6自己啓発
「しかし三太さんは器用ですよね」
「そうか?普通出来ないものなのか?」
苦笑いのドルイドさんは言う。
「これ火と水の合成魔法ですよ。生活魔法を覚えて数日の人が使えるなんて聞いたことが無いですね」
苦笑いの三太は言う。
「ま、まあ、きっと生活魔法の習熟度が高いんだろ。数日こればかりやってるからな・・・。」
「ふむ。そういうことにしておきますかね。しかしエルド坊ちゃんに変な事ばかり吹き込まないでくださいね。」
「ああ、わかってるよ。しかしエルドの親父はいつ帰ってくるんだ。誰も全然気にしていないみたいだし、なんも言わないんだよな・・・。」
ドルイドさんは声のトーンを落として言う。
「三太さんは知らないんですね。航海に出て無事に戻れるのは半分ほどだと言われているんですよ。しかも帰港予定日から半年近く経ってますし・・・。」
ドルイドはそこで黙した。皆諦めているということを、言葉に出来なかったようだ。三太は思い知った。そんなに死が近くにあるということを。
エルドとアニタの姉弟も、まだ15歳と19歳である。その二人が毎日働いている。なのにおれはどうだ、33歳だというのに・・・。父を亡くし、自棄になって、仕事もやめた。
自分ながら情けなかった。十代の二人はそんな中でも、毎日毎日文句を言うわけでもなく、休みも無いのに働いている。33歳か・・・。
!
どう思う休みが無いんだぜ?
「あ!ドルイドさんレベル4になったよ」
だめだ。やっぱおれはふわふわしてる。
そして三太は小声で呟く。
「ステータスオープン」
種族 人間
レベル 4
HP 73
MP 14
STR 9
DEX 9
VIT 9
AGI 7
INT 9
MND 10
LUC 11
戦闘スキル 槍2
魔法スキル 火3 水3 土2 風2 回復6 歌唱7 生活10
その他スキル 算術10 鑑定10 運搬10 錬金術10
「こんなに簡単にレベルって上がるんだな」
「女子供は大抵こうやって上げるんですよ」
すこしドルイドさんにディスられた気がした。
三太がやったのは、蚕の繭の中にたまにいるカイコガーという魔物を見つける。それを70度のお湯で溺死させる。ただそれだけなのだ。
70度のお湯を魔法で出すだけでレベルは4になったのである。レベル1からだと、HPは倍以上、ステータスも1.3倍だし、スキルもずいぶん増えた。
槍スキルは素振りだけで2に上がり、魔法スキルもすぐに覚えられた。魔法に関してはドルイドさんは驚いていた。優秀な魔法使いが貴族に多いことから、遺伝の要素が強いと考えられているようだった。おれは異世界人特典だと思った。
未来に起こるかもしれない悪いことを考えるほどに、おれの人生は順風満帆である。
そして三太は覚悟する。三太はやや緊張して言った。
「それじゃ草原のレベル上げをすこし手伝ってくれるかな?触りくらいでいいので・・・。」
三太は考えていた、無理は絶対にしない。怪我をしそうならやめるし、やばいと思ったらすぐに逃げ戻ろう。
「はい、では三太さんの準備が良ければ向かいますか。あと本当にその槍でよろしいので?」
「えっ!?遠くからとどめがさせるから槍がいいんじゃなかったのかい?」
ドルイドさんは眉を寄せて言う。
「魔物の攻撃はどうやって受けるんです?その槍は大部分が木製でしょう。折れたり敵の剣が滑って手を怪我したりしないんですかねぇ」
そうか敵の攻撃を捌くのはおれだ。すべて回避しきれるわけもない、受けることもあるだろう。
「ドルイドさん、急ぎ使える剣とか盾ありますかね?」
三太は思った、確かに敵の攻撃を受けるには心もとない。しかも剣であれば鍔で受けたりできるじゃあないか。
そして完璧とはいえないものの出来る準備を終え、二人は草原に向かうのだった。
出て来た敵は、草、蜂、芋虫だった。それぞれマンドリー、キラービー、キャタピラーと言う名前だった。
