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5th. セフィアとレクスの世界観

「…………?」

 レクスの閉じた腕がわずかに開き、光を取り戻す。

「……何してるの? お昼寝?」

「へ……? あ、れ? セフィ……ア?」

 開いた光の中に、風に吹かる髪。暮れだす夕陽にブラウンヘアーの変貌。

「そうだけど? さっきから何してるの?」

 不思議そうに視線を向けるセフィア。レクスの体勢は死を待つ覚悟の出来ていない者の痴態。

「あ、あれ? あの女の子は?」

 レクスを見下ろすセフィアは首を傾げる。

「女の子? 私しかいないんだけど?」

 パチパチと水分の弾ける音と白煙が薄れる焚き火が、冷え行く山間の空気を空へ持ち上げる。

「で、でも、今さっき、ぼ、僕襲われたんですよっ。セフィアくらいの剣を持った女の子にっ」

 音もなく姿を消し、入れ違いに立つセフィア。レクスには二人の入れ違う瞬間など聞こえも見えもしなかった。極度の死という緊張感に感覚の麻痺が、全ての外況を遮断していた。

「私くらいの? 剣?」

 目を細め、顔を傾ける。表情は険しい。足場も周囲も岩場。足跡は残らない。セフィアが周囲を見回すが、散り一つは風に消えている。

「まさかね……そんなはずはないし……」

 顎に手を添え、セフィアは呟く。レクスは緊張が解けたばかりに座り込む。

「ねぇ、レクス」

「は、はい?」

 レクスを見下ろす視線には殺気が宿る。それは怒の情を交えている。だが疑いが強い。

「その子、私と同じくらいの髪で銀髪じゃない? それと剣って言ったけど日本刀じゃなかった?」

「は、はいっ。そうですっ、そうでした。僕たちの荷物漁ってたんですっ。顔があったらいきなりワクチンはどこだって、切りかかってきたんです」

 レクスは状況が分からず、ただ起きたことを話す。興奮の言葉にセフィアは険しさを増す。

「……何で?」

「え? 何がですか?」

 セフィアは把握したようだが、レクスは説明を要求する。

「どうして向こう側に……? ううん、それとも私が狙い? セグレアが私を? そんなはずは……どう言うこと……?」

 セフィアには届いていない。だが理不尽が起きた。不文律が回り始める。セフィアは横髪を弄る。レクスが立ち上がる。上着の背中は二つに分かれ、風にたゆたう。

「こ、これです。斬られたんです」

 それを見せる。セフィアが触れる。繊維一本一本を断裂する直刃の切れ味。セフィアは首を振りながら離す。

「……とにかく、気をつけることが増えたよ。楽には終わらないよ、この任務は」

 一人納得し、なにやらリュックを漁り、胸に何かを抱えると、車線側に小さな穴を掘り、そこに何かを捨てるように埋めた。そんなセフィアに、レクスは終始首を傾げるしかない。説明を求めようにもセフィアは聞く耳を持たず、ただ同じ作業を数回繰り返し、レクスの声は届かなかった。

「よし、大丈夫。狙いはレクスじゃない。さっき斬られたのは姿を見られただけ。証拠を残すなんて馬鹿のすることでしょ?」

 狙いはセフィアが背負っていたリュックの中にあるワクチン。もしくは自分自身だとセフィアは考えた。だが、いずれにしてもセフィアは納得いく表情を見せず、周囲を観察していた。何もない、ただの大自然の中を夕陽に冷える山風が駆け抜けるだけだった。

「はい、焼けたよ。調味料持ってきてないから素材の味しかしないけど」

 焚き火に焼かれる肉と滴る油。火の粉が空に還る。渡される枝。刺さるものは香ばしい肉。それだけ。

「あ、えっと……」

 受け取ることは受け取る。だが、どうするべきか、セフィアを見るレクス。

「食べないの? 食料、それしかないよ?」

 既にセフィアはかぶりついている。小さな口は焼けた油に艶を持つ。背になる岩壁にトレイシェールマスタライズの影が揺らめく。西の日は赤く空を染め、東の月は星空を率いる。二人の距離は影一つ。間にワクチンのリュックが壁を作る。

