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第1話 日常陥落

まずは皆さんはじめまして。そうでない方はこんばんは。すし玉子と申します。

今回思い切って投稿することにしましたので、よろしくお願いいたします!


 カーテン越しに、日差しが部屋に届く。それを感じ、俺というベッドの上の膨らみはもぞもぞと蠢きだす。

 蠢くものは布団から出るとカーテンを勢いよく開け、朝の陽ざしを体いっぱいに浴びる。ここで大きな欠伸を一つ。

 リビングから聞こえてくる、何かを焼く音に釣られるように、俺は扉を開けた。


「お。おはよう」

「おはよ~」


 母親である天宮羽衣の挨拶にのほほんと返事するこの俺こそ、母子家庭である天宮家の一人息子、天宮晴だ。


「今日の朝ごはんって何?」

「知りたかったら手伝う事ね。あ、あと新聞取ってきて」

「はーい」


 少々癪に障る言い方だが、ここで口答えしても無駄だと俺の十六年の人生が告げている。

 俺の格好は未だ寝巻のままだが、まあ問題ないだろう。朝食の配膳を手伝い終えると、羽衣母さんと向かい合って食卓に着く。


「「いただきます」」


 俺の一日は、一膳のご飯から始まるのだ。これが忙しさからどうしようもなくパンである日もあるのだが、そんな時はどうしても元気が足りなくなってしまう。


「そういえば今日から新学期ね」

「結構不安だよ。新しいことも習うんだろうし」

「去年一年間遅刻せずに毎日学校に行って、留年しなかっただけでも、十分凄いと思うわ私は」

「確かに去年は何とかなったし、今年もそうなるか!」


 食べ終えたら食器を水に漬け、歯磨きと洗顔を済ませ自室に戻って制服に着替える。羽衣母さんが早くからの仕事で忙しかったりする日は、着替える前に食器洗いを挟む。

 この制服に袖を通すのも、今日で二年目。もうすっかり手慣れたものだ。


「行ってきます!」

「はい行ってらっしゃい!」


 そして羽衣母さんが出るより先に、鞄を背負い家を発つ。朝の清々しい空気と柔らかな日差しが心地いい。

 通学路では桜並木で彩られている。今日も遅刻せずに済みそうだ。


* * *


 窓からうららかな日差しが降り注ぐのは、2年1組の教室。

 新学期が始まり、新たなクラスメイトと一年頑張ろうという雰囲気の中、俺はうとうと気分で座席に寝そべっていた。


 なんだか、すっかり、眠くなってきちゃったなぁ。昨日もいつも通りに日付を跨ぐより前に寝たが、この有様。

 春はあけぼの。どれだけ寝ても寝足りないのだ。


「ちょっと、まだ寝る気なの!?」


 夢うつつな俺の背中を、そう言いながら強めに何度も叩く女子生徒。全く、こんな事をしてくる人は一人しか考えられない。


「んにゃ……ママ? おはようございます……」

「はぁーっ、呆れた」


 俺の寝ぼけ混じりの返事に嘆息するのは、六人きょうだいの一番上という立場からか何かと他人の世話を焼き、何かと男子生徒を勘違いさせる、人呼んで『学園のオカン』こと高橋恵だ。


「あっ、高橋さんだったかぁ。おはよ」

「『おはよ』じゃないわよ! 第一今日は新学期の初日、スタートダッシュを切るには最高の日なの。まさかあんた、夜更かししてたわけじゃないでしょうね?」

「ええっ!? してないよそんなこと!」

「なら、どうして今も眠そうなワケ?」

「それは……お日様が暖かいんだから仕方ないじゃないか」

「あんたねぇ……それを言う資格があるのは窓側の席の子だけなの。そしてあんたの席はどちら側?」

「えっと、廊下側だね」

「よくできました。さ、分かったんならシャンとする!」


「おーい! めぐみーーん!」


「お呼ばれしたから、またね。もう寝るんじゃないわよ?」

「あはは……気を付けます」


 4人からなる女子グループの一人、快活な大空優希に呼ばれ、恵は喝を入れられるかの如く俺の背中をピシャリと叩くと、小走りで去っていった。響くけどそんなに痛くない力加減で叩かれるんだから、あまり怒る気になれないのが凄いと思う。


