番外編1 打ち上げ中編~緊張する私と簀巻きの僕~
夢を見た。
心が――跳ねて、弾んで。
心地よくて、愉しくて、嬉しくて。
とても幸せな夢だった。
目を開けると、見慣れた天井が私を迎える。
身体が重い。
昨日の炎の魔人との激戦。
その疲労が再び私を――
「ダメ」
がばりと勢いよく身を起こす。
今日は、役員決定戦の翌日。
つまりは――打ち上げの日だ。
寝起きの頭が、それを意識した途端、元気に回転を始める。
「大丈夫! 僕たちで準備は全部やっておくから!
火光さんは、何も気にせず明日を楽しみにしててよ!
ねえ――皆!」
「「「おおぉぉぉぉ!」」」
「……そう」
……黒白君たちはそう言ってくれたけれど、本当に良かったのだろうか。
学校――クラスのこういう会に参加するのは、初めての経験だ。
これまでは……誰かと仲良くなることが怖かった。
いずれ私の元を訪れるであろう炎の魔人。
奴に親しくなった誰かを――再び奪われるのが怖かった。
でも、もうそれを気に病む必要はない。
……ああ――本当に。
今日の打ち上げは、心から楽しみで仕方ない。
教室と教室を繋ぐ廊下。
その窓から差す晴れの日差しは、明るく温かい。
そんな廊下に佇む小柄な少女が一人。
正確には――廊下と接する1年「は組」教室。
その引き戸の前に、少女は佇んでいた。
黒いセーラー型制服。
その胸元には彼女の炎によく似た、赤い紐リボン。
しかしそのリボンは今――彼女の心境を写すかのように、不安げに揺れている。
「この格好……大丈夫?」
「は組」教室前。
もう10分も私は、ここにいる。
開始時間にはまだ早い。
なのに私の胸は早鐘の様に、動き続けている。
……制服で来ちゃったけど。
問題ないだろうか。
意味もなく袖や襟、リボンやスカートを見る。
髪型や顔も変なところはないだろうか。
……これまではこんなの、気にしたことなかったのに。
初めての心境への戸惑い。
けれどそれもまた――少し楽しい。
「おい! つまみ食いしてんじゃねえよ!」
「いや、この飾りはこっちの方が可愛くない?」
「俺の激やば筋肉を見ろよ!」
「バカ! 変態! ヒョロヒョロ!」
中からは人の声が聞こえてくる。
……入ってもいいの?
戸を開けようとして手が止まる。
音を聞く限り、中はまだ準備中。
私が入っては、邪魔になるかもしれない。
戦々恐々としながら、教室の戸をノックする。
「おい――今――」
すると中の物音がピタリと止んだ。
中と外。
沈黙が引き戸を隔てて、世界を覆う。
同時に――
「うん?」
私の端末が震える。
つむじからだ。
「しんか、もう来てる? 今ノックした?」
「したけど……ダメだった?」
……やっぱり何か邪魔をしてしまっただろうか?
空色の少女の返事は早い。
「ううん! 早く入っておいでよ!」
……良かった。
「こんにちは」
不安を胸に、引き戸を引く。
すると――
「「「「火光さん(しんか)! お誕生日おめでとう!」」」」
制服姿の皆の大きな声。
そして一呼吸遅れて、クラッカーと火の精霊の小さい爆発音に驚く。
……誕生日? 今日は打ち上げじゃ……。
そう考えながら電子黒板を見ると、そこに映し出されているのは――
……私の誕生日のお祝い?
「誕生日おめでとう」の文字と共に、私の名前。
言葉の意味を咀嚼して、顔が火照る。
「皆、しんかが照れてるよ! もっとお祝いの言葉を!」
黒いセーラー型制服に、白い紐リボン。
空色の少女のからかうような言葉が、クラスメイトたちにかけられる。
先程連絡をくれたつむじだ。
整った顔立ちに、すらりと長い手足。
愛嬌のある少女だ。
その彼女の顔には……いつも以上の笑顔が浮かんでいる。
「火光さんおめでとう!」
「昨日格好良かったよ!」
「私を嫁に貰って!」
クラスの皆も満面の笑みだ。
……私は今、どんな顔をしているのだろう。
恥ずかしい。
でも……皆と同じ表情だと嬉しい。
「火光さん。本当におめでとう」
そのなかで一際響く声。
学ラン型制服の少年。
黒髪黒目の愛嬌のある男の子。
黒白君だ。
私の精霊繋装「比翼連理」。
それを分かち合った相棒にして、召使い。
そして……友だち。
そんな黒白君の言葉。
それを切っ掛けに――
「あ? 消えろ」
「今日は無事帰れると思うなよ?」
「火光さんは俺のもんだ」
「なんで僕にはそんな感じ⁉ 酷いよ皆!」
私への祝福は、彼への非難に変わる。
私と彼。
二人共委員長のはずなのに、この差は一体――
「まあまあ皆! きょうえいの処刑は、どうでもいいじゃない。
主役も来たんだしさ!」
「まあ……海風さんがそう言うなら」
「あとで覚えてろよ」
「地獄見せてやるからな」
つむじのとりなしに収まる場。
「あれえぇぇぇぇ⁉」
こうして――
「では、しんかのお誕生日会と、委員長就任祝いパーティーを始めます!」
つむじの掛け声とともに、打ち上げが始まった。
火光さんの表情が柔らかい。
それもあってか、皆も話しかけやすそうだ。
つっかえながらも一生懸命やり取りをしている火光さんは、いつもの凛とした雰囲気とはまた違って可愛らしい。
「……ところでつむじさんや」
「ん? 何?」
僕の所にやってきたつむじに問う。
「皆、僕の扱いがいつもよりも酷くないかな?
