第39話 精霊の里にて
猛吹雪の中、ひとりはぐれて道に迷いました。これって遭難ですか? はい、そうなんです。
くだらないこと考えてる場合じゃないや。どうにかせんと。しかし、さっきからやけに背中が軽いなぁ。いつからだっけ? やべ、寒さで頭が回んね。
それにどうしてだろう。猛吹雪の中で寒いはずなのになぜだか暖かい。むしろ暑いくらいだ。
あ、荷物無いわ。詰んだじゃん。
[ハル! しっかりするんだ、ハル!]
おー、ファル。ついてきてくれてありがとな。けど、俺はもうここまでのようだ。
[寝るな! ここで寝たらもう戻れなくなってしまう!]
けどもうどうしようもないよね。せっかく用意した荷物もどこかへ置いてきちゃったし。
ハロデヌィの地形が正確に書かれた地図は見つからなかった。でも仕方なかろう。雪でいっぱいの土地をマッピングするなんて狂気の沙汰だものね。
なので俺と涌谷さんとメイちゃんの3人で長い長い上り坂を登って行ってたのだが、何がいけなかったんだろうか。
ファルとヤタは交互に連絡を取り合っているようだけど、こんな真っ白い世界じゃどこにいるのかも分からないだろう。もしくは、魔法の力で居場所がわかるのか?
「そこんとこ、どうなの……?」
[何がだい!? ハル、寝るな!!]
「発見。要救助者」
俺が意識を手放す直前に聞いたのは、そんな透き通るような声だった。
* * *
意識が戻ってきた。どうやら俺は生きているようだ。びっくり。
暖かいベッドの上でぬくぬく。意識を失うまであんな寒中にいたとは思えない環境だな。
[ファルからの信号が無かったら、こうはならへんかったわ]
「全くだ。魔法様様と言うべきか」
「けど、ここまで比較的楽に来られたのはセラのおかげよ。ありがとう」
「私は私の責務を果たしただけに過ぎん」
「それでも助かったのは事実だから、お礼を受け取ってくれるかしら」
「……承知した」
お、涌谷さんにメイちゃん。来てたのか。
近くの床を見れば俺のリュックもあった! 良かった! 嬉しい!!
「それで、俺を助けてくれたのは誰なんだ……」
「私」
声をした方を振り向けば、クールな冷たさを体現したかのようなツリ目でツインテールの少女が立っていた。
ていうか何その髪飾り。マジモンの氷?
「名前、誰……?」
「返答。名前、精霊族のグレイシャ。巡回中にたまたま貴方を見つけたから運び込んだ」
説明している間も、表情筋が全然動いていない。口数も少なそう。人見知りだったりあがり症だったりとは、また違う感じなのかな。
にしても、精霊族? 確かファルも光の精霊だったような……。
「疑問。何故、じろじろ見る?」
「いや……けど、えぇ……?」
グレイシャさんは見るからに人型だし、ファルと同じ種族だとは思えねぇなぁ。
「ファル、あの人って本当に同族なの?」
[疑う気持ちは理解できるが、まぎれもなく同族だ。人と契約を交わすと、今の姿になるがね]
はえ~そういう事なのか。じゃあファルも先代と契約するまでは人型だという事に。どんな姿だったんだろう。
[それに精霊がいるという事は、ここはまさか精霊の里なのかい?]
「精霊に里なんてあるのか……」
[ほー、精霊の里か! また懐かしいこっちゃな!]
[あぁ。すべての精霊の故郷ともいえる場所だね。それで、結局のところここは精霊の里なのかい?]
「そう。外からはそう呼ばれている」
[そうか、そうか……]
[せやたら、ワイは……]
それっきり、天井を仰ぎ見て黙するファルとヤタ。物思いに耽っているのだろうか。
……しばらく、そっとして置いてあげよう。込み上げる物もあるだろうし、落ち着いてから詳しく話を聞こうかな。
そして特筆すべきは、暖かいお布団の逃れられぬ魔力よ。こたつと同じものを感じるぜ。
ぬくぬくの環境に置かれた俺は、これまでに得た情報からある事を閃くのだった。
「待てよ。精霊がいっぱいいるって事は、魔法使いもじゃんじゃん増やせるんじゃね?」
[結論から言ってしまえば、それは厳しい。人間に力を与える事ができる精霊は限られているからね]
「バッサリ言うなぁ」
[精霊族の掟やけん。堪忍な]
が、あえなく切り捨てられる。精霊に精通してるファルが言うなら、きっとそうなのだろう。それにファル自身も誠実な奴だし、嘘をついているとは考えにくい。
その後はご飯として温かいシチューを平らげ、再び眠りに就くのだった。暖かいお布団気持ちいい……。
「って、いつまで寝てんのよ!」
うとうとしてたらメイちゃんにたたき起こされた。
起こすのはいいけど、肘はやめてくれるかな。めり込んで痛いから。
「私たちがここへ来た目的、忘れている訳じゃないでしょうね?」
「も、もちろん覚えております!」
「じゃあ言ってみなさい」
「イ、イエスマム! ハロデヌィに死面徒の手が及んでいないかを確認し、同時に古代の遺跡を調査し碑文を見つけ出すためでありますマム!」
滲み出ている『凄み』から、俺は思わず敬礼をしてそう答える。
目が覚めた所で周囲を見ると、涌谷さんがいなくなっていた。いつの間に。
「あれ、涌谷さんは?」
「セラなら『修行だ』と言って外へ出ていった」
マジかよ涌谷さん。
涌谷さんを追って、俺も防寒対策をバッチリして外へ出る事に。
二重になってるドアを開けた瞬間、寒ッッッ!! 猛吹雪の真っただ中よりマシとはいえ、それでも寒い!! 寒すぎてどうにかなってしまいそうだ!