「よっ!」

「おはよ、天宮」

「本田くん! 御嶽くんも、おはよ~」


 俺に近づき、挨拶をする二人の男子。

 軽薄そうなのがボランティア部所属の本田遊人で、少々マッシブな方が水泳部で食いしん坊の御嶽岳だ。


「まーた女の子に世話焼かれやがってよ~。なんだか羨ましいぜ~!」

「そうかなぁ? 『もっとしっかりしなきゃ』っていっつも思ってるのに」

「思っててもついつい、うっかりやっちゃうんでしょ? 本田も、ワザと天宮みたいにすればいいんじゃないかな?」

「それは嫌! 俺っちは女の子をその溢れる甲斐性で引っ張っていきたいの! 困らせるような事はしたくないの!」

「ううっ! 精進します……するしかないですハイ」

「なんだかなぁ……」


 この二人と俺の関係は、去年一緒のグループになった事があるというだけのもの。知り合い以上で顔を合わせると談話に応じるのだが、休日にしょっちゅう遊んだり私物の貸し借りをしたりするほど親しくはない。


 しばらくすると教室前の扉が開かれ、このクラスの担任である及川信司が教壇に立った。

 この頃には既に、俺は眠気ともオサラバしていた。


「おはようお前たち、朝のSHRを始めるぞ!」


 出席簿を置き、そう号令をかける。

 やることは主に、行事の予定や地域の情報などの諸連絡。

 それが終わると休憩時間を挟んで一限目の授業だ。と言っても新学期最初の授業なので、授業のさわりと春休みに出された課題の提出、あとより興味を持ってもらうための小話で終わりそうだけど。


* * *


 授業は俺の予想通り、簡単なもので終わった。けど次からは気を付けなきゃ、あっという間にテストで赤点まっしぐらだ。何とかしないと。


 一先ず午前中の授業は終わって、いよいよお昼休み。待ちくたびれたよ。もうお腹が空いて堪らないんだ。

 鞄から保温バッグを取り出し、中の風呂敷包みを机の上に置く。お弁当は、羽衣母さんが朝に用意してくれたもの。中身の半分が冷凍食品な事が多いけど、最近の冷凍食品は本当に美味しいから大丈夫。


「いただきます」


 両掌を合わせて、一礼。

 傍から見たら子供っぽいって思われてるかもしれないけど、俺にとってはとても大事な行為だ。


 周りのクラスメイトは親しい友達とかと談笑しながら購買で買ってきたパンとかを食べている。

 俺って食事は一人で自由気ままに味わう人間だからね。聞こえてくる笑い声も、食事を彩るBGMだと思えば何ら煩わしくは思わない。


 あ、おかずに冷凍ハンバーグ! ラッキー! これはご飯と一緒に食べるとおいしいんだ。後の方に残しておこう。と、ここで青菜のおひたしで先に口内を潤す。よく噛んでから飲み込んで、と。お次はご飯といこうか。う~ん、みるみる元気が溜まっていくぞ。甘くなるまで噛んだらそろそろ飲み込み時。玉子焼き、これも食べちゃおっと。あ、もう終わっちゃう。


「ごちそうさまでした」


 生産者にありったけの感謝を捧げ、お弁当を包みなおす。風呂敷の詳しい包み方なんて知らないけど、まあ包めてるからOKか。


 片付け終わって、さて何をしようか。去年はこういう時間に課題を進めたり図書室に行ったりしてたんだけど、新学期始まってすぐの授業で課題が出されるはずもなく。図書室で新刊を眺めたり今週分の雑誌に目を通すのが無難かな。いやでもあそこは……でもやること他にないし……行かない理由が見当たらないな、ヨシ!


