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負けたくない

「じゃあ、行ってくるね!」

「いってらっしゃい」


 室内を後にするつむじに気負いはない。

 それどころかぶんぶんと手を振る姿は、遊園地ではしゃぐ子どものようだ。

 試験の事をアトラクションくらいに考えているのかもしれない。




 彼女(つむじ)が呼ばれたすぐ次の組で僕も呼ばれる。


 いよいよ僕の入学試験(実戦試験)が始まるのだ。


 これで筆記試験の分を取り返して見せる! 



 僕の案内役は顔の怖い先生だ。


 雰囲気としては厳格。

 体格も良く、トレーニングでもしているのだろうか。

 スーツ姿が映えている。


 意外なのは土と木の精霊たちが先生の周囲を嬉し気に舞っていること。

 ひょっとすると土いじりとかが好きなのかもしれない。


「先生の精霊適性は木と土なんですか?」


「ほう……よくわかったな」


「そりゃあ、それだけ精霊たちに好かれていれば分かりますよ!」


 先生の顔が綻ぶ。


「そうか……ありがとう」


「え? 何のことですか?」


 なぜ僕は今、初対面の先生からお礼を言われているのだろう。


「何故か生徒に話しかけられることがないんだ……」


 先生はどこか遠くを見る様な目をしている。

 

 強面(こわもて)で苦労してきたみたいだ。

 

「先生! 大丈夫ですよ」


「そうか?」


 少し落ち込んでいる先生を勇気づけてあげたい。


「確かに顔は怖いです!

 でも人間、顔が全てじゃありません!」


「そうだな。

 他にも大事なことはあるよな……言葉選び(・・・・)とか」


 なぜだろう。

 少し怒っている気がする。


「先生なら動植物には(・・)好かれるはずですから!」


「……そうか」


 木と土の適性を持つ人は、動植物に好かれることも多い。

 人類同士で怖がられても、寂しくはないはずだ。


 先生の悲しそうな表情は、この際おいておこう。



 先生は結局、会場まで僕のおしゃべりに付き合ってくれた。



「結構大きいですね」


「もっと広い訓練室もあるぞ」


 それは楽しみだ。


 僕の試験会場は円形の壁に囲われ、直径50m程の大きさ。

 空はドーム状に覆われていて見えない。


 大型の電子掲示板やスピーカーも設置されていて、色々な用途に仕えそうな場所だ。

 

黒白(こくはく)、私は園芸部の顧問もしている。

 合格したら入部しに来るといい」


「はい! 楽しみにしてます!」


「君の健闘を祈る」


「ありがとうございます!

 頑張ります!」


 初対面の生徒()相手に、ここまで応援してくれるなんて本当にいい先生だ。


 先生が去り、僕はもう1つ(・・)の入口へと向き直る。


 僕が入場した場所と正対する位置に、同じような入口。


 おそらく、向こう側から僕の相手が来るのだろう。



 少しすると一人の女の子(・・・・・・)が入ってくる。


 一目見てわかる(・・・・・・・)


 あれが噂の「火姫(ひめ)」――火光かこうしんかさんだ。

 

「つむじ……やってくれたな」


 噂話なんて、聞かなきゃよかった。


 気付けた根拠は火の精霊。


 彼女は、莫大な量の火の精霊を従えている。



 何が「ひめ」だ!

 噂を流した奴を張り倒したい。


 そんな呼び名は、生易しすぎる(・・・・・・)


 あんなの「ひめ」じゃない。

 女王様だ!



 まだ(・・)戦闘態勢に入ってすらいない。


 にも関わらず、髪が赤く染まって見えるほどの精霊量。

 

 この組み合わせ(対戦)を決めた人は、絶対に許さない。


 そう心に決めて歩みを進める。


 僕が進み始めると同時に、女王様もこちらへと近づいてくる。

 彼女へと近づくにつれて、暑くなっているように感じるのは気のせいではない。


 高密度の火の精霊が、自然に炎へと変(・・・・・・・)換されている(・・・・・・)のだ。


 遠目では気付かなかったこともある。


 女王様は意外と小柄だった。


 つむじよりもずっと背が低い。


 中等学校の冬季用制服(ブレザー)着られている(・・・・・・)

 その姿は圧倒的な精霊量が嘘のように可愛らしい。


 真っ直ぐに伸ばされた長い黒髪は、艶があり美しく――

 火の精霊たちが付き従うことで、深紅に燃えているように見える。


 大きな瞳に小ぶりな顔は、年齢よりも幼く見える。


 しかし浮かべる表情は、引き締まっていて精悍だ。



 会場の中心で互いに足を止め、向き合う。

 するとスピーカーから音声が流れ始めた。


「ただいまより、黒白(こくはく)きょうえいと火光(かこう)しんかの入学試験を始めます。

 ルールは事前説明の通りです。

 お二人とも健闘を祈ります」


 直後に試験開始の合図(チャイム)が鳴り始めた。




 さて……どうくる?


