EX2 見送った者たち
「では、行ってくるぞ」
「ふたりとも、委員長と先生のいう事はちゃんと聞いてね!」
「世話になったわ」
食料等が詰まった大きなリュックサックを背負い、天宮晴、涌谷瀬良、メイ・フカミの3名は暫しの別れを告げる。中でも天宮晴の振る手は一際大きい。
「無事を祈ってるわー!」
「自分らの分まで頑張ってくださいッスー!」
そんな晴に答えるミロアとサヴァ。
新たな旅路に就く3人を、クラス総出で見送った。
そして3人の背中がすっかり見えなくなった頃、何度目かのクラス会が開かれ、天宮晴と涌谷瀬良不在での生活について相談することに。
最初の頃は異なる種族の生活様式や常識など、細かなすり合わせが行われていたのだが。
「3人減って2人増えた訳だから……食事は何人分作ればいいの?」
「私に食事は要らないわ。水さえあればなんとかなるもの」
「……という事は、自力で光合成を!? ヒャッホウ皮膚片採らせてー!!」
「定禅寺、ステイ」
「採取したとしても、それ専用の機器が無いと観察できないんじゃね。DNA解析とか」
途中からはこの通り。段々話が脱線してゆく。
暴走機関車の如く突き進むは、2年1組きっての動植物好き定禅寺。前々から異種族のカラダを研究し尽くすチャンスを狙っていたのだが、ミロアとサヴァが長期滞在する可能性があると知ってこのはしゃぎようである。
当然、不可能という言葉に止まるはずもなく。
「甘い、甘いよみんな! 顕微鏡ひとつあれば細胞の観測は可能なのだ!!」
このように僅かな希望に全力で縋りつくスタイル。この姿勢に思わず先生も苦笑い。去年度からの知り合いも、「あいつってあんな性格だったか……?」と頭の上に疑問符を浮かべている。
「あー、中学の時にタマネギの細胞観察したわ」
「あっそれかぁ!」
「でもそれって確か染色液が必要なんじゃね? こんなところにあんのかよ」
「モノタ〇ウで売ってるの見た事あるぞ」
「お酢と食紅で作れるってネットに書いてあった気がする」
「染色液作んのはいいとして、顕微鏡どうすんだよ。こっちに来てからというもののレンズは見てないし」
「レンズだけじゃなくて顕微鏡の構造そのものも複雑だよぉ?」
「うぐぐ……目の前に格好の題材があるのに探求できない……これ以上のもどかしさは無い……!」
だがその希望も打ち砕かれた。両ひざを床につき、がっくりと項垂れる定禅寺。その姿に先程までの気迫は無い。
「みなさん、愉快で楽しそうですねぇ」
「さすがハルさんのお友達なだけあるッス!」
「ハルも中々、愉快な人間だものね」
「あー、そこの3人、ちょっといいか?」
賑やかなクラスの様子を見て和むミロア、サヴァ、シエルの異世界組3名に声をかけたのは、バトルチームの参謀役で凄腕ガンナーの内田秀斗だ。その後ろには、涌谷瀬良を除くバトルチームが立っている。
「シュウトさん。どうか、しましたか?」
「戦闘時の動きを確認したくてな。シエルは俺たちの仲間になってから日が浅いし、ミロアさんとサヴァは連携の経験が浅い。それに瀬良が抜けた分も含めて、考え直さないといけないと思ってな」
「……それは、イインチョやセンセーにキョカとってるッスか?」
「えっ、僕!? ……まぁ、必要な事だと思ってるよ」
「……そうッスか。ならいいッスよ」
「まさかサヴァの奴、天宮の言いつけを律儀に守る気なのか?」
「だとしたら危ういわね……」
サヴァをこのままにしておくと、狡猾な誘拐犯に攫われかねない。そんな事態を想定してか、首筋に冷や汗が流れる御嶽岳と高橋恵。前者は天宮晴の友人的立ち位置、後者は学園のオカン的立ち位置からの心配である。
「ミロアさんは大丈夫なの?」
「平気よ。何よりこの人数での連携だなんて面白そうじゃない」
「わたしは救世主としての務めを全力で行使するだけです!」
「そっか。じゃあ、全員賛成って事で」
2人の同意が取れた所で、秀斗はクラスメイトに向き直る。
「すまん、ちょっと借りてくぜ!」
「おう! 頑張れ」
「頑張ってじゃねーんだよ。俺らも接客頑張んだよ!」
「はいっ! 島村〇月、頑張ります!(裏声)」
「クソ客の応対たーのしー!」
「可哀想に。脳が溶けてるのね……」
クラスメイトからの後押しを受け、委員長を先頭に場所を移す。
