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4th.白の少女

「風が気持ち良いね。浴びすぎると肌が乾燥しちゃいそうだけど」

 小山を目指して走る二車線道片車線。消えかける中央線が流れ、セフィアは空に両手を伸ばす。

「危ないですよ。きちんと掴っててくださいよ」

「平気平気。それよりももっと速度上げて。別に罠とかないから」

 時折カーブの先、砂風に晒されるアスファルトをセフィアはサイトで覗く。危険がないと判断し、バイクは通過する。

「ねぇレクスー?」

「はい?」

 セフィアの髪は旗のように舞う。視線は必ずしも先を見てはいない。周囲の景色を楽しむようでそうでもない。

「レクスって、衛生兵なんでしょ?」

「はい。第四十八コマンドー部隊所属の衛生兵です」

 セフィアがサイトを覗き込み、左前方の傾斜付近の様子を見る。

「でもさ、何でこれ、運転できるの? 衛生兵の仕事じゃないし、この免許って難しいって聞いてるけど?」

 サイトを覗きながらセフィアがスライドを引く。銃弾が装填される。風音にレクスは気づいてはいない。ただヘッドフォンの中から聞こえてくるセフィアの声に応答する。

「これは趣味です。バイクが僕、趣味なんです。衛生学校にいる頃に軍内にあった教習所で取得したんです。戦争前は普通の教習所だったんですけどね」

「ふーん。衛生兵な上に大型車種のドライバーライセンスがあるなら、結構いい状況に派遣されたりしないの?」

セフィアが目を細め、サイトの倍率を上げる。レクスの応えにはさほど興味を示す様子はない。引き出す情報。それだけでしかないようだ。

「あ、その、僕、いざって時に足が竦んで何も出来なくなることが多いので、ほとんど交代要員か後方の後方支援がほとんどで……」

 レクスの自嘲。

「みたいだね。さっきも大したことないのに、私の剣、傷物にしたもんね」

 だが、セフィアはフォローなどしない。責める。レクスも気弱な返答も聞き流した。

「あの、僕も聞いても……うわぁっ!」

 瞬間、レクスの頭上にあった銃口が左前方へ傾き、火を噴いた。引き金の遊びは大きいが、セフィアはものともせず、数発を山肌に向けた。銃声に驚くレクスの運転が再び揺れる。セフィアは既に銃を撃ち終えていた。硝煙がセフィアに衝突し、霧散した。

「ほんと、びびり君だね、レクスって」

 揺れる体にセフィアは不安を感じることも無く、後方で反動により車体の揺れを自身で取り持つ。

「す、すみません。で、でも、撃つ時は言ってくださいよっ。いきなりはびっくりするじゃないですか」

「言ったらハンドルちゃんと握れるの? 無理でしょ? 聞き慣れてるはずの銃声にすらびっくりするんだもん。そもそもそのヘッドフォンの防音ならほとんど聞こえないはずだよ?」

 現にセフィアはまるで聞こえていないように反動を確認してサイトから顔を外す。

「で、でも、反動とか硝煙とか分かるじゃないですか。危ないですよ」

「大丈夫だって言ってるでしょ。子供だからって馬鹿にしないでくれない? これでも私、高射、化学、調査、指揮、整備、通信、狙撃、偵察教導、野戦砲、士官、特殊戦技の山岳、冬季、砂漠、夜、特殊戦の教育課程は終えてるんだよ? だから私一人でも中隊くらいなら楽勝で倒せるんだよ?」

 何てことのない口調に、レクスは言葉を失う。

「レクスは衛生学校と歩兵、実地訓練の士官学校だけでしょ? どっちを信用したら良いかなんて分かるよね?」

 レクスの返答は口篭もりで、はっきりしたものではない。驚きも交えていた。

「それよりも、三百メーター先の岩場が見える?」

「え? あ、はい。それが何か?」

「あそこでキャンプしよ。そろそろ陽も落ち始めてるし、お腹も空いたしね」

 山肌に沿うように走り続けるバイク。開けていく視界の先に突出した岩があった。セフィアは見晴らしの良いであろうそこを休息地にするようで、レクスも指示に従い、先を急いだ。

