第6話 旅立ちとライバル
今更だけど***は場面転換を意味しています。同時に視点が切り替わることもあります。
俺をエサだと思って襲ってきた大口ウナギを撃退し、いよいよ遺跡の1番奥の部屋の扉を開けた。
大口ウナギは何となく置きっぱなしにしておきたくなかったので、俺が羽衣みたいに肩に担いでいる。
そこには、石碑が埋め込まれていた。何か文字が書いてあるのだが、所々に苔が生えていて文章が読めない。
苔の生えた部分をむしり取り、文章全体を露にする。
どれどれ。
「『それでも、彼はまぎれもなく英雄だった』……?」
[読めるのかい!?]
「まあ、フィーリングで」
それにこの碑文、上の方が欠けている。本来ならこの上にも文章が続いていて、この1文で終わるのではないだろうか。
上に何が書かれているのか気になる。こういう遺跡とか遺構がどこにあるのか調べて、巡ってみるのもいいかもしれない。
「けど、どうやって家に帰っかな。ビギニアとかオッテルとかいう地名なんて、聞いたことないし」
[聞いた事が無い? それは初耳だ]
「あれ、言ってなかったっけ?」
[聞いてないな]
「あー言って無かった気がする。まあそんな訳だから俺さ、見知らぬ土地にいるじゃん? だから今家に帰れないんだよね」
[シール面徒の襲撃に遭い、家をなくしたという訳ではなくてか?]
「違うってば。そもそも、俺の家はその村に無かった」
[では、キミは何処から来たというんだ?]
だったら帰りがてら、ファルに俺が今までどんな経験をしてきたか話そうじゃないか。
そうと決まればもうここに用はない。俺は大口ウナギを担いだまま遺跡から出て、オッテルへの道を引き返しながらファルにこれまでの出来事を話しかける。
「まず俺は平成〇年9月8日午前5時34分、日本にある市立病院の産婦人科で、3010Kgの体重で生まれてきたそうだ」
[生い立ちから話すのか……]
「んでなんやかんやありつつも特に語るようなことは無く、16年間すくすくと健康に育ちましたとさ。あ、でも運動は苦手ね」
[かなり端折ったね]
「まあ、ここからが本番みたいなとこあるから」
突然教室が謎の光に包まれた事、気がついたらこんなところにいた事、神様から遣わされた救世主であるという事、イマイチ取り柄のない自分でも何かの役には立つはずと戦いに志願した事、そして自らのうっかりで死にかけてしまった事を順に話した。その間、ファルは漂いつつも黙って聞いてくれている。
「まあ、そんな訳で今に至るんですよ」
[ふむ。キミの事情は大まかに理解した。だがいいのか? ネガルディアとも戦い続けて。キミの目的とは離れた所にあるんじゃないか?]
「や、それがね、この2つってだいぶ近いところにありそうなんだよね」
[根拠は?]
「俺の勘だ」
[勘、なのか……]
「別に勘でもいいじゃん。それに俺の勘って、結構当たるんだよ。ま、求められるならそれに応えたいって気持ちも多いけど」
[俗な理由だな。だが、だからこそ人らしい]
「えへへ……」
ファルの表情は変わってない。けど声色は確かに、温もりが籠っていた。
やった、褒められたよ俺。
俺は担いだ大口ウナギを揺らしながら、ルンルン気分で遺跡を後にした。
* * *
そんなこんなで、帰ってきたぜ宿場町。
ちなみに変身を解除したらネバネバもとれた。ファルが言うには、自動でクリーニングしてくれるらしい。魔法の力ってすげー!
さすがに生のウナギを食べる気にはなれないので、まずは料亭のおっちゃんに頼みに行く。
「こんな大物、どこで仕入れたんだ?」
「遺跡の奥の方にいた」
「それに本当に食うのか? これを?」
「もちろん。美味しそうでしょ?」
そう返したら何故かおっちゃんから引かれた。解せぬ。
とりあえず開いてもらって、天日干しに。お日様のパワーを浴びて、うまみがさらに凝縮されるだろう。
「んで、依頼料」
「はい。……アレ?」
言われて気がついた。
俺、1文無しじゃん!
ないよ! お金ないよ!
「んじゃ身体で支払ってもらおうか。クラスカードは持ってんのか?」
「はい……こちらに」
「どれどれ……。一般的な読み書き計算は出来るようだな」
クラスカードって履歴書替わりにもなるんすね。便利だなぁ。
「すみませーん!」
「はいただいまー!」
それから俺は大口ウナギの干物が出来上がるまでの間、おっちゃんが営む料亭で接客などをする事になった。しかも住み込みで。
伝票片手にホールとキッチンを行ったり来たり。そしてお客さんが食べ終えたら会計の時間。繁盛しているから結構忙しい。
今日も疲れた。
ソファへダイブし、1日の疲れを癒す。けれど旅行先のホテルではあまり落ち着けないように、癒しの効果が薄まっている。
[疲れている所で悪いが、死面徒の気配だ]
こんな時でもやって来るだなんて、少しは空気を読んで欲しい。
月光が照らす広場の隅に、変なマントの怪人姿。頭も相当光り輝いている。もしかしておハゲさんなのかな?
