第15話 腕と腕と腕と腕と腕と腕……
囚人たちの魔力を感知してみたところ、少なくとも大けがをしているものはいないようだった。
少し安堵したクリアとは対照的に、憤った様子のカレンがトーマスに声を張り上げる。
「理解できませんね。そこまで非人道的な扱いを受けながら、なぜ七大企業に従っていられるのですか!」
「逆に聞こうか。こんな機械とも人間ともつかない状態に陥ってしまった私を一体誰が養ってくれるというのだね。ろくに物も食べられない、点滴でしか命をつなぐことのできない私を一体誰が雇おうと思うだろう。君の会社はどうだね。聞くに堪えない人工音声でしゃべる四十男を、社長秘書の君は社長に掛け合って社員にしてくれるかな」
「……それは」
「不可能だろう。なぜならメリットがない。ただでさえ、七大企業で問題を起こした男を採用するだけでも波風が立ちかねないのに、ましてや顔のない鉄仮面だ。そこまでしてやるだけの義理も意欲もどこの企業にもない」
トーマスが不自然に肩だけを揺らし、わずかに首を振る。
一瞬彼が何をしているのか分からなかったクリアだが、すぐに笑っているのかもしれないと思った。
彼の使っている人工音声というものがどういう仕組みのものかクリアには分からないが、人が作った音声というのなら、そこに笑い声は含まれていないのかもしれない。
顔や表情、笑うことさえ奪われてなお、その相手に従わなければならない心情はクリアには想像できなかった。
「同情などいらないのだよ。私は私が生きていればそれでいい」
捨て台詞のようにトーマスが言うと、狼型の自動機械が一斉にクリア達に襲い掛かってきた。
カレンが迎え撃つように向かっていくと、十体のうち七体はカレンへ集中し、残りの三体はクリアの方へ飛び掛かってきた。
「舐められるのむかつくなあ」
三体の狼は空中で障壁にぶつかって反動で地面に転がる。
動きの止まったところにそれぞれ一発ずつ火球を投げ込むと、それだけで狼たちは丸焦げになった。金属の焼けるような嫌な臭いが鼻につく。
カレンの方はと言えば、最初に向かってきた二体を地面に叩きつけて粉砕し、次に向かってきた三体のうち一体を掴んで振り回し、あとの二体を吹き飛ばしたところだった。
転がったその二体をクリアが火球で焼き尽くす。
さらに、最後に残った二体のうち一体には、カレンが掴んでいる狼を放り投げ、動きが止まったところを踵落としを決める。機体がばらばらに砕けた。
残る一体がカレンに飛び掛かろうとしたところで、クリアの火球に身を焼かれた。
「なるほど。エレクトロンウルフでは相手にならないか。これは腰を据えてかかる必要がありそうだ」
つぶやいたトーマスに、これ以上の問答は無用とばかりにカレンが突っ込んでいく。
その背中をサポートするべく、クリアが火球と雷球と風球を展開すると、いきなり首元に強い衝撃が来た。
「――っ!? なにっ?」
振り返ろうとするも首が回らない。
さらに手首と足首を掴まれるような感覚。
「このっ!」
展開した雷球を自身の背後へ向けて放つ。
しかし、空振り。
魔力を感知するも人の反応はない。
ならばと風球を自分の背後で思いっきりバーストさせる。
その勢いで拘束から逃れることができた。
代わりに、
「カレン受け止めてー!」
「うわぉ!」
今まさにトーマスに突撃せんとしていたカレンにぎりぎりで受け止めてもらう。
「びっくりしたー! 急になんですか! 子犬のときみたいな声出ちゃったじゃないですか!」
「ごめんって! でも、急に後ろから掴まれて……」
言いながら元いた位置を見ると、そこには手が浮かんでいた。
文字通り人間の手だ。
正確には、肘から先の部分のみを切り取った人間の前腕部。そっくりそのまま人の手を模しているが、色合いだけはくすんだ灰色をしていた。
それも浮かんでいるのは一つや二つではない。ぱっと見でも数百を超えるのではないかと思えるほど多くの手がぞろぞろと空中に浮かんでいる。
「私も一人で君たちを相手にするのは少々手が足りないと思ったのでね。少しばかり増やさせてもらったよ」
「あ、トーマスさん、上手いこと言うね!」
「言ってる場合ですか!」
しかも、空中に浮かぶ手はそれが全てではなかった。
そこら中の地面から次々と湧き出してきて、渡り鳥の群れのような奇妙な紋様を空中で描き始める。
「このアイアンガーデンは私の庭でね。この島のありとあらゆる場所には地下道が張り巡らせてある。そこを通って私の手の者がいつでも出撃できるように準備を整えているんだよ」