裏の休憩スペースとはまた違う広間。上に紙といくつかの小石を置いたテーブルを囲み、バトルチームは作戦会議を開く。
「まず敵に遭うだろ? そしたらサヴァが切り込み役で、一撃離脱の後シエルが前衛。サヴァはその後攪乱でどうだ?」
「どうだと言われましても……まだ新人ですしそこまでは決めかねます」
「自分じゃ分かんないけど、多分合ってるッスよ」
「本当にそれでいいのかよ……」
サヴァは根本的に脳味噌が足りず、シエルは新人根性がまだ抜けてない状態。こんなのを会議に加えた秀斗は思わずこめかみを抑える。
「岳も恵も和正も、ポジションはそこまで変わらなそうだな。ミロアさんは……どこに入れるのが正解なんだ?」
「そうだねぇ。毒花粉が前衛の味方に吸われちゃまずいし」
「……いっその事、布に染み込ませて前衛役に持たせてみる?」
「それだ和正! そうか、その手があった!」
「え、なに? 私だけ道具作り専門なの?!」
委員長の和正のひらめきに不満そうな顔をするミロア。
「私ってば何も毒や麻痺花粉だけじゃないのよ!? その場にいるだけで癒し効果も期待できちゃうんだから!」
必死におのれの存在価値をアピールするミロア。そんなにチームに参加したいのか。
「じゃあミロアさんは恵と一緒に後衛かな。あ、けど道具は用意してほしいな」
「……! 任せなさい!!」
希望は叶った。早速身を震わせて落ちた花粉を布切れに染み込ませている。
「何も今すぐにやらなくても……」
「いつ依頼が来るかは分からないでしょう!? いつでも万全なようにするのよ!」
「なるほどぉ」
ミロアの言い分に納得していると、本田遊人と定禅寺が息を切らして部屋へ入ってきた。何か緊急の伝令でも持ってきたのだろう。
「城壁の結構近くで、超デカい熊が発見されたって!」
「エサでも探しに来たんだと思うけど、この季節は森の奥の方でも実りは多いし、人里の方には降りてこないはずなんだ! しかもかなり狂暴らしいから、騎士団長も同行するんだって!」
2人のいう事が真なら、このまま放っておくと街道を通る商人などが犠牲になる可能性が出てくる。そうなれば物流は大打撃だ。
そんな事態が起こってしまう前に、『救世主』に討伐して戴こうという心づもりなのは理解できた。もとより、『引き受けない』という選択肢は消えている。
「さぁ、行くわよみんな!!」
「ミロアさんが仕切んのかよ!?」
「まぁ別にいいんじゃない? 偶には僕以外が仕切ってもさ」
「それもそうね。さっさと行きましょ」
「死面徒が現れないといいッスね~」
「そうだねぇ。死面徒に対応できる2人は、今頃ハロデヌィだし」
「こっちでは国境付近以外で見かけないとはいえ、心配だよ」
こんな風に雑談を交わしながら、目的地へ向かう。体を張った現場だからこそ、適度に肩の力を抜いて事故防止に努めているのだ。
* * *
街道から外れた森を少しだけ分け入った場所で、バトルチームはターゲットと遭遇した。
遭遇した熊は体長3メートルを優に超え、目も充血しきっている。かなり気が立っているようだ。少しでも物音を鳴らしたら、すぐに気が付かれてしまうだろう。
王宮騎士団団長のグレンもついているとはいえ、こんな相手に果敢に立ち向かえるのかと聞かれたらNOだ。本能が警鐘を鳴らしまくっている。
先手必勝。サヴァは近くを流れる小川を操り、作り出した水流に乗り熊の頸動脈を狙ってヒレで切りつける。そのまま流れに乗り離脱するも――
「ッ! 浅かったッス!」
確実に切りつけたが出血は無く、相当肉が硬いことが判明した。
『グアアアアアァァァァァァッ!!』
接触された熊は激昂したのかけたたましいほどの雄たけびを上げる。木々から小鳥が我先にと飛び立って行く。
「ヤバイヤバイヤバイッス!」
「させません!!」
水流に乗り逃げるサヴァとそれを追う熊の間に、得物を携えたシエルが割って入り込む。
シエルの戦闘スタイルは、ロングソードの二刀流。二振りの剣は人知を超えた方法で鍛えられ、非常に軽くて丈夫な業物である。
振り抜かれた熊の拳を、シエルは剣を交差させて受け止める。その際に衝撃までは殺せず、結果として数メートルずり下がった。
止まった瞬間、秀斗が熊の膝に狙いを定め弾丸を放つ。が、熊は機敏なステップを踏み弾を全て回避した。でかい図体にしては俊敏な動きだ。
