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第1話 出会いと縁


『姫様、起きてください。もうお昼ですよ』


 カレンの呆れたような声音によってクリアは意識を浮上させた。

 目を開けると、真っ白い天井が目に入る。

 それから、アロマを焚いているようなわずかに甘い匂い。


「おはよう。カレン」


 体を起こして周囲を伺うが、カレンの姿はどこにもない。

 殺風景な部屋の中には誰もいなかった。

 代わりに目についたのは、小さなテーブルに置かれた四角い機械。


『お察しの通り、これは事前に録音した音声です。今ごろ、わたしは会社で額に汗して社長秘書としての仕事を全うしていることでしょう』

「……」

『なぜこんな回りくどい真似をしているのか、疑問に思っていますね。答えは簡単。寝ぼけたあなたに火球で焼かれたくないからです。そのぐらいの記憶はわたしの中に残っていますので』

「さすがにそんなことするはず……」

『ちなみに、試しに眠っているあなたに近づいたところ、魔力を練り上げ始めましたよ。すぐに離れたので実害はありませんでしたが」

「……」

『ということで、わたしが帰るまでおとなしくしていてくださいね。昨日の今日であなたも疲れているでしょうし。食事などは冷蔵庫の中に入れておきました。使い方は昨日教えた通りです。忘れてしまったときは、それぞれの家電に貼り付けたメモを読んでください。それでは、行ってまいります。二度寝を楽しんでくださいね。おやすみなさい』

「……いや、しないから」


 テーブルの上に置かれた置時計は十二時過ぎを指している。

 この時間に起きて、さらに二度寝を敢行しようとするほどにクリアは怠惰ではない。

 ベッドからのそのそとはい出て、クリアが部屋から出ようとしたところで、録音はさらに続いた。


『あ、そうそう。外に出るときはこの端末を持っていってくださいね。居場所がわたしに分かるようになっていますので、迷子になったときは迎えに行きます』

「おとなしくしてろって自分で……」

『どうせ姫様が好奇心に負けて外に出るのは分かり切っていますので。それでは、本当に行ってきます』

「なんて従者だ……」


 ここまでいろいろと先読みされると、クリアとしても呆然とするしかない。

 確かに頭の片隅には、一人で外を出歩くのもいいかなと思っている自分もいた。

 昨日アイアンガーデンから本土に渡り、イーリス首都であるコーラスクレイスに足を踏み入れたが、ほとんど夜中であったこととクリアが疲れ切っていたこともあって、移動中はほとんど眠っていた。

 カレンの住んでいるマンションに着いたところで目を覚まし、カレンの部屋でいろいろと説明を受けた気はするが、何分、眠かったこともあって、ほとんど覚えていない。

 だから、十分に睡眠を取り、目を覚ました今となっては、首都を見て回りたいという好奇心はそれなりにはある。

 それを見透かしているカレンには驚く以上に恐怖を感じるばかりだ。

 テーブルの上の端末を回収すると、リビングに向かった。

 カレンの言う通り、家電の使い方なんてクリアには分からないし、そもそも家電が何かさえよく分かっていない。

 昨日説明を受けたことをうろ覚えながらに思い出し、冷蔵庫から『昼食』と書かれたプレートを取り出し、電子レンジで温めた。

 しばらくして温まったオムレツやハンバーグなどをテーブルについて一人で食べる。

 

「……なんか、落差がすごい」


 昨日までいた処刑場が嘘みたいに、今日は平穏で、夢でも見ているのかと疑いたくなった。

 試しにフォークを手の甲に突き刺してみたら普通に痛かったので現実だった。


「これなんだろ」


 ふと目についたテーブルの上に置いてある細長い棒を手に取る。表面に小さな凹凸がついていて、数字や文字が書いてある。

 分からないままにぐにぐにと触っていると、突然壁にかかっていた布が映像を映し出し始めた。


『……五ツ月(いつつき)十日、正午のニュースをお知らせします』


 布の近くに貼ってあるカレンのメモ紙を見ると、『遠くの映像を映し出すテレビというものです。テーブルの上のリモコンで操作します。適当に押したら分かりますよ』と書いてあった。