「うまーい!」
「だから、言ってる場合じゃないですって!」
湧き出してきた腕たちは一斉にクリアたちの方へ殺到してくる。
「カレンおぶって!」
「言われずとも!」
サイボーグに比べて機動力のないクリアは自分で動くよりその方が安全だと判断して、カレンに背負ってもらう。
走り出したカレンの後を次々と腕が追いかけてくる。空からは腕が降ってきては次々と地面に突き刺さっていった。
「純粋な疑問なんだけどさ、なんで腕が浮くのかな?」
「ドローンみたいなものでしょうよ! 詳しい原理は知りませんけどっ!」
左右にジグザグに動き、降りかかってくる腕の追撃をかわしながらカレンが答える。
「ドローンって何?」
「浮く機械ですっ!」
投げやりに言ったカレンが向かってきた腕の群れを十本ほど蹴り飛ばす。
蹴り飛ばしたそばから湧いてくる腕に、クリアも火球や雷球を何発もぶつけ、退路を断たれないように注意する。
「切りがありませんねっ!」
「ねー!」
壊しても壊しても湧いてくる腕は数百どころの話ではなく、数千、あるいは万の数に達しているのではないかと思われた。
しかも、その腕の密度はトーマスの近くにいくほど増している。
避けながら走っている現状、徐々にトーマスからは離れていっているが、このまま逃げ切れるとも思えないし、そもそも逃げたところでクリア達に未来はない。
どうにかトーマスに近づく手段を考えねばならなかった。
「障壁張って突っ込むのは無謀?」
「……無謀でしょうね。あの腕はそれなりのスピードで突っ込んできています。数十本ぐらいなら防げるでしょうが、数百、数千と続けば、さすがに姫様の障壁でももたないかと」
「そもそもあの腕はどうやって追ってきてるの? こっちからもトーマスさんの姿は見えないけど、トーマスさんもこっちの姿が見えないはずだよね」
「あれでしょう」
カレンが指差した方向には数メートル上空にぽつんと浮かんでいる腕がある。
「あの腕が目の役割のようですね。あの腕に仕込んだカメラからこっちの位置を把握しているようです」
「ん」
雷球を放つと、腕はあっけなく撃墜された。
「一応、落としたけど……」
「残念ながら代わりはいくらでもいるでしょう」
カレンの言葉通り腕の群れの中から代わりの腕がすぐに派遣されてきた。
また広く上空を見渡してみれば、他にも目の役割を果たしていそうな腕がいくつもある。
「向こうの目を潰すというのは現実的ではないでしょう。いくつあるかも定かではない上に、すべての位置を把握するのも不可能でしょうから」
「てことは、こっちの位置を常に把握されながら、この大量の腕の攻撃をかわしながら、トーマスさんに突撃かますしかないってこと?」
「まあ、そうなりますが……。ていうか、どうでもいいですけど、なんでずっとさん付けなんですか」
「だって、あの人かわいそうじゃん。懲罰で顔奪われてさ。敵だと思えないんだもーん」
「かわいそうでも攻撃してきている以上反撃しないと、らちが明きませんよ」
「分かってるけどさあ……」
口で言うほどトーマスは割り切っているように見えなかった。むしろ何かしら言い訳を付けては自分のことを知ってもらおうとしている、引いては自分を助けてもらおうとしているようにさえ、クリアには見えた。
「あの人を倒すんじゃなくて、助けたいって言ったら、カレンは反対する?」
「……はあ。もちろん全力で反対しますよ。危険以上に無謀でしかない。わたしたちはあの人のことを何も知らないんですから。語った話が真実とは限りませんし、どこまでが本当のことかは……」
「カレン」
「……」
「あの人を助けたい」
「はあ……、分かりましたよ。わたしはあなたの犬ですから」
クリアが強く求めれば、カレンは必ず応えてくれる。
口では反対すると言いつつも、カレンは心の中で無理難題に喜んでいる。
聞くまでもなくクリアにはそれが分かったし、カレンもまたクリアが察していることを理解している。
こうしたやりとりは今までも無限にあったのだろうなとクリアは思った。
消えた記憶の先をなぞるように、クリアとカレンはずっとこんなふうにして生きていくのだろう。
それが心地よくて、懐かしくて、頼もしくて仕方がない。
カレンがいるからクリアはクリアらしくいられるのだ。
そして、そんなクリアがいるからこそ、カレンもまたカレンらしくあれるのだ。
「行きますよ、姫様!」
「行くよ! カレン」
一つの主従が無限の手の群れに突撃していく。