落ち込んだ時に行く場所
思い出すのは、青の少女の涙だ。
今よりも小柄で子どもらしい少女の涙。
見えない目から零れる涙。
でも、泣いているのは彼女だけではなかった。
自身の頬にも水は伝う。
しょっぱくて、それ以上に胸が痛かった。
周囲には白と青の嵐。
風と水の精霊たちが周囲を嵐の様に取り囲む。
ひょっとしたら、彼らは私たちをあやそうとしていたのかもしれない。
……未熟な頃の記憶。
とても悲しいことがあった時の記憶だ。
私たちの感情に呼応する精霊たちを全く制御できなくて。
精霊たちが増えるほどに、悲しさも増していく。
……一番悲しいのは私でも青の少女でもなかったはずなのに。
それでも私たちは泣き続けることしかできなかった。
水と風の狂騒は収まらない。
青と白の二色の世界。
世界から取り残されたかのような不安で、また泣いた。
悪循環だ。
泣けば泣くほど精霊は増え、その恐怖に再び泣く。
……もう死ぬまでこのままなんじゃないか。
私たちがそんな不安に駆られ始めた時に、それは起きた。
精霊たちが一斉に動きを止めたのだ。
ピタリと。
呼応するように生じていた風と雨も止み、私たちの涙も止まったと同時に――
全てが晴れ渡る。
精霊も風も雨も。
何もかもが払われ、残っていたのは空。
綺麗な茜色の空だ。
「二人とも泣かないで」
幼い少年の笑顔。
黒髪黒目の少年の姿もまた、今よりずっと幼い。
でも、茜色を背に受ける少年の笑顔は……天使みたいに見えた。
「僕決めたよ!」
いつまた泣き出してもおかしくない私たちに、茜色の笑顔は宣言する。
「僕は――」
「あら、つむじさん居ましたの?」
私が呆けていると、病室に青の少女が入って来る。
一見、穏やかな淑女。
長い髪は緩やかな波を描き、彼女の挙動にふわりと揺れる。
らんちゃんだ。
学校帰りの制服姿は、彼女の楚々とした雰囲気によく似合っている。
「ここに来るのはお久しぶりですわよね?
ねえ、伯母様?」
青の少女が、ベットの上で横たわる女性に話しかける。
青藍の髪。
らんちゃんとどこか似た顔立ち。
透き通る肌。
らんちゃんと同様にその瞼は閉じられているが、青の少女とは違って意識はない。
「そういうらんちゃんは――いつぶりなのさ?」
「四日ぶりくらいでしょうか?」
どうやら彼女は、頻繁に来ているようだ。
たおやかに笑う青の少女は冗談めかして、
「まったく。悩んでる時だけ来るだなんて、伯母様泣きますわよ?」
「つぶきさんはそんなことで泣かないよ」
青藍の女性の強さを、私――否。
私たちはよく知っている。
むしろ叱られそうだ。
「見舞いにもっと来い」と。
意識のない女性。
黒白つぶき。
彼女は私たちが色々とお世話になった人であり――きょうえいの母親だ。
ガサツで、手が早くて、口が悪くて。
優しくて、強くて、怒ると怖い。
そんな女性だ。
幼少期に、私とらんちゃんはよく手ほどきをしてもらっていた。
……きょうえいはそれをよく端っこで見てたっけ。
つぶきさんに挑んでは惨敗して。
彼女に負けた私たちを揶揄うきょうえいもまた、ボコボコにされていた。
そんな母子の姿を見てたら、可笑しくて。
私たちはつぶきさんが好きだったし、彼女といるのが楽しくて仕方なかった。
そんなつぶきさんが意識を失ったのは十年以上前のこと。
詳しい内容は残念ながら教えてもらえなかったけれど、つぶきさんはとある魔人と戦い、その結果意識不明になった。
「そもそも悩んでないし」
「……そんな声でよく言いますのね」
呆れたような口調の青の少女。
さすがはきょうえいと並ぶ幼馴染。
私の声色だけで心境を見通したらしい。
「私で良ければ、話くらいは聞きますけど?」
なんだかんだ彼女はお人好しだ。
幼馴染とはいえ私たちは「は組」と「い組」のはず。
それなのに世話を焼いてくれるのだから。
「別に貴女のことが心配なわけではないですの」
「じゃあ、どうして?」
「そ、それは……敵クラスの事を知っておくための情報収集ですわ!」
少し意地悪な質問に、しどろもどろになって苦しい言い訳をするらんちゃん。
口調とブラコンがおかしいだけで、彼女の人としての好感度はとても高いのだ。
「……らんちゃんはしんかと会ったよね?」
私の気にかかること。
胸につかえるモヤモヤ。
「火光さんですわよね?
ええ。委員会で」
「どう思った?」
漠然とした聞き方をしたのに、彼女の答えに淀みはない。
「真っ直ぐで少し不器用。それでいて強く優しい人でしょうか」
眼の見えない彼女。
しかし誰よりもらんちゃんは、人のことが見えている。
「つむじさん、火光さんの手に触れたことは?」
「手……多分ないかな?」
ないはずだ。
しんかに抱き付いたりしたことはあるが、手だけに着目するようなこともなかった。
「私が火光さんの手に触れた限りでは――」
どうなったら初対面で手に触れるような場面が出てくるんだろうかという疑問は、さて置くとして。
「岩のようでしたわ」
「……えっ?」
思わず青の少女を見る。
……あのしんかの手が岩みたい?
遂にらんちゃんもおかしくなったのだろうか?
――きょうえいの母親の話は、またいずれ。
本作『勘違い召使いの王道~いずれかえる五色遣い~』をお読みいただき、誠にありがとうございます!
今後も第二章「水の蛇・金の龍」編を頑張って投稿していく予定ですので、引き続きお読みいただけると嬉しいです。
※現在、並行して1話目から編集し、書き直したりもしています。
気になる方はそちらもお読みいただけると嬉しく思います!
感想もお待ちしております!
評価とブックマークをしていただいた皆様、本当にありがとうございます。
皆様に読んでいただけているということが、僕の書く意欲になります!
もし『面白い!』、『楽しかった』と思って頂けましたら、今後も本作を書いていく強力な励みとなりますので『評価(下にスクロールすると評価するボタン(☆☆☆☆☆)があります)』を是非よろしくお願い致します!
ではまた次のお話もよろしくお願いします!