「その、何て言うか……」

 辺りには焼ける匂いに混じる血の匂い。セフィアが勘付く。

「男でしょ。これくらいしないと戦場じゃ生き抜けないよ?」

 安寧の地ではない。レクスは身を以って、この場が危険だと認知した。だが、レクスにとって、その恐怖よりも脳裏に焼きついている小一時間前の調理。

「それにいつも食べてるでしょ? お店に売ってる肉だって、誰かが捌いてるから食べれるんじゃない。肉塊が木に成る?」

「いえ、分かってはいるんです……。ただ、目の前で見るのはどうも……」

 戦争において幾らの屍を見たことか。セフィアが狙撃して仕留めたのは子山羊。血抜きした血液が突き出す岩場から闇夜に消える。だが、臭いは残る。そして目の前で捌かれる様子を目撃してしまったレクス。手には香ばしさを漂わせ、空腹を促す肉がある。セフィアは味気なさを気にかけることもなく食す。だが、レクスの食指は動かない。

「衛生兵なのにほんと坊ちゃんだね」

 最もレクスにとって痛い箇所を突く。臭いを嗅ぎ、舌で突く。恐る恐るセフィアを見た後に、前上下歯で肉を噛み千切る。小さな肉片。ゲテモノではないのだが、目の前で首を切られ、皮を剥ぎ、血を抜かれ、内臓を取り出され、食肉と化す山羊の姿がいちいち彷彿するのだろう。噛む力は弱かった。

「……あ、れ? おい、しい……」

 だが、飲み込むと同時に、表情に驚きが表れる。セフィアは下らない事を聞いたように噴出す。

「おっかしー。子山羊なんだから肉質は柔らかくて美味しいに決まってるでしょ? 放牧よりは硬いけど、同じなんだから何今更なこと言ってるの?」

 街のリストランテ以上の飲食店に赴けば、子山羊の肉は重宝される。赤ワインソースがけ。スペアリブは肉質が柔らかく、子山羊だからまだ臭みも少ない。人気の料理の一品だ。

「あ、そっか。そうですよね……」

 レクスの苦笑。店で食べるものとサバイバル料理。差はそれしかない。後は野生の山羊の肉は筋肉質であり、脂身が少なく少々硬い。放牧されたものに比べれば味は落ちる。だが、同じ肉だ。それを食せる今は、兵糧米を飯盒(はんごう)で炊き、味気ない野菜と食うよりは断然空腹は満たされる。想像さえしなければ。

「人って、幸せだよ。でも、知らなくてもいいことを知らないから幸せなだけで、知っている人にとってはそれは感じ方が違うんだよ?」

 食肉加工業者の人間にすれば、店頭に並ぶ肉を見る度に即座に思い浮かぶ。自らの手で動物の命を奪い、その皮を剥ぎ、骨を断ち、肉を切る。それを店頭に並ばせる。だが、何も知らず運ばれてくる無数の家畜。食される為に生かされ、食される為に殺される。

「……そ、それは、そうなんですけど……」

屠殺(とさつ)って言うの」

「え?」

 セフィアの一言。聞き覚えの無い言葉に首を傾げる。

「食肉や皮革を取る為に家畜を殺すこと。そしてこれは捕殺。ねぇ、どっちが動物にとって自然な死だと思う?」

 子山羊とは言え、二人の前の焚き火に焼かれる肉量は多い。空腹にレクスの手は徐々に動くが、セフィアは二本の枝についた肉を食すと、唇の油を拭き取り、水を飲んだ。

「知ってる? 昔は私が今したみたいにナイフで頚動脈を切ったり、心臓の血管を直接切ったり、首を落としたり、銃で頭を撃ちぬいたりして食肉加工してたの。最近は動物愛護の観点から炭酸ガスの麻酔とか感電とか、極力苦しまないように加工するの」