 僕の警戒に、彼女(火光さん)は腰を落とす。


 僕らの向き合っている位置は、接近戦をするには遠い。

 かといって遠距離戦をするには近すぎるはずだけど――


「っ⁉」

 

 精霊たち(・・)が、彼女へと集まっていく。


「来るか⁉」


 刹那――

 僕の視界が爆炎に包まれた。





 (火光しんか)の視線の先には、対戦相手の男の子の後頭部(・・・)


 やったことは簡単だ。

 爆風に乗っての急加速。

 それによって彼の頭上を飛び越え(・・・・・・・)、後ろに回った。


 彼は今、煙と急加速によって私を見失っているはずだ。


 後は頭を一撃で、この実戦試験は終わり。


 空中を駆ける(・・・・・・)ために、再び(・・)火と風の精霊を混ぜ合わせる。


 起こすのは小規模。

 けれど加速は十分。


 空を駆ける。


 突くのは右の拳。



 止めを確信した一撃だ。


 それに対して彼は動きを見せる。


 首を傾げる(・・・・・)


 何の変哲もないその仕草でしかし――


「っ⁉」


 私の拳を躱した⁉





「ふう――」


 危なかった。


 見えていた(・・・・・)のに、それでも躱せるか紙一重。

 僕の右耳を彼女の拳が掠める。


「お返しだよ!」


 彼女が勢いのままに、僕の前方へと抜ける。


 この瞬間こそ好機(・・)

 下ろしていた僕の右拳を、真上へと突く(・・)


 このタイミングなら、彼女の胴に突き刺さるはずだ!


「何⁉」


 僕の突きは、彼女の空いた左掌(・・・・・)によって受けられる(・・・・・)


「どうしてその速さで動いて、反応できるのさ⁉」


「訓練のおかげ」


 恐るべき研鑽。

 常に敵の反撃を考慮していなければ、この動きはできないはずだ。


 少女は僕の前方でくるりと空中で体勢を整え、見事に着地を決める。


「どうして……?」


 自身の右手を不思議そうに見つめている。


 僕に拳を躱された理由を考えているのかもしれない。



「じゃあ、これは?」

「くっ⁉」

 

 考える仕草を止めた彼女は、火と風の精霊を集める。


「次か⁉」

 

 僕の声とほぼ同時に。

 彼女は《《正面》》から突っ込んで来る。


 速い! 

 でも――


「舐めてもらっちゃ困るね!」


 先程よりも直線的な動き。

 これなら(・・・・)視覚だけ(・・)で、合わせられる!


 狙いは彼女の顔面。

 リーチはこちらの方が長い。

 カウンターで打ち抜いてやる!


「くらえ!」


 僕の拳が彼女の顔面へと突き刺さるかと思われた瞬間――


よし(・・)


「なっ⁉」


 再度の爆風。

 しかしそれは加速の為ではなく――

 彼女の速度を殺す(・・)ため。


 火光さんは僕と彼女の空間(・・・・・・・)を爆発させたのだ。


 爆風に押されて、彼女は空中で静止(・・・・・)する。


「しまったあぁぁぁぁ!」


 顔面に照準を合わせていた僕の拳は空振りに終わり――

 彼女の攻撃へと流れが変化する。


 止まった空中で彼女は身を捻る。

 見事な空中姿勢。

 その蓄えられた力から繰り出されるのは――


「回し蹴り⁉」


 ボッボッボと小さく刻まれるのは、爆発の音だろうか。

 その加速を利用した回し蹴りを前に、僕は地面()へと身を投げ出す。


 避けられるか……⁉


 躊躇わず動いたのが功を奏した。

 彼女の脚の軌道の下を何とかくぐりきる。


 その代償として――


「クリーニング代が!」


 なりふり構わず地面を転がり、砂に塗れる制服。


 学生服に砂がかかると大変なんだよ⁉





 変だ。


 男の子との攻防。

 彼の身のこなしから、相当な鍛錬を積んできたことは分かる。


 それでも躱されたの(・・・・・)はおかしい。


 特に死角からの初撃。

 まるで見えているかの様な反応だった。

 なんなら私の拳の軌道を利用し、攻撃へと繋げてきた。


 あの不意を突いた一撃を躱されたとなると……攻撃を当てられる気がしない。


 かと思えば、正面からの攻撃は惜しいところまでいく。

 

 なぜ?