「ここですか?」

「うん。今のうちに火を使い終えれば上りの様子は分かるし、下りからはそこの岩のおかげで見つかる心配もない。雨も防げるでしょ、ここなら」

 降り立つ場は、路肩に張り出す灰色の岩場。上り車線からは見えているが、下り車線には岩陰が二人を隠す。セフィアはバイクの荷台から銃を降ろし、上り車線に向け、少々銃口を下げ、設置した。相変わらず吹き抜ける乾燥風に、レクスが疲労を深呼吸に吐き出す。

「ちょっとバイク借りるよ。レクスはそこらへんの枯れ枝使って火、起こしておいて」

「え? セフィア? まだ未成年じゃ? って、免許はないですよねっ!?」

「んっ、と」

 小さな体が大きなシートを跨ぐ。両足は届かない。跨ぐ腰部はワンピースが開き、下着が露わになる。レクスは視線を外す。セフィアは気にかけることもなく、スターターボタンを押し、アクセルを吹かす。

「ど、どこに行くんですか? 運転なら、僕が……」

 銃を構える時にはなかった、不安定感。レクスには、すぐにこけてしまう補助輪を外したばかりの自転車に乗る子供に見えていた。

「平気平気。さっき撃った食材取ってくるね。荷物番と火起こしは頼んだからね」

 レクスの安全運転とはまるで違う。暴走馬を跨ぐロデオ乗りの少女だった。数回エンジンを吹かし、ギアを入れ替える。

「うわっ! ギアが重過ぎるんですよっ! 低速回域でゆっくり走らないと滑りますよっ!」

 岩場に白煙が霧のように立つ。後輪が激しく焦げ臭さを立て、回転する。マフラーは轟音を奏でる。マフラーの役割を果たしてはいないほどに。だが、セフィアは楽しげに笑う。そして、ギアを入れた瞬間、周囲に滑走を始める機体の飛翔の白煙と風がレクスを襲う。

「うわっ、げほっ、えほっ……セ、セフィア……?」

 遠ざかるバイクのエンジン音が反響する。揺らめき消える焦げ付く煙の先に見えた下り車線には、既にセフィアの姿はなかった。

「嘘……。あんな子供があれを運転できるはずがないのに……」

 取り残されたレクスは呆然と反響してくるエンジン音に、セフィアが走る姿を想像していた。セフィアの名乗る年齢は十三。二輪クルーザーと呼ばれる超大型二輪は三段階の免許を踏まえ取得できる。どの工程もセフィアは年齢が届かない。だが、響いてくるエンジン音はレクスの安全運転とは異なり、ギアチェンジを繰り返し、重低音の重さが増していく音ばかりだった。全ての事象が常識を逸脱するセフィアに、レクスは言葉を失う。

「僕の護衛は、何者なんだろう? 見たことないよ、あんな女の子が速射砲みたいなこれとか、バイクを運転だなんて……」

 レクスが設置されたマスタライズに触れる。安全装置は解除され、いつでも攻撃、迎撃は可能。引き金には触れず、グリップを握る。

「これは……何だ? 見たことないな、こんな銃」

 三脚のような脚に取り付けられるチューンガンのような形状。だが、弾倉もスライドもバレルも全てが世に出回る銃とはかけ離れた形状。銃という範疇ではない。レクスの印象はそれしかなかった。

「お、重い……。あ、あんなに軽々なんて、無理だ、これ……」

 グリップを握り、サイトを覗き、向きを変える。だが、銃口はピクリとも動かない。何もロックはかかっていない状態で、レクスは全身を使い、わずかに銃口の向きを変える。それが精々だった。