「あ、あの、ぼ、僕、今食べてるんですけど……」

 レクスの手が止まる。セフィアはどこか楽しそうにそれを小さな笑みで流す。

「知らなかったでしょ? 当たり前に食べてる物をそうやって加工している人がいるの。レクスは今、その人と同じ立場で肉を食べてる。どう思う?」

「食欲が、減退してます……」

 セフィアの言葉と先ほどの捕殺。思い出せば菜食主義に転換したくなるだろう。

「でしょ? でも、それは最初だけ。可哀想って思うからそう感じるの。でもね、きっと毎日そうやって食べてると分からなくなるんだよ」

 セフィアが枝を一本取り出し、突き出し岩の向こうに投げ捨てる。遥か眼下の闇の中を何かが駆ける音が風と共に吹き上がった。

「人は可哀想とか残忍だって言うの。でも、自然界じゃそれが普通。人間の方がおかしい。分かる?」

 弱肉強食。草木は小動物、草食動物に食され、それらを肉食動物が食す。それらの死体をバクテリアが分解し、草木の栄養になる。そして繰り返される。

「食物連鎖なのは分かりますけど、それとこれは、違いませんか?」

「同じだよ。人間だけがわがままにその連鎖を抜け出して、草花から肉食動物まで食べる。野菜や果物を殺すのは収穫。魚は漁。動物は加工ってそれぞれの命を奪ってる。でも、実感ないでしょ?」

 セフィアの話に、レクスは完全に食指を止める。何を言いたいのか考えようとはしているようだが、答えに辿り着かない。眉を寄せ、皺が生まれていた。

「戦争はね、それを人に移し変えてるだけなんだよ。殺しても食べないけどね」

 あはは、と笑う。レクスは笑えなかった。セフィアの話が繋がるとは思ってなかったのだろう。

「でも違うこともあります。……生きるために、動物の命を食しているわけですから」

「そうだね。でも、知らない人は本当に命を思って、ご飯、食べてると思う?」

 食事をする際、国によりことなる習慣がある。共通するものは祈りを捧げる。野菜、魚、肉を食す。すなわち命を食べ、永らえる。逸脱する連鎖。しかし、人は祈る。その祈りの意味をどれほどの人間が理解した上で祈るかは、特定のしようはない。だが、少ないだろう。セフィアの目は炎を眺めていた。

「いい勉強になったでしょ? こうして私たちは生きて、殺してる。恐がることも、食べられなくなることも、哀しくなることも当たり前なんだよ。だからレクスは正常であって、異常。戦争も一緒。殺しすぎて慣れちゃうんだよ」

 セフィアが笑う。レクスは首を傾げるしか出来ない。

「私からの命の授業。レクスは早く任務を終わらせて家に帰ったほうが良い。戦場にいても足手まといになるだけだから」

 唐突に逸れる話に困惑する。

「ど、どうしてですか? 僕は衛生兵として任務は果たしていますよ?」

「動物一匹殺して食べられないのに? 今まで人の血を見てすぐに対応できた?」

 セフィアはレクスを戦場から引き離そうとしている。弱い男だから。戦場には不相応な男だと。

「そ、それは、研修と、実戦で何度か……」

 語尾がか細さを増す。

「前線の戦闘って見たことある? ないでしょ?」

 図星を突くセフィアは、優しさを合わせない。事実を突きつける。

「今まで、どんなことした?」

 引き出す情報に、レクスは隠さずに沈黙を破る。

「そ、その……実地要請は今回が初めての出兵です。あとは基地待機か、医務室勤務でした」

 恥ずかしがることは無いのだが、レクスはセフィアを見ようとはしない。食指の止まった二人の鼻に、肉が焦げる臭いが炎の中に消えた。セフィアは突き刺していた肉枝を焚き火の中に放り込む。弾ける油がパチパチと火花を散らす。

