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第43話 母の温もり


 キラキラした都を外れて薄暗い路地に入り、熊幼女の後を追ってしばらく歩く。するとある地点でぐんと空間が広がり、そこには精霊族以外の住人が住んでいた。何だあの違法建築の匠みてーなアパート。それが通路の両側に構えてるもんだからもう大変。歩くだけで謎の圧迫感を受ける。


 住人とは言ったけど、界隈で見れるのはモコモコの毛皮に体の一部を覆われた獣人族ばかり。それに獣人族と言っても種類がいっぱいあって、ライオン、牛、トラ、キツネ、オオカミなど様々らしい。

 にしても人間が全くいないって事は、ここまでの道のりが人間が生きていくには過酷すぎるという事だろうか。


 うわ、あの辺とか壁にヒビは入っちゃってるよ。碌に手入れもされてないのか。

 この子が言った、『精霊族は基本自分たちの種族以外に興味がない』ってのを実感している。

 なんか、あれだよね。飼ってみたはいいけど放置しちゃってるハムスターのケージ、みたいな。そんな廃れた雰囲気。


 シャワーもトイレもお風呂もまともな奴じゃなさそうだ。それどころか、俺たち基準の電気ガス水道みたいなライフラインが通っているのかすら怪しい。臭いはあまり漂ってこないから、下水はしっかりしてるのかな。


 ていうか、どれがこの子の家なんだ? それっぽいのがいっぱいあって分からないぞ。いかん。はぐれたら迷子確定じゃないか。急いでついて行かねば。


「おうおう、見ない顔がいると思ったら人間じゃねぇか!」

「へぁっ!?」


 焦ってたら怖そうな顔をした獣人族のおじさんに背中を叩かれた。立派なタテガミがあるから、ライオンの獣人族だろうか。


「人間が来るなんて珍しいな! 何かあったのか?」

「いや、えっと……」

「わたしのお友だちクマよ、おじちゃん!」

「はっはっは! そうかそうか、ウドさん家の付き添いか! 遠いとこから大変だったろ、これやるよ!」

「え? あ、ありがとうございます」


 なんか色鮮やかな木の実を貰ってしまった。てか、こんな寒い土地で木の実って貴重品じゃね? 知らん人にポンと渡しちゃっていいの?


「あの、受け取っちゃった後で言うのもアレだけど、貰っちゃってもいいんですか? 貴重なものじゃ……」

「ここで会ったのも何かの縁よ! お前さんが持って行きな!」


 俺の疑問を豪快に笑い飛ばすライオンのおじちゃん。女王様もそうだけど、人を見た目だけで判断しちゃいけないね。

 貴重なものを渡されたからには、この人がピンチの時には俺が助けて恩返ししなければいけないのかも知れないな。だとしたら、なおさら受け取れない。


「ごめんなさい、やっぱり受け取れません。俺、旅してるんです。ここも、あと数日たてば出発する予定ですし」

「ありゃ、そうだったのかい? だったらなおさら持って行きな。記念品よ!」

「いや、お返ししますってば!」

「いやいや、持って行けってば!」

「いやいやいや――」

「いやいやいやいや――」

「ふたりともいいかげんにするクマ!」


 結局、俺の方が折れて木の実を受け取った。貰ったからには乾燥させて、なるべく日持ちするようにしてビギニアまで持って行こうと思う。


 その後もすれ違う住人全員が見ず知らずのはずの俺に対し、気さくに声をかけてくる。何度か物を貰いそうになったが、これ以上物が増えては困るので断ってきた。けど、断った時の残念そうな表情が俺の胸に突き刺さってる。本当に、本当にごめんなさい。


 誰もが無関心だった街中とは大きく違う。暮らしてる場所がこんな状況だし、繋がり合わないと生きていけないのかも。


「着いたクマ。ここがわたしのお家クマ!」


 そんな事を考えていたら、到着したようだ。

 集合住宅入り口の扉を開けて中に入り、脇の長い階段に目もくれず進んで行く。クマ娘のお母さんは体が弱いから、その辺も考えて家を選んだのだろうな。家族思いでいいお父さんじゃないか。そんなお父さんが家から居なくなっているのは、家族のための行動だからなのかな。