「セフィアって、本当に人間の女の子?」

 主人のいないマスタライズは静かに主の帰りを待つように、レクスが元の位置に力を込め、戻す。

「とりあえず、火を起こしておいたほうが良いのかも……」

 置かれた荷物をレクスは漁り、持参していたライターと周囲の枯れ枝を探しに出かけた。

《……路面確認。被害形跡なし、だ》

《隊長っ。こちらの岩壁に走行接触らしき傷が伸びています》

《どうやら突破されたらしいな。薬莢もいくつか落ちている》

 突き出す岩場を後にするレクス。その上にある山頂部の岸壁に、見下ろす影がレクスと、眼下に停止しているバイクを見つめる。手にしたトランシーバーには音声が垂れ流される。

「……標的、目視確認。突破は、容易に、こなされた。先に、出られる?」

《分かった。俺たち強襲部隊が月夜に仕掛ける。そちらはその後を任せるぞ》

「……うん、ボクは、任された」

 セフィアのバイクを目視する。その目は無感情に無愛想。先ほど撃ったものはセフィアとレクスの夕飯になるであろう、獣を狙撃した。セフィアの姿が何かを持って歩いている。だが、距離があり、その姿を鮮明には目視出来ない。だが、無線を持つ手をだらりと下げる少女は、その姿を克明に記録すべきレンズのように見下ろし、ホワイトカラーのロングヘアーがセフィアのワンピースのように舞っていた。

「……セフィア……でも、ボクは、やる……」

 少女の手には武器はない。だが、腰には細いものが刺さっている。鞘に収められるそれは、わずかな曲線を描いていた。

「……全ては、契約の名の下に……」

 白髪の少女は岸壁から身を投げる。抵抗することなく、着地に生ずる衝撃を緩衝する為に身を回転させながら、枯れ枝を拾いに姿を消し、銃の見張りを疎かにするレクスがいた突き出し岩に落ちた。

 風に舞い、何の音もなく少女は身を屈め足を着く。片足に衝撃を受け止め、片足は伸ばしバランスを取る。衝撃を受けた髪だけが大きく揺らめいた。

「……ワクチンは、破壊。残存兵の、位置、情報特定。ボクの任務……」

 少女の口調は静かで小さい。衣を正すように立ち上がると周囲を確認することも無く、無人のトレイシェールマスタライズへ歩み寄る。だが、手は出さない。視線を先に動かし、首が後を追う。それはレクスの背負わされたセフィアの武器類の入ったリュック。少女が手を掛ける。

「……どこ? ワクチン……」

 乱雑にリュックを開け、一瞬、中の様子に眉間に皺が寄るが、すぐに無表情に戻る。中にはセフィアの武器しか入っていない。表面の弾倉やカスタマイズ部品を見てすぐ捜索を断念する。まるで知っている。この中にはそれしかないことを。カモフラージュを施しているという線は、この少女の頭には初めからない。それと同時に理解している。セフィアがそこまでしてワクチンに気を使うことをしないことも。少女はリュックを押しのけ、立ち上がる。次の捜索の前に目の前にあるマスタライズ。そこへ手を伸ばす。

「これは、威。なら、ボクは……」

 少女は腰から武器を抜く。夕陽に煌めく一薙ぎの剣、日本刀。主無きマスタライズは少女に背を向け、上り車線を向いたまま。

「悪く、思わ、ないで…………」

 少女が刀の鍔に親指をかけ、鯉口を切る。取り出す刃は傷一つ無い銀の輝き。刃と峰との膨らんだ鎬には、乱れる刃紋が波打つ。下緒を解き、鞘を空いた手に持つ。

「…………?」

 だが、背後に枝を踏み割る音が一つ。下方から振り上げようと構える刃を止める。

「あ、れ? ……えっと……?」

 触れる瞬間、少女が小さく反応を見せる。やはり目が追い、首が動く。瞳は鋭く閉じられている。両手に枯れ枝を抱えるレクスが立ち止まる。警戒ではなく、この場において少女がいることが不思議で仕方がないという顔を浮かべる。

