛び回っても制動が効くわけだね」
空中を歩くための魔法の靴が出来上がった。
さらに、カレンが用意した物品の中から、白い手袋をクリアは手に取る。
「カレンの懸念通り、ステッキで飛ぶのはかなり危険だから、手袋でもコントロールを効かせよう」
手袋に付与した因果は以下の通り。
〈トリガー:『魔力を込める』→効果:『手のひらから風球を放つ』〉
これによって、空中で姿勢を制御して、バランスを取る。
「サイボーグなんて体中に道具仕込んでるんだから、ボクだって道具使ってもいいよね」
そんな独り言をこぼしつつ、クリアは一人自室で『カルマ・クラフト』にいそしみ続けた。