第6話 強制共感
途端に視界はメルヘンチックな色合いに彩られると、みるみる空気中に色彩が溢れ、フィルターを外したように世界が虹色に染まる。
色調の種類は主に二つ。空気中を漂っている色と、あらゆるものから湧き出す色。それらは空気中で混じり合うと、常に新しい光彩を生み出し続けた。
その光景はまるで、存在するすべてのものに心があると代弁しているよう。
しかし綺麗な色彩ばかりではない。悠人は心を揺さぶられる感覚を覚えると、視線を下げた。そして自分の体内を通過する帯を見つける。
「なんだこれ? これが体を通過する旅に気が沈んだような、嫌な思いをした気持ちになる……。反対に、明るいのは気分が上がるぞ。これはいったい……」
「それは空気中に溢れた感情が、お兄さんの心に影響してるからだよ」
「言われてみれば確かに……。でもこの感じ、初めてじゃない。なんとなく気分が重いときや、気分のいいときと似てる。しかもいつもより明確で……」
「実際に感情が見えるから、いつもより感覚がビンビンになってるんじゃない?」
「へえ。なるほど」
納得して悠人は頷く。すでに悠人はこの不可思議な現状や、真名に対して疑問を抱いていなかった。それが真名の暗示によるものであることは言うまでもない。
と、悠人はふと視界の端になにかを捉える。一瞬それは虫だと思ったが、形状からして生き物ではなかった。ではなんだろうかと目を動かす。
原っぱに蹲ってぐずる萌から、青黒い帯が湧き出していた。
帯は悠人の体内を通過する度に些細な暗然を感じさせた。そして空気中の感情の色彩を認識してから、先程よりもそれが大きく自分の心に影響していることに気づく。
「な、なんだ!? 気分が勝手に動かされて――」
「それはね、今萌ちゃんの感じてる生の気持ちだよ。生だよ?」
真名の回答に悠人の表情が強張る。真名は指を立てた。
「さっきからお兄さんが萌ちゃんの気持ちがわからないみたいだったから、実際にその気持ちを隅々まで感じちゃうようにしたの。この感情がなにを示してるかわかる?」
残酷なほど純粋な眼差しで問う真名。だが今の悠人に答えられる余裕はなかった。
嫌悪感と嘔気と傷心が胸を抉る。誤魔化そうと首を振るが、萌の強力な感情はどんどん悠人の心を蝕んだ。思わず体をくの字に曲げると、その拍子にある人物が目に入る。
それが佐沼だと認識した瞬間、悠人の胸中で燻っていた感情が一気に燃え上がった。
ぶるりと震え上がり、全身を虫が這うような不快感を覚える。
「え? あ……あの、大丈夫ですか?」
じっと見つめられ、佐沼は悠人の異変を感じ取ると、そっと手を伸ばす。
瞬間、得も言えぬ嫌悪感が、稲妻のような勢いで悠人の全身を駆け巡った。
「寄るなァ!!」
悠人は殴りかかる勢いで佐沼の手を払った。すると佐沼はびくりとし、怯えた視線を悠人に送る。そんな佐沼を見た悠人も、自分の行動が信じられず硬直した。
「今のは……いったい?」
「あのねお兄さん。人は嫌いな人と一緒にいるとね、本当に具合が悪くなったりするんだよ? 今萌ちゃんの感じてる気持ちは、それの典型でね――」
悠人を不快感に陥れた張本人は顔色一つ変えず、得意げな声色と無邪気な笑顔で精神のメカニズムを説明する。そこに悪意は微塵もない。
だが悠人は真名の話を聞いていなかった。それよりも、一瞬でも萌の気持ち――佐沼への嫌悪感に共感してしまったことに強いショックを受ける。
だがその感情に呑み込まれることはなかった。なぜなら悠人は、今なお萌の心の奥底で生まれ続ける佐沼への嫌悪の根源を突き止めたからだ。
それに気づいた直後、自分の中に流れて来る萌の嫌悪より、自分本来から湧き上がる気持ち勝った。それは萌の抱く不快感を吹き飛ばすのに十分な量の怒り。
「なんだ……このどこまでも自分勝手な考えはっ⁉ ふざけんな!」
「ひぅ!?」
怒りを露わにした悠人に睨まれると、萌はびくりとする。
「共感してよくわかった。お前は本当に反吐の出るクソ野郎だ。別に佐沼がなんかしたわけじゃねえ。生理的な理由でこいつのことをゴキブリ以下と思ってやがる」
「当り前じゃない! こんな奴キモイと思うのが普通でしょ!?」
「まだ抜かすか! いいか、今すぐ自分の考えを改めろ。お前がやってるのはただの差別だ。二度とこいつを気持ち悪いなんて思うんじゃねえぞ!?」
「はあ!? そんなの無理だって。だって本当にそいつ気持ち悪……うぇっ」
首を垂れたかと思うと、再び萌は嘔吐感を覚える。
真名の効力が持続していたため、今度は悠人にも影響があった。
悠人は萌の気持ちをダイレクトに感じ取ると、吐き出しそうになるのを根性で抑える。そして胸が燃えるような感覚に耐えながら、無理やりごくんと喉を鳴らした。
「っ……てめぇ、また同じことを思いやがったな!」
萌のふざけた精神構造にぶち切れると、悠人は萌の襟首を掴んで拳を振り上げた。
その行動に驚いた少女たちは悠人の服やズボンを引っ張り、必死に食い止める。
「なにしてんのあんた!? 萌ちゃんになにするつもり!?」
「すっこんでろ! いいか、こういう奴は2、3発ぶん殴らないとわからないんだ」
全身を掴む手を振り解くと、悠人は萌を自分の方に引き寄せる。
「もう一度同じことをやってみろ。顔が腫れるまでぶん殴るからな!」
「そ、そんなこと言われたって絶対に無理ぃ! キモいものはキモいんだもん!」
「このっ……」
「も、もういいですから……っ! 二人ともやめてください!」
悠人の怒りが限界を迎えたときだった。今までの成り行きを見ていた佐沼は、自分が原因で暴力沙汰になることに恐怖し、急いで仲介に入る。