「……ワクチンは、どこ……?」

 レクスの非武装と、腕の衛生兵の腕章を即座に認識する。

「え? ちょっ、な、何なんですかっ?」

 下ろした刀に休まるものを与えず、切先をレクスの喉元に突きつける。その瞬時の行動にレクスは気づかず、気づいた時には夕陽が直角に曲がり瞳を貫く。抱えていた枝を落とし、両手を空に挙げる。

「ワクチン……どこ?」

 切先は震えない。セフィアの銃同様に抱える腕の力は固定物のように揺るがない。

「え? ワクチン……? ……っ。し、知りませんっ」

 返答に、閉じかけの鋭く藍の瞳が真意を読み取る。レクスは瞬間的に悟ったのだろう。刀を手向ける少女の狙いと、自分たちの存在との対立関係を。セフィアの言葉にあったように。

「ワクチンは、どこ? ……無抵抗を、殺しは、しない。それは契約……」

 聞かなかったことにされる。状況証拠と根拠のある少女には、事実のみを受け入れる器しかない。

「な、何者ですか? 軍の人間じゃ、ないですよね……?」

 少女の服装。それは黒の装束。動きやすさを追求したのか、スカートは袴の折り目の入ったロングスカート。上は胸元と腕の開いた皮。夕陽を宿す紅色の薄い瞳。軍の人間の装束でも、戦術でもない。単騎攻め入る軍人などいない。いるとすれば戦況の魔に取り付かれた愚者か、死の瀬戸際に発狂した新兵。だが、少女は違う。状況も違う。争いの空気は流れない。威圧的な瞳孔と恐怖が疑問に変わる静けさ。

「ボクは、契約の元に、任務を、遂行する。ワクチンは、どこ……?」

 名乗りはしない。だが簡易的な目的は告げる。

「どうする、つもりですか……?」

 若干顔を反らし、視線だけを少女にレクスは向ける。

「どこ?」

 答えず問う。刃は近づく。レクスは下がる。少女は動かず、答えを待つ。

「教えられません。素性も分からないものを信用する事は出来ません」

「……そう。なら探す。さよ、なら」

「っ!?」

 レクスが身を屈める。頭部のあった空間を刃が薙ぐ。風が切られる。だが少女は気だるげな眼差しで見下し、刃を直角に向きを変える。レクスは刃を見上げることも無く、右に転がる。刃が降る。

「わっ……くっ……」

「無駄」

 レクスが四つん這いに勢いを付け、立ち上がろうとする。少女が刃を振り上げる。軍服の上着を擦れ、生地に切れ目が走る。その勢いにレクスはバランスを奪われ、転がる。

「最後。……ワクチンは、どこ?」

 仰向けに尻餅をつくレクスの眼前が夕陽に紅く燃える。白の長髪がオレンジに染まる。炎を纏う少女が、燃える剣でレクスを貫かんとす。

「う、あ……」

 先ほどとは異なる少女の殺気。レクスは日本刀の無の言霊に既に貫かれていた。

「なら……一太刀で、楽に……」

「……っ」

 抵抗は無かった。レクスのせめてものは、頭部を守る両手の丸みと、全身の縮こまり。兵士の姿ではない。少女は冷酷に刀を引き、顔を隠すように腕を自身に廻すその隙間に狙いを定める。切り薙ぐのではなく、突く。それは少女の慈悲。身体を一つに残し、最低限の太刀筋だけを残す。それだけの為に、命乞いのように丸くなるレクスを見下す。

「!」

 だが、刃は時を経た所で何も来ない。遠くにセフィアのバイク音が岩肌を這い上がってきた。少女の視線はエンジン音を確認し、レクスを再び見下していた。


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