「ただいまー! クマー!」

「お邪魔しまーす」


 玄関の前でお辞儀をしてから中へ。クマ娘は帰宅した勢いのまま、とてとてと駆けていったので、とりあえず俺もついて行くことにする。


「ふふ、おかえり。そちらは……お客さん?」


 寝床から上半身を起き上がらせ、クマ娘を迎えるお母さん。初対面でアレだけど、何て言うか、幸が薄そう。


 ……『おかえり』だなんて、随分聞いてないなぁ。


「うん! お姉ちゃんが遊んでくれるクマ!」

「あら、そうなの?」

「は、はい。そうです」

「何も無いけど、ゆっくりしていってね」

「は、はい……」


 つい物思いに耽っていたので、反応が遅れてしまった。

 クマ娘のお母さんが、俺に優しく微笑んでくる。

 どこか懐かしさすら感じる笑顔に動きを止めた俺はクマ娘に手を掴まれ、居間へ引きずられて行った。


「さっそく、お絵かきして遊ぶクマ!」


 クマ娘が曇りなき表情で真っ白い画用紙といろんな色のペンを持ってきた。よし、ここは俺の画力を見せつけようじゃないか。


「せっかくだし、ファルにどっちが上手く描けたか判断してもらおう!」

「おおっ! お姉ちゃんとの勝負、負けないクマ!」

「それじゃあファル、お題ちょうだい!」

[承りました。お絵かきのお題は、『かけっこをする人』で如何でしょう]

「よしきた!」

「がんばるクマ!」


 俺は情景を思い起こしながら画用紙にペンを走らせ、お題の絵を描いてゆく。隣からも画用紙とペン先が擦れ合う音が聞こえてくるから、熊幼女も頑張って描いているのだろう。


「描けた!」

「できたクマ!」


 ふたりとも仕上がったのはほぼ同時。そもそも絵の上手さで決着が付けられるので、あまり勝負に関係しないのだが。


[では、ふたりの描いた絵をワタシに見せてくれないか?]


 どうぞどうぞ。今回は自信作だ。


 どや顔で絵を見せたら、ふたりの様子が引き気味だ。何故?


「お姉ちゃんの絵、こわいクマ……」

[ハル、本当に人を描いたんだね? そうだよね?!]


 そうだよ。ファルも失礼な奴だな。親しき中にも礼儀ありって言葉を教えてあげたい。


「なんで二人ともそんな反応してんだよ。どこからどう見たって人間の絵でしょうが」


 ふたりとも正々堂々と勝負に臨んだ俺を疑っているらしいので、流石の俺も反論してしまう。


 見ろよこの絵。頭があって、胴体があって、腕と足がふたつずつある。これを人間と言わずして何と言うのだ。


[こ、この勝負、キミの勝ちだ!]

「わ、わーいクマ……!」


 くそう、負けてしまった。けれど天宮晴はへこたれない。次の対戦だ!


 その後も何度かお絵かき勝負をしたが、俺の惨敗に終わった。絶好調だったのに。解せぬ。


「次はこのすごろくで遊ぶクマ!」

「おっ、いいねぇ! 運ゲニストの本領発揮だ。ファルもやるか?」

[いいのですか?]

「当然! こういうのは大人数でやった方が楽しいんだ」


 そんな訳でファルも加えて3人ですごろくを遊ぶ。ルールは簡単。決められたターンまでにどれだけ資産を稼げるかで勝敗が決まる。たくさん稼いだ人の勝ちだ。

 結構時間が掛かった為、見どころをダイジェストでお届けしよう。


「急行の札がもらえたクマ! 次にさいころをふる時2回ふれるクマ!」

[貰える札を駆使して勝利を掴み取る、という訳ですか]

「2回判定とかうらやま」


[このマスだと物件が購入できるようだね]

「うわ、ファルの持ち金だと全部買えるじゃん」

「独占はやばいクマ!」


「やったクマ! 総資産が1000万を超えたクマ!」

[なかなかやるな! ワタシたちも負けていられないな、ハル!]