 半ば説明放棄した文章に苦笑いが浮かぶが、すぐに興味はテレビの方に向いた。


『半年前に首都近郊のウィンクイールで発生した黒腐(こくふ)災害ですが、現在も都市の封鎖が続いております。現場指揮に当たっているパープルマスク、ウィンクイール支部長、アランドラン氏によれば、現在も月に数体程度の黒腐の発生が続いており、封鎖解除の見通しは立っていないとのことです』


「黒腐……?」


 半ば理解できない言葉が羅列されていて、はてなマークばかりがクリアの頭の中に浮かんだが、その中でも、黒腐という単語だけは不思議と胸に残った。

 その後、ほとんど意味は分からないなりにテレビを見ながら食事を終える。空になったプレートはキッチン横の食洗器に入れろという指示が書いてあったので、その通りにした。


「……外行こうかな」


 次々と理解できない言葉を吐き続けるテレビを見て、今しがた惰眠から覚めたばかりの部屋を見て、もはや他にやりたいと思うことはなかった。

 幸い、アイアンガーデンで被った疲労はほとんど体に残っていない。

 頭は明瞭で体は軽い。

 散歩に出かけるにはいいコンディションだ。


「カレンの服、かーりよ」


 現状、クリアの服と呼べるものは昨日トーマスにもらったTシャツとズボンだけで、それらは年頃の女子が散歩に出かけるにはあまりにも無機質すぎる。

 今着ているパジャマはカレンのお下がりだが、パジャマで外に出るわけにもいかない。

 かといって、クリアが持っている服などないので、カレンのものを借りるしかない。

 サイズは多少大きいだろうが、背に腹は代えられない。

 適当に部屋を渡り歩いて、クローゼットを見つけると、カレンの服を物色する。

 背が高いカレンのものをクリアが身に着けると、大概はちんちくりんが出来上がる。

 仕方なく、比較的フィットした白いブラウスとショートデニムを身に着けて、クリアは外に出ることにした。

 カレンに言われた通り、端末をポケットに忍ばせて。


「わーい。未知なる都市を探検だー!」


 勢い勇んで部屋を出て、そして、すぐ後ろでしたガチャリという音に嫌な予感がした。


「あれ? そういえば、鍵……」


 ドアノブを傾けるも、ゴトンという重い感触だけが返ってきて、扉は開かない。

 もう一度ひねってみるも、結果は同じ。


「締め出されたー!」


 クリアが外に出ることを想定していたカレンだから、もしかしたらどこかに合鍵は置いてあったのかもしれないが、クリアは鍵が勝手に閉まるまでそのことは頭になかった。

 当然、合鍵を持って出る発想もない。


「まあいいや。端末で位置が分かるっていうし、きっとカレンが迎えに来てくれるでしょう」


 早々に諦めたクリアは、散策のほうを優先することにした。

 最悪、鍵は火球でいくらでも壊せるから。


「よーし、今はとにかく探検だー!」


 そうしてクリアは首都コーラスクレイスの街並みに足を踏み入れた。


 ※


 ※


 ※


 マンションのエントランスから出ると、目に入ってきたのは摩天楼のような高い建物の群れ。数十メートルの高さの建物が所狭しと並んでいるだけでクリアにとっては驚愕の光景だった。

 その建物同士の先端をつなぐようにチューブが走っていて、そのチューブの中をいくつもの箱が高速で動いているのが見える。

 上空の一定の高さには、小さな箱をぶら下げた機械がお互いに一定の距離を空けながら整然と飛び回っている。たまにその列から離れ、マンションの中に入っていくのを見ると、機械に何かを運ばせているのかもしれない。

