表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/51

第2話 行動と滑落

「死んだって、ヨークさんが?」

「……うん。半年前の黒腐災害に巻き込まれちゃってさ……」


 黒腐。

 またそのワードが出た。

 この国では一般的な言葉となっているようだが、当然クリアには何のことかさっぱり分からない。


「詳しい話を聞いてもいい?」

「それは構わないけど、もしかしてお兄ちゃんの知り合い?」

「うん。そう。多分、知り合い」

「そっか。それなら無下にはできないね。もうちょっと落ち着いた場所で話そっか」


 ユリアの言う通り、券売機の周りは人通りが多く、込み入った話をするには向かない。

 彼女に連れられて、クリアは駅の二階にあるカフェに入った。

 広場を見下ろす位置に大きな窓が付いていて、見晴らしのいい場所だ。

 その窓際の席に窓の外を見る形で腰を下ろす。

 カウンターからコーヒーを二人分買ってきたユリアがその隣に座った。


「どうぞ」

「ありがとう。だけど、ボクお金ないよ?」

「おごりだよ! かわいい女の子からお金は取れないさ!」

「ありがとう」


 コーヒーを受け取ると、クリアはもう一度お礼を言った。

 ミルクと砂糖を入れてかき混ぜ、一口飲むと、ほろ苦い味がした。


「そういえば、記憶喪失って言ってたけど、お兄ちゃんのことは覚えてたの?」

「記憶喪失になった後に会ったから」

「なーる! そゆことね!」


 納得顔のユリアに今度はクリアから質問を連ねる。


「悪いんだけど、ボクはまだ黒腐っていうものが何か分かんなくてさ、まずそこから教えてもらってもいい?」

「そっか! 記憶喪失だもんね! 黒腐が何かも分かんないんだ!」


 すると、ユリアはバッグからクリアが持っているのと似たような形の端末を取り出してきて、軽く操作し、その画面を見せてくる。


「これが黒腐だよ!」

「うわ……、なにこれ、人型の(すす)……?」


 画面に映っているのはそうとしか表現できない何か。

 外形自体は人型をしているものの、それを構成しているのは人間の肌とは似ても似つかない黒いもやもやだ。黒煙と表現してもいい。

 風が吹けば霧散してしまいそうなほどにぼろそうな、けれど、どこまでも不気味さが背筋を上ってくるような、そんな異様な姿をしている。


「こんな化け物がこの国では日常的にうろついてるの?」

「さすがに日常的ってほどでもないよ! 一年に一回発生すれば多いくらい。でも、数百年前からずっと、イーリスは黒腐との戦いを余儀なくされてきたって、歴史の授業では教えられたかな!」

「数百年前……」


 それほどの長い間、この煤の化け物とずっと付き合ってきたというのは、クリアにはちょっと想像が付かない。


「何もないところから発生するの? 予兆とかは?」

「今のところ分かってないみたい! 少なくとも公にされている範囲では、だけど……」

「……なんか含みのある言い方だね」

「分かる!? 大きい声じゃ言えないけど、実は七大企業の人たちは事前に黒腐発生の予兆を掴んでるんじゃないかって言われてるんだよ!」

「……十分大きい声で言ってるくない?」


 少なくとも半径五メートル以内の人間には間違いなく聞こえる声音で言っていた。


「この化け物が人間を襲ったりするってこと?」

「そう! でも、それだけじゃなくてね、黒腐に触れた人は跡形もなく消えちゃうんだよ!」

「消えるって……」

「触れたそばからぼろぼろと体が崩れていって、後には何も残らないらしい!」

「不可思議な現象だね」

「不思議でしょ? それでお兄ちゃんも消えちゃったらしいんだ……」

「……そうなんだ」

「うん。ウィンクイールに仕事で行ったときに、ちょうど黒腐が発生したらしくてね。巻き込まれちゃったんだって」

「……」


 その話はクリアが見た現実とは異なっている。

 もしユリアの話が本当だとするなら、クリアが見たヨークは実は本物のヨークではなく、彼の名を騙った偽物だったということになる。


「えっと……、こういうことを聞くのはユリアには酷かもしれないんだけど、本当にヨークさんは死んだの? 単に行方が分からなくなってるだけじゃなくて?」

「泊まったホテルの部屋には荷物が残ってて、その日お兄ちゃんが着てた服も服だけが見つかって……、それで家にも半年以上帰ってこないんだよ……? 生きてると思う?」

「……ごめん」

「ううん。わたしこそごめん。嫌な言い方しちゃったね」


 ここで謝罪の言葉を口にすべきだということぐらいはクリアにも分かる。

 肉親を失った人間にあまり込み入った事情を聞くべきではないということぐらいは。

 それでも聞いたのはクリアが会ったヨークの正体を確かめたかったからだ。

 正体が分かったぐらいで何がどうなるというものでもないが、本当のヨークなのかどうかぐらいは確かめたかった。

 けれど、ユリアの話だけでは、やはり何かを確定することはできそうにない。


「ユリアの話が全部聞いた話っぽいのは、ウィンクイールだっけ? が封鎖されてるからってこと?」

「そうだよ! まだ黒腐がちょっとずつ湧き出てるからっていう理由でね! ひどいよね! お兄ちゃんを弔いに行くこともできなくて、半年経ってもまだ遺品すら戻ってこないんだよ!?」