「どうなってんだよアイツ……」
「委員長! 行けるか!?」
「ちょっと無理そう……」
そう溢した委員長の足は恐怖でガタガタ震えまくっている。
圧倒的地力を持つシエルと屈指の実力者であるグレンが、恵のエールを受け前衛を張る事で何とかしのげている状態だ。下手な前衛が出るのは許されない戦況でもある為、サヴァと岳と委員長の和正は動けない。
「ほんの少しでもいい! 勝ち筋はどこだ……!」
秀斗も援護射撃を行いつつ、突破口を探る。しかし熊が彼の放った銃弾を脅威と見做さなくなるのも、時間の問題。
そんな彼に、ミロアが身体からフレグランスな香りを漂わせ、肩に手を置いた。
「焦っても、あまりいい考えは浮かばないわよ」
「ミロアさん……けど、どうやったら!」
「私にいい案があるの」
自信ありげに宣言したミロアは、秀斗に小さく耳打ちで考えを伝える。それを聞いた秀斗は脳に電撃を受けた感覚に見舞われた。
「確かにそれが通れば一気にこっちが有利になる……。けど、有り得るのか!?」
「やってみせるわ!!」
ミロアが力強く踏み込み前へ出る。今の居場所は、シエルとグレンのすぐ後ろ。少しでも選択を間違えたら、熊の攻撃が当たってしまう距離だ。
「ミロアさん!? 何やってるんですか!」
「危ないぞ!」
「大丈夫よ! あなた達の邪魔にはならないようにするから!」
彼女の一挙一動に合わせて、花の心地よい香りが漂いだす。それは戦闘で興奮状態となっている精神を次第に落ち着かせ、彼らに平静さを取り戻させる。
安らぐ香りの効果は、相手の熊にも表れ始めた。
「動きが止まったぞ!」
あんなに狂暴だった熊の足が止まったのだ。
「大丈夫、大丈夫よ。だから踏み出すの……!」
そう自分に言い聞かせ、シエルとグレンの前に出るミロア。そして熊に最大限まで接近し、優しい手つきで撫でる。
しばらくすれば、熊はすっかり大人しくなった。
そして熊は、和正らに向かい口を開ける。
『すまないクマ。どうにも気分が立っていたクマ』
「「「「「「「「しゃべったあああああアアアアアァァァァァァァァ!?!?!?!!?!」」」」」」」ッス!?!?!?!」
見た目どう見てもクマから繰り出される、流暢な言葉と取って付けたかのような語尾。
「えっ? いや、実はそれ着ぐるみだったりしない?」
『有り得ないクマ。俺は獣人族なのだクマ』
「またいかにもファンタジーっぽい言葉が出てきた」
驚きは過ぎ去り。話が通じる相手だと判明したバトルチームは、取り敢えず何故こんな所に居るのかを尋ねる事に。
『俺にはまだ幼い子供がいるクマ。それで普段の稼ぎじゃ子育てもままならないから、こうして都会まで出稼ぎにきたクマ』
「子育てって結構お金が掛かるのよねぇ……」
「そう思うと、なおさら帰らなきゃだな」
「あぁ。それで、どうしてこんな森の中に?」
『雇ってもらおうにもこの見た目だクマ。怖がられて就職どころじゃなく、日々の貯えも次第になくなっていき、やるせなさと惨めさと焦りがこみ上げてきちまったんだクマ』
「それで耐え切れず暴れてしまった、というわけね」
「どうしますか団長さん。悪いクマじゃなさそうですし……」
「そうだな……まだ実害は出ていないし、そんなに重い罪には問われないんじゃないか?」
「良かったッスねクマさん!!」
『けど、稼ぎが無いんじゃどうしようもないクマ……』
実経験から語られる恵の言葉を聞き、帰還するという意を更に固める岳。シエルはグレン団長に判断を仰ぐが、それでは根本的な解決にならず。
皆が途方に暮れる中、和正の委員長的思考回路が繋がった。
「だったら、うちの畑の番人になってよ! あなたほどの強面なら、きっと泥棒は入ってこれないはずなので!」
和正が提案したのは、畑に入ってくる泥棒への対策として、この熊を雇い入れる事だった。
幸い、喫茶店の経営も客入りも順調で、熊を雇う余裕はある。
『や、雇ってくれるクマ!?』
「最終的な判断は先生がするけど、事情が事情だから多分迎え入れてくれるよ」
『お、おおおぉぉぉ……! ありがとうだクマ! 感謝感激クマ!!』
熊は大粒の涙を流し、和正の手をブンブンと上下に振る。
さて、この熊は出稼ぎに来たのだが、それほどまでの事をしないとろくに稼げないとは、いったいどんな土地から来たのだろうか。