 

 じっと彼とその周囲を見つめていて気付いた(・・・・)


「なるほど……そういうこと」





 彼女(火光さん)の動きが変わる。


 精霊たちが形作るのは――


火球(・・)か!」


 彼女の周囲に直径10㎝程の、火で出来た(ボール)が出現する。


 数が異常に多い。

 百は優に超えているだろう。


「行って」


 彼女の合図と同時に、僕へと放たれる。


 でも――

 これなら処理できる(・・・・・)


 四方八方から迫る火球。


 しかし軌道は全て(・・・・・)読めている(・・・・・)


 躱せるものは躱し、厳しいと判断したものは火球(・・)をぶつけて処理する。



「貴方は器用」


「褒めてもらえて嬉しいよ」


 結構限界だけどね!

 火球を処理した僕に、彼女は重ねて語りかける。


「まさか――風の精霊を蜘蛛の巣の様に配置するなんて」


 どうやら、今の攻防で僕の手品がばれてしまったらしい。




 すごい。


 私は感動していた。

 男の子が連れている精霊たちの数は少ない。

 けれどその不利を工夫で補い、私に付いてくる。


 風の精霊の扱い方もそうだ。


 精霊たちを蜘蛛の巣状に配置する。

 この風の糸は触れた敵の動きを感知する、センサーのような働きをしている。

 その上この巣は敵に触れると、速度を減衰(・・)させる方向に風を吹かせる仕組になっているようだ。


 言葉にすると単純。

 けれど彼の緻密にして繊細な制御は――なんて美しいのだろう。


 本気で勝つという意気込み。


 私にこれほどの熱量はあるだろうか。


「貴方の心意気、嬉しく思う。

 貴方に敬意を」


 彼の実直に私は応えられているか。


 否だ。


 恐怖(・・)を握りつぶす。


 使う気のなかった(・・・・・・・・)奥の手。


 それを、彼――黒白(こくはく)君の本気に応えるために私は使おう。





「10分間逃げればよかったかな……」


 非常に泣きたい。

 既に圧倒的な火の精霊たちが更に増えていく(・・・・・・・)

 まるで彼女(火光さん)の思いに応えるかのように。


「来て。『比翼連理』」


 彼女のその一言と共に、世界が赤く塗りつぶされる。


 その中心には彼女と一振りの大剣(・・・・・・)


 剣の装飾はシンプルだが、目立つのはその刀身の太さと厚み。

 剣身は通常の剣の倍以上の幅を持ち、小柄な火光さんが隠れられそうだ。


 精霊器もとい精霊繋装(せいれいけいそう)

 精霊に愛された証。

 あの大剣は間違いなくそれだ。


 彼女の赤みがかっていた黒髪と瞳は、最早灼熱の紅に染まっている。


「お願い――死なないで」


 これまでとは比較にならない火の精霊たち。

 それらが彼女の足元へと集まっている。


 精霊は加速用。

 方向は正面。

 おそらく来るのは――


「斬撃!」


 読み通り。

 故の(・・)読み間違い。


 僕の胴を真っ二つにせんと刃が迫る。


 躱せない⁉


 彼女の速度に身体が付いていかない。


「死んで――たまるかあぁぁぁぁぁぁ!」


 彼女の一撃を防ぐために、彼女の刃と僕の体との間に金属の塊(・・・・)を作り出す。


「耐えろ!」


 バキン!


 音を立てて砕かれた金属ごと僕は吹き飛ばされる。




「くそ!」


 勝ち目はない。

 

 精霊繋装「比翼連理」によって、打たれ続ける。


 そして彼女は――僕が吹き飛ばされる先に現れ(・・・・)ては斬りかかるの繰り返し。


「わかっているのに⁉」

 

 金属すら砕ける一撃は、着実に僕へとダメージを蓄積していく。


 負けるのか――僕は。




 気付けば僕は地面に転がっていた。

 火光さんの斬撃は止み、静寂が場を満たす。

 

「まだ……終わってない」


 だって僕は、死んでないんだから。


「ど――」


 彼女が僕に声をかけている。

 でも……何も聞こえない。


 朦朧とした意識の中、ただわかっていたのは――

 

「僕は入学して王になる」


 自身の野望のみ。


 そうして僕の意識は、完全な闇の中へと落ちていく。

 ――主人公の黒白の思い。


 本作『勘違い召使いの王道~いずれかえる五色遣い~』をお読みいただき、誠にありがとうございます!


 今後も頑張って投稿していく予定ですので、引き続きお読みいただけると嬉しいです。


 感想もお待ちしております!


 評価とブックマークをしていただいた皆様、本当にありがとうございます。

 皆様に読んでいただけているということが、僕の書く意欲になります!

 

 もし『面白い!』、『楽しかった』と思って頂けましたら、今後も本作を書いていく強力な励みとなりますので『評価(下にスクロールすると評価するボタン(☆☆☆☆☆)があります)』を是非よろしくお願い致します!


 ではまた次のお話もよろしくお願いします!

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