 そうと決まれば即実行。行くのを躊躇っていた゛何か″の正体が気になるけど、まあいいや。

 ドアを開けたら、古本特有の匂いが漂ってきた。多分インクかな?


「いらっしゃい、ボウズ」


 去年だけで司書のオバちゃんともすっかり顔なじみだ。それと俺は坊主頭じゃないのに、なぜかそう呼んでくる。それがちょっとした不満なのをたった今思い出した。くそう、なんで今なんだ。


「毎度どうもです。その呼び方何とかならないんですか?」

「アタシにとっちゃあ、この学校の生徒全員がボウズ小娘なのさ。さて、今日はどんなご用件だい?」

「えっと、新学期にもなったので新刊が入ってないかなと……」

「安心しな。ちゃーんとあそこの棚にあるよ」


 オバちゃんが示した方を見ると、なるほど確かに去年は見かけなかった新しい本が並んでいる。あの中に読みたい本はあるのか、すっごく楽しみだ。

 さてさて、どんな本があるかな~?


 ほぉ~~~~~~~~~~~~ん?


 感嘆の意と『本』の読みをかけた激ウマギャグを垂れつつ、タイトルに目を通す。あ、この児童向けシリーズまだ新作出てるんだ。

 ふと背後に気配を感じる。振り返れば控えめそうな女の子がつっ立っていた。もしや文学少女、実在していたのか。しかもこの子よく見たら、俺らのクラスにいたような。まあいいか。

 もしかして邪魔だったかしら。ごめんごめん。それならばお譲りしますよ。無言退散。新刊が並べられた棚を去り、いつものコーナーへ向かう。


「あ、あの!」


 ん? どうしたんだい、そんな大声出して。図書室では静かにするべきなんだぞ。

 振り向いてみればオバちゃんの顔は不快感を示してないし、さっきの内気そうな女の子は顔を赤らめてこっちを見ている。


「どったの?」

「その……言うべきか、言わざるべきか……迷ってたんですけど、言います……」

「お、おう」

「し、下のチャック、開いてます…………で、ではっ!」


 えっ。

 言うなりその子は退散していく。

 マジ? …………マジやんけ。いつから?

 もしやあの授業の時、トイレに行ってから? 流石に朝から全開は無かったと思いたい。


「災難だったねボウズ。ちゃんと閉めときな」


 言われなくても!


* * *


 図書室での一件から気持ちを引き締め、午後の授業に臨んだ俺は無敵だった。といっても、午前中とほとんど同じような内容だったんだけどね。でも次からは気を付けないと、赤点へゴーストレートだ。注意して授業を受けなければ。

 あれからクラス名簿等で確認したところ、内気な文学少女は我らのクラスにいた。名は園部文代。もしかして、気付いてた時から不快な思いをさせちゃってたかも。反省せねば。


「全員揃ってるかな? 帰りのSHR、始めるぞ!」


 32人全員が着席したのを確認し、及川先生が号令をかける。

 家に帰ったら何しようかな。羽衣母さんはまだ仕事だろうし、やっぱりゲームがベタか。


 なんて事を考えていると、何やら目の前がぼや~っと光り始めた。いや、目の前だけじゃない。教室全体が、光に包まれている!


「何何何何!?!?」

「とりあえず落ち着いて避難経路の確保だ!」

「くそっ! ドアが開かねぇ!!」

「窓も開かないよ! 一体どうなってるの!? カギは掛かってない筈なのに!!」

「もう出来る事はあるまい。座して死を待とう……」

「諦めんなよ……諦めんなお前!」


 クラス全体が慌ただしくなる中、俺は有り余る程の恐怖を感じ、机の下に身を潜めていた。

 早く過ぎ去りますように…………!


 縋るように祈る俺とは裏腹に光は更に強くなり、エレベータが下り始める時のような浮遊感を覚えたのだった。

まずはストックがいくらかありますので、それを1週間連続で投稿してから、毎週金曜の夜7時に更新していきたいと思います。

ブクマ・感想等お待ちしております!

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