実戦試験③~「は組」の掟~
視線を向けた先では、可愛らしいお姉さんが僕たちを見上げていた。
そして一目見て理解する。
あの人は「は組」には存在しないタイプだ。
女性を失礼にならない程度に見ながら、降下する。
高等学校は卒業したくらいだろうか。
三つ編みのおさげを肩から一本垂らしている。
瞳と髪の色は緑。
垂れた目つきは、人当たりの良さそうな顔だ。
白のトップスに明るい緑のチュールスカートは、本人の純粋そうな雰囲気とマッチしている。
人畜無害なお姉さん――理想のお姉さん。
初対面にも関わらず、どこか見覚えがある。
「ああ! やっぱり貴方が黒白君ね!
いつも夫がお世話になってます」
「いえ、こちらこそどうも――」
年下であるはずの僕に、わざわざ頭を下げる柔らかい物腰も好印象だ。
……そうだ。
既視感の答えへと辿り着く。
この女性は……あの人。
初めての委員会で出会った彼女。
央成学院現生徒会長――松風ゆうか。
彼女によく似ているのだ。
「「夫……?」」
しんかとつむじの言葉で、肝心なことに気付く。
……夫って何のことだ?
確かに僕は、様々な輩のお世話をしている。
けれど――こんな可愛らしい奥さんのいる奴はいなかったはずだ。
……知っていたら間違いなく潰しているはずだし。
そもそも、僕の知っている男子となると――
「は組」男子共。
「ろ組」委員長。
「ほ組」委員長。
……うん、考えるだけで頭の痛くなる面子だ。
痛い面子と言っても良いかもしれない。
しかし痛い面子故に、夫になれるような人間がいないことを、僕はよく知っている。
……まさか、兼平君⁉
1年男子たちの中の唯一の清涼剤。
少女のような少年こと、兼平しき君。
「に組」委員長の彼ならば、このほんわか美人と確かにお似合いかもしれない。
「? ええ……夫の忘れ物をお願いしようと思って。
黒白君の話は、夫からよく聞いているの。
それで――貴女が火光さんで、貴女が海風さんかしら?
二人の話もよく聞いているわ。
二人とも可愛らしいわね」
ほんわか美人に褒められて、女子二人は嬉しそうだ。
……この二人が褒められて、僕があんな呼び方をされるのには納得いかないが。
しかし、今のやり取りは大きなヒントになる。
この美人がしんかとつむじの事を知っているということは……やはり「は組」関係者のはずだ。
……誰だ⁉
犯人は誰だ⁉
「あら?」
僕が思索していると、女性は何かに気付いて手を振り始める。
嬉しそうな表情。
幸せに満ち溢れて表情だ。
この笑顔を一身に受けている存在が、彼女の視線の先にいるのだろうか。
ゆらり
憎しみを込めて振り向く。
するとその先には、長身の強面――僕らの担任こと土浦先生が立っていた。
……ああ、なんだ。
ほっと一息つく。
おそらくこのお姉さんは、央成学院の卒業生――つまり僕らの先輩にあたるのだろう。
だから、土浦先生に手を振っててもおかしいことはない。
「お姉さんは、央成学院の卒業生なんですか?」
「ええ。そうでもあるんだけど――」
つむじがお姉さんに話しかけている間に、こちらへとやって来た土浦先生に挨拶する。
「先生、お疲れ様です」
「お、おお……」
……どうしたんだろう。いつもの先生と違う気がする。
顔は相変わらず怖いが――どこかが違う。
いつもの土浦先生は、ぶっきらぼうでありながらも、口調は滑らかだ。
そんな先生の歯切れが悪い。
人を殺していそうな眼光は鳴りを潜め、少し慌てているような気がする。
「「ええ⁉」」
「うん? どうしたの?」
驚きの声を上げたのは、僕の友人二人。
振り返った僕に、女性は向き直って、
「黒白君、ありがとね。
夫も丁度来たし、良かったわ」
そう言って彼女は、僕の背後に駆け寄っていく。
……まさか。そんなバカな。
嘘だ!
焦りが心に満ちる。
そんなわけがない。
土浦先生は良い先生だ。
強面で生徒に怖がられているのが勿体ないくらい、良い先生だ。
そんな先生が「は組」を裏切っているわけないじゃないか。
……そうだよね。そんなわけないよね。
自身に言い聞かせるようにしながら、振り返る。
しかし女性の向かう先には――土浦先生。
女性はとことこと土浦先生の元に辿り着くと、
「おうかくん。今日お弁当忘れて行ったでしょ?
はい、これ!」
花のような笑顔で、弁当らしき包みを渡す。
「ああ……ありがとう、松風」
受け取る強面は、どこか気まずそうな顔をしている。
「どうしたの、おうかくん!
学校だからって、旧姓で呼ばなくてもいいんじゃない?」
二人の周囲に漂う甘い空気感。
オドオドしながら、僕らに目をやる強面。
「いつもみたいに、ももかって名前で呼んでよー」
拗ねるような口調だが、甘えているのが透けて見える。
そんな女性に強面の男は諦めた様に、
「……ありがとう、ももか」
頷いた。
「先輩……大胆」
「先輩、めっちゃ可愛いね!」
「……」
盛り上がっている女性陣を差し置いて、端末で写真を撮る。
これは証拠だ。記録に残しておかなければならない。
ゆらゆらと暗い炎が燃え上がる。
我ら「は組」の鉄の掟。
「疑わしきは罰せよ」
それは――担任といえども守るべきだろう。
故に僕は、「は組」の精霊通信へと連絡を送る。
すなわち――
「裏切り者発見。
敵は手強い。
各自腕を磨き、速やかに処理せよ」
「「「「承知した」」」
土浦先生へのお祝いが、ここに決定したのであった。
――驚愕の事実、発覚です。
本作『勘違い召使いの王道~いずれかえる五色遣い~』をお読みいただき、誠にありがとうございます!
今後も第三章「緑の侵攻」編を頑張って投稿していく予定ですので、引き続きお読みいただけると嬉しいです。
※現在、並行して1話目から編集し、書き直したりもしています。
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