「見つけたぞ! ネガルディアの怪人め!」
[今度は何を企んでいるんだ!?]
「聞かれたからには教えてやろう。ワガハイはLED面徒! フラーッシュ!」
そう名乗るや、頭部を強く発光させた。
暗がりではよく目立つ。とても闇夜に紛れての行動に適してるとはいいがたい。作戦段階での人選ミスじゃないのかと、つい疑ってしまう。
[ハル、『えるいーでぃー』とは何だ?」
「えっとね、明かりの事だよ」
「ガス灯や白熱電球はもはや過去の遺物、時代は省エネで明るく長持ちなLEDのものよ!」
[死面徒が行った説明の方が情報量多いな]
仕方ないじゃん。そんなに詳しく知らないんだもん。
さておき、ふざけたナリでもどんな悪事を働いてるかまでは判明してない。俺は最大限警戒しつつ、LED面徒に剣先を向けた。
「さあ覚悟しろ!」
「素性だけで人を判断するだなんて、酷いとは思わないのか!?」
……………思う。
「じゃあさ、今何やってるか言ってよ。問題なければ見逃すからさ」
いったん剣を地面に突き刺し、そう促す。ファルが何やら慌てているようだけど、まあ今のところは推定無罪だし。
「この町はワガハイの手によりオール電化された!」
「お-、いいじゃん。それでそれで?」
「照明のコントロール権限はワガハイが握っている。なので真っ暗闇でも照明をガンガンにして、夜に眠れない人々から、エナジーを集め放題なのだ!」
判決、有罪。
俺は生まれてこの方、片手で数える程度しか日付を跨いだことが無いのだ。
「夜くらいぐっすり寝たいじゃないか! それを邪魔するだなんて、許せない!」
「交渉決裂か。ビリー共! かかれぇい!」
LED面徒の背後からビリーが群がる。1利いるのを見たら30人は隠れてるとみていいのかな。
しかし、1体ずつ相手にするのも面倒だ。運ゲーというリスクはあるけど、必殺技で蹴散らしてしまおう。
────────{8}───────
お、初めて出る目だ。
今回の攻撃は氷結攻撃。剣を水平にし自らを軸に回転して、大勢のビリーを氷漬けにしてから氷ごと吹き飛ばす。
「ぐぐぐ……こうなったら、魔光領域展開!」
LED面徒が奇妙なポーズを取ったと思うと、俺たちの周りが深い霧に包まれてゆく。霧が晴れると、そこは不気味な空間だった。
「この空間において、ワガハイの力は通常の5倍以上となる!」
だったら俺たちもいつもの5倍以上の力を出せばいいだけだ!
言うは簡単だけど、いつもの5倍以上のパワーってどうやって出すんだ? 1の5倍は5だし、2の5倍が10。うーん、強くなれる気がしない。
顔を引きつらせながらLED面徒を見ると、ヤツは何やら光る棒を手にしていた。あれは…………蛍光灯? 最近は蛍光灯もLEDになってるんだっけ。
「面徒ダイナミック!」
必殺技らしきものが飛んでくる!
こっちも負けてはいられない。必殺技で対抗だ!
────────{2}───────
うそーん。
「貰ったァ!!」
振り下ろされるLED蛍光灯を何とか受け止めるけど、一瞬で押し負けてしまう。
「あぐああっ!!」
LED面徒が展開した領域が崩れ、俺はオッテルの地面を転がる。
痛い痛い痛い痛い!
体中が悲鳴を上げている。
立ち上がろうにもうまく力が入らず、結局地面に伏せてしまう。
「はっはっは! もはや貴様の光など弱まっている。さてはそろそろ買い替え時だな!」
俺は、ここまでなのか。
そんな訳ない!と振り払いたいけど、頭のどこかではそんな考えが湧いてくるんだ。
頑張った、よな。
諦めそうになった時だった。光弾がLED面徒に降り注いだのは。
「ええい何奴だ! ワガハイの輝きを邪魔するとは!」
そちらを向けば、月光をその身に浴びている深紫ポニテの女の子。刀っぽい武器を手に持ち月下に佇んでいる。
女の子は踏み込むと、一閃。後には傷を負ったLED面徒が残った。
すごく速い剣筋。俺だって彼女がいつ攻撃を仕掛けたのか分からない。
「言葉もかけずに斬りつけるとは……せめて名乗れ!」
そうだそうだ! こっちだって何者なのか知りたいもんね!
