6話 生まれ変わる物
Error。
記憶領域が破損しています。想定されていない動作が行われています。今後の戦闘行動に影響を及ぼす可能性があります。
被害は最小限だ。村を焼かれることなく済んだのは僥倖と言える。しかし、私の躰で、これから来るだろうならず者に対応するのは現実的とは言い難い。子供たちも大人もすでにこの村を放棄し、放浪することを頭に浮かべている。
私達はメモリデータを閲覧する。
そこには絶望と地獄があった。私達のようにもろいながらも確かな平穏を築いた村を、温かい何かを。彼の駆る私は一切の迷いなく焼き尽くす。
「これが・・・あんただっていうの?・・・」
「そのようだな。」
その驚愕は私にはわからない。用途としてはむしろまっとうだ。
計算以上の点があるとすれば、自分を駆るその少年の腕は卓越したものだったということ、そして私のなかに無数のErrorが吐き出されていることだろう。
私が今の主よりも少し大人びた少年と一つとなり、幾百、幾千もの地獄を生み出す様が送られたデータには残されていた。
旧人類の生存圏を淡々と虫でもつぶすかのようにおこなう。戦争の部品。
悲鳴も銃声もあっという間に嗚咽と炎の燃える音に成り代わる。
「あんた、この前の主人のことはなにもわからないわけ?」
「ああ。私のメモリは失われている。前の主が抜いたのか、それとも別の誰かが抜いたのかはわかりかねるが。」
「アンタがしゃべったこと、あいつは驚いていたわね。アンタしゃべったこともなかったの?」
「さあ。それもわかりかねるが、あの反応からするにそういうことなのだろう。」
場面が移り変わる。どんな戦場だろうと彼は強かった。時代を変えたとされる英雄のような天下無双の強さではない。弱者を踏み潰す、無造作で理不尽で、しかし当たり前が完成された強さだ。
彼の独壇場ですらあった。私はこれほど動けるものなのかと私自身が想定外なほどその機体は隔絶していた。
「あんたは・・・何者?」
知るものか。型式番号G7G2I.be.通称アイビー。そんなデータはあっても、私は何なのか、知るすべなどない。
しかし、それでも一つだけ確かなことはある。このメモリを閲覧するまでもない、確かな事実が。
「どんな過去があろうと、私の今のマスターは君だ。」
「そっか・・・。そうよね。ねえ、あんたの名前、アイビー・・・だっけ?」
「そうだ。」
少し思案気に。しかし一つうなずくと私に向き直る。
「ねえ、あんたのマスターはあたしなのね?」
「そういった。」
「なら、あたしのために戦える?」
「君が初めて機動したときから、私は君の命令を受け付けてきた。」
「そう。なら、これからも、あなたの力を私のために、みんなの笑顔のために振るいなさい。」
ああ。夢のようだ。兵器の私に過ぎた希望だ。人間の脳よりも、省スペースのちっぽけな電子頭脳に生じた私というバグが狂喜する。
いつか不要になり地獄で打ち捨てられるのだとしても。それが私という兵器の生まれ持った罪科なのだとしても。
私は今度こそ、人を笑顔にできるのだと。
「そのために名前をあげる。新しいアンタの名前。それは―――」
ゼラニウム。
「了解した。」
記憶領域がクリンナップされる。余分な情報が整理され、兵器としてあるべき正常へと還っていく。整理される巨大な情報の波のなかには、「私」も含まれていた。
――――完璧な兵士。いや、兵器かな。言葉にすると陳腐極まるけれどね。それが、僕たちに求められた役割だった。
ノイズが加わる。少年を幻視する。お前は誰だ。
――――だから彼女が現れたのは予想外だっただろうし、それに心を砕いた僕も邪魔になるのはまあ、仕方ないだろうね。
カメラが映していないはずの映像が再生される。燃え尽きた地獄を、私を後にして、少年と少女が駆けていく。お前は誰だ。
――――相手を思いやる気持ちや情は、大部分において自分を不利においやるものだけど、時として合理的判断や機械で見えるそれを超える力だ。人類が当たり前に持っているものを知るのに、僕はずいぶん回り道してしまった。
少女と少年は、同じような炎の跡に残った人をかき集め、遺された物を抱え込んで。まだ火種のない場所に、小さな希望を築いていく。お前は、誰だ。
――――僕は君で、君は僕だった。けれど、もう違う。君にも君の行くべき場所と還る場所ができただろ?
具体性がない。機械の知能で理解するには言葉が足りなすぎるはずのそれは、しかし私に入り込んでいく。
――――僕にとっての彼女がそうだったように、君も君の標を見つけたはずだ。だから君はアイビーなんて名前は捨てていい。僕の影に甘んじることはないんだ。
お前は、いや、君は……誰だ。
――――さようなら。ごめんね。戦いの中において行かれた僕。そして、どうか幸せに。僕の殻に生まれた誰か。
君は……待ってくれ!!
荒ぶる情報はそれを最後に加速し、押し流していく。しかし本来とは少し違う形に再構成される。戦いの記憶。私が笑顔にできなかった少年。私ではない何かに自分の道を見つけた私の半身。戦士の残滓。再構成された「私」には、自我のない頃の正常な兵器としての記録も確かに残されていた。