精霊学の授業
精霊。
それは清き隣人とも、友愛の使徒とも呼ばれる私たちの力の源だ。
人類種とそんな精霊たちとの繋がりは、約百年程。
知っていることは増えども、未知のことも多い。
そんな不思議な存在である。
午後の授業はそんな精霊について学ぶ、精霊学の授業だ。
精霊発祥の歴史や基本属性、国によって呼び名が変わるといった基礎知識を1年生で学び、学年が上がるにつれて実践――実戦が増えていく。
今日の精霊学の授業は精霊の観察。
精霊は電子機器や機械類には映らない。
なので肉眼で観察する――目を凝らして「精霊を見る」ことに集中する授業だ。
私の火の精霊量の多さは誇らしい。
けれどこの授業ばかりは、皆の見るのの邪魔をしているのではないかと申し訳なく思う。
「では精霊の様子を絵に描いてみよう」
少し顔の怖い土浦先生が低い声色で告げる。
どうやら今日は見るだけでなく、精霊の動きや様子を描く授業でもあるみたいだ。
実戦では精霊を自身の意のままに動かし、起こした現象を制御することが重要。
でも精霊の動きを見て、相手の行動を見切るのも同じくらい大切なのだ。
相手の精霊に合わせて自分がどう動くか――対応するか。
その第一歩が精霊を「よく見えること」であり、強くなるための第一条件だったりする。
「誰かモデルをやってくれる人はいないか?」
「ちょっと面倒だよな」
「恥ずかしい……」
各精霊は適性のある者にしか見えないので、火・水・木・土・風の五属性をモデルで揃える必要がある。
私は恥ずかしいから遠慮したい。
「じゃあ私、絵を描くの苦手だからやりたい!」
そんな中で手が上がる。
海風さんだ。
彼女の細く長い腕は、真っ直ぐに天井に向かって伸びている。
欠点のはずなのにここまで堂々と言われるといっそ清々しい。
「よし、一人は海風だな。あと二人は――」
「先生、俺がやりますよ!」
「ああ⁉ お前は風だろ! 海風さんと被ってるんだから下がれよ!」
「となると火属性の私が――」
海風さんの立候補と同時に立候補者が一気に増える。
男女問わず手が挙がるのは彼女の人望の表れだろう。
「海風……このままじゃ収拾がつかない。誰か推薦できるか?」
「私は火光さんと一緒が良いです!」
……え? 私?
クラスの喧騒のレベルがさらに上がる。
恥ずかしいけど――ちょっと嬉しい。
「あと一人!」
「絶対に俺だ!」
「両手に花! 両手に花!」
「私の人生全てをここに賭ける!」
皆の期待は嬉しいけれど――ここで人生を終えようとしている子が心配だ。
精霊とは不思議な存在だ。
各属性に即した現象を起こすこともできるし、人の感情の動きが現れることもある。
現在の教室内は精霊たちの大暴動により混沌が現出していた。
「私がやる!」
「絶対俺だ!」
「ここはイケメンの俺が――」
「「「下がってろ不細工!」」」
「なんだとこらあぁぁぁぁ!」
クラスメイト達の煩悩が精霊たちに悪影響を与えているみたいだ。
室内は精霊の輝きに満ち過ぎていて眩暈がする。
その様子を見て得た僕の確信。
よし! この授業はサボれる!
火光さんが推薦されたことで、更に混迷を極めたこの空間ではもう収拾がつかないはず。
土浦先生(強面)の判断ミスとしか思えない。
このままいくと、良くてクラスメイト同士の潰し合い。
悪ければ――死人が出そうな勢いだ。
既にほぼ全てのクラスメイトが立候補している。
お互いに罵り合いながらも、彼らの挙手は真っ直ぐで美しい。
心根とは裏腹に。
奴らの腹の中は、下心で真っ黒である。
この状況をどう抑えるか。
土浦先生の腕の見どころだけど――
「火光、誰か推薦できるか?」
失敗強面先生の一言で人と精霊たちが一気に静まり返る。
素晴らしい判断能力。
モデルを選んだ責任を火光さんに渡しながらも、クラスメイトたちが火光さんに文句を言えないことを活かした一手だ。
逆転の一手と言ってもいい。
さすがは先生。
伊達や酔狂で強面を売っていないようだ。
火光さんがクラスメイトの視線を受けながら周囲を見回す。
……まさか。
一瞬僕と目が合った気がしたけど気のせい――
「黒白君」
彼女の可愛らしい口から、僕の苗字が紡がれる。
「あのバカを吊るせえぇぇぇぇ!」
「格差社会を許すな!」
「裁判しましょう! レッツ告訴!」
妙案かと思われた土浦先生の一手は失敗に終わる。
先生が失敗した理由。
それは火光さんの意志に嫉妬心の塊たちが従うはずがないのを読み違えたことだ。
「皆落ち着こう」
僕が天井から吊るされたタイミングで風山君の声があがる。
「ああ? お前も立候補する気か?」
「二人目の生贄になりたいのか?」
「いいよおぉぉぉ! やったるよおぉぉぉぉ!」
地獄の様なやり取り。
ここだけ全員モヒカンの世紀末に見える。
どうやら奴らは僕の命では飽き足らず、風山君の命も狙っているらしい。
できれば。
可能であれば……風山君と僕を生贄交換して欲しい。
だって彼は――可愛いらしい女の子と仲が良い罪人なのだから。
僕と違って彼が処刑されるのは、仕方ない部分もある。
「だけどこのままいけば、最後の一人になるまで命を賭して戦うことになるだろ?
そうなると、海風さんや火光さんと一緒にモデルをする時間はなくなるんじゃないか?」
彼の正論に皆が理性を取り戻す。
授業時間も既に三分の一が失われている以上、風山君の意見は正しい。
風山君を見る。
彼は僕と目が合うと、何か策があるかのように微笑む。
気のせいだろうか。
奴の口の端からにやりという擬音が聞こえたような――
「要は精霊の種類が足りてればいいんだもんな」
風山君の言葉を皆が固唾を飲んで待っている。
火光さんは火と風。
つむじは風と水。
基本的な精霊の組み合わせを考えれば、後は木と土の精霊に適性がある人を選べばいいはずだけど――
「それならモデルは土浦先生とこの黒白でいいんじゃないか?」
こうして僕は吊るされたまま、土浦先生と共に描かれることになった。




