幕間 夢4 崩壊の一歩
夢が覚めるという感覚は時折体験しているものだが、本当の『夢』が覚めるときって、突然やってきて、何もかもを奪っていくものだと、最後の最後に僕は気付くんだ。
なんて僕は愚かなんだろう。
安政2年9月の終わり。
あれから1年が過ぎた。
元号も変わり、世の中のゴタゴタはひどくなっていた。黒船の圧力に負けた幕府が偏った条約を結ばされ、下田に米国の総領事館なるものが出来たらしい。幕府の弱腰に本格的に各藩から異論が噴出していると隊長が言っていた。憂国隊の存在がさらに注目されることになるぞ、と。
そんな中、ある日おとっつあんに呼ばれた。
「そろそろお前にも所帯を持たせようと思う」
「え?」
「向かいの伊勢屋のおはなちゃんも嫁いでいっただろ?お前もそういう年だ」
そう、おはなは先年嫁いでいった。伊勢屋さんより格上のお店の若旦那のところへ。いつだったか相談があると言われていながら結局憂国隊の仕事の忙しさになかなか時間が取れず。気が付けばそういうことになっていた。あれはそういう相談がしたいということだったと今でも思う。
でも、聞いたところでどうにかなるような問題でもない。なんだけど、相談にのってやれなかった自分を少し責めていた。
「誰か良い人はいるのか?」
「え?いや、特には・・・」
「そうか、ならこっちで決めてもいいな」
「そ、それはちょっと・・・」
「菊太郎、跡継ぎの結婚は大事なんだ。お前にも分るだろ?店を続けるにも大事だって」
「は、はい」
「加助みたいにふらふらしていてはいけないよ。わかっておくれ」
「・・・はい」
加助みたいに。
おとっつあんは加助と出かける僕のことを良く思ってないんだな・・・。
まあ、わかってたことだけど。
「では、お遣いに行ってきます」
その後も続きそうな小言を避けるためにそういうと、そそくさと店を出る。
店を出てしばらく歩くと、加助がいる。
「ごめんね、ちょっと捕まってしまって」
「いいよ、おれもさっき来たばかりだからさ」
並んで歩く。
「で、今日は何の用だって?」
「さあ、お頭、いや、隊長が菊太郎呼んできてくれってさ。なんかしたか?」
「いや、特に心当たりはないけど・・・。なんか失敗でもしたかな?」
「この間の会合でも凄かったからな。みんな菊太郎の話に夢中で。ほとんど入隊していったぞ」
「加助の呼んでくる人たちがそもそも良い人だから」
「いや、菊太郎さまのおかげさ」
褒めあいながらいつもの屋敷に着く。中に通されて隊長の部屋に。
「良く来た、菊太郎、加助!」
「はい」
「二人のおかげで隊員が増えている。ありがとうな」
「いえ、隊の目指すところが素晴らしいからです、な、加助」
「はい!」
「さて、今日は二人に頼みたいことがある」
「なんでしょうか?」
「これは極秘任務だから誰にも言ってはいけないぞ」
「は、はい」
「実はな、俺たちの後ろ盾になっている西国の殿様が明日江戸屋敷に上ってくるんだ」
隊長の話は、江戸に上ってくるその殿様が、憂国隊への物資を持ってくる。それを受け取りに行ってこいということだ。
正直、それのどこが極秘任務で、なぜ僕たちなのか良くわからない。
「きょとんとしてるな?」
「・・・はい。少し意味がわかりません」
「実はその物資の中に、倒幕の計画書が入っているのだ」
「え!?倒幕!?」
「しーーーっ」
口の前に人差し指を立てて隊長が言う。
「大名たちが手を組んで幕府をひっくり返そうとしている。その中に俺たちも役割があるってことだ」
「そ、それは・・・」
「人が多く動けばそれだけ漏れる可能性が高くなる。お前たちにしか頼めないんだ」
「わかりました!な、菊太郎!」
加助が大きな声で了承する。
「・・・わかりました」
隊長の部屋を出る。
「大丈夫かな・・・」
「大丈夫さ。ちょっと行って運ぶだけで、おれたちの評価がさらに上がるんだぜ?もっと偉くなれる!」
「・・・まあね」
加助と別れて家に向かう。と、向かいの伊勢屋さんからおはなが出てきた。
「菊太郎さん!」
「おはな!久しぶりだね。戻ってたのかい?」
「今日はちょっとね・・・。そうだ、ちょっと時間作れる?」
「ああ、いいよ」
二人で並んで川沿いに進む。小さいころ遊んでいた河原まで。
「ほんとに久しぶりね」
「ああ」
川の流れを見つめながら、おはなは何か言いたそうだ。
「何かあったのかい?」
「・・・わたしの嫁いだ先の経営がうまくいかなくなって・・・。家を出されることになったの・・・」
「元々旗本様への用立てなんかしてたんだけど、お武家様の景気が悪くなってきたって・・・」
「・・・でもそれでおはなを出すってのは、ちょっと・・・」
「違うの、このままいてもつぶれるかもしれないから、今ならまだって・・・」
「・・・そうか」
「黒船以降、将軍様のお力が他の大名様に効かなくなってきてるって。旦那様が言ってた。それが景気にも影響してるんだって・・・」
そうか、幕府側から見ればそういうことか。結果的に僕たちのやってることがおはなの嫁ぎ先をつぶすことになるのかな・・・。
「悲しいけど、また菊太郎さんと毎日会えるから、いいこともあるかも」
「そうだね・・・。困ったことがあったらなんでも相談して」
「うん!」
そういえばおとっつあんから結婚の話されたな・・・。おはなが戻ってくるとなると、いや、まあまだ先の話だろう。
次の日、10月1日。
加助と二人で指示された場所に行った。
大きなお屋敷の裏口。
出てきた屋敷の奉公人らしき人から荷車を受け取る。
ほとんど言葉も交わさない。
荷車の前を加助が引いて、僕が後ろから押す。
周りから見ればただの荷運びだ。なにもおかしいところはない。
「菊太郎!重いな!」
「いろんな意味でね!」
後ろから押してるうちに、荷物を覆っている藁のかぶせがずれる。
「加助、ちょっと止まって!荷を直そう」
荷車が止まる。
ふたりで藁を直していると、
「これなんだろ?」
かぶせている藁の下には俵や箱があるが、俵の一部が出来が悪いのか、中身が少しこぼれそうだ。
「米、じゃないね」
「なんか黒くて、なんだ?」
「まあ、早く行こう」
「食べ物かな?少し味見してもいいかな?」
「駄目だよ!隊長にばれたら怒られるって」
「少しならわかんないって」
加助が俵からはみ出ていた黒い練り物みたいなのを少し手に取って舐める。
「あ、駄目だって!」
「・・・苦い、苦いーー!!ぺっ、ぺっ」
吐き出す。
「なんだこれ、食べ物じゃないや。薬、みたいな」
「ほら、罰が当たったんだよ」
「苦いー」
「行くよ」
隊の屋敷に荷車を運び、その夜、加助が死んだ。
僕の夢がもうすぐ覚める。