「消えゆく相手に名乗る必要は無いわ」
「何だと!?」
わお大胆。これから倒す宣言ですか。カードゲームでやられると萎えるやつだ。
で、結局誰なの?
俺の疑問をよそに、局面は進んで行く。
「アビサル・ガタソル・ルルエスタ」
何の呪文!?
俺にもああいうヤツあるのかとファルに尋ねてみたが、[設定されていない]と返された。もしかして、自前?
膨大なエネルギーが彼女の持つ刀に凝縮され始めている。あれを放てばすごい攻撃が繰り出せそうだ。謎の呪文は伊達じゃない。
LED面徒と向かい合っていた少女が刹那でヤツの背後に移ると、ヤツは膝をつき倒れるまで秒読みの段階。
「闇に抱かれて沈め」
手向けの言葉を最後に、LED面徒は打ち破られた。
た、助かったぁ。何とかなったよ、あの女の子の救援は本当にありがたい。
「助けてくれてありがと。えっと、君は……」
「……っ!」
「うわわっ!」
お礼を言っただけなのに、いきなり攻撃された。わけがわからない。味方では、ないのか?
「さっきの戦い。あれは何?」
「え……」
困惑する俺に、さらに追撃が飛んでくる。勘弁してよ。こちとら、疲れてもうまともに動けないんだ。
「攻撃も防御も雑。よくそんなので今まで戦えたわね」
「だってファルと出会ってから日も浅いですし」
「そういう問題じゃない!」
反論したらすごい剣幕で怒鳴られちゃった。そんなに気に食わないなら、わざわざ出てこなくてもいいのに。
あ、まさか。
「もしかして、ひょっとしたら、俺の事心配してくれてる?」
「そんな訳ないでしょう!?」
即、バッサリ切り捨て御免。だけどそんなに早く反応しなくてもいいでしょ。俺の胸のときめきは何処へやら。
「貴方からは『覚悟』が感じられないの! そんな人は戦場では邪魔になるだけよ。悪いことは言わないわ、今すぐその力を捨てなさい。その力は、覚悟がない人が持ってはいけないの」
ええ……。ファルはそんな事聞いてこなかったのに。
それにしても覚悟…………。覚悟かぁ。
「それって必要なの?」
「当たり前でしょ。己の背中に無辜の人々の命が乗っている、その重みには『覚悟』が無いと耐えられないもの」
「うーん、いまいちピンとこないなぁ」
「ともかく、『覚悟』が無ければそれはただのエゴイズムよ」
「エゴでもいいんじゃないの? それでみんな笑ってくれるならさ」
「はぁ、これ以上の言葉は不要ね」
……ゑ?
疑問を感じた瞬間、俺は既に斬られていた。
意識が、遠のく……! こんな地べたで、一晩寝たくはない! くっ、猛反発マットレス……! 枕が無い……!
…………あっコレ駄目だ。落ちる。
* * *
次の日。俺はここ数日を共にした寝床に包まれていた。大口ウナギの干物がそろそろ出来上がる事を伝えに来たおっちゃんが、倒れてる俺を見つけたそうだ。
そして、大口ウナギの干物が仕上がるという事は、そろそろこの宿場町オッテルともお別れだ。
王都に向かえばクラスメイトたちと再会できるだろう。けど、今の俺を天宮晴だと理解してくれるかどうか、不安だ。
なので行先はコートクランの首都パラデイオー。そこで遺跡の情報を集め次第、アタックする段取りだ。
「短い間でしたけど、皆さんお世話になりました!」
俺は町の人たちにお礼を言うと大容量のリュックサックを背負い、馬車の荷台に転がり込む。大口ウナギの干物が、旅のよいオトモになりそうだ。
それにしてもこの馬車、かなり揺れる。タイヤもサスペンションも無いし、当然ではあるのだが。
せっかく食べた干物だが酔ったら戻してしまうのか。不安でなかなか手が進まない。
* * *
そして、晴が乗った馬車を、木の枝から見つめる者が1人。
[あれが、光の魔法少女かいな。で、どうやったん?]
艶やかな濡羽色の髪。それを頭頂部付近で1つに纏めて垂らす、所謂ポニーテールと呼称される髪型。
「どうもこうも無いでしょ、ヤタ。あんな素人が私に敵うはず無いじゃない」
[またまた~、ワイはあんさんの事やさかい、てっきり世話でも焼こう思ってはるのかと]
「この、バカヤタ! 誰が! あんなお惚けの世話を焼こうとしているですって!?」
[いだだだだ! 痛い!痛い! からかった事は謝るさかい放しておくれやす!]
少女にヤタと呼ばれたのは、ファルと同様の存在。こちらに彫られているのはカラスなのだが。
「まったく、いつからこうなったのかしら……」
そして少女の名を、メイ・フカミという。
天宮晴とメイ・フカミ。この出会いが後に響こうとは、まだ誰も思っていない。
次回はちょっとしたオマケ