「それは……、本当にひどいね」

「ね!」


 憤るユリアを見て、それならと、クリアは何気なく口にした。


「行ってみる? ウィンクイール」

「……え? 封鎖されてるんだから、行けないよ?」

「そうじゃなくて、封鎖を潜り抜けて中に入り込もうみたいな?」

「……」


 ユリアが目を丸くしてクリアを見つめた。


「遺品も回収できなくてつらいっていうなら、勝手に回収すればいいじゃん。それくらいしたって誰にも文句言われる筋合いないでしょ」

「で、でも! そんなことしたら捕まるよ? 遺品を回収するとか、そんなことできないと思う!」

「捕まらなければいいじゃん。こう見えて、ボク、魔法使いなんだ。だから、それぐらいのことはできると思う」


 そう言って、クリアは手のひらの上に小さな火球を作り出した。

 さらにユリアが目をまん丸にするのを見届けると、手を握り締めて火球をかき消す。


「ね?」

「す、すご! どうなってるのそれ! 手品? マジック?」

「魔法だって」

「クリアちゃんって何者!? 魔法少女!?」

「魔法少女って何……? まあ、魔法を使える少女ではあるかもだけど」

「びっくりどっきり目が点々だよ!」


 かなり興奮した様子のユリアを落ち着けるように、再度クリアは問う。


「それで行くの? 行かないの?」

「……行く」


 ほとんど考える間もなく、ユリアはそう答え、クリアはそれを面白がるように微笑んだ。


 ※


 ※


 ※


 ということで、ウィンクイールに行くことになったのだが、当然、周辺の駅は封鎖されているということだったので、その手前の駅までまずは向かうことになった。


「屋鉄で行く? 景色いいよ!」

「おくてつ? なにそれ」

「屋上鉄道の略! 高いビルの屋上同士をつないで移動するの! 地下鉄の屋上版みたいな?」

「ごめん。地下鉄がまず分かんない」


 その屋鉄とやらに乗って、ウィンクイール手前のリスデイルという駅まで、まず向かう。

 ユリアの言う通り、空から見下ろす首都の街並みは確かに壮観だった。


「すごいね、この屋鉄って。これも七大企業ってやつが作ってるの?」

「そうだよ! ブルーポータル天翔(てんしょう)交通だったかな、がほとんどの交通インフラを作ってるはず!」

「七大企業って他にどんなのがあるの?」

「レッドパウダー、オレンジカレッジ、イエローコート、グリーンクロック、パープルマスク、ホワイトクロス……だったと思う!」

「よく覚えてるね」

「幼等学校でまず最初に教えられるからね!」


 そんな会話を交わしつつ、数十分屋鉄に乗り続け、クリアが首都の街並みなどについて質問していると、リスデイル駅にたどり着く。

 なお、乗車賃はユリアが代わりに払ってくれた。カレンに後でお金をもらって返すつもりでいる。

 屋上から地上に下りてくると、コーラスクレイス中央駅ほどではないにしろ、クリアにとっては大都市の街並みが広がっている。

 クリアが田舎者のようにぼけーっと周りを見回していると、端末――シャープフォン――というらしいで何かを調べていたユリアが顔を上げずに言った。


「ウィンクイールまでは車であとニ十分くらいだけど、多分、十分もしないうちに検問で捕まるよ? どうする?」

「ボクに考えがあるから、とりあえずその検問の手前まで行こう」

「分かった!」


 元気よく返事をしたユリアがシャプホを操作すると、しばらくして、駅前広場横にある自動車乗り場というエリアに自動車が一台入ってくる。


「あれだね! 乗ろう!」

「それ操作するだけでやってくるんだ……。便利だねー」


 改めてイーリスという国の科学技術に感心しつつ、ユリアと一緒に乗り込む。

 正面にあるパネルにユリアが目的地を入力すると、車は自動で動き始めた。


「封鎖区域は目的地に設定できないようになってるから、本当にその手前に目的地入力したよ!」

「りょーかい」


 二人乗りの小さな車に並んで乗り込み、ウィンクイールまでの街並みを進む。

 駅周辺にはまだ活気もあり、通りを歩く人影の姿も見て取れたが、進み続けて数分もすると、だんだんと人の気配が薄くなってきて、もうそろそろウィンクイールの町の境界に近づこうという領域になると、完全に人の気配は途絶えてしまった。