雑魚である。いつの間にか毒になっていてHPが2割減って焦ったがそれ以外は怪我も無かった。
途中、何かの拍子にドルイドさんと肩が触れ合うほど近づいた時に、『ドルイドをパーティに加えますか?』と出て来たのでYesを選択する。そしてドルイドさんに聞いてみた。
「ドルイドさんパーティってわかります?」
ドルイドさんは思い出したように話してくれた。
「それは魔物を倒した時に入る経験値を、等分に分けるものだと聞いたことがありますね。商人の私には縁が無いので、すっかり忘れてましたけど。」
「ああ、いえ・・・。じゃあステータスは?」
「むむ、それは聞いたことがありませんな」
やはりエルド同様、ステータスとスキルは視覚化していないようだった。日本で言う球技が得意とか、料理が上手とか、そういうレベルなのかもしれない。
そして順調に狩りをし、そろそろ帰りますかと話していた時にそれが現れた。あまりに簡単に倒せるので気が緩んでいた。すっかり周りを取り囲まれている。
あの有名なゴブリンだ。見てすぐにわかった。多数に、剣や斧を振り回され襲われた。おれたちは逃げつつ迎撃することになっていた。
数は15匹、ただ足が遅い分助かっていた。それに思ってた以上におれの体が軽く、動作も早い。それにも増して驚いたのは心が穏やかなのだ。
命からがら必死で逃げる。そんなイメージは数歩駆け、崩れていた。ただ、逃げて振り返って槍で突く。逃げて振り返って槍で突く。そんなことを数度繰り返すと敵は屍になった。
33歳のおれと40歳前後のドルイドさんが小学生を虐めている。そんな気分さえ、した。
三太は小声で呟く。
「ステータスオープン」
種族 人間
レベル 35
HP 536
MP 67
STR 33
DEX 32
VIT 33
AGI 28
INT 32
MND 35
LUC 38
戦闘スキル 短剣10 片手剣12 槍10 投擲10 ガード10 回避10 盾10 受け流し10
魔法スキル 火3 水3 土2 風2 回復10 歌唱10 生活10
その他スキル 毒耐性10 水耐性10 風耐性10 算術10 鑑定10 運搬10 錬金術10
おれはレベル35の表示を見て、なにより驚いた。こ、こんなに上がるものなのか。ステータスが上がったから、走っても早く、回避も機敏で、攻撃は力強く、動きもスムーズで、心も平常だったわけなのか。
もう一つ驚いたのは片手剣スキル12だった。やはり10より上のスキルもあるようだ。上限はいくつなんだろう・・・。
ドルイドさんを見るとレベル21だ。2レベルしか上がってないじゃないか。おれは31レベルも上がっているのに。
なんだこれは、これも異世界人特典その2だろうか・・・。
ドルイドさんは満足そうに言う。
「いあー三太さんは凄い勢いで狩りますなあ。おかげでレベルが2つも上がりましたよ。重畳重畳。」
「はあ、ですね」
三太は考えていた。子供の頃こうやって野山をかけて、カブトムシやトノサマバッタを追ったことを。そんなノスタルジックに浸っていた。
なんだろうこの感じ、幼少の頃の忘れ物を大人になったおれが体験しているような。まるで現実ではない、夢の中のような気さえする。
仕事も辞め先の見えない33歳のおじさんが、現実から逃げている。『おれは大丈夫なのだろうか』そんな警鐘が鳴り、夢から覚める。そんなことも無かった。
何やってるんだろ、おれ。
そして海浜倉庫への帰路につく。
「すこし寄り道しますか」
ドルイドさんはそう言って、ある場所に足を向けた。
剣と盾の看板に西部劇のような開き扉。近づいている最中も、人の出入りがあり、何度も開閉する扉。コキコキパタン。コキコキパタン。
そこにあるのは冒険者ギルドであった。
(三太は高鳴る旨の鼓動が聞こえそうになっていた)