通行人は、みんな精霊なのかな。寒さも相まって、かなり幻想的な光景が目の前に広がっている。突き刺すような寒ささえなければ、まったり観光としゃれこみたいのだが。
そして俺がいた小屋からそう遠くない開けた場所で、涌谷さんは見つかった。俺が運ばれた家屋からそう遠くない場所で刀の素振りをしている。
区切りがついたのを見計らって、俺は涌谷さんに声をかけた。
「涌谷さん! 何やってるんですか?」
「あぁ、天宮か。異なる環境故に剣筋が鈍っては困るのでな」
「なるほどぉ。しかし寒くないの? 我慢出来てるの?」
「氷点下の滝行と同程度かもしれぬ」
えぇ……ふつうそれ死ぬヤツじゃありません? 何で生きてんの。
「恐らく『氷適正』の技能も、真冬に何度も滝行をしたからであろうな」
何回もやってんのかよこいつ人間じゃねぇ。
『数をこなしたから耐性が付いた』って言い分は理解できるのが、また何とも言えない。
涌谷さん出る作品間違えてません?
本来なら、もっとシリアス目なバトル世界の住人でしょうアナタ。ナントカ滅で命かけて化け物と戦う系の。
[キミの友人にこんな事を言うのも酷だが、カノジョは本当に人間なのかい?]
「まぎれもなく、純度100%だよ……多分」
[多分……?]
こっちに来るまでは、涌谷さんは実家の剣術習ってるただの人間だと断言できたよ。うん。
涌谷さんが改造人間だって言われても驚かないよ俺。むしろただの人間って断定される方が驚くよ。
俺が心の中で独り言をつぶやいていると、涌谷さんが俺に尋ねてきた。
「して、メイとやらは腕が立つのか?」
「そうだよ。刀使って死面徒を倒すの。んでもって闇の力が凄いの」
「ほう……それは良いことを聞いた。是非、手合わせ願いたいな」
どうしよう。俺余計な事言っちゃったかな。涌谷さんの目がギラついてるよぉ。
メイちゃんゴメン。当たる時は、存分に俺に当たってくれていいから……。
「発見。ここにいた」
聞こえてきただけで凍り付きそうになるこの声は、グレイシャさん。声に特徴があるとすぐに覚えられるよね。声優さんも然り。
相変わらずの無表情でこちらを見つめてくるけど、なんか地表から数センチ浮いてません? 精霊なんだから当たり前だろ。
俺が理論的に納得したら、グレイシャさんが涌谷さんをじっと見つめていた。
「む、如何した」
「異様。この国へ来る人間、全員毛皮を着こむ。なのにセラ、厚着じゃない。セラは、寒くない?」
グレイシャさんの疑問は、真っ当なもの。正直俺でもなんで瀬良さんが普段着に近いはかま姿で居られるか分からない。やっぱり改造人間じゃないの?
「寒いからと言って震えていたら、敵に隙を晒すのと同義だ」
ついさっき俺へ言った事は、そういう事だったのか。だからと言って我慢できるような寒さでは無いのも確かだが。
俺もう暖かいオフトゥンが恋しくなってきちゃったよ。
「俺、そろそろ小屋に戻るね。正直これでも寒くて寒くて」
「確かに、慣れてない者にとってこの寒さは堪えられまい。私はここでもう少し研鑽を積む故、気にせず引き返すと良い」
「承諾。構わなくていい」
涌谷さんはもう少し鍛錬を続けるつもりで、グレイシャさんはそんな涌谷さんをまだ見るつもりだ。
グレイシャさんてばもしかして、『氷適正』がある涌谷さんに俺が知らない『何か』を感じてるのかな。だとしたら邪魔しちゃいけないや。俺もさっさと撤退しよう。
「じゃ、俺はこれで。また後で!」
「あぁ、また後程会おうぞ」
「離別。また会える」
そんな挨拶(?)を交わし、俺は暖房の利いた部屋の中へ。メイちゃんはお茶を飲んでまったりしていた。長いことひとりきりにしてゴメンね。
さて。俺も謝罪フェイズに移ろう。
「メイちゃん、俺を殴ってもいいから」
「急に何? そんな事いきなり言われても、気持ち悪いだけなのよ」
拒絶されたけど、事の次第をきちんとメイちゃんに説明し、俺はいつでも殴られていい準備はしておく。メイちゃんが涌谷さんの強さを知るのは、なるべく早い方がいいなぁ。だって俺が、この決意を忘れちゃうかもだから。忘れたころに殴られると、さすがの俺も何事だと思わざるを得ない。
「そういう事ね。なら丁度良かったわ」
あるぇ? 思ってたより好感触だぞ?
「……その顔、なんか納得いかないわね。アンタってば私のことどう思ってんのよ」
「俺にどついてくるのが意思疎通手段な人?」
「……はああああぁぁぁぁぁぁぁ…………」
「怪物みたいな溜息出ちゃってるけど、本当にいいの? 涌谷さんってばめちゃ強だよ??」
「その強さも、『幼少期から修行に耐えてきた』って事でしょ。だったらこっちも聞きたい事が山ほどあるのよ。もしかしたら、もっと仲良くなれるかも」
そうかそうか! 仲良くなるのは大歓迎だよ!
俺は胸躍らせながら、涌谷さんが鍛錬を終えて戻ってくるのを、暖かい布団の中で待つのだった。
その遭遇が、まさか亀裂を生み出すきっかけになるなんて、この時の俺は全然思ってなかった。