「軍に入隊は志願? 召集?」

「召集、でした。それまでは、田舎の診療所で助手をしてたんです」

 セフィアが納得したように声を漏らす。

「なら恐がるのも分かるね。平和だったでしょ? そこって」

 田舎の診療所で助手。セフィアの想像は、のどかな自給自足の安寧なる田舎で、レクスが村の人間たちと毎日穏やかに過ごしている光景でも見えているのか、おかしげに笑む。

「でも、空爆にあって、村は崩壊したんです。僕が召集されてから一月足らずでした……」

「そうなの? それはご愁傷様ってやつだね」

「はい……」

 セフィアには哀悼の感情は無い。レクスの握る拳を見ても、何も気遣いを掛けない。

「両親と妹も、死にました」

「人はいつか死ぬ。平和でも、戦争でも。運が悪かった。そう思うか、どこかにいるって妄想してれば人はそれで暫くは強くなれる」

 それは気遣いではなく、一時の逃避による生術。レクスは唖然とする。

「戦場に弱い人間は要らない。市民ならともかく、軍人なら、悲しみに暮れる前に果たすことをする。悲しむのはそれからだよ。じゃないと、殺されるよ?」

 悲しみと言う油断は、決断を鈍らせ、ミスを犯し、突かれる。その先にあるものは死。戦場は生死しかない。

「で、でもっ、戦争なんて何も意味が無いじゃないですか。人が殺されるだけなんですよ。そんな後から悲しむなんておかしいじゃないですか」

 レクスが言い返す。だが、セフィアは冷静に言い放つ。

「違う。戦争は商売。得るものはないなんて嘘。武器、政治、経済、物流、人員、資源、技術。全てが商売される。何も得られないのは日常。戦争は貧富を逆転させる好機。政治家も戦争で他国との国交を作って、利益を探す。軍人は撃墜、殺人の多さに上級の憲章がもらえる。市民だって破壊された町の再生に商売を始める。お金持ちが貧乏になって、貧乏がお金持ちにだってなる。人が殺し殺される。でも、人間は欲の塊。どんなに哀しいこと、辛いことがあっても、人間はお金の為に何かを始める。国同士の喧嘩じゃないんだよ、戦争って。この世界で最もお金が動く、ビジネスなの。だから私たちセグレアは、契約の下に戦場にいる。そこは莫大な利益を生み出す、神の戯画にしかならないんだから」

 セフィアの長い言葉は、レクスを黙らせる。

「戦場でどれだけ良い言葉を吐いても、そんなものは全てが道化。その裏でお金が動く。利益が循環する。だから戦争は起きて、その後に善者を立てる。そうすれば市民は再生に立ち上がる。全てはこれ、でしかないんだよ、戦争なんて」

 セフィアの小さな指が輪を作る。それが何なのか、その話を聞いて分からないようでは、殺される家畜も同じ。と、セフィアが笑った。

「じゃ、じゃあ、セフィアは、これまで、どれくらいの人を……?」

 手に掛けたのか。その言葉の事実の確証を得ようとするような問いかけ。

「私? そうだねぇ……軽く一万人くらいは殺したかな?」

 レクスの瞳孔が揺れる。口が小さく開き、何かを言い出すように動くが、声は出ない。

「心配しなくても、私は軍人しか手に掛けない。だから全部軍人だよ。武器を持った、ね」

 市民は一人も殺してない。セフィアは明るく言う。レクスはさらに驚きに、ただ隣を見るしかない。

「い、いつから、そんなことを……?」

 恐怖を感じながらも、レクスも同様に情報を欲した。

「昔から。セグレアに身を置いている以上、それが私たちに出来ることだから」

 レクスは、意を決していた。幾度か聞いた言葉。それが示すものが一体何なのか、セフィアのことを知るには、それを解き明かす必要があると踏んだ。

「あの、さっきから言ってる、セグレア? って何なんですか?」

 問いかけに、きょとんとしたセフィアの目がレクスの真剣な表情を赤く映す。

「セグレア? 知らないんだ? まぁ正規軍じゃないから仕方が無いのかもね」

 状況はゲリラ軍所属のコマンドー部隊衛生兵と、部隊が契約した少女。状況においての不利はセフィアとレクス。

「有名、なんですか?」

「有名と言えば、知られてる。戦争専門の商売機関だから」

 だから、一般には名を馳せない。その一言に、気づく。

「武器商ってことですか?」

「ちょっと違うかな。セグレアは確かに独自の武器の開発、輸出もしてる。でも、一番の商売道具は、私たち」

 戦争において、もっとも効率的に商売を行うのは、武器商。対立国の比重を受けることなく、金銭されあれば、公平に武器を卸す。それで人間が死のうと兵器データとなり、蓄積され、より強力な武器の開発に繋げる。だからこそ、戦争を根絶させない。させては商売が成立しない商業。

