久しぶりの(ような気がする)訓練
訓練室の空気が震える。
目前には空色。
膨大な白光を従えた、空色の幼馴染――つむじだ。
互いに構える両の腕。
対称的なファイティングポーズ。
半身の姿勢で左手は軽く前へと突き出し、右手は奥に控えている。
ボクシングと異なる点は、拳が握られず、軽く開かれていることだろうか。
狙いは敵への打撃というよりも――掴むこと。
掴みから派生する投げだ。
「ふっ!」
放たれた僕の左腕を、
「はっ!」
彼女は同じく左腕で叩き落とす。
牽制に次ぐ牽制。
乾いた音を立てて、互いに敵の身体の末端――掴みやすい場所を狙う。
「やるね……つむじ!」
「まだまだ、きょうえいには負けられないよ!」
速さは僕の方が上。
空を切る腕は、軽い音を立てて少女に迫る。
しかし、つむじもさる者。
僕が速度に劣る彼女を捕らえられない理由は――その精確性だ。
僕の狙い。
掴もうとする矛先。
それを見極め、ほんの少しの動きを加えることによって――彼女は見事に逸らす
……油断のならない幼馴染だ。
あわよくば、こちらの腕を逆に掴みに来る辺りが特に。
……全く、誰に似たんだか。
拮抗しているように見えるが、互いに掴み合える距離だと、僕の分が悪いとも感じる。
しかし、距離を取ろうにも――
「逃がさないよ!」
風にて、機先を制される。
……僕の癖や心理を読んでいるのか⁉
迂闊には動けない。
何より、気配を捉えられないもう一人の少女もまた脅威だ。
……どうする?
姿勢を屈める黒髪の少年。
風の精霊が彼の身を包み、次の動きを如実に表現している。
この動きなら――
「空だね!」
飛ぶはずだ。
故に風を彼へとぶつける。
上から下へ。
圧し潰すかのような下降気流。
上空への移動を妨げる攻撃だ。
「くっ!」
彼は風圧に逆らう飛翔を選ぶ。
しかし、その程度の速度なら――
「遅いよ!」
問題なくついていける。
「つむじ、なんていやらしい奴だ! この変態!」
「誉め言葉だね! ありがたく受け取るよ!」
……嫌な軽口だ。
こっちが可愛い女子だということを、きょうえいはちゃんと理解した方が良い。
戦闘中とはいえ、言っていい言葉じゃないだろうに。
きょうえいと向き合いながら、もう一人の動きにも気を配る。
赤髪赤目の小柄な少女。
炎の化身。
そして私たちの友人こと――火光しんか。
隠れている彼女の居場所を探る余裕はない。
索敵に気を割いてしまえば――目前の敵にやられる。
じり貧だ。
どちらにも集中しきれないこの状況。
打開するには――
更に上へと飛翔するきょうえい。
進路を捕捉し、どこまでも彼に付いていく。
多少の距離の移動は構わない。
でも――決して逃がさない。
……しんかが出てくる前に、このバカを討つか?
そうすれば、しんかを探すことも可能になるし。
このままいけば、きょうえいは精霊切れになるだろう。
しかしそれに付き合ってしまえば、しんかに対抗できる力を残せない。
それならと、攻勢に踏み切ろうとしたところで――
「えっ⁉」
目を疑う。
理由は明白だ。
きょうえいの挙動の変化。
正確には――精霊制御を止めて、彼は宙に身を晒す。
……何を考えているの⁉
変人だとは知っている。
しかし、空中で精霊制御を止める⁉
読めない。変態の考えは読めるはずがない。
しかし、追跡を止めるわけにもいかない。
黒の少年の落下。
その軌道に沿うように私は飛ぶ。
完全な無防備。
何を考えているか分からない幼馴染。
それでも――
……好機を逃すつもりはないよ!
一撃入れて、勝負を決める! ここで勝負だ!