「……今俺ダントツでびりっけつなんですけど。ひとりだけ総資産2桁万だもん」


───────{6}───────

「お、6だ。ツイてるなぁ。さてさてどんな内容かな――」

『未曽有の天変地異で被災! 持っている資産をすべて失う』

「あ゛ーーーーー!!! 俺の全財産がぁーーーーーーーー!!!!!!」

「そのマスに止まるだなんて、お姉ちゃんツイてないクマ!」

「うるせーーーー!!! こっから巻き返すんだよ!!!!! 幸運の女神よ俺に微笑んでくれ!!!!!」


[もうすぐ既定の期限だが、このままいけば優勝はワタシの物だね]

「むむむー! 負けないクマー!」

「どうして俺だけ借金抱えてるんですか?」


 そんな感じでボロ負けしました。


 遊んでいる内に外はすっかり暗くなり、小さい子供はおやすみの時間。

 茹でに夕飯と体を洗うのは済ませた。ご馳走になりましたとも、ええ。とはいえ幼女と病人に料理をさせるわけにもいかず、俺が調理したのだけど。


「ふぁ~、おやすみクマ。お母ちゃん、お姉ちゃん」

「おー、おやすみ!」

[おやすみ、だね]

「うん、おやすみ」


 布団に入るなり、すうすうと寝息を立てる熊幼女。遊び疲れたらしく、もうすっかり夢の中だ。


「今日は本当にどうもありがとう。貴女が来てくれたおかげですごく助かっちゃったわ」

「いえいえ。俺がやりたくてやった事ですし、そんなにお礼されると何だかこそばゆいというか……」


 そんなに感謝の気持ちを前面に出されると、さすがに照れちゃうな。

 お母さん熊の喋り方は普通なのね。


「お母さんは語尾に『クマ』ってつけないんですね」

「そうなの。多分、夫の喋りが移っちゃったんだわ」


 そーなのかー。


「でも、どうして見ず知らずのあの子に、こんなに良くしてくれたの?」

「俺も似たような感じだから、何となく理解できるんです。この年頃だと家でひとりで遊ぶよりも、大勢の人と一緒に遊びたい、って」

「似たような感じって、まさかあなたも?」

「はい。父が俺の物心がつく前に亡くなりまして、母ひとり子ひとりって感じです。母も俺を育てるために、頑張って働いてたのは解ってるんですけど、その代わり家を開けがちで」

「そう……。そのお母さんは、今どこに? 会えるの?」

「今は……すっごく遠い所に居ます。あ、ちゃんと生きてると思いますよ?もうずいぶん会えてないですけど。 これから先会えるかどうかは、まだ分かんないや」


 羽衣母さん、俺が居なくなってきっと心配してるよね。小学生の頃、門限過ぎても帰らなかったときにひどく泣きながら怒ってたからなぁ。


 俺が羽衣母さんの事を案じていると、ふと背中に温かな感触。

 ちらりと振り向けば、熊の母さんが上半身を起き上がらせて俺の背中に手を当てていた。


「ちょっと、体弱いんでしょ? 大人しく寝ててくださいってば」

「ごめんなさい。けど、あなたの背中があまりにも寂しそうだったから、つい……」


 熊の母さんは申し訳なさげに、優しく俺の背中をさすってくる。その手の温かさが、今は遠く離れている羽衣母さんの物を思い起こさせ、俺の目からは熱い雫がひと筋流れ落ちた。


「母さん……」

「よしよし。良い子ね」

「すいません。しばらく……このままでお願いします」


 どうしよう。会いたくなっちゃったなぁ。俺の本当の母さん。

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