「え? セフィアたち?」

「そ。私たちはセグレアに所属する傭兵みたいなもの。市民を殺さず、依頼側と対立する、武器を持つものを駆逐する。それが基本の契約。私たちは契約を果たすことで生きることが出来るの。だから戦争で人を殺す。戦争を終わらせる為に。そして、戦争を根絶させない為に」

 矛盾している。だが、セフィアは何も言わない。

「えっと、じゃ、じゃあ、セフィアは、その……」

 言い淀む。セフィアが分かっているように肯く。

「気にしないで。生きる世界が違うだけ。私は商品。契約に生きることがセグレアにある居場所だから」

 だから人を殺すことに躊躇いを持たない。それが契約だと割り切れている。レクスは下唇を口内に納め、鼻から息を吐いた。

「恐くとか、哀しく、思わないんですか? 軍人だって家族はいるんですよ? 市民を殺さないからって、軍人だって、人間じゃないですか?」

「そう、だね。でも、それが契約だし、どちらかが終わらないと戦争は悪化する。招集兵は可哀想に思う時もあるよ。でも、志願兵にはそんな情けは掛けない。それが敵なら私は殺す。私が私であるために果たすことが、セグレアの契約だから」

 セフィアが立ち上がり、焚き火に砂をかける。白煙を立ち登らせ、徐々に炎は消えていく。焦げ臭さを漂わせ。

「あ、あの、何を?」

「日が暮れるでしょ? 火は消すの。まぁ、無意味かもしれないけど」

 セフィアが苦笑した。既に見つかった。レクスの先ほどの話を忘れてはいない。

「とりあえず、仮眠とってから明け方に出発しよ。夜道を走るのは危ないし。私が先に一時間くらい寝るから、交代で見張りと仮眠ね」

「え? あ、はい……」

 リュックの中にいつの間に押し込んでいたか、一枚の毛布。セフィアはそれを被り横たわる。

「あれ? え? 僕、見張り……ですかっ!?」

 焚き火も消え、吹き降ろし吹き上がる山風。涼ではない、冷をもたらす風の中、レクスは固まった。

「み、見張り……え、えっと、と、とりあえず、銃、ですよね……?」

 バイク傍にあるリュックの中を漁る。明かりは無い。微かな月明かりの中で、身を守る剣となり盾となる銃を探す。小銃が一丁。レクス自身の支給品。小銃を手にしたレクスは、落ち着き無く周囲を歩く。安全装置を外すことも忘れ、銃を腰元に構える。バイクと大きなリュック、そして立て掛けられている太剣。そこにセフィアは眠っていた。暗闇に恐怖し、足の震えるレクスとは真逆に、安らかな寝息を奏でている。

「寝顔は、こんなに可愛いのに……」

 暫く周囲に警戒を張っていたレクスが何もないと判断したのか、セフィアの隣に、岩壁を背にして腰を下ろした。

「子供、だよね。どう考えても。なのに、どうしてこんなところで、あんなものを……」

 すぐ傍に鎮座するマスタライズと盾の剣。少女には歪すぎる武器。その組み合わせの疑問が晴れたわけではない。レクスには何故こんな少女が戦場に生き甲斐を求めているのか、そしてそれに応えようとする対象であるセグレアについての不審のようなものが募っていた。

「温もりを知らないのかな、セフィアは」

 人を殺すことに躊躇しない。人の温かさを知っていれば、必ず躊躇いが生まれる。

「いや、そんなことは無いはず。助けてくれたじゃないか」

 首を振り、その考えを払拭する。罠に怖気づいた自身をフォローした。それが契約だと聞かされても、納得できるものは、レクスの中では人としての思いだと、思い込むことが正解だと思っているようだ。

「この子は、きっと、飢えているんだ……」

 愛らしい寝顔。戦場において銃を放つことを遊びのように捉え、敵を殺戮する。レクスは光景を知るわけではない。だが、人として持つ感情は理解している。だからこそ、セフィアの寝顔に、見入っていた。

「とにかく、今は僕がしっかりしないと」

 明かりの無い岩に背を預け、レクスは眠るセフィアのその安らぎを守ろうと、目を光らせた。


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