私の手が彼を捉えるその刹那――
「ぐっ⁉」
紅蓮の炎が私を撃ち落とした。
……仕留め損ねた。残念。
つむじだけが煙を上げて落ちていく。
……二人同時に堕とすつもりだったのに。
木陰に隠れていた私が、二人の動きを把握していたのは――風の精霊の気配を感じていたからだ。
何をしているかまでは分からないが、二人の居場所は捕捉できていたのである。
それを活かして、まとめて炎でからめとる予定だったのに――
……きょうえいが風の制御を手放したことで、居場所を正確に把握できなくなった。
その隙を利用され、黒の少年は生き残っている。
「しんかあぁぁぁ! やってくれたね!」
「勝負だから仕方ない」
「ぐぬぬ……」
墜落したつむじからの精霊通信。
声を聴く限り元気そうだけど、炎は綺麗に直撃したはずなので、彼女の復帰は考えなくていいだろう。
それにしてもと、落下中の少年を見る。
特徴的な黒髪黒目。
その瞳には、全ての精霊が見える。
すなわちそれは――
……こちらの精霊も見られている。
そういうことだ。
つまり――
「はっ⁉」
……嫌な予感!
隠れていた私の位置を、土の槍が穿つ。
……炎の出所を見られた⁉
その上――
「むむ」
飛ぼうとして、気が付く。
……いつもの火力が出ない。
移動の炎の制御が、思ったようにいかないのだ。
……水の精霊による減衰。
彼とつむじの得意技。
仕方なく足場の確保のために、太い木の枝に降り立つ。
地上にある土はもう彼の領域。
迂闊には踏み込めない。
五属性の精霊による工夫。
手数の多さ。
少年の強さが嫌というほど発揮されている状況だ。
「うん?」
現在把握されている精霊の種類は五属性。
火・水・風・土、そして……木。
……いけない!
「っ!」
飛ぼうとした足首には、既に木のツタが絡まっている。
「しまった……」
拘束された私を更に巻き取らんと、木の枝が一斉に襲い掛かって来た。
木の揺れる音と、大気を揺らす爆発。
瞬間の光熱が、木々を燃やす。
「やっぱり無理か……」
水の精霊による炎の減衰。
それをもってしても、植物での拘束はできない。
その理由を僕はよく理解している。
「来て――『比翼連理』」
爆発的な火の精霊たちの顕現。
世界を染める紅蓮の炎だ。
少女の周囲の植物はすべて焼き斬られ、灰に還る。
威風堂々たる赤の剣身と、爆炎の中心に立つ紅蓮の女王。
「出たね! 精霊繋装『比翼連理』!」
……この灼熱は今日僕が倒す!
……さあ、どうする? きょうえい。
世界を燃やし尽くす炎によって、視界が黒煙に覆われる。
炎の魔人を倒した以上「比翼連理」の解放に躊躇いはなく――役員決定戦の時の様に、クラスメイトの手助けがあるわけでもない。
重ねて言うなれば、これまでの「比翼連理」の解放とは比べものにならない量の火の精霊。
死線を超え、真価を発揮したことによる更なる能力の上昇があったようだ。
……そんな状態の私に、どう挑む?
諦めることは絶対にない。
それだけはよく理解している。
「えっ⁉」
煙を吹き飛ばした先に、1つの影。
隠れるわけでもなく、堂々と相対している。
しかし、驚いた理由はそれではない。
「きょうえい……」
彼の姿。
その変化への驚きだ。
「綺麗……」
紅蓮の髪と瞳。
私と鏡写しのような炎の化身がそこには立っていた。
――きょうえいという言葉には鏡映という意味もあります。
本作『勘違い召使いの王道~いずれかえる五色遣い~』をお読みいただき、誠にありがとうございます!
今後も第二章「水の蛇・金の龍」編を頑張って投稿していく予定ですので、引き続きお読みいただけると嬉しいです。
※現在、並行して1話目から編集し、書き直したりもしています。
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