僕も主役のはずだよね……委員長になったわけだし」
僕は簀巻きにされ、壁に立てかけられている。
……おかしいな。
何も悪いことをした覚えはないのに。
「あー」
僕から顔を逸らすつむじ。
……何か知っているなら、さっさと教えなよ!
「うーん、自分の胸に手を当ててみたらいいんじゃないかな?」
思い当たることはないし、縛られているせいで物理的にも胸に手を当てられない。
……何かしたかなあ?
少し考えていると、教室の中が暗くなる。
誕生日の歌を歌いながら、風山君と豊水さんの野球部コンビが二人がかりでバースデーケーキを運んで来た。
クラスメイト皆で食べる用のケーキは、普通のホールケーキよりも二回り以上大きい。
「やって良かったね」
「……そうだね」
蠟燭に照らされた火光さんの幸せそうな顔は、僕とつむじにとって大きなご褒美だ。
皆(僕を除く)でケーキを食べていると、スクリーンが降りてきて動画が流れ始める。
昨日の役員決定戦の録画だ。
各クラスの役員決定戦動画が今日から配信される。
今後の他クラス対策のために見る予定ではあるけど、今日は僕らの役員決定戦を見るみたいだ。
紅蓮の少女がスクリーン内を所狭しと駆ける。
火光さんを中心とした編集。
火光さんと僕たちの死闘が、ドキュメンタリー映画のように編集されていた。
輝く剣閃。
伸び行く赤光。
彼女の美しさを、皆が息を吞んで鑑賞する中、ある場面で動画が止まる。
それは「比翼連理」が解放される前。
僕と火光さんの手が重なっているシーン。
……そういうことか⁉
身の危険を察知すると同時に、火の精霊でロープを焼き切る。
皆が動画に意識を奪われている今が好機!
「何ぃぃぃぃぃぃ⁉」
しかし――入口と窓際には人が配置され、すでに包囲網が形成されつつある。
……どうする。
魔人との戦闘の時以上に、冷たい汗が流れ落ちる。
僕の周囲を固めている男子の圧。
抑えられていたそれが、既に解放され始めている。
「ところで……火光さん」
男子の壁の向こうでは、女子たちの和気あいあいとした声。
できれば僕も、向こうに参加したい。
「この時どんな話をしたの?」
張り詰めた緊張感。
何か一つ選択を誤れば、取り返しのつかないことを肌で感じる。
「えっと」
緊張感が伝わっているのかいないのか、火光さんの声からは何も察することができない。
額を伝う脂汗。
……お願いだから、当たり障りのないことを言ってくれ! 火光さん!
「……ずっと一緒にいたいって」
「「「きゃああああ‼」」」
沸き立つ女子たち。
「「「おらああああ‼」」」
殺意が沸き立つ男子たち。
「いやあああああ‼」
僕を包み込む精霊の嵐。
「え⁉ 黒白君から言ってきたの?」
誰かの一言で、再びの静寂。
早く――
「……私から」
……逃げねば!
火光さんの声には照れが感じられる。
おそらく彼女の顔は今、真っ赤のはずだ。
……くそ! こんな状況でなければ囃し立てるのに!
「火光さん大胆!」
「カッコイイ!」
「私にも言って!」
男子の壁を隔てた向こう側には、熱狂の渦がある。
それに対してここにあるのは無。
全てを呑み込む虚無だ。
男子生徒たちの空洞のような眼。
代わりに精霊たちが僕へと向いているのがわかる。
……生き残る手を考えろ!
魔人相手に生き延びたのに、翌日クラスメイト相手に殺されましたは、冗談にしても笑えない。
「皆……こんなところで戦ったら教室が壊れちゃうよ!
折角の火光さんの誕生日が、台無しに――」
「安心しろ」
風山君が、僕を落ち着かせる。
……良かった! まだまともな人がいた!
「そうだよね。こんな所で戦うなんて――」
「戦いにはならん」
「安心できるかあぁぁぁぁ!」
……教室が無事ってだけだよね⁉ 僕の無事は⁉
「悪いな。お前の命の保証はない」
……いけない。
このままいくと火光さんの誕生日と僕の命日が、一日差で行われることに。
「それでそれで⁉ 黒白君の返事は?」
僕を向きながら、女子たちに耳を傾ける男子たちの姿がとても怖い!
夏でもないのに、ホラー映画真っ青の状況だよ!
「……僕もだよって」
「さらばだあぁぁぁぁ!」
「逃がすかあぁぁぁぁぁ!」
「話が違うじゃねえか!」
「裏切り者が!」
逃げられない。
昨日の役員決定戦でも、これほどの団結力はなかった。
数人に押さえつけられて、身動きをできなくされる。
……道半ばで死ぬのか僕は。
「嬉しかった」
「やめて火光さん! これ以上は僕の人としての尊厳が!」
「だから私――」
火光さんの声が教室内を駆ける。
「皆とも仲良くなりたい」
男女問わない歓声。
押さえつけられている手の力が緩む。
……良かった。
僕はまだ生きられそうだ。
――火光さんの返答に振り回される主人公。微笑ましいです。
本作『勘違い召使いの王道~いずれかえる五色遣い~』をお読みいただき、誠にありがとうございます!
今後も頑張って投稿していく予定ですので、引き続きお読みいただけると嬉しいです。
※現在、並行して1話目から編集し、書き直したりもしています。
気になる方はそちらもお読みいただけると嬉しく思います!
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