3第3種接近遭遇
とんでも掛け軸を発見したおれは舞い上がっていた。まず考えるのはいくらで売れるのか、ということだ。なんせ絵が朝昼晩と移り変わるのだ、描かれているモノは見るに堪えないが・・・。
オークションにかければ億とかなるんじゃね?と考え始めていた。それに加え、おれの預貯金や親父の保険金。これはもう遊んで暮らせるのではないか、そんなことを思っていた。
親父の育てていた畑やハウス栽培、それに山にある農園。それらはすっかり荒れていた。叔父さんに引っ張りまわされた権利証の現地確認であったが、境界を歩くだけで体が悲鳴を上げる。
そんなおれを見かねて叔父さんは言う。
「三太が出来ることーやりゃあええ」
「なんもでけん」
おれは即答していた。
そんなこんなで地味な生活さえ心がければ、困ることも無いはずだ。そしてその朝は、掛け軸もやっぱり朝だった。絵の中では右から陽が昇り、左に沈んでいるようだ。
その日のおれは逸る気持ちを抑え、だらしなく微笑む口元をキュッと絞る。修行僧のように黙々と、実家の襖と障子の張替えをする。普段使わない筋肉を使い、腕も重い。ということで夕食はビールにカップ麺である。
場所は納屋、実のところおれの実家はかなり寒い。幼少の頃100年以上前に建てたと祖父は自慢げに言った。居間にある掘り炬燵の場所には、囲炉裏の痕跡がある。
見上げる場所に天井は無く、すすで真っ黒になった小屋組みが見えるのだ。しかも開口部はすべて木製の引き戸である。暖房しても隙間風は入るわ、暖気は小屋組みへ上がるわで、まったく暖まらない家なのであった。
住むとなるとアルミサッシが必要かな?とも思ってはいるのだが、すべて交換すると高そうだ。それに加え見た目が今風になり、懐かしい実家では無くなりそうである。
そんなこともあり開口部の小さく少ない納屋は暖かいのだ。ほんのり香る米の匂いとカビの臭いを我慢すればいい。そして納屋でビールを飲み、麺を啜る。眺めているのは掛け軸である。そろそろ日暮れかな?
そんなとき口の中の麺が1メートルほど吹き飛ぶ出来事が起きた。掛け軸の中にある机になにかが座ったのだ。床にばら撒いた麺もつゆも放置で、おれは掛け軸の中のなにかを凝視していた。
かまぼこほどの木板を左手でめくり、右手の羽ペンをシャカシャカと動かしている。人だ、おれは確信した。そして画面が小さくて見にくいなと、口にした途端テレビのワイド画面くらいになった。
そのことでおれはまた驚き、しばし停止した。背後を見るが誰もいない、もう何がなんだかわからない。そのうち絵の中の人間は去った。思案し、思考し、熟考するがわかるわけもない。
胃もきりきりと痛いような気がしたころ、おれは行動する。先ずは大きさだ、小さくしても大きくしても机や棚の大きさが変わるわけではない。壁一面まで広くしても、見える範囲が広がるだけであった。
何度か拡大縮小を繰り返していると・・・。手が入った?(まてまてまて)・・・どうやら納屋と絵の世界は行き来できるらしい。何度も何度も一人芝居した。
絵の世界にモノを投げ入れることはできるが、逆は無理であること。ただ手に持っていればどんなモノでも、自由に持ち込みが可能なこと。
しかし、解ったことは一つだった、『この事象は科学の外にある』そうだろ?
その後、おれは2人目の登場人物を見つけることになる。
1人が少年で、もう1人は中年で小太りのおじさんだった。少年の名前はエルド、おじさんはドルイドだった。いあ二人がそう呼び合っていたんだ。そしておれの鑑賞会が始まった。
どうやら二人は主従の関係らしい。倉庫に現れることは多くはない、日の出の頃と日の入りの頃だ。やっていることは出荷と記帳でこの倉庫は所謂バックヤードらしい。
それにどうやら資金的な問題があるみたいだ。もうだめだと嘆く少年を、もっと出来ることがあると思いますよと宥めるおじさん、どっちもがんばれと陰からエールを送る。
それでも、日に日に倉庫のモノは減っていく。入荷が無いこと、それがおれの最近の心配事でもある。もう一つの気になることは、どう見ても欧米人の二人が日本語を話している点である。
かまぼこほどの木板は荷札のようである。羽ペンはインク壺が必要らしい。エルドの髪の色は明るい茶色、服は安っぽい麻のような素材、ズボンは綿の下地、お尻や膝に革があてがってある。靴は革と木だろうか?
エルドの机を見ると、明かり取りにはガラス窓が無い。木窓である。インクを使っているが半分固まっている。木製家具の質も、おれの家にある雨ざらし陽ざらしの縁台のほうがまだましだ。
エルドの机も棚も脚が斜めに傾いているのだ。よくみると木や板をどん付けし、にかわと釘で接着しただけなのである。ほぞや仕口の技術が無く、筋交いも無いのである。
エルドの髪はぼさぼさでリンスがない。何度か見たアップの手や顔はがさがさでスキンクリームもない。男前が台無しである。いやビタミンが不足しているのか。
まあ言いたいことはいろいろあるが結局のところ、文明が遅れているのだ。俺はそう確信した。
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そしておれは見えない壁の中から、砂糖、塩、胡椒の壺を押しやった。もちろんエルドが手に取れるようにである。
エルドはまず砂糖を親指と人差し指で摘み、舌先で舐める。エルドはそれを3度、繰り返して言う。なぜ3回、おれは訝しんだ。
「本物だ。それも最上級の・・・。」
そしてエルドはしばらく呆然としていた。俺が促すと塩、胡椒も同じように時間をかけて確かめている。どうやら壺の上げ底や底の方も同品質か確かめている。なかなかエルドはしっかりしていた。
エルドはじっくり時間をかけて見極めている。エルドが考えていることも凡そ理解できる。おれの持ち込んだ商品と倉庫にある商品ではまったく違うのだ。雑味が無く、見た目も綺麗。それも圧倒的にである。
これは精製技術の差なのだろう。塩も砂糖も白すぎる。胡椒の場合、俺の持ち込んだものは風味や味が濃過ぎた。そのため若干まろやか?な白胡椒にしておいた。
「それでエルドの商売の役には立ちそうかな?」
エルドは気まずい、そんな顔をしていた。なんせ最上の商品を持ち込んだ相手に斬りつけたのだ。しかし背に腹は代えられない。申し訳なさそうな笑顔を貼り付けエルドは言う。
「三太はこれを卸してくれるのかい?量は?量はどのくらいあるんだい?」
エルドは明らかに興奮している。
そうして俺は商売に入る前にと、番頭のドルイドさんも交えて3人で話すことを提案した。
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「ごめんなさい」
エルドは正座している。
「坊ちゃん、きちんと心からお詫びしないと。」
ドルイドさんは商品を見て確信した。
「三太、本当にごめんなさい」
エルドは涙目である。
「三太だとー!三太様だろ!」
三太は15歳の剣戟にビビらされたことを根に持っている。
この後、商談?は2時間続く。三太は33歳の威厳を頑張って取り返そうと努力するのであった。