第5話 黒衣の者《こくいのもの》
僕達は二体目の火鼠を倒して進んでいた。
「それにしても鉄狒狒と火鼠とは......このクラスの妖は、結界で入れないようにしてるはずなのに、学園側は死人が出る事もいとわないということでしょうか......」
歩きながら雅は疑問を口にした。
「確かに実戦試験とはいえ、気を抜いてると全滅もあり得る妖だな、それぐらい即戦力が必要ってことかもな」
灰も同意してる。
「人を育てたいのはそうなんだろうけど、死人を出すつもりはないと思うよ」
僕がそういうと、二人は不思議そうに聞いてきた。
「何故ですか、神無様」
「三人一組だけど、それ以外に別の霊力を感じるからね。 多分、先生か誰かが見守ってるんだと思う。 僕達にも一人付いてるよ」
「何でそんな事わかるんだ? そういやさっきも猿や鼠が近づいてるの早く気づいてたな」
「僕は広く薄くこの森全体に霊力を放出してる、それで感知してるんだ。 ほら霊力の形を留める応用さ、まあ霊力の大きさまではわからないけどね」
「まじかよ......そんなこともできんのか......お前スゲーな」
「さすが! 神無様!」
二人は驚きながら感嘆している。
「じゃあ、次の妖もわかるんだな! この試験、楽勝じゃねーか!」
「それが......妖達がいないんだ。 近くに一体も......離れた場所にはいるのに」
「どういうことでしょう? 私たちを避けているということでしょうか?」
首をかしげ、雅が聞いてくる。
「わからない、ある程度までは近づいてくるんだけど......」
僕はそこまでいって黙った。 僕達に一人付いてる近づいてくる。
「僕達に付いてる人が近くに来てる......」
「終わりってことじゃないのか」
「でも......なにも感じません......何かおかしい、少し距離をとりましょう......」
僕達は歩きながら、その近づいてくる者から離れた。
「ぴったり付いてくる。 この距離で音がしないなんて......」
歩いていくと、何もない場所のはずがぶつかった。
「これは!? 壁!」
「結界です、神無様......壊せない! かなりの手練れが作ったものです!」
「て、ことは逃がさないつもりって事かよ」
僕達はそれぞれ構えた。
音もさせず、それは茂みの中から現れた。 その人物は黒い衣を頭から被る異様な姿をしていた。
「なぜ、つけているのに気づいた......」
それはとても落ち着いた低い声で呟いた。
(こいつは危険だ、この落ち着き、多分人殺しに慣れてる。 それにこの匂い腐敗臭......)
僕はそう直感した。 そして灰と雅は動けずにいる、無理もないあの猿や鼠とは霊力が桁違いだ。
「灰、煙幕! 雅攻撃を!」
僕が叫ぶと、灰と雅はハッとして、
「火行、灰珠陣!」
「土行、牙礫弾!」
二人は術式を使い灰が周囲を包み、石の雨を降らせた。
「やったか!」
そう言う灰の背後に黒い影が動き一瞬で灰の首を切りおとした。
「まず、一人......」
黒衣の者はそう言うと気づいた。 煙幕がはれると、僕に霊刃で刺されていることに、
「なに......」
だが、それ以外、何も言葉を発することもなく崩れ落ちた。
「ふう、上手く行った......大丈夫だった、灰」
「ああ、助かったぜ神無......」
「きゃあ! 何で斬られたあなたがいるんですか!?」
雅が死人をみるような目で灰を見ている。
「斬られたのはあっちさ」
僕が指差すと、首を斬られた灰の体は消えてなくなった。
「どういうことですか!」
混乱してる雅に、
「あの黒い奴は、僕が感知してるのを気づかなかったんだろう。 自分は姿を消して、分身みたいなものを置いておいてから、灰の後ろに移動したんだ。 僕は灰に煙幕を張って貰ってる内に、霊力で作ったダミーを灰と入れ換えたんだ」
「そんなこともできたんですか!?」
驚く雅に、
「いいや、分身はとっさに真似させてもらったんだよ。 形はそこまで正確じゃないけど煙幕がはられてる中なら騙せるし」
「そういや、霊刃もあの金形代の真似だったな」
「うん、正直どんな能力かもわからないから一撃で倒さないと......でも」
僕が思っていることを、灰は察し、
「まあ、しょうがないぜ、人を殺そうとした奴だしな。 お前がやらなかったら、多分俺は死んでた」
「......気に病むことはありませんよ神無様......この人もっと前に死んでますから」
死体を見ていた雅がそう言った。
「......どういうこと!?」
「つまり、元々死体だったということです......」
僕達は沈黙した。
それから数時間後 学園内の会議室に教師達が集められていた。
「試験付きの上級生一名が、何者かに重症を負わされた」
虎堂 風音が話すと会議室はざわついた。
「どういうことだ?」
次々疑問を口にする教師に、虎堂は続けて言った。
「生徒を殺す為に邪魔だったのだろう、襲われたのは鬼灯、犬境、土光薙の三人」
「鬼灯は五行家、火具槌家の分家から下ろされた家で関係はないだろう」
巽 雷火が答える。
「では、やはり犬境か土光薙のどちらか......おそらく土光薙だろうな」
「五行家筆頭の土光薙家を蹴落とすために、他の家が仕掛けたのか」
「どうかな? もう土光薙家は前当主の死で力を失い始めた。 わざわざ飾りの当主を狙うかね?」
「まあ均衡が崩れたのは確かだ。五行家以外の有力家が何か画策してもおかしくはあるまい」
「それは我々の家もということだぞ」
一堂は沈黙した。
「ただでさえ、魔物や怨霊が増えて不安定な情勢なのに、この上、陰陽師同士の内輪揉めとはな......術士原理主義者も勢力をのばしておる。 厄介事ばかりじゃな......それと、襲った賊のことだが......どうやら死体を操る術式じゃったらしいの。 操られたのは、己 石矢、おそらく土光薙家の諜報員の手練れじゃ」
そう水瀞理事長が言うと一堂は驚きを隠さなかった。
「土光薙家の諜報員が......まさか姓 無名......いや、そんなはずはあるまい......」
「ありえん、10年前の亡霊など......」
「たまたまだろうがな......」
会議が終わり、虎堂に巽が話しかける。
「お前はどう思う......」
「貴様とて知っているだろう。 術士が関わるならどんな不条理でも大抵のことはあり得ると......」
「だが、五行家がかつて手を取り合って滅ぼした化物が甦えるなんて、ありえんだろ」
「私だって信じたくはないさ、が奴ら程、楽観主義にはなれん。 とりあえず、土光薙の坊っちゃんを注視する必要はあるな」
「そうだな、手をうつなら早い方がいい」
そう二人が話し、窓から見える空は怪しい雲行きになっていた。