番外編 学年総代決定戦後夜祭①~口は災いの元~
夜の中に二つの月が浮かぶ。
双子のような月。
鏡写しのような月だ。
二つの月は、上と下で地平を挟みながら向かい合っている。
天地から世界を見守るかのように。
ふと風が吹く。
すっかり夏前とはいえ、夜の風は未だ少し冷たい。
その風に、地の月が揺れる。
二つの月ではない。
湖。
湖面が鏡として、天井の月を映していた。
そんな夜を、
「では、皆さん! 飲み物は持ちましたかあぁぁぁぁぁ?」
能天気な声が切り裂く。
それに対する返事はまちまちだ。
「おい、こっち酒精がないぞ⁉」
「物資はここで調達したものばっかなんだから、そんなものあるわけないだろ」
「食べ物準備オッケー?
え、謎キノコ? その辺に落ちてた?
……まあ、総代戦も終わったしいいんじゃない?」
「ちくしょう! 体中が痛えぇぇぇ!」
「自由参加なんだから、帰っても良かったのに」
湖周辺の陸地は、非常に騒がしい。
無傷の者は少なく、皆漏れなくどこかに傷を負っている。
しかし、彼らの表情は晴れ晴れとしていた。
総代決定戦。
その緊張感から解放されて、皆気分は上々である。
上空で挨拶をしようとしている少年は、それを見て上機嫌になっていた。
闇に解けるような黒髪黒目。
中肉中背の少年。
1年「は組」委員長――黒白きょうえい。
現在は第一学年総代でもある少年だ。
「じゃあ、いくよおぉぉぉ!
皆、盃を持って!
1年『は組』の勝利と、その他クラスのボロ負けぶりを祝ってえぇぇぇぇぇ――かんぱあぁぁい!」
「「「「「かんぱあぁぁぁぁい」」」」」
「「「「はああぁぁぁぁぁぁ⁉」」」」
嬌声と怒号。
人数としては怒号が多く、その証として、
「痛い! 皆冗談だから!
だから攻撃を止めてください! すみませんでしたあぁぁぁぁ!」
精霊の攻撃が、少年へと飛ぶ。
だがそれも加減されたものばかりで、精霊たちの輝きによって夜が照らされている。
今日はお祭り最終日。
大反感の挨拶を終え、後は全力で飲み食いして、今後の戦いに備えて英気を養うはずだったのに――
「ほら、きょうえい! 早くお肉を寄越してよね!」
少女の声が響く。
肩口付近でさらりと流れる空色の髪。
同色の瞳は吊り上がり、彼女の心境を表している。
その挙動に疲れは見られない。
僕から肉を受け取ろうと差し出される少女の手は長く、彼女のスタイルの良さが際立っている。
「はい、つむじ様」
焼き上がり、味付けまで終えた熊串肉は、再びしんかが獲って来たものだ。
何本も何本も。
注文に先んじて、次々と焼いていく。
……どうして――
「どうして僕が準備しなきゃいけないのさ⁉」
前夜祭は「は組」の活動費を得るという名目もあった。
故に可能な限り消費を抑え、商売に勤しんでいたのだ。
しかし、今日の僕は勝者。
第1学年総代をしんかと分け合う身。
もっと敬い、崇め奉られるべきなのに――
「まあ、私は名ばかり幼馴染だからね!
名ばかりなんだから、きょうえいを敬う必要もないよね!
名ばかりだもんね!」
ツンとしながら、空色の少女は肉を頬張る。
「つむじが名ばかり幼馴染だなんて、誰がそんな酷い事――」
……あっ。
肉を焼く火の熱さ以外の理由で、汗が流れる。
……聞かれてたあぁぁぁぁ! 僕としんかの会話、盗聴されてたあぁぁぁぁ!
「つむじ、私の熊肉……どう?」
恐怖に動けない僕の隣で、控えめに肉の感想を尋ねるのは、もう一人の学年総代。
紅蓮に燃える赤の髪と瞳。
ひょこっと顔を出す小柄な少女。
火光しんかは、その可愛らしい姿を現す。
「うん、美味しい! 独特の風味が最高だね!
ありがとう、しんか!」
……それ作ったの僕ですよ――とは言えない雰囲気だ。
「すごいでしょ」
しんかの得意気な表情に、
「ホントしんかは凄いよね!
実際代表者の大地さんを討ち取ったのもしんかだし。
どっかの名ばかり委員長とは格が違うね!」
つむじは応える。
そして僕への嫌味を忘れない。
……どうする⁉ 何か策は⁉
自業自得とはいえ、このまま放置すると厄介だ。
何か言い逃れる方法を――
「つむじ、きょうえいを許してあげて欲しい」
隣に立つ赤の少女が、拗ねた空色に許しを請う。
……しんか! 君はやっぱり最高の相棒だ!
あの時の通信は軽口で、本気じゃなかったことをフォローしてくれ!
後は僕が謝罪すれば収まるはずだ。
すると赤の少女は続けて、
「確かにきょうえいは、わざと『ろ組』委員長と戦ってた。
でもそれは、ちゃんと戦って決着をつけたいって気持ち。
だから……許してあげて欲しい」
「え?」
……うん?
何故だろう。
話が良くない方向に進んでいる気がする。
「ねえ、しんか。
もしかして、しんかは――もっと早く大地さんを倒せてた?」
「うん……多分」
「どうして遅らせたの?」
……この流れはマズい。
つむじの怒りは、名ばかり幼馴染と呼んだことに向かっている。
だが最後の玉桜君との戦闘が、僕の私欲によるものだと明かされてしまえば――
……つむじどころか「は組」連中をも敵に回すことになる⁉
どうにか生き残ったのに、今から「は組」を相手するとなると――死は免れない。
……何かないか⁉ 僕が生き残るための材料が――
目に入ったのは、小さい手によるサムズアップ。
しんかが、僕へとハンドサインを送っている。
……ありがとう、しんか! 何か考えがあるんだね⁉
先程のフォローの失敗は、きっと何かの間違い。
持つべきものは、素晴らしいご主人様だ。
彼女の小ぶりな口から、言葉が紡がれる。
「勿論……理由はある」
真摯な瞳は赤光を宿している。
しかし、つむじは追及の手を緩めない。
「じゃあ、その理由は?」
「それは――」
しんかは一呼吸おいて、
「きょうえいが玉桜君の事を……好きだから」
……そうそう。僕が玉桜君を好きだから、一緒にいたかったんだよね!
だから仕方ないよね!
「ってしんかさあぁぁぁん⁉」
……何言ってくれてんの⁉
その言い方は、大きな誤解を――
「きょうえい……別に駄目とは言わないけどさあ。
モテないからって理由でその方向に走るのは、あらゆる人に失礼だと思うよ?」
憐れむような空色。
慈愛に満ちた表情。
端に映る、赤の少女のドヤ顔。
「つむじ様! 謝りますから、ちゃんと説明させてください!」
僕の哀れな叫びは、月の空へと響いていく。
――ちなみに名ばかり幼馴染発言はep159にあります。
冗談とはいえ、言って良い事と悪いことがあると思います。
本作『勘違い召使いの王道~いずれかえる五色遣い~』をお読みいただき、誠にありがとうございます!
今後も第二章「水の蛇・金の龍」編を頑張って投稿していく予定ですので、引き続きお読みいただけると嬉しいです。
※現在、並行して1話目から編集し、書き直したりもしています。
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