「だーれもいないんだね」

「七大企業が入っちゃだめって大々的に言ってるところだからね! 下手に近づいて、みんな捕まりたくないんだと思うよ!」

「ふーん」


 それから、遠目にあからさまに兵士が道を塞いでいる姿を見たところで車を止める。

 二人で降り立つと、車は自動で元来た道を引き返していく。

 ユリアが不安そうにクリアの肩に手を置いた。


「こ、ここからどうするの……!? これくらいの距離なら平気だと思うけど、さすがに真正面から行ったら捕まっちゃうよ?」

「まあ、まずはちょっと試させてちょーだい」


 やんわりとユリアの手を振り払うと、クリアは魔力を練り始めた。

 魔法を放つためにそうしたのではない。

 因果に干渉するために魔力を練り始めた。

 カルマ・ディバイドのように、使う魔力に対して得られる結果が乏しい使い方ではなく、もっと気軽に使えて、汎用性の高い因果干渉をクリアは生み出したいと思っていた。

 名付けるなら――。


「――因果滑落(カルマ・スライド)


 火球数発分の魔力を消費したかと思うと、クリアの体は瞬時に前方へ移動していた。

 振り返ると、前方にあったはずの検問は既にクリアの背後にあり、クリアの隣にはユリアの姿はない。


「成功と」


 何となくできることは分かっていたので、驚きはないが、実際に実行してみると、それなりの達成感はある。

 クリアのやったことというのは極めて単純なことだ。

 元いた場所から今いるこの場所まで歩いてきた。それだけのこと。

 ただし因果に干渉することによって、原因から結果に滑り落ちるように、数十メートルほどの距離を瞬時に移動した。

 実際にクリアは足を動かしたわけではないし、この距離を移動したという肉体的な疲労もない。

 歩き出したという原因が、タイムラグゼロで、ここまで歩いてきたという結果に変わり、その現象に引きずられるようにしてクリアの体が移動した。

 原因が即結果につながる。

 それがカルマ・スライド。


「戻ろう」


 また火球数発分の魔力を消費すると、クリアはユリアの隣に舞い戻ってきた。


「うわ!? な、何々!? 消えたと思ったらまたすぐ現れて……。クリアちゃん、一体何したの!?」

「散歩」

「どこら辺が散歩!?」


 もちろんカルマ・スライドも万能ではなく、数十メートル程度の距離だったからちょっとした魔力の消費で済んだが、キロ単位になってくると、加速度的に魔力消費は増すだろうと思われる。

 滑落できる因果にしても、恐らく結果が幾通りもあるような複雑な行為は不可能だとクリアの直感が告げている。

 例えば、火球をサイボーグに放ったとすれば、当然、相手はよけるか、ガードするか、カウンターするなりするだろうが、その行動の結果は実際に放ってみるまで分からない。

 結果が分からない以上、滑落の着地点は見えず、放った火球を即座に着弾させるような真似はできないというわけだ。

 そうした不確定な結果に対して因果を滑落させることは不可能だと何となくクリアは察していた。

 それでもちょっとした距離を歩くだけのことなら、原因も結果も明確で、因果の干渉も容易だ。


「カルマ・スライド……、使える!」

「何だか分かんないけど、クリアちゃんが今日一楽しそう!」

「ユリア、手貸して」

「はい!」


 何らの疑問もなく差し出された手を掴んで、今度はユリアと一緒に移動する。

 何の問題もなく、検問を通り抜けた。

 何が起こったか分かっていないユリアを連れ、目立たないよう民家の陰に移動する。


「ということで、検問は通り抜けたわけだけど……」

「え!? どういうこと!? 全然分かんなかったんだけど!」

「ユリア、声が大きい。もっと小さく」

「あ、ごめん」


 周囲の魔力を探知してみるが、検問周辺以外は人の魔力は感知できない。

 無人機械は別だが、少なくとも兵士に見つかる心配はない。


「それで、ヨークさんの遺品ってどこにあるの? 泊まってたっていうホテルの中に今もそのまま?」

「だと思う。回収したって連絡は来てないから」


 幾分かボリュームを落とした声でユリアが答える。


「そこってここからだとだいぶ遠い?」

「うーん……。車は使えないから歩きだと……、数十分はかかるかも!」

「数十分ね」


 兵士や無人機械に隠れながら移動することを考えると、どれだけ急いだとしても、少なくともとたどり着くまでに一時間はかかるかもしれない。

 しかも、発見されるリスクを考えれば、勢い勇んでここまで来たのはいいものの、ここですぐに引き返すのが賢い選択のようにも思える。


「――そう。カルマ・スライドがなければね」


 てこてこ地上を歩くのなら話は別だが、ほぼほぼ瞬間移動に近い移動の仕方をするのであれば、見つかるリスクも下げられる。

 編み出したばかりの力だが、現状の打開策としてはもっとも適している。


「そのホテルの大まかな方角だけ教えて。連続で飛びまくるから」

「クリアちゃんが何をやっているのか全然分かんないけど、分かった!」


 素直に頷いたユリアはシャプホを出して、現在の居場所を確認し始める。

 それから、クリアとユリアが目的地にたどり着いたのはわずか一分後だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