 それを見て、すぐにトーマスの『腕』を思い出したクリアだったが、同時にカレンがドローンなどと言っていたのも思い出して、あれがドローンかと思い至った。


「もう空を見上げるだけでびっくりが満載だよ……」


 こんな機械だらけの都市で果たしてうまくやっていけるだろうかと不安に駆られそうになった。

 歩き出したところで、目に入ってくる光景もクリアにはなじみのないものばかり。

 街路樹を整えているキリン型の機械がいれば、道端のごみを拾っているカバ型の機械もいる。

 機械、機械、機械。機械がいっぱいだ。

 歩いている人間の数よりも、そこらをうろうろしている無人機械の数の方が多い。

 それらを物珍しく感じつつ、もし突然、無人機械を蹴り飛ばしたりしたらどうなるのかやってみたい衝動に駆られつつ、人通りの多い方にクリアは足を向ける。

 しばらく物珍しさに辺りをきょろきょろしながら歩き続け、大通りに出た。

 大通りには自動車がたくさん走っている。昨日カレンに聞いたところによれば、すべて自動運転だとうことだった。

 ”自動”車なのだから自動運転なのは当然じゃないかとクリアが返すと、昔は運転は手動だったらしいんですというカレンの苦々しい声が返ってきた。

 手動なのか、自動なのか、どっちかはっきりしてくれとクリアは思った。


「うわっ、人多っ」


 大通りはさすがに機械よりも人の方が多い。

 見渡す限りの人の群れ。

 その人の流れに流されるようにして何となく歩いていると、しばらくして開けた場所に出た。

 広場では、多くの人が待ち合わせをしている様子で、目の前にはでかい建物。『コーラスクレイス中央駅』と目立つところに書いてあった。

 どうやらここは駅らしい。駅が何かということはクリアには分からないが。


「こういうとき案内役がいないとさっぱり何も分からないんだよね」


 文字を読むことこそできるが、逆に言えば、文字以外のことは何も分からない。

 何も分からないままに、とりあえずまた人の流れに身を任せて中に入ると、券売機と書かれたエリアにたどり着く。


「ふむ。まあ、券を買う場所だということは分かるよね」


 ただしクリアにはお金がないので、買うことはできないだろう。そのくらいは分かる。

 買うことができない以上ここにいても仕方ない。そのくらいのこともまた分かる。

 どこかお金のかからない場所を散策しようと踵を返したところで声を掛けられた。


「大丈夫? 何か困ってる?」


 十代後半くらいの少女がクリアを心配そうに見つめていた。こげ茶色の髪に、はしばみ色の瞳をした優し気な女の子だ。

 頼れそうな人発見! とクリアは内心でにっこり微笑んだ。ちょうど案内役を欲していたところで、あわよくばこの子に、という考えが頭に浮かぶ。


「うん! 困ってる困ってる! 今にも泣き出しそうなくらいにめちゃくちゃ困ってるよ!」

「うわあ、すごい剣幕! 本当に困ってるっぽい人特有の必死さだね!」

「そうなんだよ! 心の底から本当に困ってるっぽい人なんだ! お願い、助けて!」

「何に困ってるの?」

「えーっとね、とりあえず、駅って何?」

「駅が何かも分からないぐらい困ってるんだ!? なのに駅にいるんだ!? すごい困りっぷりだね!」

「いやー、それほどでも」


 それから、彼女に懇切丁寧に駅について教えてもらう。


「つまり、電気で動く箱に乗って移動するための場所ってこと?」

「その通り! でも、今時、駅も知らない人がいるんだね! ちょっとびっくり!」

「うん。ボクって記憶喪失だから、一般常識、何もないの」

「わお! 記憶喪失!? さらにびっくり! その年で大変じゃん!」

「大変なんだよ、そうなんだよ」

「なんにせよ、これであなたの困りは解消されたね! ユリアはとってもうれしいよ!」

「……ユリア?」

「うん。わたしの名前、ユリアっていうんだ! あなたの名前は?」

「クリア」

「わー、名前すっごい似てるね! ここで出会ったのも何かの縁かも!」


 本当に何かの縁かもしれない。

 ユリアというのはどこかで聞いた名前だった。


「もしかして、ヨークトーク・カルギュリアっていう人の妹だったりする?」


 ヨークに初めて会ったとき、寝ぼけている様子だった彼が口にした名前がユリアだった。

 ヨークの名を聞くと、ユリアはすぐに目を見開き、そして、どこか悲し気に小さく微笑んだ。


「うん……。フルネームはユリアリート・カルギュリア。ヨークトーク・カルギュリアはわたしの死んだ兄だよ」

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